エピローグ ケジメ
半年近く放置してしまい申し訳ありません。
これからは二週間に一回を目安にして更新できるようにします。
○ラクロア南地区 最高裁判所
魔物の襲撃から2週間が経過した。 当初は街の住民と避難してきたスラムの住民との間に生活感の違いから大きな混乱が勃発したものの、流血沙汰になる寸前で街に戻ってきたフィリアの交渉によってスラムの住民達をメルカトール家の敷地内に受け入れることで一先ず終結する。
一時の混乱を経て街は普段の生活を取り戻し始めるも、今回の事案における責任の所在をはっきりさせる必要性から魔物の巣を刺激させた原因追求のために裁判が開かれることになる。
この日の法廷内には各ギルドの代表者をはじめとした街の有力者達が勢揃いし、その中には普段は決してこの場に現れることのないスラムの長老やマフィアのトップまでもが顔を並べ、その誰もが議場に立つ一人の少女が話す事件の真相に釘付けとなっていた。
「これが私どもが掴みましたコラーダの悪事の全てです」
フィリアは一年もの歳月をかけてかき集めた証拠...商事ギルドで発見された裏帳簿や禁止されていたはずの魔術用具、奴のもとで働いていた職員の証言などこれまでの悪事を一挙に表沙汰にしていき、それが今回の騒動の一因となったことを説明していた。
これにはヒロト自身がAランク冒険者に認定されていたおかげで多くの商人や貴族達と接触できたことも影響しており、コラーダと関わりのありそうな勢力を見定めるとともにアミの手によって証拠となりそうな資料を盗み出していたことも一因となっている。
「奴は総督を利用して商人として許されざる行為を繰り返しておりました。 このままでは四大国からの信頼で成り立つこのラクロアの地位も脅かされてしまいます」
「嘘だ!! この娘は自らの悪事を隠しているだけだ!!」
「母さんを利用し、私腹を肥やしていたお前が何を言うか!!」
被告人席に座るコラーダの言葉に対し、ニヒルが声を荒げて掴みかかろうとするも傍にいたエルシャとアミに制されてしまう。 ニヒルの母...現総督は総督府内にある隠し部屋に監禁されていたところをアミの手によって発見されたのだが、元々病に伏せていた影響からか既に意識は混濁しており、エルシャの力を持ってしても回復することなく先日息を引き取った。
その事実を前にして彼は豹変し、武器を持ってコラーダを探しだそうとするもアミによって取り押さえられてしまった。 その後、コラーダは私財を持って逃げ出そうとしたところをアミによって取り押さえられ、こうして表舞台に突き出されたという訳だ。
「判決を言い渡す......」
騒然とする議場の中、ラクロアの最高裁判所判事が静かに木槌を鳴らす。
しかし、この重大な法廷になぜかヒロトの姿は見られなかった。
○酒場「バッカス」
「結局、追放されるだけで済んじゃったわね」
「出てきた証拠の多くが魔女絡みだったから無理もないわ」
裁判を終え、フィリアとエルシャ、アミの三人はカウンター席で並んで座っている。
結局コラーダの罪を問う決定的な証拠が無かったこともあり、奴は魔女に操られた愚かな男として街を追放されることで判決が下され、つい先ほど馬車に乗せられてイーストノウスへと連れて行かれた。
あの地にはそれなりのコネがあったためか、追放された際のコラーダの目には諦めの色が見られなかった。
「これからどうする? スラムの住民を引き受けた手前、反故にはできんぞ」
「一族の財産を処分して雇用を生み出すわ」
「...それならキャム達も安心だな」
ミルクを手にしつつアミはフィリアの言葉に安堵する。
「それはそうとニヒル君はどうしたの? さっきから見ないけど」
「さっき馬で出て行ったわ」
「そう、教えてあげなかったんだ...」
これから起こる計画の一端を知ってる手前、エルシャはそう言葉を綴るとともにグラスを傾ける。
この3人、種族や趣向こそ違えどヒロトのことを信頼し、あとのことを彼に託すことを決めていた。
最愛の人をこの手で失った今の彼にとって今後起きることは法的に決して許されることではなかったが、彼なりに一つの区切りをつけたかったのも事実であり、3人は生涯をかけて胸の内に収めるつもりであった。
「楽しい旅だったわねえ」
「ええ、色々あったけど遂に戻ってきたわ」
「ああ、良い旅だったな」
それぞれがこれまでの旅の感想を口にした瞬間、不意に3人の顔から笑みがこぼれてしまう。
お互い同じ男を好きになり、それぞれ素直な気持ちをぶつけてきた。 時には喧嘩をし、笑い、悲しみを共有したりもした。 もしヒロトがいなければ、この3人はこうして語り合うことなくどこかでのたれ死んでいたのかもしれない。
「また一緒に旅をしたいわね......」
「そうね~」
「同感だ」
これから起きる事態を予測しつつ、3人は名残惜しそうに杯を交わすのであった。
○ギルドロード
「おのれ...あの女の口車にさえ乗らなければ...」
イーストノウスへと向かう馬車の中、国外追放の判決を受けたコラーダは一人愚痴をこぼす。
大半の罪は魔女に押し付けたものの、私財の大半を没収された挙句に身一つに近い状態で追い出されたなど屈辱であったが、奴隷階級に落とされなかっただけまだマシであった。
「俺は諦めん、いつか後悔させてやるからな...」
湧き出る復讐心を抑えつつもコラーダは再起を決意する。 財産を失いつつも、これから向かうイーストノウスには拠点となりうる場所や人脈も存在しており、今後も努力次第で何かしらの再起が見込めており、追放くらいでは引き下がるつもりはない。
コラーダはこれからの計画をあれこれ考えていたのだが、ある男だけは奴の野望をそのまま見過ごすつもりは無かった。
「どうした? なぜ進まん!!」
突然馬車の動きが止まったことに気づき、窓から顔を出して御者に声をかけるも反応が全くない。
不審に思い、ドアを開けようとすると何かが引っかかっているようでビクともしなかった。
「何故だ、何故開かない!!」
突然の事態にパニックに陥り、馬車の中で動き回っていると不意に馬車の車体がズブズブと沈んでいくことに気づいてしまう。
「こ、これは何だ!?」
「お前には消えてもらうことにしたから」
「何だと!?」
窓を見ると愛用の刀である雷電を地面に突き刺すヒロトの姿があり、彼の魔法によってコラーダの乗る馬車がズブズブと地面に沈まされていることが伺える。
「ま、待て!! お前は法の根拠もなしに人を殺そうというのか!?」
「可笑しいな~悪党ならもっと気の利いたセリフを言ってもらえると思ったんだけど~」
法廷に姿を現さなかったヒロト...実は今回の追放の一件を予測して御者に扮してコラーダを人目につかないこの地に連れ出していたのである。
法的根拠もなしに被告人を暗殺することはこの世界でも許されていない。 しかし、最愛の人を利用したこの男がのこのこ生き延びようとするのを彼は黙って見過ごせなかったのである。
「た、助けてくれえええ!?」
コラーダは顔の付近まで地面に沈められ、息苦しさからか必死に助けを求めてきた。
そのあまりの呆気なさにヒロトは退屈したのか一言述べる。
「欲しいのは金か、女か? くらい言って欲しかったよ」
その言葉を耳にしつつもコラーダは既に答える気力を失い、そのまま馬車ごと地面の中に沈み込んでしまった。 呆気ないその死に様を前にしてヒロトはたじろぐ事なく固め直した地面の上に立ち、一言つぶやく。
「お前の亡骸は金を運ぶこの道に役立たせてもらうよ」
そう言い捨てたあと夕焼けを背にして最後の仕事を終えたヒロトは一人、胸ポケットから一本の煙草を取り出して火を灯す。
元の世界で作られた最後の一本...それは愛する女が持っていた遺品でもあった。
「ヒロトさん、何でこんなところに!?」
感慨深く歩いていたところを馬に乗ったニヒルとかち合ってしまう。
「散歩さ、お前はどうした?」
「どうしたって? そ、その......」
ニヒルは咄嗟に持っていた銃を隠そうとする。 そう、彼はコラーダに下された処罰に納得がいかず、一人暗殺を決意して街を出てきたのである。
しかしながら、肝心のコラーダ本人はヒロトの手によって既に亡き者となっている。
「途中で魔物がいたから駆除しておいたぞ」
「え?」
「お前は俺が心配で迎えに来た、それで良いじゃないか」
ニヒルの乗ってきた馬の頭を軽く撫でて「もう終わったことだ」と囁く。
その内容の意味を察したニヒルはヒロトに対し、溢れんばかりの感謝の気持ちを抱いてしまう。
自分達の代わりに仇を討ってくれたと......
「会長に伝えといてくれ、契約完了ってな」
「...分かりました」
事態を察したニヒルは涙を抑えつつも馬から降りてヒロトと並んで歩くことにする。
「これからどうするんですか?」
「ん? まあ帰る手段がなくなっちまったしなあ~」
契約を終えた手前、ヒロトがこの世界にいる必要はない。 ニヒルとしてはこのままフィリアと結ばれて欲しかったのだが、母に代わってメルカトール家の当主となった彼女が男尊女卑の根強いこの世界で流れ者の男と結ばれる訳にはいかない。 だからといってまだ何の実績もないニヒルが当主につくのはいささか荷が重いのも事実だ。
現在、四大国から唯一永世中立を条件に独立を認められているこのラクロアの政治情勢は今回のメルカトール家の内紛によってその地位を危うくしている。
今回の事案を収めたヒロトの活躍は既に周辺諸国からも大きな注目を浴びており、その外見と風貌から「黒の魔術師」と渾名されている。 それ故に彼の動向を必要以上に警戒するようになっており、各国から引き抜きの声もかかっていた。
今後のことに不安を抱くニヒルであったが、目の前に荷馬車が迫っていることに気づいてしまう。
「終わったか?」
「ああ」
その荷馬車にはアミが乗っており、荷台には満足に体を動かすことのできなくなったチズが横たわっている。 街に住むことを承諾したエルシャと違い、彼女は裁判が終わったのを見届けたのを契機にチズを故郷に連れ帰ることを公言していた。
「何故私に依頼しなかったんだ? 悪党の一人や二人、斬ってきたというのに」
「フィリアとの契約だからさ」
「律儀な奴だ」
「それはそうとお前はどうするんだ? エルシャは大学で働くって言ってくれたけど」
既にパシオンの協力もあってエルシャだけでなく、シュミットやユルゲンといった他の仲間達もラクロアに住み、それぞれの分野にふさわしい地位に就くことが内定している。
ヒロトとしてはアミもこの街に留まって欲しいと願っていたのだが、彼女はそれを断って傭兵稼業に身を投じると宣言していた。
「チズを故郷に送ったあとはイーストサウスに行こうと思う」
「そうか、気をつけてくれ」
「気が向いたら手紙を送る」
アミはそう言い残すとともに、そのまま脇目も振らずに駆け抜けていった。 その姿を眺めつつ、ニヒルはチクリと胸を痛めてしまう。
彼はアミがヒロトに対し並々ならぬ好意を抱いていたことを知っていた。 エルシャと違って彼女はヒロトに好意がないように見せておきながら、彼が眠っている時にそっと毛布をかけるなど普段の生活では見ることのできない微笑みを見せており、アミを姉と同じように慕っていたもののフィリアを応援したいというジレンマに悩んだこともあった。
「ニヒル、ちょいと頼みがあるんだが」
思い悩むニヒルに対し、ヒロトは煙を吐きつつ一言述べる。
「会長と継続契約を結びたいんだが調停役を頼めるか?」
ラクロアを騒がせた動乱は最低限の犠牲で終息し、総統選挙はパシオンの単独立候補によって幕を下ろす。 ラクロアの危機を救ったヒロトは人々から英雄として称えられるも、一切の見返りを求めることなくマシーナリーというこの世界にはない新たな職種に就き、商事ギルド会長となったフィリアと雇用契約を結び、彼女を陰ながら支えていくことになる。
その後、2年もの歳月をかけてラクロアはかつての規模以上に発展を遂げることに成功するのだが、一人の少女との出会いによってヒロトは再び動乱の中に身を投じることになる。
「良いのか、お前の気持ちを伝えなくて?」
故郷へと向かう馬車の中、荷台で寝かせられていたチズの言葉に対し、アミは静かに口を開く。
「あいつにはフィリアがいる、私の入る隙は無いさ」
「その割には何でそれを持ってるんだ?」
アミの首にはヒロトの名前の刻まれたドッグタグが掛けられており、普段は上着の中に隠れているため人目にはつかないようにしていた。
「...お守りだ」
「ははは、私に偉そうに言った割には全然駄目じゃないか」
「う、うるさい!!」
「それはそうとそこにある荷物は何だ? 変な匂いがするが...」
「......」
「おい、まさかそれって...」
顔を赤くして黙り込むアミを見つつチズはその荷物の中身を察し、言葉を失ってしまうのであった......