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それさえや。   作者: 源 俊一
第二期
23/27

文化祭前夜

「うーん・・・」


困った。文化祭まであと2ヶ月といって張り切っていた時が懐かしい。

有名人も大変だ。・・・なんて威張ってみたり。


どうせあのお人好しの先生の差金だろう。そうに決まってる。

私をここまで自由にさせたのも、彼女なのだから。


そんなことより、さっさとまとめないと。

これは私一人が奏でる、互いのアイデンティティ。


驚くことに、私が出会ってきた人の名は全て「さえ」という名前だった。

「さえ」が「さえ」達と出会い、一つのアイデンティティが生まれる。


私一人じゃあ、決してできない。


可笑しいよね。

自分は何者であり、何をなすべきかという個人の心の中に保持される概念。

それがアイデンティティだというのに。


私が何者であるかも、何をすべきかも全て他人が聞かせてくれる。

その音が集まって、私の中で曲になる。

それが私のアイデンティティ。


「個性なんてくそくらえ。」


何回目の言葉かもわからない台詞を、ギターを弾きながら吐き捨てる。

音は外に出すと怒られるから、ヘッドホンを繋いで静かに聞く。


「アイデアは出るのは一瞬で、その一瞬を活かすのは永遠」


ここの歌詞は目立てさせないといけないから、よくあるコードで行こう。

よくあるコードなんて、本当は生意気に言えないけど。


「・・・さてと。最終調整はこれでいいかな。あとは・・」


返信は来てるかな。

コンタクトをとってから1日経った。そろそろ来てもいい頃。


「ふふっ、やっぱり。私が思い描いた通りの人だ」


この人で間違いない。元から迷いなんてないけど。


「これで出演者は揃った。あとは待つだけ・・ん?」


携帯が振動している。音を鳴らさないようにしてたから気づかなかった。

携帯を手に取り画面に映る名前を見て、通話をしない選択肢を浮かべた。


「だよね」


結果。二度目の振動が今度は直接手に伝わる。


「もしもし?」

「あーのーねー?あんたが来ないから私たちまで手伝わされてるんだけど?」


電話口の向こうからの怒号が耳に入る。だけどさっきまで爆音でギター音を聞いていた私にとっては、心地よいくらいだった。


「なんで?」

「なんで?私が聞きたいくらいだよ!そもそも私だって文学部の展示があるの!」

「またまとまらない解釈本と自己創作本?」


去年の文学部は確かある一つの本についての解釈が書いてある冊子と、通話相手の彼女が書いた小説の冊子が売られていた。どっちも50円という値段で。


「そうだよ。悪い?」

「また買わなきゃいけないじゃない。」

「あなたはそう・・貶すならとことん貶せばいいものを」

「私が買うことわかっているから、手伝ってくれてるんじゃないの?」


そう言うと彼女は勢いを失い口どもる。


「・・・2冊ね」


相手の弱点をたやすく握ると、そこにつけ込んで私はある頼みを口にすることにした。


「3冊買ったら、もう一つ頼んでいい?」

「え…なに…珍しい。人にものを頼むなんて」

「だいぶ前に私に教えてくれたあのネットの歌い手いたじゃん。あれ、君に教えたのは誰って言ってたっけ?」

「あぁ…えーと、同じ名前の藤木さえって子。ほら同じクラスでしょ?」

「弓道部の?」

「そうそう。私の幼馴染」

「……弓道部って展示作業あるよね?」

「あるよ。弓矢で射的、恒例の出し物だよね」


時刻は8時。生徒はとっくに帰ってる時間だが、今日は明日の文化祭の準備のために残ってる生徒が殆どだ。展示作業がある部活や有志は泊まり込みでやるところもあるらしい。


彼女もきっとまだいるだろう。


「私今から行くね。そっち」

「え?どうして?」

「手伝う気が出てきた」

「…それくらい嘘なのはわかる」

「そっか」


そう言って私は携帯電話を閉じる。


学校までの道のりは、初めて登校した時のような新鮮さを夜空が醸し出していた。


私はもうすぐ、あの星に手が届きそうなんだ。どう批判されたって私は諦めない。


彼女だってきっと同じだ。いや、彼女らだって。


私は風を切って走る。その足取りはすごく軽い。


学校について、普段立ち寄らない弓道部の稽古場に向かう。体育館から少し離れた、木々が生い茂る奥にひっそりと構える弓道部。夜だから少し怖いな、と感じながら私は稽古場の戸を開ける。


「……藤木さえさん居ますかっ…!」


5~6人が何やら作業をしてる中、私は叫ぶ。全員がこっちを向いたけど、一人だけ私の顔を見て目を丸くしてる人がいる。


「わ、私です…けど?」


ビジュアル的にも悪くない。可愛いじゃん。


私は藤木さえと名乗る彼女に近づき、手を強引に引く。


「……ちょっと話があるから、こっち来てくれない?」

「ええっ、ちょ、えっ!?」


中には私を知ってる人もいるのか、この状況を見て苦笑いしてる人がいる。


…有名人は大変だ。


外に出て、なるべく人目のつかないところに引き連れる。


「な、なに?あなた、誰?」

「んー。名前言えばもしかしたら知ってるかも。私の名前は自我共同論のギターボーカルの"Sae"」

「え…えっ!?」


私はネット活動のみのバンド「自我共同論」のギターボーカルをやっている。それなりに有名で、新曲を更新すればすぐ話題のトレンドに載る。

特徴としては二つ。ひとつは「宙を浮かぶ音」らしい。ある時、どこかの音楽会社の人が言っていた。

もう一つは、メンバーの名前が全員"Sae"ということ。


「うそ…この学校にいたなんてっ…!」

「ほんと。でも普段は文化祭の不思議バンドとか言われる"フカシギ"っていうバンドメンバーだけど」


そちらの名前のほうがここの学校じゃ有名で、どちらかというとあまりいい印象を与えてないらしい。


一部のファンを除いて。


「それも知ってる…部活の展示でいつも忙しくて聞けなかったけど、ヘンテコな曲を弾くって…」

「そして、もう一つ。これはあなただけが知ってる名前。"Kanzaki"」

「あっ……うそ…うそうそうそ!?」


面白いほど反応が良く、私の口調も調子を乗る。


「ほんと。」

「じゃ、じゃあ昨日、音源とメールを送ってきた"Kanzaki"さんと、去年の文化祭で話題になった不思議バンドの人と、あのネットで話題のユニット、自我共同論のギターボーカルの"Sae"が……全部同一人物ってこと!?」


とても長い私の解説をつっかえることなくいい上げると、目を見開いて私の応えを待つ。


「ご説明どうもありがと。改めて、私の名前は神崎櫻枝。貴方を呼んだのは、その音源とメールのこと」

「ちょ、ちょっと待って。頭を整理させて」


彼女は頭を数回たたきながら、嘘でしょ…と何度も呟いていた。


「あれ、文化祭で歌う曲であり、自我共同論の新曲。それをあなたに歌って欲しい」


いろんな恋を届けて欲しい。


私たちの有志バンドは二日目の午後と、後夜祭。


そこに仕掛けたサプライズ。そろそろ彼女の仕掛けが終わる頃だろう。


私は、宙を浮く。


そして私たちは、空に飛ぶ。


文化祭前夜。この夜、様々な思いが一つに集結しようとしていた。

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