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第4話 チーム「キャッツハンド」

○早朝 商事ギルド


 朝を知らせる鐘の音に反応して私はウトウトしながらもゆっくりと起き上がる。 周りを見渡すと私が眠っていたベッドの他に部屋には小さなテーブルセットとソファー、大きめの本棚があり昨夜の記憶から考えると、あの店で夕飯を食べた後、疲れていたためかそのまま眠ってしまい、ヒロトさんの手によってここに運ばれたようだ。 とりあえずベッドの上から周りを見渡した後、窓から外の光景を眺めてみる。

 どうやらこの部屋は5階に位置しており、視線の先には昨日私が売られていた広場が見え、中央には先程鐘を鳴らしていた大きなお城が建っていた。 


「お、おはよう。 よく眠れたかい?」


 後ろを振り返ると両手に朝食の入った皿を持つヒロトさんの姿があった。


「君はあれからすぐに寝ちゃってね、まあ疲れてたんだからしょうがないけど」

「そうだったんですか... ...」


 昨夜の出来事ははっきり覚えている。 彼に案内された酒場で私は人懐っこく接してきた二アさんの料理を食べたんだ。 彼女の料理は今まで見たことのない物だったが、小麦粉を練って茹でただけなのにホクホクして味わい深く、どこか懐かしさを感じるその味に私は思わず涙をこぼしてしまった。 

 奴隷の身分に落ちて以降、周りの少女達を支えるために私はどんな事があっても涙を流すまいと決意し、事実今まで涙を流さず過ごしてきた。 

 しかし、久しぶりに人の温かさに触れたことによって私の記憶の中にあった養父母との思い出、孤児院にいた頃の楽しかった毎日を思い出してしまい、それらを失ったことによる悲しみを一気に思い出してしまったのだ。


「朝ご飯持ってきたから食べようか」


 ヒロトさんは昨夜のことが無かったかのように朝食を部屋のテーブルの上に置いてくれた。


「ここは?」

「東地区にある商事ギルド5階の俺の部屋だよ。 ちょっと殺風景だけどね」


 彼はそう言いながら椅子に座って朝食のパンを口に運ぶ。 私も彼が用意してくれたそれを食べてみる。


「美味しい!」

「旨いだろ? 俺が作ったんだよ」

 

 一見、何の変哲もないパンだと思ったら中にレタスや玉葱、ハムや卵が挟んであり、赤いソースの酸味が口に広がり私の舌に心地良い刺激を与える。

 こんなに美味しいパンがあったことに驚いてしまった。


「ベーグルって言うんだ」

「ベーグル?」


 聞き慣れない言葉に私は頭を傾げてしまう。 私の知っているパンと言えば主にお腹を満たすためだけの物であり、こうしてサラダやハムを挟んで一緒に食べるなど聞いたことがなかったからだ。


「俺の故郷の食べ物さ。 こうすることによって片付けが楽だし、片手で食べられるから忙しい時には便利だしね」


 ヒロトさんはそう言いながらモグモグと朝食を食べつつ、空いてる手で新聞と呼ばれる紙を見ていた。


(ゆっくり食べればいいのに)


 朝食を食べつつ、私はヒロトさんの人物像について考察する。 昨日までは彼のことをお金持ちの御曹司だと思っていたがこの生活ぶりから察するに大金を持っている他は一般市民と変わらぬ生活をしているようだ。


「今日から俺と一緒に仕事をしてもらうことになるけど良いかな?」

「仕事? そういえばヒロトさんのお仕事って何ですか?」


 その言葉にヒロトさんは笑みをこぼしながら聞いたことのない名前を口にする。


「マシーナリーさ」

「マシーナリー?」

「機械の発明や修理を専門とする技術者さ。 まあ、魔法のあるこの世界じゃあ変人扱いされることもあるんだけど」


 物を直すなら鍛冶師と言えばいいのに...彼はなぜそのような名前を名乗るんだろうか?


「疑問に思うのも分かるよ、なにせこの職業はこの世界で俺だけが名乗ってるんだからね」

「ヒロトさんだけなんですか!?」

「俺にしかできないことがあるからね」


 彼はそう言った後、私が朝食を食べ終わるのを見計らい「見せたい物がある」と言って屋上へと案内してくれた。




○商事ギルド 屋上


キイイイイイイ......


 屋上へと続くドアを開けると目の前に俺が設置した太陽光パネルと貯水タンクがあった。


「よし、充電完了だな」


 俺が側に設置してあるバッテリーの電圧をテスター(測定機)で確認しているとリリアは興味深げに太陽光パネルを眺めていた。 無理もない、ここにある物はこの世界で作られたものではないからな。


「珍しいでしょ? それはお日様の光を利用して電気を作ってくれるんだよ」

「電気?」

「魔法の元となっているマナと同じような物だと思ってくれて良いよ」

「ではその電気という物をその箱に溜めているんですか?」

「そういうこと、これは魔法の箱なのさ」


 そう言いながら俺は太陽光パネルに接続されていたバッテリーのケーブルを外す。

 リリアはそれを眺めながら俺にある疑問を口にする。


「そういえばヒロトさんの魔法の特性は何ですか?」

「俺の?」


 この世界の人々は空気中に存在していると言われている「マナ」と呼ばれている物を利用して生まれ持った特性に応じた魔法を使用できるのである。

 使用できる魔法の特性は大きく分けて火、水、風、土、光、闇の6種類があり、普通の人はこの中のどれか一種類しか扱えず、国のお抱えの魔術師でも3種類が限界だと言われている。 個人の魔法の特性が分かるのは7歳頃からであり、教会を始めとした特定の施設でのみ使用が許されている「魔法紙まほうし」というマジックアイテムに血を垂らすことによって判別できるのである。


「火と風だよ」

「2種類も扱えるのですか!?」

「君の方が凄いと思うけど... ...」


 火と風の2種類の魔法を扱える人間は珍しいのだが、実は光や闇の特性を扱える人間はもっと珍しいのだ。

 この世界の人々はそれぞれの魔法の特性に合った職業に就いてることも多く、火の特性は鍛冶師や料理人、水の特性は掃除人や洗濯屋、風の特性は船員、土の特性は土木工事、光の特性は僧侶やシスター、闇の特性は召喚師、といった具合である。

 この中で光と闇の特性を持つ者は非常に少なく、全人口のうち約0.1%位しか現れないのだと言う。 光の特性を持つ者は治療魔法を扱えるのでこの世界の医療機関でもある教会で働く人が多く、安定職であるため光の特性のある子供が見つかった家庭は将来安泰と言われている。

 逆に闇の特性を持つ者は一度触れたことのある様々な生物や物質を別の場所から召喚できるのだが、困ったことにウサギや亀、鶏といった小動物やタライやお椀、木の桶など両手で持てる小さな物しか出せず、不便な能力として扱われている。  金を召喚した者もいたそうだが、残念ながら成功した途端に窃盗罪として逮捕され、実際に聞いた話でも旅の途中の食料調達や手紙を介した連絡手段くらいしか使い道が無いそうだ。

 しかし、近年は部隊ごとに細かな連絡が必要な軍の伝令として活躍したり、いつでも離れた場所から新鮮な食料を出せる特性を生かして王宮や貴族、豪商の料理人として腕を振るう者もいたりする。

 因みに一般市民は魔法を使えるからといってドラ○エやファ○ファンのように強力な炎の壁を出したり、竜巻を起こせる訳でなく、火種や洗濯機の代わり程度にしか使えない。 

 そのため、実際の戦闘においては魔法使いや医療班、炊事班以外でほとんど活用されていないのが現状なのだ。

 

「君の特性は珍しいものだからいずれはキチンとした教育を受けさせないとね」

「でも... ...」


 二種類以上の特性を持つ者は強力な魔法使いになることが多く、各国は戦力確保の目的で彼らを無料で国立の魔法学園に入学させるか有力な魔法使いの元で修行させ、光の特性を持つ者は教会に入って修行をするのが一般的な流れなのだがそれには一つ条件が必要である。

 

「私はもう10歳なので教会で学ぶことが出来ません」


 リリアの言う通り、教会に入る絶対条件の一つが年齢が10歳未満であることだ。 初めてそれを聞いたとき、俺は教会の連中にはロリコンが多いのかと思ったのだが、これにはれっきとした理由がある。

 光や闇の特性を持つ者の扱う魔法は他の特性と比べて魔力のコントロールが難しく、特性が発覚し、まだ魔力の低い7歳頃から英才教育を行って、魔力が一気に増大する10歳までに一定量の魔力をコントロール出来るようにする必要があるのだ。 

 そのため、教会などで英才教育を受けられず10歳になってしまった子供が光や闇の特性を勉強しようと思うなら高い授業料を覚悟して個人教授を見つけなければならないのである。


「お金のことは気にしなくて良いよ」

「でも、ヒロトさんにこれ以上ご迷惑をおかけすることは...」

「大丈夫、一つアテがあるから」

「え?」

「昔の冒険仲間で今はこの街の北地区にある大学に勤めてる奴がいるんだ。 街有数の専門家だから今度連れて行ってあげるよ」

「そうなんですか... ...」


 話の内容が今一つ理解できていないリリアに俺は「まあ楽しみにしててよ」と伝えると充電の完了したバッテリーを持って彼女と一緒に工作室へ向かうことにする。

 ちなみに俺の魔法特性に関しては幾つか彼女に隠していることがあるのだが、それはこの世界の魔法の常識を覆してしまうことであったため、彼女の向学のためにも教えないようにしていた。




○商事ギルド内 工作室


 二人が入った室内には様々な種類の工具が規則正しく置かれており、製図台と思われる机の上には何かの設計図が置かれていた。


「寝室の隣にあるこの部屋が俺の仕事場さ。 まあ、普段は出張修理の依頼が多いからあんまりいないけどね」


 そう言いながらヒロトはバッテリーを工作台の上に置いて充電式工具の充電器に繋ぐ。

 リリアは屋上の時と同じように興味を持ったのか彼の見えないところでいくつかの工具を手に持ってみる。


「きゃ!?」

「大丈夫かい?」


 リリアはたまたま手に持っていた電動ドリルのスイッチを押してしまい、突然先端が回ってしまったことに驚いてしまう。


「ごめんなさい... ...」

「いいよ、まあ今度から気をつけて。ここにある工具は使い方を誤ると簡単に指が持ってかれるからね」

「ええ!?」


 リリアは昨晩、安易にヒロトの元で働かせて欲しいと言ったことを後悔し始めていた。 リリアの目から見て分かるとおり、ヒロトの仕事は様々な工具を使用するため小さな少女が手伝いの出来るほど甘くないのである。


「よし、じゃあ下に行こうか。 ニヒルが君の服を用意してるはずだし」

「服? それでしたら昨日買ってくれたのでは?」

「君の仕事着だよ」


 二人がそんな会話をしていると「おはようございます!」の声と共に荷物を手にしたニヒルが工作室に入ってきた。


「ヒロトさん、リリアちゃんの服持ってきたよ」

「おう、悪いな。 今行こうと思ってたんだ」

「いいですよ、丁度今日の仕事の内容を伝えようと思ってましたし」


 ニヒルはそう言うと中央にある作業台の上に荷物を置くと一着の灰色の服を取り出す。


「ヒロトさんの服を参考にドワーフの子供向けに作ったんですけど人気がなくてお蔵入りになってたんですよね」

「ドワーフは好きだけどこの服の良さを理解してくれないとはな」

「なんかみんな「父ちゃんと同じ物が良い」って言っちゃうんですよね」

「父親への憧れが強いんだな... ...」


 ヒロトはそう呟くとリリアに「この服に着替えてみて」と伝え、彼女は着替えるために隣の寝室へと移動する。


「フィリアはどうしてる?」

「執務室でグッスリ眠ってますよ」

「あいつには迷惑をかけたな」

「いえ、姉さんは好きでやってるだけなんで大丈夫ですよ」


 リリアが着替えている間、二人はかつて冒険をしていた頃の思い出を話し始める。


「守銭奴のフィリアも立派になったな」

「ヒロトさんは相変わらず何も変わりませんね。 元の世界に帰りたくありませんか?」

「俺の居場所はここしかないと思ってるさ」

「姉さんのことを考えているんですよね?」

「さあな」


 ヒロトがニヒルからの質問に曖昧に答えていると寝室のドアが開き、中からヒロトとお揃いの灰色のツナギを来たリリアが出てくる。


「お、ピッタリだねえ」

「に、似合いますか?」

「似合うよ」


 初めて着る服をお披露目したためかリリアは顔を赤くしてモジモジしていた。


「流石姉さんだ、しっかり調整してくれたみたいだね」

「そうなの!?」

「リリアちゃん、後ろを向いてもらえるかな?」

「はい?」


 ニヒルに言われ、リリアはヒロトに背中を向ける。


「あいつここまでしてくれたのか」

「徹夜で張り切ってたよ」


 リリアのツナギの背中にはヒロトのトレードマークでもある黒猫の後ろ姿をモチーフにした刺繍が縫いこまれてあった。


「この刺繍ってどういう意味なんですか?」


 リリアの疑問にヒロトは胸を張りながら口を開く。


「俺達のチーム「キャッツハンド」のロゴマークの一つさ。 ルーツは俺の故郷で「猫の手を借りたい程に忙しい」って言葉があってそれを元にしたんだ。 実際、猫の手は小さくて頼りないけど俺は忙しかったり困ってる人の助けになれる猫になろうって思っているんだ」

「え?」

 

 ヒロトの説明がよく分からずリリアは首を傾げてしまうが、彼はそんなリリアの反応を放置して仕事の準備を始めていた。 

  

「要は自分は猫の手程度の技量しかないけど日々、技量を伸ばしてお客様の手助けになろうってことだよ」

 

 ヒロトの考えを理解できなかったことを察してかニヒルが小声で補足を加える。


「ヒロトさんって猫の手程度の技量なんですか?」

「とんでもない、この人の技量は高いんだけど当の本人が「自分は未熟者」って思ってるだけだよ」

「なんでそう考えてるんですか?」

「職人気質なんだよ、己の技量に満足してしまって上達することを辞めて技量を落としてしまうのを恐れてるのさ」


 二人がヒソヒソ話をしている一方で、ヒロトはニヒルの持ってきた荷物の中からある物を見つけてしまう。


(フィリアの奴、こいつまでお揃いのを作ってたのか)


 彼はフィリアが作ったと思われる帽子を取り出すとリリアのほうに向いて「これでリリアも「キャッツハンド」の一員だ」と言って、リリアの頭に猫のマークの刺繍が縫われているお揃いの帽子を前後逆の状態で被せる。


「あいつ、リリアの帽子に変な物付けやがって... ...」

「ハハ、姉さんらしいや」

「?」


 リリアが被る帽子にはロゴマークに倣ったのか黒猫の猫耳が縫われてあり、被らせた瞬間に「ピン!」っと耳が立ち上がった状態になっていた。


「あいつのファッションセンスは段々おかしな方向に行ってないか?」

「なんでだろうね~」


 ヒロトの言葉にニヒルはニヤニヤしながら答える。 実はフィリアがフリルの付いた服を着るなど、奇妙なファッションをする理由がヒロトの気を引くためである事実を彼は知っていたのだが、面白いので黙っていることにしているのである。 


「ありがとうございます!!」


 二人の言葉をよそに、リリアはヒロトと一緒に仕事に行かせてもらえるのが嬉しかったのか笑顔で答える。


「...まあいいか」

「可愛いらしいしね」


 寝室にある鏡を使って、自分の姿を見てはしゃぐリリアを見てヒロトは顔を少し赤くしてこのままでいこうと思い直す。 


「しっかりしているように見えてまだまだ子供だな」

「そういえば今日の仕事なんですが午前中は北地区にあるサーヘル大学に向かってもらえませんか? あそこの研究室のシンクの配水管に亀裂が入ってしまったそうなんで」

「サーヘル大学? 確かあいつが研究員として働いてたよな?」

「あいつと言いますと?」

「エルシャだよ」

「あ~最近見てなかったから忘れてましたよ」


 ニヒルはようやくかつて一緒に旅をしていた仲間の名前を思い出す。 彼女はこの街屈指の魔法使いであり、その豊富な知識と経験を活用して現在は大学の中にある専用の研究室で各種魔法技術の研究を行っている。


「ずっと研究室に閉じ篭もってるからな」

「まだお世話をしてあげてるんですか?」

「ああ、あいつは誰かが面倒を見てあげないと生活できないし」

(姉さんが聞いたら嫌な顔するだろな)


 ヒロトの言葉に日頃から姉を応援する立場にあるニヒルは苦虫を噛むような気持ちを抱いてしまう。


「あいつにリリアの個人教授をしてもらおうと思うんだ」

「リリアちゃんが光魔法の特性を持ってるならピッタリだと思うけど大丈夫かな?」

「あいつ以外に10歳以上の子供の魔力を鍛えられる奴は思い当たらないけどな」


 10歳を超えた子供の魔力を鍛えるのは並大抵のことではなく、時には本人の命の危険を伴うリスクを覚悟しなければならないため普通の魔法使い達はそれらの子供を育てたがらないのである。 それ故にヒロトは自身の知り合いの中で最も優秀で信頼の置ける人物にリリアの教育を頼むことにしたのだ。


「ヒロトさんの頼みなら彼女も断れないでしょうね」

「断ってきたら餓死させるまでさ」

「あ~こわいこわい」


 その後、ヒロトは一通りの準備が終わるとリリアと共に依頼先であるサーヘル大学へと向かうことにする。


「気をつけてくださいね」

「ああ、フィリアにありがとうって伝えといてくれ」

「それは自分で伝えて下さい」


 ニヒルに見送られ、二人は仕事に向かう。 商事ギルドから離れると同時にリリアはある疑問をヒロトに投げかける。


「ヒロトさんとフィリアさんって恋人同士なんですか?」

「な、何言ってんの!?」


 突然の話題にヒロトは驚いてしまう。


「すみません、仲が良さそうだったので」

「まあ、そう思うのも無理はないか」


 観念したのか彼は依頼先に着くまでの間、フィリアとの馴れ初めを話すのであった。




○商事ギルド内 会長執務室


「姉さん、朝だよ!!」


 リリアの仕事着を徹夜で用意したために朝食片手にニヒルがいくら声をかけても、机の上で眠るフィリアは一向に目覚めない。


「あ~もう......起きろ!!」


 ジャーン!!


「ひゃう!?」


 耳元で響く銅鑼の音にフィリアは驚き、可愛い声を上げてしまう。


「こ、ここにあった服は!?」

「もうリリアちゃんに渡したよ」

「そう......じゃあ既に二人は出発したのね」


 フィリアは慣れない裁縫をしたために包帯だらけになった指でヒロトの作った朝食を口に運ぶ。


「姉さんも無茶しないでね。 ヒロトさんもああ見えて姉さんのことを想ってるんだし」

「ち、違うわよ! 彼ってそそっかしいから私が面倒見てあげてるのよ」

「お互い正直じゃないから......」


 ニヒルは姉のツンデレ振りに呆れつつ部屋の窓を開ける。


「昨日だってあのままだと危なかったわ」

「そうだね」


 二人は昨日の広場での一件について話し始める。


「あの時のヒロトの目は本気だった......」

「まさか......」

「あの力を使うつもりだったのよ」

「彼等も姉さんのお陰で命拾いしたってことなんだ......」

「4人の命に対して金貨35枚は決して高い授業料では無いのよ」


 姉の言葉に戦慄を覚えつつもニヒルは机の上にある腕章に目を移す。


「懐かしい物があるね」

「もう2年も経ってしまったわ」


 色褪せたその腕章はかつて三人で冒険者ギルドに所属していた頃の物であり、黒猫をトレードマークにしていたヒロトと違い、白猫の絵柄の隣に金貨の山が描かれていた。


「ヒロトさんに「守銭奴」ってからかわれてたね」

「白黒の斑模様のあんたに言われたくないわ」

「二人のサポートに回ることが多かったからだよ」


 猫を基準としたトレードマークを持っていた二人もまた「キャッツハンド」の一員だったのである。

 思い出を話しつつフィリアは窓の外を眺めながらポツリと呟く。


「たまに思うの、あの頃に戻れたら良いなって」

「ヒロトさんと相談した結果じゃないか」

「そうだけど」


 フィリアはニヒルに向かい合うと同時に自身の不安を打ち明ける。


「段々彼が遠い存在になってしまう気がするの」


 彼女の言葉にニヒルは何も言えなくなってしまった。

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