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第34話 親子喧嘩

○シティ 総督府


 この国の政治機構である総督府の建物内に多種多様な種族で編成された元復讐連隊の傭兵達が集まっており、チズを先頭として侵入者に備えている。


「来ると思う?」


 サオリの言葉にチズは黙って頷く。


「あいつはこの程度では諦めないさ」

「だとしても全員をこの一カ所に集めるのはどうかしてると思うけど」

「この程度で敗れるくらいならそこまでの戦士だってことさ」

「ふふふ、任せたわよ」

「ああ、お前には色々と世話になったしな」


 それっきりお互い顔を見合わせること無くサオリは地下へと向かう。

 この街には市民には知らされてこそいないものの、多くの統一王朝時代の遺産が残されており、サオリはその中でもいくつかの遺産に目をつけて調査を行った過程で元の世界に戻る手段を見つけることに成功し、その動力源として魔物の巣に設置されていた封印石を必要としていたのである。

 

「これで元の世界に帰れるわね」


 手に入れた封印石を台座に押し込めると傍にあった魔方陣からまばゆい赤い光が漂い始める。 


「あ30分位かしらね」

「帰ったらどうするつもりだ? 親父は死んじまったんだしな」


 あふれ出る魔力を感じつつサオリはふと目の前に現れた娘を模した幻影の姿に視線を移す。 転移の影響で胎児の状態であった彼女の体は母親と融合してしまい、精神を共有する間柄になってしまったが、膨大な魔力が放出されるこのような場所においては幻影として現れることがある。


「彼が死んだと思う?」

「当たり前だろ、あの出血量じゃあどう考えても死亡は間違いないぜ」

「あなたのお父さんを舐めてはいけないわ、彼の悪運はかなりのものよ」

「やけにあいつの肩を持つな、まさかここに来ることを信じてるのか?」


 娘の言葉にサオリは頬を赤くし視線をそらしつつも口を開く。


「私が惚れた男だから間違いないわ」

「ノロケかよ!!」


 その瞬間、大きな地響きと共に傭兵達の悲鳴が響き始める。


「ほらね」

「く、お袋! あんたの体を借りるぜ!!」

「程々にしなさい、あなたのお父さんは怒ると怖いわよ」


 娘は母親の体を乗っ取ると愛用の槍を構える。

 精神を共有している手前、彼女の活動時間にも制限があり現在の状態では30分が限界であった。

 地下への扉が砕かれる音が響き、娘は父親の襲撃に備えて一人構えていると目の前に真っ黒な刀を持つ男の姿があった。


「生きてやがったか」

「娘の悪事を防ぐのは父親の役目だからな」


 魔物の巣で会った時と違い、ヒロトの目には決意が感じ取れており刀からはただならぬ魔力を漂わせている。 


「悪い子にはお仕置きが必要だな」

「本気になってくれて嬉しいぜ」


お互い本気になった二人はそれぞれの武器を手にして攻めぎ合う。

ヒロトの刀は振り下ろす度に地面や壁に亀裂を生み出していき、娘の槍は銃弾の如く衝撃波を発してヒロトの体を掠めていく。

人間離れした攻撃を繰り返す二人であったが、不思議とお互いの顔から笑みがこぼれ始める。 

それは周りから見るとまるで親子が仲良く遊んでいるようにも見える光景でもあった。


「ははは、やるじゃねえか親父も!!」

「小娘程度に負けるつもりは無いんでね」

「あんたに惚れたお袋の気持ちも分かる気がするぜ!!」


 ヒロトが娘と熾烈な戦いを展開している一方で総督府の広間では傭兵達の死屍累々の亡骸が横たわる中でアミとチズが最後の決闘を繰り広げている。


「お前は何て化け物を呼び込んだんだ!!」


 ヒロトによって倒された仲間達の亡骸を見つつチズはアミに向かって剣を突き立てるも難なくかわされてしまう。 


「言ったろ、私は同族であろうとも容赦はしないと」

「ならばなぜ人間ごときの味方をする!!」

「お前がロキを愛しているのと同じく私もあの男を愛しているからさ」

「何!?」


 一瞬の油断からか隙を見せてしまったチズはアミの剣によって腕を切りつけられ、剣を落としてしまう。


「強くなったな......」

「頼む、降伏してくれ」


 その言葉を聞いた瞬間、チズは笑い声を上げると共に口を開く。


「義理の姉だから見逃すつもりなのか、面白いお前の決意とやらをもっと見せてもらおうか!!」


 チズはそう言い残し、懐からビー玉くらいの大きさの黒い丸薬を取り出して口に飲み込んでしまう。 その瞬間、チズの体の体温が一気に上昇していき、汗が蒸気のように変化して髪の毛が逆立つ。


「こいつを使うのは冬戦線以来二度目だ」

「禁術を使うなんて......」


 口元から犬歯を生やして血走った瞳を見せるチズの言葉にアミは言葉を失ってしまう。

 チズが使ったのはかつて人狼族の間で秘薬とされている丸薬を摂取することにより、一時的にではあるが命を代償として強力な力を得る行為であった。

 イーストノウス戦争の折、その秘薬を部隊に配備させようとした動きがあったものの、死を伴う危険性からロキの反対により使用を禁じられた過去がある。


「くらえ!!」


 目にも止まらぬ早さでアミに近づき、拳を突き立てるチズ。 間一髪で回避したものの、その拳は地面にめり込んで大きな亀裂を生み出している。


「いい加減にしろ!!」


 チズに向かって剣を振り下ろすも彼女の筋肉で強化された堅い腕を切り裂くことは敵わず、パキンという音を立てて折れてしまう。


「無駄無駄無駄無駄!!」


 理性を失った暴走状態に陥り、場所を問わず両手の拳を振り回すその姿は最早獣と変わらない状態であった。

 アミは彼女の攻撃を避けるので精一杯であり、地面には無数の窪みが出来ていた。


「く!?」


 飛び散る破片によってアミはとうとう倒れ込んでしまう。


「あはははは、とどめえ!!」  


 勝利を実感してかアミに向かって拳を大きく振り上げるチズであったが、突然の地響きと共にその意識は奈落の底へと吸い込まれてしまうのであった。 



「何が起こったんだ?」


 先程まで娘と戦っていたはずのヒロトであったが、突然の地響きと共に天井が崩れ落ちてきたために咄嗟に刀を地面に突き刺してドーム状のシェルターを造って難を逃れたものの、周囲を土煙に覆われてしまったために視界が全く見えない有様であった。


「無事だったか?」

「アミ!? こいつは一体どうしたんだ?」


 いつの間にか傍らにいたアミの姿に驚きつつもヒロトは風魔法で一気に土煙を吹き飛ばしてみる。 すると目の前には半径1メートル範囲で瓦礫が避けられた空間があり、中心には黒髪に戻ったサオリの姿があった。


「サオリさん!!」


 瓦礫を押しのけて彼女の体を抱き起こすヒロトであったが、目覚めた彼女の口から信じられない言葉を聞かされることになる。


「私ね、この状態だと誰も危害を加えることの出来ない呪いをかけられているのよ」

「え!?」

「娘と違って今の私は自分から誰も傷つけることの出来ない反面、自決を含めて命に関わる一切の攻撃を受け付けなくなるの。 召喚された者でありながらもこの呪いのせいで私は多くの男達の手によってなぶり者にされてしまったの」

「そんな......」

「あの娘を許してあげて......なぶり者にされていた私に変わって復讐してくれる優しい娘よ。 被災者を食い物にしていたボランティアを殴ってしまったとき、君だけは私の味方でいてくれたようにね」

「そんな昔のことを......」


 サオリの言葉にヒロトは大粒の涙をこぼしてしまう。 

 彼女はただ自分に会いたいがために汚い手段に手を染めていただけだったのだ。 それは許されざる行為であったが、厄介な呪いをかけられ心のよりどころを自分にのみ向けていた彼女にとって召喚させた者に対する精一杯の抗議も含めてのことかも知れない。


「そこの魔方陣に早く入りなさい、そうすれば君は元の世界に帰れるわ」

「あなたは良いんですか?」

「君に会えてもう十分よ。 どのみち召喚された影響で私の寿命も残り少ないし」

「教えて下さい、召喚者とはどういう意味なんですか?」


 その問いに答えたのは意外な人物であった。


「この世界を作った神の気まぐれだよ」

「ミズホちゃん......」


 幻影ながらも先程までヒロトと死闘を演じていた娘の姿がそこにあった。


「俺達にも分からねえけど100年に一度のペースで現れているみたいだぜ。 推測だけど本来は俺達じゃ無くて親父を召喚するつもりだったけど、俺がお袋の体内にいたもんだから間違って召喚されちまったみたいだ」

「それはどこで聞いた知識なんだ?」

「知らねえ、なぜか頭の中にその記憶があって俺達は真実を確認する手段としてこの転移魔方陣を完成させたんだからな」  

「そうか......すまなかったな、巻き込んでしまって」

「いいさ、俺ももう十分に生きたし悔いは無いぜ」


 ミズホの体は徐々に薄れていき、最後に母親であるサオリに抱きつくと共に父親であるヒロトに笑顔を見せる。


「あばよ......」


 その言葉と同時に娘の姿は消え、サオリもまたヒロトに視線を移して口を開く。


「君を愛してくれる女の子達のためにも私達の分まで幸せになってね」

「サオリさん!!」


 ヒロトの問いかけもむなしくサオリはゆっくりと瞳を閉じて意識を失う。

 それと同時に瓦礫の中から薬の影響で傷だらけとなったチズが這い出てくる。


「逝ったか......」

「ああ」

「お前達の勝ちだ、トドメを刺せ」


 敗北を認め、ヒロトの前に両手を広げるチズであったがヒロトはそんな彼女を無視してサオリの体を持ち上げると魔方陣の中央へ寝かせる。


「ヒロト!?」


 アミの言葉に対し、ヒロトは無言で魔方陣から離れると刀を突き刺して魔力を注ぎ込む。 その瞬間、まばゆい光と共にサオリの体は消滅し、魔方陣も光を失ってしまう。


「これが俺の答えです。 ご家族も心配しているので無事に帰って下さい」


 大筋の涙を流し、その場でしゃがみ込むヒロトの背中をアミはそっと抱きしめる。

 

「お前は十分やれることをやってきた。 立派な男だよ」

「そうかな、もっと早く告白すれば巻き込まれることは無かったかもしれないし」

「戦いしか知らない私が見てもお前に恥じるところは無い」

「なあ、ちょっと付き合って貰えないか?」

「え!?」


 ヒロトのその言葉にアミは思わず顔を赤くしてしまう。 自分自身に悲しみに暮れる男を引きつける魅力を持っていると思っていなかった彼女であったが、ヒロトの言葉に内心で淡い期待を抱いてしまう。

 しかし、ヒロトの言葉は慰めを要求するものでは無かった。


「外のゴミ掃除をしないとな」


○シティの外壁


「何だあれは!!」


 傭兵達の指さす先には二人の男女が魔物の群れに向かって歩いて行く姿があり、魔物の群れは二人の姿を見つけると同時に一斉に襲いかかる。


「油断するなよ」

「お前もな」


 ヒロトとアミはお互いの息を確かめ合った後、魔物の群れに向かって駆けだしてゆく。

 雷電によって一度に数十匹の魔物が斬り裂かれていき、ヒロトの背後を狙う魔物はアミの手によって次々と斬り捨てられていく。

 悔しさを振り払うかの如く魔物を斬り刻んでいく二人の姿は見る者達から英雄のような視線を浴びてしまう光景であった。


「おらおらおらあああ!!」

「ははははは、楽しませてくれるじゃないか!!」


 人々の視線とはお構いなしに二人は最後の魔物の姿が無くなるまで演舞を繰り返すのであった。

 ここまでご愛読ありがとうございます。

 次話をもちまして魔女編は終了する予定です。 次章については現在連載を始めている「SNOW WIND 海上自衛隊異世界奮闘記」の進捗具合を見て改めて構想を練っていく次第です。

 こちらの方も出来たら読んでいただくと嬉しいのでよろしくお願いします。

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