自暴自棄の指針
「まーた、なんか考えてるでしょ」
久しぶりに会った彼女は、なんだか幸せに満ち溢れた顔をしていて、少しだけ悔しかった。
2年前までは、浮かない顔でよく私の所に来たというのに。中学からの親友である私は、ただただ呆れるばかりだ。
「貴方をどう貶めようかを…ね」
近場の喫茶店はいつもより賑わっている。
コーヒーを少し苦く感じながら、苦笑いで微笑む。
「怖っ。もう…咲依はいっつも何か考えてるよね」
「聞き飽きたよ、その言葉」
「そう?いい加減、その四畳半ってところから抜け出しなさいよね」
「抜け出すとかそんなものじゃないんだっての…」
「あ、ごめん。よくわかんないからやめた」
「あのねぇ…」
彼女は最近、大学の同期の男と結婚した。
それからというもの、自惚れまくっているのだ。
あぁ…嫌になる。荷物が次々と追加されていくこの空間から早く逃げ出したい。
しかし、そうもいかないのだ。彼女を呼んだのは紛れもない私なのだから。
「はぁ…それじゃ本題に入るけど、紗絵は…その…5年くらい旦那さんと付き合ってた訳じゃない?」
「そうだねぇ…それがどうしたの?」
「いやその……なんか…コツとかあるの…かなぁ…って。恋愛の……?」
「えっ…?」
もう息が出来ないくらいに荷物が溢れてしまって、整理が追いつかない。もう捨てる事さえままならなくて、視界が揺らぐ。
あぁ、やっぱやめときゃよかった。
「うそうそうそ!?あの引きこもりの咲依が!?恋!?恋愛!?嘘でしょ!?」
「ちょ、声がでかいって…」
「へぇ〜、咲依が絵以外に興味をもつなんてね。どうしたの。いや、その前に誰?」
「順序良く質問してよ、片付かないでしょ」
「あ、でもそっか。高二までは彼氏いたよね。また彼?」
「そんなわけないじゃん。違う人」
「だよね〜。彼に振られたから完全に引きこもっちゃったんだもんね〜」
「わかってるんだったら、わざわざ言わないでよ…」
調子が狂う。紗絵はずっとニヤニヤしながら私を眺めている。
「コツかぁ…ないなぁ」
「絵を描く事しか私には取り柄もないし、引きこもりだし……なんて言っていいのかわかんないし。やっぱ無理かなぁ」
自分で驚いていた。四畳半で泣いている。
埋れていた段ボールが忽然と消えた。四畳半で一人、泣いている。
急に惨めになった。
「自分に強くなることじゃないかな」
「……強く…なる…かぁ」
「咲依は自分の絵をどう思ってるの?」
「どうって…」
紗絵はカフェオレを飲み干して、はぁっと息を吐く。体を伸ばしながら、記憶を遡る。
「昔から私に見せてくるたよねー。高校の時は、ずっと彼氏の絵を描いて自慢してさ。私が落ちこんでた時も絵を描いてくれたよね」
「あったね…そんな絵」
「咲依の絵は上手いよ。私は絵に関して詳しくないけど、咲依の絵には言葉があると思うんだ。言葉っていろんな形があると思うんだけど、咲依の言葉はカラフルで、わかりやすい」
「つまり、何がいいたいの?」
「なんだよ、かっこよく纏めていたのに」
「聞いてるこっちが恥ずかしい」
「だから、咲依はそのままでいいってことだよ。自分の絵に自信を持ってさ。自分に強くなって。絵で伝えればいいんだよ」
自暴自棄の四畳半に一つの荷物が生まれた。
中身を開けてみるが、やっぱりそこには何もなかった。
だけど、なんだか。自分が好きになれる匂いがした。
「今度、紗絵の絵を描いてあげようか」
「私?ほんと?いいの?」
「うん。ついでに旦那さんも。結婚記念に」
「ありがと。咲依。……にしても、あの咲依が恋愛かぁ…」
「もうやめてよ…」
彼女の言葉は少しチクっとして。
小さな小さな針のような言葉だった。




