第7話 社交界に行こう
○自由都市国家ラクロア 首都シティ 総督府
この国の政治機構であるこの建物の晩餐会会場においてこの日、国立商品取引所の設立を祝う祝賀パーティーが開かれ、来賓として各国大使や王侯貴族、有力な豪商達が集まり各地から集められた食材を使用した豪華な料理が並べられ、演壇には各国代表や有力者が色とりどりの名酒を片手に祝いの言葉を述べていた。
そんな中、一際注目を浴びていたのはこの計画の立案者であり、若くして商事ギルド会長として国の経済の屋台骨を支え、一部の要人からは「女帝」とあだ名されているフィリアであった。
「ようやく実現しましたなあ」
「去年から始まった新聞の情報と併せて私共の商売が楽になります」
「今後ともわが国と良好な関係を保ちたいですなあ」
「機会があれば是非ともわが国に来て下さい、国王陛下も歓迎の意志を伝えております」
赤いドレスを着て、胸元にキラキラ輝くネックレスを着けたフィリアの元には数多くの要人たちが引っ切り無しに挨拶を交わし、その度に彼女は笑顔で「今後とも宜しくお願いします」「まあまあご冗談を」と当たり障りの無い挨拶を返し、隣には彼女と腕を組んでその様子を見守るヒロトの姿があった。
「おお、ヒロト殿でしたか、貴殿はこうした催しには興味がないと聞きましたが?」
「レディーに誘われたら断れませんよ」
「ほほう、相変わらず仲が宜しいようで」
フィリアの隣に普段は顔を見せようとしないヒロトがいたことで彼らはフィリアに挨拶をする傍ら、ヒロトに様々な声をかける。
「2年前の一件以降、この街で細々と暮らしていると聞いておりましたが?」
「まあ、会長の下で自由にやらせて頂いております」
「黒の魔術師と言われたあなたがもったいない、是非とも我が国でその魔術の指南を頂けませんか?」
「お誘いには感謝しますが私はこの街が気に入ってるので今のままでいようと思います」
「街を出られることがありましたら是非とも我が国へいらして下さい」
(あ~もうメンドくせえ)
引っ切り無しに挨拶や勧誘の声をかけてくる貴族や商人達の相手にヒロトはうんざりし始めていた。
派手な催しが大嫌いであった彼がこうして一張羅を着てフィリアと腕を組んでいる背景にはある計画があったからである。
「我慢しなさい、彼らも重要なスポンサーなんだから」
ヒロトの気持ちに気付いたのかフィリアは小声で話しかけてくる。
「分かってるよ、俺達の計画には莫大な資金が必要なんだしな。 でも一人でも良かったんじゃないのか?」
彼の言葉にフィリアは顔を赤くしながらこう答える。
「こ、今回の催しには参加者達のパートナーも参加することになってるから、わ、私一人で参加できないのよ」
「だからってなんで俺なんだ、ニヒルはどうした?」
「あの子は別の所で来賓のご子息達と交流を深めてもらってるのよ」
フィリアが指差す先には幼馴染でもある二アをパートナーにして子息達と雑談をするニヒルの姿があった。
「まさかあいつがパートナーとして二アを連れて来るとは思わなかったな」
「一度社交界に行ってみたいってせがまれたそうよ」
白いラインの入った黄色いドレスを着ていた二アは初めて参加した割には子息のご婦人方と楽しそうに会話していた。 幼い頃から共にこの街で育っていたためか彼女は時折二ヒルに飲み物を持ってきたり、会話の邪魔にならないように笑顔を振りまくなど上品さも漂わせていた。
「一応、耳と尻尾は隠せてるみたいだけどよく上手く付き合えてるな」
「小さい頃から看板娘をやってるだけのことはあるわね」
「あいつらこのまま上手くいけばいいんだけど」
「大丈夫よ、このままあの子が私の跡を継いで当主になれば獣族との結婚に誰も反対出来なくなるわ」
フィリアはそう言うとヒロトを掴んでいた腕に力を込め、彼の耳元に小声で「計画が軌道に乗ったらあの子に継がせるわ」と伝える。
二人がそんな会話を繰り広げている後ろでは、この会場において場違いな存在をしている者達がいた。
「リリアちゃん、これ美味しいわよ」
「エルシャさん、さっきから食べてばかりでいいんですか?」
胸元の開いた碧色のドレスを着てご馳走を頬張るエルシャの隣では白いリボンをあしらったピンク色のドレスを着ているリリアの姿があった。
「いいの、いいの。 あたし達も関係者なんだから」
(無理矢理ついて来たんじゃ......)
日頃から食い意地の張るエルシャはヒロトがパーティーに参加するのを聞き、名酒とご馳走目当てにリリアを盾にして強引について来たのである。 パートナーの参加が必須条件とされているにも関わらず、彼女は「愛娘が心配で」と言い出してリリアを前に出し、受付の人が困惑するのもお構い無しにヒロトが見ていないのを良いことに「夫はあの人です」と言って中に入ってきたのである。
「お!このお肉、ウエストサウスの子牛だ。」
「そんなに食べて大丈夫ですか?」
「こういう時こそちゃんと栄養を蓄えないとね、ん? このお酒も美味し~」
(ヒロトさん達はお料理に全く手を付けられていないのにこの人は......)
呆れるリリアをよそにエルシャは次から次へとご馳走を口に運び、様々な名酒を味わっていた。
(それにしても今日のフィリアさん、とっても綺麗......)
隣にいる不良エルフを放置して、フィリアに視線を移すと普段の奇抜な服装(リリア談)とは違い、大人の女性を演出する彼女の今の服装はリリアにとって憧れを抱くほどのものであった。
(ヒロトさんも礼服が良く似合ってるしこうして見るとお似合いの夫婦に見える気がする)
普段は灰色のツナギを愛用するヒロトであったがこの日はフィリアのために貸衣装屋からこの世界の紳士用の礼服を借りており、背の高さとがっしりとした体格、日焼けした肌と衣装がマッチしており「黒の魔術師」の異名を持つことから、周囲の未婚女性達から憧れの視線を受けていた。
「エルシャさん」
「ん、何かね?」
「あの二人は周りからどう思われてるんですか?」
リリアは何を思ったのか傍らにいる不良エルフに何気ない質問をする。
「う~ん、フィリアちゃんは日頃から手強い商人や要人を相手にしてるから「女帝」って呼ばれていて、彼女の片腕と見られているヒロト君は持ち前の技術力から「黒の魔術師」って言われてるわ。 でもフィリアちゃんと違ってヒロト君はこういった催しが大嫌いで参加しないんだけど今回は特別だからね」
「特別?」
「今、フィリアちゃんが進めている「再開発計画」のスポンサーになる予定の人達が来てるからよ。 しかもあちらはご婦人やパートナーを連れてる訳だから計画の主要メンバーであるヒロト君が参加しない訳にいかないの」
「今思うと二人はこの街で重要な立ち位置にいたんですね」
「二人とも普段は偉ぶらないからね。 特にヒロト君のアイデアをフィリアちゃんが上手く生かして実行していることが多いから、こうして一緒に仲良くしているところを見せるだけでもスポンサー達にとって安心できる材料になるのよ」
リリアが改めてヒロト達の方に視線を戻すと先ほど以上に二人の周りに人だかりが出来ており、心なしかヒロトの方に多くの女性が集まっていて彼を見るフィリアの視線が鋭くなっていた。
「あちゃーしょうがないなあ」
その光景を見たエルシャは側にいたボーイに合図をする。
「♪~♪~♪~」
音楽が鳴り響くと同時に参加者達はそれぞれのパートナーと正対し、ダンスを踊る態勢に入る。
「あ、踊らないか?」
「ちょっと!?」
若い女性達に声をかけられた為に機嫌を悪くしていたフィリアを宥めようとヒロトは半ば強引に彼女の手をとって会場の中央に連れて行き、踊り始める。
「普段参加しない割には上手いじゃないの」
「うちには良い教師がいるからな」
実はヒロトは今回の催しに参加することになった際にエルシャから「ちゃんと覚えておきなさい」と言われ、ダンスのレッスンを受けていたのだ。 ヒロトの倍以上生きていたこともあって彼女の教え方は分かり易く、今や簡単なステップ位なら問題なく出来る様になっていたのである。
「あの不良エルフも何だかんだで役に立つ存在ね」
「まあね、ちょっとだらしなくて食い意地は張ってるけど」
周囲から熱い視線を注がれているにも関わらず、二人は今後の展開について話し始める。
「あなたから教わった信号塔の設置と新しい連絡手段によって、大陸各地の天候や政治状況、商品相場の情報が一挙にこの街に集めることが出来たわね」
「情報は国にとって最高の武器だからな」
「永世中立を掲げるこの街を情報の集積地にしてそれを元に商品取引所を設置するなんて大胆ね」
「俺のいた世界じゃ当たり前のことさ。 大陸全土の商品相場がこの街で全て分かるなんて素晴らしいことじゃないか」
2年前、フィリアが商事ギルドの会長に収まった直後、ヒロトは大陸各地に存在するギルドの所有する「ギルドロード」付近に信号塔の設置と腕木通信を提案したのである。
それは既にナポレオン戦争時代に存在していた物であり、塔の先端から伸びた腕木と呼ばれる数メートルの3本の棒を組み合わせた構造物をロープ操作で動かして別の信号塔から望遠鏡で読み取る通信手段である。
原始的であるが一分間に80キロ以上という驚異的なスピードで伝達でき、ナポレオンはこれを熱心に研究し、フランス国内を縦断する500キロ近い距離を10分以内で伝達する実績を上げている。
電気通信網が出来るまでは最も優れた通信手段として使用され最盛期には総延長1万4,000キロにも達したのである。
因みに、直接見ることの出来なくなる夜間においては発光信号を利用したモールス信号を活用している。
「今やこの街は大陸全土の情報が集積される情報都市として機能し始めてるわ」
「一部の商人達による独裁に支配される時代は終わったんだよ。 これからは新聞や取引所の情報を頼りに誰もが自由に商売ができるようにならないとね」
「そうね」
そう言いながらフィリアはヒロトの胸に頭をうずめ「今日は来てくれてありがとう」と呟く。
若くして商才を発揮し、商事ギルドの会長になったものの代々この街で陣取るベテラン商人達を相手取ることは並大抵の努力でなく、躓きそうになったその都度、彼女はヒロトの協力を得て対応してきたのである。
二人はお互いを重要なビジネスパートナーとして見る反面、女性の立場の低いこの世界で必死に足掻く彼女のためにヒロトは薄暗いような取引をしてきたこともある。
光と影、二人の関係を例えるならそれが相応しいのかもしれない。
二人がそんな会話を繰り広げていると音楽の音色が変わり、お互いの相手を代える場面となる。
「じゃあまた」
「ええ......」
二人は体を離して、それぞれが隣にいる人間達とペアを組み始める。
「エルシャ、いつの間に!?」
ヒロトが手を取った相手は先程まで料理を食べることに夢中になっていた不良エルフであった。
「いいじゃないの、私が助け舟を出してあげたんだしさ」
「予定より早いと思ったら君の仕業か」
「良いお姉さんでしょ?」
「......ああ」
先程まで周りの空気を気にせずに勝手なことをしていたとは思えない軽やかなステップで彼女はヒロトと踊り始める。
「リリアはどうした?」
「ああ、あの娘ならさっき可愛い男の子が声をかけてきたわ」
彼女が目線を送る先には同じ年代ごろの男の子と踊るリリアの姿があった。
「大丈夫なのか?」
「あ、焼いてるの~?」
「馬鹿、心配してるんだよ」
リリアの踊りはどこか拙く、終始男の子にリードされている感があった。
「何か訳有りの子みたいね」
「分かるのか?」
「あの子達を見る周りの大人の目線が怪しいもの」
エルシャの言うとおり、リリア達の周りにいる大人たちの目線は決して微笑ましいものばかりでなく、浅ましい視線を送る者が時折見受けられる。
「どう思う?」
「う~ん、もしかしてあの男の子は妾の子供かもしれないわね。 服装からするとウエストノース出身かも」
「あの歳で俺達と繋がりを持とうとしてるのか?」
「多分、違うわね。 どっちかって言うとリリアちゃんに好意を持ってるかも」
「おいおいおい、まだ早いだろ!」
「良いじゃない、恋に歳や種族は関係ないわ」
彼女はそう言うとヒロトの後頭部に手を回して耳元で「これは貸しよ」と伝える。
「貸しって!? 君には随分貸しを与えた記憶があるんだけど」
「何よ、お金と一緒にしないでよ!!」
エルシャは頬を膨らませてプイっと顔を逸らす。 70年近く生きてきたくせに彼女は時折こういった子供っぽいところが見受けられる。
「分かった、どうして欲しい?」
「......今度私のために時間を作ってよ」
「え!?」
「一緒に住んでるのにちっとも相手にしてくれないじゃない」
(やれやれ、しょうがないな)
ヒロトはため息混じりに「今度の休日はどうだ?」と答える。
「ダメよ、その日は用事があるの」
「分かった、その次の休日はどうだ?」
「遠すぎる、待てないわ」
「あ~もう、じゃあ三日後の午後でどうだ?」
その言葉に反応して彼女はヒロトと目を合わせて笑顔で「良いわよ」と答える。
「場所はいつものとこで良いか?」
「うん、楽しみにしてるから」
二人がそんな会話を繰り広げている一方で、会場の中央で踊っていたリリアは少年と当たり障りの無い会話を繰り広げている光景があった。 彼は踊りに不慣れな彼女を上手くサポートしつつ周囲の大人たちと一定の距離を取ったのを確認するとあることを口走る。
「実は僕、妾の子供なんですよ」
「え!?」
突然の言葉にリリアは上手く表情を取り繕うことが出来ず、口を開けてしまった。
「驚くのも無理は無いと思いますが僕の父は格式の高い家柄の人で、元来の横柄な性格が災いしてメイドとして働いていた母に手を出して僕が生まれたんです」
「そうですか」
「おや、可愛そうとは思わないんですか?」
少年の疑問は最もかもしれないがリリア自身、孤児院にいた頃はそんな子供が何人もいたので珍しく無く、自身の出生の経緯を知らない彼女にとってまだ親の姿を知っている彼等を羨ましくも感じていたからだ。
「まだご両親は健在ですか?」
「ええ、母の妊娠を知って以降、父は母に対しては純粋に愛情を抱くようになり、彼女に家を与えて静かな生活を用意してくれました。 しかし、他の腹違いの兄弟や貴族出身の愛人達はそんな僕達の存在を疎ましく感じていて、暗殺を恐れた父の薦めに従って母と離れてこの街に住むことにしたんです」
「じゃあ今日はなぜここに来たんですか?」
「これでも僕は母国で少年騎士団の団長をしてたんですよ。 今日はその頃の恩師の方に呼ばれましてここに来た訳です。 まあ、正直言ってこの空気はあまり好きになれませんが」
少年がそう言い終ると同時に音楽が鳴り止み、ダンスを踊っていた人々は相手に別れを告げて、それぞれのパートナーの下へ戻っていく。
「今日は有難うございます、あなたのおかげで楽しい一時でした」
「待って、あなたのお名前は?」
少年はそっとリリアの右手の甲にキスをした後、別れ際にこう答える。
「ウエストノウス第七王子クーシェ・ソレイユです」
「王子様なの!?」
リリアの言葉に少年は「またお会いしましょう」と言い残し、その場を後にする。
「クーシェ、あなたは一体......」
一人取り残され途方にくれるリリアに意外な人物が声をかけてきた。
「どうだったかい、王子様の相手は?」
「ニヒルさん! 私の相手をして大丈夫なんですか?」
リリアの言葉に彼は「みんな姉さんの所に行ったよ」と答える。
「二アさんはどこに?」
「向こうでご婦人方とこの街の孤児院についての話をしてるよ。 上手くいけば何人か支援者を見つけてくるかもね」
ニヒルの言うとおり、パートナーに放って置かれたご婦人達は二アの話す孤児院の運営事情の話を熱心に聞いており、中には彼女の手を取って「自分に手伝わせて欲しい」と言う人まで現われていた。
「みんな彼女が猫族の血筋であることに気付いてないみたいですね」
「彼女のような民族はまだ上流階級の人々においては偏見が強いからね」
「仲が良いみたいですけど」
「うん、幼馴染なんだ。 いずれは結婚しようと思ってるし」
「え、そうなんですか!?」
リリアは二人がそこまでの仲になっていることに初めて気付いてしまう。
「でも、今の立場じゃ周りが認めてくれないよ。 一応、僕の実家であるメルカトール家は統一王朝時代の重臣を先祖に持つ名門一族だからね」
フィリアと同じようにニヒルもまた身分違いの恋をしていたのだ。 それ故に彼は愛するフィリアと二アのために周りが口を出せない相応しい立場になろうと必死で頑張ってきたのである。
「姉さんの命を助けてくれたヒロトさんを僕は実の兄のように慕ってるし、姉さんと結ばれることを望んでるよ。 そのためにも僕がしっかりしないとね」
「ニヒルさん」
優男のように見え、頼りない印象もあったニヒルの決意をリリアは初めて知ることになる。
その後、催しは無事に閉幕し、フィリアは参加者を最後まで見送った後、子息達との懇親会に参加するニヒルを残してヒロト達と共に馬車で商事ギルドに戻ることにする。
○商事ギルド 4F フィリアの部屋
「あ~もうダメ!」
靴を脱いでボフンとベッドの上に倒れこむフィリアのために俺は紅茶を用意していた。
リリアについては酔いの入ったエルシャが「今日は一緒に寝ましょうね」と言って連れて行ってくれたので久しぶりに二人っきりで過ごしている。
「ねえねえ、こっちに来てよ」
「何だ?」
俺は入れたばかりの紅茶をテーブルに置いた後、彼女の隣に座る。
「三日前にアレがきたのよ」
「アレ?」
何のことを言ってるんだ?
「つ、月のものよ!!」
「あ~そうなんだ......ん? ということは......」
「今日はその...いいのよ抱いても」
「そういうことか」
その言葉と同時に俺はフィリアの体を押し倒し、唇を奪う。
「ンンン......」
突然のことに彼女は顔を赤くして体を震わせるも次第に俺の唇を吸い始め、背中に手を回して抱きしめる。
「はあ、はあ、今日は寝かせないかもしれないぞ」
「久しぶりだから思いっきりしていいわ」
突然のことで驚かれるかもしれないが俺とフィリアは既にそういう関係なんだ。 ただ、未だに結婚に踏み切れていないのは単純に俺がへタレという訳ではなく、今の彼女の立場を思ってのことだ。
名門一族の当主でもある彼女が俺のような流れ者と結婚することは世間は決して認めない。 だからこそ、ニヒルが彼女の跡を継げるようになるまでこういった関係を維持するしかないのさ。
この階も完全な防音構造にしているため俺達は周囲を気にせずに声を上げて激しく愛し合った、恐らくエルシャもこれを予想してたんだろう、何気に今日は色々と世話になった。
(ちゃんとお礼を言わなければいけないな)
俺は心の中でエルシャに感謝しつつも快楽に身を委ねてフィリアを愛し続けていた......
○深夜
結局夜遅くまで愛し続けたためかフィリアは汗だくのまま俺の腕を枕にして寝息を立てていた。
「我ながらやりすぎたか......」
俺はそう呟くと彼女の赤い髪を撫でる。 良い女だ、毎日でも傍にいたいが商事ギルド会長という立場柄、そう何度も部屋に男を連れ出せば職員達から不審がられる。 それに間違っても妊娠という事態は避けなければならない訳だし。
「こんな小さな体の肩には何万人もの人々の運命が乗っかってるんだよな」
快楽を得た後の余韻なのか、フィリアの顔を見つつ俺はふと今までの人生について振り返ってみる。
元の世界では常に社会に反抗し、ガムシャラに生きてきたつもりだったが考えてみると一人で生きてこれた訳ではなかった。 「中村工務店」にいた頃も何かとこき使われこそしたが毎日にやりがいを感じていた。
(社長達、元気にしてるかな)
かつての仕事仲間のことを思い出してしまったが、今の俺にはこの世界に守るべき仲間や愛する人もいる。 俺はもうこの世界に骨を埋める決意をした筈で、だからこそフィリアを抱いたんだ。
愛する女の体温を肌身に感じつつ俺は自分にそう言い聞かせた。
○5F ヒロトの部屋
「エルシャさん、起きてます?」
「ん、どうしたの?」
「苦しいんですけど......」
「あらやだ!?」
寝相のためかリリアと一緒のベッドで眠っていた彼女はリリアの顔を自分の胸の中に埋めて苦しませていたことに気付く。
「ちょっと変なこと聞いてもいいですか?」
「どうしたの?」
「私、物心ついた頃から孤児院にいたので両親のこと何も知らないんです」
「そうなんだ」
「エルシャさんの両親ってどこにいるんですか?」
リリアの言葉にエルシャは言葉を濁しながら「たぶんエルフ族の集落にいると思う」と答える。
「実は親から勘当されてるの」
「え!? エルシャさんみたいな方がなぜ?」
そうは言ったもののリリアの内心には、日頃のだらしない姿のエルシャに呆れたからではないかと思ってたりする。
「8年前の戦争でね、私は医療班として前線にいたんだけど族長達からの撤退の通達を無視して終戦まで医療活動をしてたの。 だけど、そのせいで戦後、実家に身を寄せようとしたら裏切り者のレッテルを張られちゃってて追放されちゃった訳よ」
「そんな......」
「族長達の言うことは絶対なんだけど、私はどうしても患者さんを見捨てられなかったのよ」
「ひどい話ですね」
エルシャの過去の一端に触れ、リリアは悲しみを抱いてしまう。
「でもいいんだ、こうして皆と出会えたわけだしね。 私にとって今の皆が家族よ」
「エルシャさん......」
リリアは思わずエルシャに抱きついてしまう。 クーシェから親の話を聞いて以降、彼女はずっと自分の両親について考えてしまっていたのである。
「あらあら、甘えん坊なんだから」
エルシャはリリアの髪をそっと撫で、母親のように優しく背中を包む。 血は繋がっておらず、種族こそ違えど、彼女はリリアのことを実の娘のように思い始めてきたのである。
(そろそろ私もこの位の娘がいても良い時期なんだよね)
村を追い出された時のことを思い出しつつ、彼女はリリアの体温を肌身に感じながら眠りにつくのであった。
○某所
「ヒヒヒ、また良い娘が手に入ったな」
男はそう言いつつ、盗賊から引き渡されたばかりの3人の少女達の鎖を引いて檻へと向かう。
まだ首輪はされていないものの、辛いことがあったのか少女達の眼から生気が失われていた。
「またあの旦那に買ってもらうとするか」
相場の二倍以上の大金でリリアを買ったヒロトのことを思い出しつつ男は牢の鍵を開けて中に入る。
しかし......
「誰だお前は!!」
誰もいない筈の牢の中にはすでに先客がおり、黒いフードで体を覆って不気味な姿をしていた。
「ここに黒い髪を持つ10歳くらいの女の子がいたでしょ?」
声の質から察するに相手は女性らしい。 彼女は腰に差していた鞘から剣を抜くと切っ先を男に向ける。
「ま、待て!! そんな奴はここにはいない!!」
「嘘おっしゃい!! 貴様が盗賊が拐った少女を違法に売買してたことは分かってるのよ!!」
「ひ!?」
喉元に剣を当てられ、男は恐怖のあまり漏らしてしまう。
「早く言わないと殺すわよ」
フードの合間から見える女の目は殺気立っており、最早下手な小細工は通じない相手であることは明らかであった。
「ラ、ラクロアの首都シティで売った!!」
「買ったのは誰?」
「黒い髪と瞳の大柄でガッシリとした男だ、歳は多分20代後半、大金を持っていたからたぶんどっかの御曹司かもしれねえ」
「分かった、ご苦労」
男の言葉に彼女は満足したのか剣を鞘に戻す。
「あ、あとこれは俺のカンなんだがそいつはたぶんあの街の住民だと思う」
「そうか......もう用は無い」
彼女はそう言い残すとツカツカと牢の外へと足を進める。
「た、助かった......」
安心したのか男はその場でしゃがみこもうとするが
(な、なんだ!?)
突然顔が地面に激突し、なぜか自分の体を見上げてしまう。
(う、うわああああああ)
死ぬ直前の男の視界に入ってきたのは首から上が無くなり、血飛沫を上げる自らの体であった。 そう、男は気付かぬうちに首を切られていたのである。
(ゲスが)
フードの女は先程抜いた剣に着いた血を拭って鞘に戻すと、奴隷として捕まっていた少女達を解放し、彼女達を連れて外に出る。
(姫様申し訳ありません、必ずあなたを見つけお救いいたします)
新たな決意を胸に彼女は少女達を馬車に乗せ、アジトへと馬を進める。
リリアを姫と呼んで行方を追うこの女の正体は何者なのか、ヒロト達にどう接触を図るのか、物語の影に大きな陰謀が垣間見えようとしていた。