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それさえや。   作者: 源 俊一
第一期
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泳げない人魚姫の夢

水の中に溺れていた。


遠く、遠くに。深く、深く。


海の底など見えない。光さえも薄暗い。

沈んでいく身体は、宙を浮くようにゆっくりと、一定の速度を保ちながら沈んでいく。


息はもう、ない。なのに。

ただただ、口から泡が吹き出ていく。


自分はまだ生きたいと思っているのか。

この先に終わりはない。頭の片隅でそう直感しながらも、まだ生きたいと思うのか。

そう思わされるのは、僅かな光が私を刺しているからでしょうか。


ふと目が覚めて、現実に戻る。

なぜだか、もどかしさに翻弄される。

あのまま、溺れていけばよかったのに……


なんて。


怠い身体を起こして、仕事に向かう。

大学を無事合格して、就職もちゃんとできた。こんなご時世を、私は十分に満喫していると思う。

それでも、毎日がつまらなくて。一週間経つのがこんなに嫌悪に圧されることだったんなんて。


会社までの道を歩く。

電車を乗り継いで、高いビルが見えてくる。私の仕事場だ。

何も思わない、感じないの連鎖で今日の事なんて、なんにも覚えていない。

つまらない毎日を記憶したところで、老い先役に立つわけでもない。

私は所詮、今を生きなければならない。


帰り道。

夏の道は暑く照らされ、身体が火照る。

それでも私はなにひとつ、夏を鑑みない。

私は冬のように寒い水の中、ひたすらもがき続ける。


私は泳げない人魚姫みたい。


必死に尾ひれをばたばたさせて。広く深い水の中を。ただ一人。


徐に携帯を取り出して、懐かしい名前を眺める。コール音を耳にあてる。


「もしもし…お母さん?」


一番、知ってる人なのに。声が震えて治らない。


「……どうしたの、紗江。随分久しぶりじゃない。」


私の中の水が、急に溢れ出した。

いつの間にか空が現れ、暖色の光が私を刺している。


あぁ。空はこんなに近かった。


「……紗江?大丈夫?何かあったの?」


夏になると、暗くなるのが遅くなる。

よかった。まだ明るくって。


「私……もう少し泳いでみるね。」


地面に足がついたら。

歩けるようになったら。

また、夢をみよう。


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