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それさえや。   作者: 源 俊一
第一期
12/27

煩い筈の直角形

「雨か…」


自然とまた窓の外に目をやる。憂鬱に古典の授業を過ごしながら、今日を終える。


私は高校三年生になってから、少し変わった。何が変わったとか、そんな具体的なものではないけれど。


「田口君、プリント」

「あ、うん」


あの彼とは、隣の席になった。二年生の時は一緒になれなかったけど、三年になってまた出会えたのだ。


隣になって自然と会話するようになったが、進展したのはそこまでで、それ以降に進むことは出来ない。


でも、それだけでも変わったことだと確信している。


帰りのホームルームが終わって、念を押される。今年は受験生。私生活は忙しくなるし、三年生の年は時間が早い。後半はみんなが集まる時間も少なくなる。


あぁ、大好きな雨は私にも冷たい。


放課後。一年からのいつものメンバーが集まる。毎回くだらない事を少し喋ってから帰るのが日課なのだ。


「そういえば早栄。知ってる?」

「なにが?」

「浪川冴愛っていう人。ほら、最近テレビによく出てるじゃん」

「ごめん、私あまりテレビ見ないから…」

「えぇ〜、見なよ」

「で?その人がどうかしたの?」

「どうかしたもなにも、その浪川冴愛っていう人。うちの高校の人なんだよ?現役高校生女優!」

「へぇ…演劇部かなにか?」

「…興味なさそうだね。そうだよ、演劇部の部長。女性が憧れる女性っていうの?かっこいいよね!」

「そう!演技も上手いし、可愛さも兼ね備えてるしね!」


友達二人は楽しそうだ。当然と言ってはなんだが、私には全く興味はなかった。そんなことよりも、明日どうするかとか、彼に話をしようかとか。

友達である彼女たちからみたらくだらないようなことを考えながら、雨に焦がれる。


もっとも。焦がして欲しいのは、彼の心なんだけどね。


「あっ」

「ん、どうしたの?早栄」

「やばい、今日私補習があるんだった」

「え、なに。受験のためのってやつ?偉いね〜」

「うん。ほら、自慢じゃないけど私、授業全く聞いてないから」

「本当に自慢じゃないこと言ったね…」


彼女達と別れて、教室に向かう。

補習がある教室は確か隣のクラスだったか。私は出来るだけ後ろの席に座り、また聞き流す。


雨が悪い。かき消されて聞こえないや。


補習が終わってから、暫くずっと席に座ったまま、窓の外を眺めていた。


「あの。早栄さんだっけ」

「はい?」


顔立ちがはっきりとした綺麗な顔の彼女は、雨に濡れた眼でもよく見えた。


「あ、ごめん。……どうしたの?」

「…なにも。何かようですか?」

「いや〜。先生に聞こうと思ったら、先生いつの間にかどっかいっちゃってさ。ちょうど早栄さんが残ってたから…」

「私、わかんないと思うよ」


少し一人になりたかった。このままずっと雨にうたれていたかった。


「私も冴愛っていうんだ。なんか運命感じない?」

「…なにそれ」


冴愛…何処かで聞いた名前。思い出そうとしたが、そこまで頭が回らなかった。


「………何で泣いてるの?」

「泣いてない」

「ふーん。そう。なら、勧誘したくなるくらい、素晴らしい演技だね」

「……なんなの?教えてもらいたいなら、早くいいなよ。ないなら、どっかいって」

「まぁまぁ。そう怒らずに。恋に悩む乙女を残してはいけないよ」


不意をつかれたように、心臓が強く鼓動する。雨の音が急に激しくなった気がした。


「あれ、図星?」

「な、な、なにを…」

「今度は動揺?いいね。可愛い」

「…………」


なにも言えなくなる。何だろう。彼女にはなにも言えない。立ち向かえないくらい、大きく。そして怖かった。


「一歩踏み出すだけで、すべてが動き出す。でも、その一歩が人によって千、一万、一億歩でもある。限りない一歩なんだよね」


彼女は語り始める。まるで、舞台に立って訴えるように言い放つ。それは、彼女ではなく、彼女が演じている何かだった。


「でもね、なぜそれを一歩っていうのかとか思わない?それだけ、客観的にみれば簡単なことなんだよ。背中をそっと押されれば、すぐ踏み出せるくらいさ」


あぁ、そうか。彼女は。いや、冴愛が演じる彼女は。私が知らない彼女だから、わからなかったんだ。


知っている。時より見かけたこともある。


でも、別人のようなのは。そのせいか。


「…一概には言えないけどねっ。そんな訳で、はい。これ」

「……チケット?」

「くどいかもしれないけど、私が出てる映画なんだよね。見て感想くれたら嬉しいかな」

「へぇ…ほんとに出てるんだね。後でサイン貰っちゃおうかな」

「そんなのいつでもいいけどさ。それは特別な"ペアチケット"だから。私より、彼を見てあげたら?」


彼女は悪魔のように微笑む。


「へ?……ペアチケット?」

「男って単純だからさ…君なら可愛いからイチコロでしょ」

「ちょ、ちょ、え?」

「うまくやんなよ」


そう言って彼女は教室から出ると、誰かと目を合わせて、手招きをする。

連れてこられたのは、田口君だった。


「あ…その…なんか冴愛のやつにチケット貰ったんだけどさ…一緒に見に行く?」


何が起こったかわからなくて。もう、雨の音さえ聞こえなくなって。


「ありがとう…」


本当は恥ずかしくて、なんだか悔しくて。

でも本当に嬉しくて。

でもうまく言えなくて。


「私でよければ…」


雨の音が私達を包み込む。私達にしか聞こえないように、雨の音が周りを遮断する。


感謝の言葉さえも。かき消してしまったけれど。それでいい。


私はもっと、雨が好きになった。

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