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第35話 一匹狼

○イーストサウス 首都 バハム

 この国の首都でもあるこの港街は海運業と海を隔てた離島諸島との交易で得た魔法石と呼ばれる魔術道具の輸入や製作、造船業が盛んなことでも知られており市場では大陸各地から集められた交易品を並べる商店が目立ち、初めての街を前にしてリリアは目を輝かせてしまう。


「凄いですね」

「だけど外から多くの商人の出入りが活発な反面、治安が良くないから私のような傭兵が重宝されるのさ」


 リリアの言葉に対し、アミは素っ気なく答える。 彼女は笑顔が少ないものの、ここまでの道中においてアミの口からヒロトのことを色々と聞けた影響からか、始めの頃と違って幾分かお互い親しみが持てるようになっており、今は組織との連絡に向かっているカルラに代わってリリアの護衛を引き受けてくれている。


「この街にずっと住んでたんですか?」

「一応、下宿替わりに利用させてもらっている宿があるが、依頼の都合であまり帰っていない」

「一人暮らしなんですよね?」

「ああ」

「寂しくありませんか?」

「......」


 痛いところを突かれ、アミは口ごもってしまう。 ヒロトへの想いを断ち切るため、故郷にチズを送り届けたあとこの街に移住したものの、先日はその懐かしさからかラクロアに行く依頼を受けてしまった。

 その結果、自分に代わって仲間の仇をとってくれたヒロトを前にして彼女の中で淡い想いが再燃している手前、リリアの言葉がグサリと突き刺さってしまう。


「報告を終えたら戻らないですか?」

「...今更戻って何になる? あいつにはフィリアとエルシャがいるんだぞ」

「ヒロトさんならアミさんのこともきっと受け入れてくれますって」

「あの色ボケに頭を下げるつもりはないさ」

(素直じゃない人...)


 アミの意地の張りっぷりを前にしてリリアは内心でもどかしさを感じてしまう。 アミよりもヒロトと過ごした日々は短かったものの、これまでの流れから察するに彼もまたアミのことを想っているはずだと少なからぬ確信があったからだ。

 

「もう、これでも着て誘ってみたらどうですか!!」


 リリアが手渡したのは衣類を取り扱う露天で飾られていた一着のネグリジェであった。

 それは繊維の隙間が大きい影響からか下着を着なければきわどい一品に違いなく、僅か10歳の少女にダメ出しをされるなど思ってもみなかったのか、アミはそれを前にして一気に顔を赤くしてしまう。


「こ、こ、こんな物を......」

「いつもおヘソを出した服を着てるんですから恥ずかしくないでしょ?」

「ふ、ふざけるな!! こんなの着れるか!!」


 尻尾を逆立てると共にアミはそれを取り払い、リリアを睨みつける。 しかし、リリアの方はたじろぐ事なく言葉を続ける。


「いい加減素直になってください、でないと一生後悔しますよ」

「......」


 フーフーと鼻息を荒くしつつも周囲の視線が集まっている手前、アミは何とか落ち着かせようと歯を食いしばる。 その姿を前にして先程のやり取りを聞いていた店主は恐る恐る二人の間に入って声をかける。


「あのう、お買いになられないですか?」

「うるさい!!」

「ひ!?」


 アミの顔に恐れおののき、店主は顔を青くしてそのまま奥へ引っ込んでしまう。 


「はあ~そんなんだからヒロトさんが振り向いてくれないんですよ」


 戦う時は先手必勝の最強戦士である割には恋愛に関しては超奥手のアミを前にしてリリアはため息を吐きつつも持っていたネグリジェを元の棚に戻した直後、連絡を済ませたばかりのカルラが姿を現して声をかけてきた。


「組織との連絡はついた、このまま支部へ案内するわ」

「そうか、じゃあ私はここまでだな」

「え......」


 突然訪れた別れの瞬間...短い間であったが命を守ってくれた恩人を前にしてリリアは寂しさからか、かける言葉が思いつかず言葉を詰まらせてしまう。


「ここまでありがとう」

「礼はいらない、私も仇が取れたしな」


 カルラの言葉に対し、アミは黙って手を差し出す。


「お互いもう会うこともないかもしれないが、何かあったらここを訪ねてくれ」


 そう言って手渡したのは彼女の住所が書かれたメモであった。


「お前はまだまだ修行が足りんが、鍛えればいい戦士になれる。 日々の精進を忘れるなよ」

「ふふふ、人狼族にそう言われるなんてね」

「言っておくが人狼族であっても修行を怠れば人間にすら劣るぞ」


 アミの言葉にはどこか説得力があった。 カルラは反論することもなく黙って笑顔を見せるとともに口を開く。


「次は負けない」

「その意気だ」

「......ラクロアに戻らないんですか?」

「何度も言わせるな、私はそういうのが苦手なんだよ」


 アミはそう答えつつもリリアの頭を優しくなでる。


「強く生きろ、大きくなったら良い男を見つけて温かい家庭を築くんだぞ......」


 その言葉を前にして、リリアは言いかけた言葉を押しとどめる。 アミはもうヒロトのもとに現れる気がなく、一人孤高に生きていくことを決めていた。 彼のことを誰よりも愛してる手前、もう二度と他の男に恋することは無いかもしれない。 しかし、それでもなお自分たちの元を離れる彼女の姿はどこか誇らしげにも感じられる。


「何だかお母さんみたいな人でしたね」

「確かにね、私達のお母さんもあんな感じだったかな」


 お互い孤児だった手前、リリアとカルラは実の母親の顔を知らない。 しかし、自分達を孤児院に送った母親のことに今更憎しみもなければ探す気もない。 

 そんなことをしたところで時間の無駄であることはこの二人にとって暗黙の了承であったが、アミだけでなくフィリアやエルシャもまた、種族や嗜好こそ違えどリリアにとっては母親のような存在に感じられる相手であった。


「行こうか...」

「うん」


 アミを見送った二人は仲良く手を繋ぎ、ゆっくりと市場から離れて行くのであった。


○傭兵ギルド


 リリア達と別れたアミは荷物を片手に一人、この傭兵ギルドを訪ね職員に一言用件を伝える。

 程なくして彼女はこの国の傭兵ギルドを束ねる会長の部屋へと案内され、応接室に待たされることになる。


「よく帰ってくれた。 なにせ今回の件は奴隷商組合だけでなく、うちとしては無視できない被害を受けたからどうなることかと心配してたが上手くやってくれたようだのう」


 部屋に現れた白髪の目立つ老人。 アミにとって馴染みであるこの男はかつてコラーダと組んでラクロアにて勢力拡大を目論んでいた当時の傭兵ギルド会長であるミキスト・シミルであった。

 彼は二年前の一件以降、シティに居にくくなったことから自ら他国であるこのバハムの冒険者ギルドに移るという降格人事で非難を和らげた過去があり、敵対関係であったもののその実力の惜しさからアミの上司として何かと目をかけるようになっている。 


「ことの経緯はこの手紙に書いてもらった」


 アミが机の上に置いたのはフィリア直筆の依頼達成証明であり、ミキストは中身を一読したあと傍にいた秘書に命じて報酬を取りに行かせる。


「まさかヴァンパイアが相手だったとはのう」

「ああ、あんな奴がまだこの大陸で生き延びてたなんて信じられんがな」

「目的は分かるか?」

「手紙に書いてある通り、何もわからんよ」


 事実を言うならば、相手はリリアを標的にしていたのだが彼女の安否を考えた手前、手紙の内容ではそのことについて触れていない。 アミとしてはその原因を追求したい気持ちもあったが、ヒロトが倒れることになった手前、これ以上首を突っ込みたくもなかった。


「また魔族との戦争が起きなければいいがのう」

「やけに心配性だな? 心当たりがあるのか?」

「ここ最近、妙な噂が絶えなくてな」

「噂?」

「知らんのか? 港で妙な死体がうちあげられて騒ぎになっておるぞ」

「そんなのよくあることだろ?」

「それがのう、引き上げて検分のために別の場所に保管したにもかかわらず、目を離した隙に死体が無くなっとるんじゃ」


 死体がいなくなる...この言葉を前にしてさすがのアミも顔をしかめてしまう。 戦場にいた頃、敵以上に最も厄介な存在こそ死体であった。 敵味方問わず、それらは放置した途端に異臭を発してウジやハエが繁殖し、疫病を撒き散らす。 それ故にイーストノウス戦争中においても昼間は激戦であっても夜になればお互い戦闘の意思がないことを確かめ合って死体の処理に動き回った経緯もある。

 この時ばかりは嫌な仕事であってもお互いの兵士が手を取り合うという奇妙な空気が生まれ、明日には殺し合うのにも関わらず、今度会ったときは一緒に酒を飲む約束までしている強者だっていた。

 アミはそうまでして処理を優先しなければならない死体にそこまでの価値があるのか疑問を抱いてしまう。


「それだけじゃのうて見張りに付いていた者まで消えておるんじゃ」

「殺されたのか?」

「わからん、現在も調査中なんだがお前さん、この件に噛んでみんか?」

「......」

「すぐに答えを出さんでいい、帰ったばかりだからのう。 2、3日ゆっくり休んでくれ」


 ミキストはそう言いながら、秘書が持ってきた報酬を机の上に置く。


「報酬じゃ、ヴァンパイアが相手だった手前上乗せしておいたぞ」

「確認してもらおう」


 袋を開けて中身を確認したあと、アミは傍にあった天秤に乗せて重さを確認する。

 金貨100枚の重りと釣り合ったことを見たあと、おもむろに一枚の金貨を取り出して噛んでみると予想通りの歯型がついてしまう。


「問題ないな」

「あたりまえじゃ、お前さんにケチってなんになる」

「社交辞令だ、気にするな」


 報酬を受け取ったアミはミキストと別れたあと、そのまま傭兵ギルドの建物を出て定住にしている宿へと向かう。



○高級宿 「湖の乙女」


 主にギルドからAランク以上の実績を認められた者しか宿泊を許されないだけあってフロントには高価なアンティーク製の待合席があり、周囲には綺麗な服装をした従業員達の姿が見られるものの、宿泊客の服装はあまり褒められたものではなく、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら部屋に向かう者やスッポリとボロボロのローブに身を包んだ魔法使いの姿が見受けられる。 

 貴族達と違い、ギルドの人々は平民や奴隷階級出身者が多い手前こういった世界に馴染みがなく正直に言うならば利用したがらない者も多いのだが、この宿には他にはない大きな強みがあった。


「お帰りなさいませ、アミ様」

「報酬が入ったから預かっててくれ」

「かしこまりました、こちらにサインをお願いします」


 アミはフロントにいた従業員に報酬の入った袋を手渡し、サインをする。 

 この宿、実は国で運営されており、銀行の機能も併せ持っている。 Aランク以上となるともらえる報酬も桁違いであり身につけて移動することのできない手前、それを安易に人に預けるには余程の信頼のある場所でなければならない。

 その需要に目をつけた各国は彼らが持つ莫大な富に目をつけ、資産運用の手段としてこのような宿を設置するようになったというわけだ。

 宿泊料も一般の宿と比べて桁違いな反面、飲食は全てタダで各種サービスを充実させていることもあってこの国にいるAランク以上の大半のギルド会員はこの宿を利用している。


「部屋に食事を用意してもらえるか?」

「かしこまりました、それとアミ様宛にお手紙が届いておりますが」

「ん?」 


 手続きを終えたアミの手元に一通の手紙が手渡される。

 表には腕木通信所の印鑑が押されいることからその内容におおよその見当がついてしまう。


「......すまない、食事はあとにしてくれ」

「かしこまりました」


 いてもたってもいられず、アミはフロントから鍵を受け取るともに急ぎ足で自身の部屋へと向かう。

 中に入ると同時に、扉に鍵をかけたのを確認すると胸をドキドキさせつつも封を開けて中の手紙に目を通した瞬間、一気に頬をほころばして涙ぐんでしまう。


「あいつ、ちゃんと目覚めてくれたか!!」


 アミは嬉しさからか、その場でしゃがみこんで涙を流してしまう。

 そして、荷物の中からシャツを取り出した瞬間、アミの表情が一気にほころび始め、ベッドの上に飛び込んでしまう。


「ご主人しゃま~!!」


 ヒロトが着ていたシャツを抱きしめ、鼻をつけて匂いを嗅ぎ始める。


「好き好き好き~大好き~!!」


 彼が無事であったことが嬉しかったからか尻尾を激しく動かし、クンクンとシャツに染み込んだ匂いを嗅ぎまくるアミ。

 普段から見せるクールなイメージに反し、今の彼女は大好きなヒロトの匂いを前にして興奮を抑えきれていない。 


「スー...ハー...良い匂い...」


 アミは涎をこぼすような勢いで新鮮な匂いに心地よさを満喫する。 本音を言うと普段からヒロトに素直な気持ちを出してデレデレしたかったのだが、変なプライド意識からかアルコールを口にしない限りは表に出すことができない。

 

「ニャデニャデして~ペロペロしたいの~」


 ここまでくると最早変態の領域に近い。 S気のある外見であったが、本心はM気満開のその姿は誰にも見せられないものであろう。

 その日、アミは気の済むまでヒロトの匂いを堪能することになる。


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