第33話 決戦の地へ
○べレヌス
「撃てえ!!」
シュミットの言葉に応じ、銃隊は一斉に火縄を銃に押し当てる。
轟音と共に元々は槍を突き出すために均等に開けた城壁の穴から一斉に銃弾が飛び出し、魔物の群に突き刺さる。
火薬で撃ち出されたその鉛玉は大した装備を持たない魔物の巨体を易々と貫通していき、地面に倒れさせてしまう。
「今の奴らには大した武器は無い、冷静に対応すれば恐れることもない!!」
城壁の上ではユースの指揮の元、弓を持った人々が一斉に矢の雨を降らせて銃の発射の合間に生まれた隙を押さえ込んでいる。
「今回の魔物は大した集落を通っていないから丸裸に近くて助かるな」
「ああ、このまま時間を稼げば他のギルドの連中も応援に駆けつけるだろう」
次々と倒されていく、魔物を見つつ俺は双眼鏡でサオリさんの姿を探す。
通常生まれたばかりの魔物は大した武器を持っておらず、人間を殺す以外の知能を持っていない奴らは街や集落を襲うことによって人間が使っていた武器や装備を奪うことによって力を得ている訳だが、今回ばかりは思わぬ抵抗にあって武器を調達できていない。
それ故に圧倒的な戦力差でありながらもこうして戦えている訳だ。
「どうやらシティの方ではスラムの住民の隆起によって大騒ぎみたいだな」
「あいつら、やってくれるじゃないか」
俺の言葉を受けてアミは自分を牢から解放した二人の姿を思い起こし、笑みを見せる。
「これでゴラータの奴は終わりだな」
「ああ、あっけなく終わればいいけど」
「チズめ、どこに隠れている」
一向に動きのつかめない姉の行動にアミは苛立ちを見せ始める。
先にラクロアに着いたはずのシュミットに話を聞いたものの、シティに彼女たちが入った形跡はなく、時間ばかりが過ぎている。
「アミ、もしかしたら抜け穴か隠し通路を使って既に街の中に入ってるんじゃないか?」
「そうかもしれないな。 だとしてもこの魔物の大群の中をかき分けてどうやってシティに入るんだ?」
俺たちがこの街にたどり着いたときには既にシティの自警団の手によって門は閉ざされてしまっており、入れる状態ではなかった。
一時はスラムの住民たちによって開かれた東門も再び閉じられてしまい、その周囲にもこの街と同様に魔物が群がっている有様だ。 とてもではないがこのまま突破するにはアミの力であっても不可能であろう。
「せめて空でも飛べれば問題ないだろうがな」
「空か......」
せめて熱気球さえ作っておけば良かったな。
一通りの理論も知ってたけど正直言って満足な量の天然ゴムがなかったために実証を諦めていたことが悔やまれる。
「このまま何も起きなければ良いが......」
アミがそう呟いた瞬間、ポツポツと雨が降り始めたかと思うと次第に激しさを増していき、土砂降りに見舞われてしまう。
「嘘だろ!?」
突然の夕立に襲われ、辺りの視界が一気に悪くなる。 銃隊に関してはあらかじめ屋根を作っておいたので火縄が消える恐れは少ないのだが、これではサオリさんを見逃してしまう。
「この雨なら大丈夫だ、すぐにやむ」
「雨か......」
俺はふとインターネットの動画で水上バイクのスクリューを利用したあるスポーツのことを思い出してしまう。
夕立の影響で空気中には大量の水分があり、俺の魔法を使えばもしかすると.......
俺は咄嗟に腰の工具袋の中から2本のプラスドライバーを取り出して靴に縛り付ける。
「何をやってるんだ?」
突然の俺の行動にアミは疑問を口にするも雷電を背中に背負い、一通りの準備が出来た俺は彼女に対し口を開く。
「アミ、俺に抱きつけ!!」
「え!? こ、こんなときに何を言うんだ?」
「いいから掴まれ!!」
俺は強引に彼女の体を抱きしめ空気中の水分を一気にドライバーの先端に集めるイメージを思い浮かべる。
「ひ、ヒロト、お前何を.....」
顔を真っ赤にし、尻尾を立てるアミにはお構いなしに俺は叫ぶ。
「飛ぶぞ!!」
「ぎゃあああああああ!?」
ドライバーの先端から高圧の水が噴き出し、その水圧によって俺たちの体は宙に舞ってしまう。 さすがのアミも突然の事態に悲鳴を上げてしまい、自分から俺の体を抱きしめてしまう。
「「「何だあれは!!」」」
俺たちがスーパーマンよろしく突然飛び上がってしまったことにシュミットたちは驚きを隠せなかったようで、口を開けて空を見上げている。 アミに至っては遠ざかっていく地面の姿に驚いたのか必死で歯を食いしばっている。
「くそ、やっぱコントロールが難しいな」
「きゃわああああんん!?」
翼のないこの体では足から伝わってくる推進力のみでコントロールしなければならないため、さっきから空中を激しく上下したり、地上にいる魔物の群れからすれすれの高度で駆け抜けていくなど、どこかのアトラクションの絶叫コースターとは比でもない感覚に襲われてしまう。
いくらなんでもこれは無理があったな。
「きゃいいいいんん!!」
余りの恐怖からかアミは犬のような悲鳴を上げつつも目から涙を浮かべている。
こいつ、こうしてみると案外可愛いな。 もし日本に戻れたら一緒にネズミーランドに行って絶叫アトラクションに乗るのも悪くないかもしれないな。
そんな呑気なことを考えつつも何とかコツをつかんだ俺は高度を保ちつつ、シティの方へと推力を向けてみることに成功するも次第に高度が落ちていく感覚に襲われる。
「やべ、もう雨が止みそうだ」
俺の魔法の影響からか、急激に雨足は弱まりはじめそれに呼応するかのように推力が落ちていく。
このままではシティの壁を越えることが出来ずに魔物の群れの中に墜落してしまう。
「南無三!!」
最後の推力を振り絞るかのように俺はもう一度高度を取り始め、そのまま曲線を描くかのように緩やかに降下していく。 その瞬間、先ほどまで降っていた雨は止んでしまい推力を失った俺たちは減速できない状態でそのまま地面に向けて落下していく。
「やべえ!!」
「きゃわああああんん!?」
ギリギリで壁を超えたのを見計らい、俺は咄嗟に雷電を抜き出すとそのまま壁に突き刺して減速を試みる。 バキバキと壁が砕ける音がすると共に大きな亀裂を生み出しつつも俺たちの体は徐々に減速していき、そのまま付近の民家の屋根や壁まで切り裂き、一軒の建物のドアを蹴破って中に入った後、ようやく停止する。
○酒場 バッカス
「アミ、大丈夫か.......」
無事に侵入したことに気づき、俺は傍らにいるアミに声をかけるも彼女はまだ大粒の涙を流しながらガタガタと震えて抱きついていた。
「ご、ご、ご主人しゃま~、こ、こ、怖いの~」
「アルコール入ってるのか?」
「こ、怖いの......」
どうやら余りの恐怖体験によって幼退化してしまったのかもしれん。
これまでの経緯を考えるに俺たちはある意味この世界初の自力で空を飛んでしまったわけだしな。
どっかのチームのコングと同じように飛行に対するトラウマを植え付けてしまったのかもしれん。 俺は未だに震えるアミを何とか落ち着かせようとするも突然後ろから声をかけられてしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
振り返ると目の前にフィリアと背格好の変わらない少女の姿があり、スラムの住人が入ってきた影響で警戒していたのか手にはフライパンを持っていた。
「すみません、ドアは弁償しますのでミルクを一杯貰えませんか?」
「あ、はい、今すぐに」
少女はすぐさま店の奥からミルクの入ったコップを持ってきてくれた。
俺はそれを受け取るとアミの口に飲ませて彼女の背筋をさする。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、何とか立てそうだ」
ミルクを飲んだことにより落ち着いたのか、アミはふらつきながらも何とか立ち上がり、首を回して辺りを確認し始める。
「もう二度とお前と一緒に空を飛ばん!!」
「無事に着いたから良かったじゃないか」
「う、うるさい!!」
アミは怖かった体験を思い出したのか俺の襟首を掴み、体を震わせる。
「あ、あんな、屈辱、一生の不覚......あとで覚えてろよ!!」
「その怒りは敵にぶつけてくれ」
「ああ、そのあとお前にもたっぷりぶつけてやるからな......」
やばい、そういや人狼族って亜人と呼ばれる人々の中で最も誇り高き種族ってエルシャが言ってたな。 こいつの反応が面白くて調子に乗りすぎた。
アミの怒りを恐れ、身を震わせていると店の奥から先ほどの少女の父親と思われる男性が姿を現す。
「ニア、何をしてるんだ早く隠れなさい」
「お、お父さん、それがその......」
年齢は40代中頃であろうか、店内の状況から察するにこの店の主人であるかもしれない。
「ご迷惑をおかけしてすみません、すぐに出て行きますんで」
店の親父に陳謝し、アミの手を引いて店を出ようとしたが、彼の口から思わぬ言葉がかけられてしまう。
「お前さんたち、ニヒルの知り合いじゃないか?」
「え、なぜ彼の名前を?」
「やっぱりな、こないだの手紙でお前さんたちのことが書いてあったのさ」
どうやらこの店はニヒルと何らかの関係があったようだ。
「ねえ、彼は無事なの?」
先ほど親父から二アと呼ばれていた少女が俺に近づく。
彼女の目は涙ぐんでおり、身を震わせていることから親しい間柄だったのかもしれない。
「ああ、今はベレヌスにいるよ」
「良かった!! 彼、手紙の中であなたのことを頼りになる人だって言ってたわ」
そう言えばニヒルの奴、ラクロアに幼馴染みがいるって言ってたな。
たまに手紙を書いているとこも見てたけどまさかこの子に送ってたなんて。
「街の人間の大半は商事ギルド会長の横暴さに怒りを感じている。 あの優しい兄弟があんな不正に手を染めてたなんて誰も信じていないぜ」
「彼の宛先が分からなかったから街の状態を伝えられなくて困ってたの」
協力的な店主で助かるぜ。 こうして話を聞いてみるとフィリアの奴も「氷結の女」ってあだ名されている割には結構住民たちに愛されていたんだな。
俺は意を決してこの親子に協力を要請してみる。
「魔女の居場所について心当たりはありませんか?」
「魔女? ああ、あの女か、さっき手下を連れて総督府に向かってくのを見たぞ」
「く、やっぱり抜け穴があったのか」
案の定、魔物が来る前にこの街に着いてどこか秘密の抜け穴を使って入ってたのか。
そうなるともう時間がないな。
「アミ、行こう!!」
「ああ!!」
俺たちは最終決戦の場として街の中央にある総督府へと向かうことにする。