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第30話 新しい力

○シティ郊外 スラムの一角


「良いのか?」


 牢屋から出されたアミの目の前には見張り役として残っていた一角族のトールと兎族であるキャムの姿があった。


「このまま魔女の好きにさせてしまえば外のスラムは壊滅してしまう。 こうみえてもアタイ達はこの街のスラム出身でね、チズ姉には逆らえないからこうするしかないさね」

「幼い頃に誘拐されてこの街で奴隷として売られてた時に俺達は脱走してスラムに隠れていたんだが、ここの連中は種族の違う俺達に同情して匿ってくれたんだ」


 二人はお互いの手を握り合い、アミにこれまでのことを話し始める。 

 スラムの住民に救われ、何とか故郷に戻った二人であったが誘拐されたこともあって既にそこに居場所はなくなっており、傭兵として各地を転々としたあとに冬戦線において亜人混成部隊で戦っていたのである。


「姉さんと同じように家族同然に過ごしてきた俺達の部隊は置き去りによって壊滅したんだ」

「あたい達はチズ姉に命を救われて以降、復讐連隊の一員として戦ってきたんだけどもう疲れた......」

「ああ、今の姉さんは婚約者であるあんたの兄を失ったことによる復讐心に染まっちまっている。 早く仲間に知らせてこの連鎖を終わらせてくれ」

「お前達はどうするんだ?」


 アミの言葉に二人は唇を噛み締めつつ口を開く。


「俺達は罪深きことを繰り返したけど命の恩人である姉さんに剣を向けたくない。 このままここに残って住民のために魔物と戦って死ぬつもりだ」

「あたい達のせいで多くの罪の無い人々が命を落とした。 もう悲劇は終わりにする」

「そうか、世話になったな」


 アミは用意された馬に跨るとそのままジュファに向けて馬を走らせる。 小さくなっていくアミの姿を眺めつつ、残った二人はチズが向かったであろう森の方角を向いて呟く。


「もしかしてチズ姉は内心で自分の復讐を終わらせて欲しいがためにアタイ達を残したのかもね」

「そうだとしても間に合えば良いのだが......」


 悲劇の時は刻々と近づいていた。



○ジュファ シュミットの工房


「交代!!」


 俺の言葉を合図に代わりの人間が送風機に取り付き、詠唱をつぶやく。 今回の計画のために千人近い人々が駆り出されているのだが、予想以上に溶融温度の高いこの金属を加工することに手間取り、炉の機能を維持するにはギリギリに近い状態だ。

 シュミットとジョーンズの指揮の下、火と風、土の特性を持つ者は火力の調整に従事し、水の特性を持つニヒルと光の特性を持つエルシャの指揮の下で燃料である水素の生成に努めてもらっているが、朝から行われているこの作業は遅々として進まず夜になっても篝火のもとで作業を進めている現状であった。


「これで最後ニャ!!」


 フィリアの魔法によって最後の材料が炉の中に送られる。 搬入口が無い分この炉は送風口と煙突以外は完全な密閉構造となっており従来以上の高温を発揮しているが、中の金属は思っていてよりも手ごわく、小さな塊を少しずつ入れなければ中々溶け合わないためエルシャの指示のもと慎重に送り出されていた。


「まだ溶け合ってはないわね......」


 水晶眼の能力を発揮して中の金属の溶融状態の確認をするエルシャ。 この金属は魔法に似たオーラを出しているため、エルシャの眼を通じて溶け込み状態を確認しているのだが、それは彼女に大きな負担を強いる行為でもある。


「シンとスズは大丈夫か?」

「だ、大丈夫」

「うん」

「二人共良い生徒よ、こんな短期間で魔法を使いこなすなんてね」


 エルシャの傍らでは魔法の力で俺の作った二つのガスタンクに水素と酸素を送り出す兄弟の姿があった。


「あと少し、もう少しで溶け合うわ......」


 既にエルシャの魔力は限界に差し掛かっているようだ。 かという俺も朝からぶっ通しで炉の炎の調整をやってるもんだから既に限界に近いがな。 しかしながら、ここまで時間が経っても今だに立ってられるとは...あの人の言うとおり、召喚者というやつは相当な魔力を持っているんだな。


「と、溶け合った、もう大丈夫よ......」


 その言葉を最後にエルシャはその場に倒れてしまい、フィリアが駆け寄る。 

 やっと終わったか......


「ヒロト殿!!」

「ヒロト!?」


 俺もまた魔力を枯渇してその場で倒れこんでしまう。

 やれやれ、まさかここまで困難な代物だったとは......

 あとはシュミットの指示であの形に加工してもらうだけだな。


一週間後......


「真っ黒だな......」

「ヒロト殿の残した図面を元に我が家の家宝と付け合わせました」

「家宝?」

「かつて空から落ちてきたと言われる金属でして普段は工場の神棚に祭っておりました。 儂らドワーフ族には人生を賭けた逸品を作ることを決意する際に、神棚の前に加工予定の金属を祭って祈る習慣があるのですがあの金属を置いた瞬間、その家宝の金属とくっつき合ってしまったのです」

「へ、隕鉄とくっついちゃったの?」


 おかしい、隕鉄にはニッケルが含まれることが多くステンレス(ニッケルを含有するオーステナイト系に限る)のように磁石にくっつく筈はない。


「どうにも不思議なことがあるものでして、儂はふとこの二つを掛け合わせたら面白いかもしれんと思いましてこれを作りました」


 シュミットが持ってきた木箱の中には完成したばかりの剣の姿があった。

 その形は俺がシュミットに渡した図面と同じ日本刀のような物であり、唯一違うとすれば胴の部分を除いて全身が真っ黒であるという点だろう。


「こいつは儂の人生の中で最高傑作だと自負しております」

「しかし、何でこんな色をしてるんだ?」


 日本の刀工の間で隕鉄を使って日本刀を作ったという事例が数例あり、俺もこの目でそれを見たことがあるのだがこんな色はしていなかった。 ニッケルの含有量が多いために加工が難しく、人間国宝クラスの名工を持ってして作られるこの一品だが、正直言ってここまで綺麗な波目の紋様で合わさるとは俺も予想ができなかった。

 因みに伝説上でよく知られているロンギヌスの槍はこの隕鉄を材料としているのではないかと言われてたりもする。


「たたら製法で作っていないから斬れ味はどうかな」


 俺は傍に用意した藁束を斬ろうとその刀を両手で持ち、気を込めてみる。


 すると......


「光ってる...」

「なんと!?」


 俺の気持ちに反応してか刀の鋭利な部分から青白い光が伸び始める。 


「うらあ!!」


 まるで刀に誘われるがごとく俺は刀を振り落とすと藁束は真っ二つに切断され、切断面が黒く焦げてしまう。 何だこいつは......


「すごい...」


 一人呟く俺であったが、背後にいた仲間達は口を開けたまま言葉を失っている。


「何でそんなに驚いてるんだ?」


 俺が刀から視線を戻すと藁束の後ろにあった大木がバキバキと音を立てて真っ二つになって地面に倒れてしまう。


「すごい......」

「こんな武器があったなんて」


 あまりの威力に俺だけでなく、後ろで眺めていた一同も口を開けて呆然としている。


「儂らが扱ってもこのような斬れ方はしませんでしたぞ......」

「何これ、ヒロトくんの体から発する色が真っ黒よ」

「何て奴だ、これが召喚者の力ってやつなのか?」

「こんなことが起こるなんて」


 エルシャの水晶眼には真っ黒なオーラを纏う俺の姿が映り、ジョーンズは驚きのあまり言葉を漏らし、ニヒルは口をパクパクさせている。

 確かにこいつはおかしいな。 さっきも初めて見た瞬間、俺は吸い寄せられるようにそれを手にしてしまったが、何で直接斬ってもいない物まで斬れちゃってるんだ?


「大丈夫なの?」


 心配そうに声をかけてくるフィリアであったが、俺の心は落ち着いておりその手に持つ武器の握り心地を確認してしまう。 二つの不思議な金属を付け合わせたこの刀、まるで長い時を経て共通の主を欲して一つの形となったこれはこの世界最強の武器かもしれない。


「日本刀もここまで斬れたら反則だろ......」


 これこそ俺の生涯に渡る愛用武器、「雷電」の誕生であった。


「何でそんな名前なの?」

「稲妻のように空を切り裂く一撃必殺の武器にピッタリの名前だからさ」


 刀の柄に銘を彫る俺にフィリアは疑問を口にする。 この世界において愛用武器に名前を付けるのはそれほど珍しいことではないらしいが、俺の付けた名前には馴染みがないようだ。

 ホントは「斬○剣」や「斬○刀」何てのも付けてみたかったけど、パチるのはさすがにマズイ。

 伝説の相撲取りの名前だったり、天空の要塞と言われたB29に一撃離脱で挑んだ戦闘機の名を冠したこともあるこの銘は元々人類が誕生した古来より、畏怖と尊敬の対象であった自然現象に発する。 その恐ろしさや美しさ、破壊的威力にあやかって多くの人々が人や物の名前として利用している背景がある。


「銃を作っている君の最高傑作が剣なんてね」

「意外にも銃が主力となっている俺のいた世界においても銃の先端に装着する剣もあるから珍しくはないよ」

「でも魔法の力を憑依させられる剣自体聞いたことがないわよ。 危ないかもしれないから封印したら?」


 エルシャの疑問は最もだが、どうもこの刀は俺にとって馴染み深い。 何というかお互いが待ち望んでいた恋人のように感じてしまう。 今更むざむざと手放す気になれないしな。


「確かにこいつは危険な代物かもしれないけど俺以外の人間には扱えないようになっているみたいだから大丈夫だよ」


 事実、腕に覚えのあるジョーンズやユースに扱わせてみたけれど同じような現象は起きておらず、只のよく切れる剣として機能するだけだった。 


「これさえあれば大型の魔物相手でも引けを取らないだろう」

「私達の力を合わせて作り上げた一品だもんね」


 エルシャの心配をよそに俺とフィリアは雷電を眺めながらそれぞれの思いを口にする。

 しかし、そんな楽しいひと時もニヒルの登場によって終焉を迎えることになる。


「アミさんが戻ってきました!!」

「何!?」


 行方不明になっていた仲間の帰還を聞きつけ、俺達はアミのいる部屋へと向かうことにする。

 

◇◆◇◆◇


 かつてこの街を治めていた領主が来客を迎えるために使われていたこの部屋には俺達の他にシュミットやユース、ジョーンズといった主要メンバーが集まっており、ベッドの上にはエルシャの治療を受けつつも俺達に顔を向けるアミの姿があった。 一晩中走り続けたためか、彼女の顔は疲労で困憊しており体のあちこちには切り傷や痣があったことから壮絶な生活をしていたことが伺えるが、俺の姿を見ても動揺せずにこれまでの事態を語ってくれた。 


「魔物の巣に向かったの!?」


 アミの言葉にいち早くエルシャが驚愕する。


「ああ、奴等はそこで巣の「封印石」を抜き取るつもりのようだ」  

「そんな...あれは決して触れてはいけない物なのに」

「何か知ってるみたいね?」


 エルシャの動揺ぶりに不審に感じたのかフィリアが鋭い視線を送る。


「かつてイーストノウスでは魔物を兵器に転用する計画があったの」


 エルシャは唇をかみ締めながら、魔物の巣にあるとされる「封印石」について話し始める。


 かつてこの大陸は東西を二分する形で人間と魔族が争い合っており、人より生殖能力に劣り人口の少ない魔族は戦力として大気中のマナをエネルギー源とした自分達のクローン体でもある魔物を生み出して戦力に使っていたという。 当時、人間の拠点であったイーストサウス地域を除く大陸各地にそれら魔物の生産設備があり、現在も尚それらが稼動しているため魔族が大陸からいなくなった現在でも人々は魔物の被害に苦しめられているのである。


「100年前、たまたま開拓中の地域でたまたま発見された魔物の巣をイーストノウス軍が攻略したんだけど、巣の中央にある石を取り出した途端に大量の魔物が発生したの」

「要は今までその石によって一定数の魔物が生み出されるように制御されていたってことかな?」

「そうよ、制御を失った巣は暴走した挙句に付近のマナを吸収して大量の魔物を生み出したあとに崩壊したわ。 この事件によって付近はマナの枯渇による影響で作物の育たない不毛の大地となった挙句、大量の魔物の襲撃により大打撃を受けたことから魔物の巣は決して刺激しないという暗黙の掟が生まれたの」


 要は「封印石」という物はコンピューターみたいな物か。 どういった理由かは分からないけど魔族にとって大気中のマナを枯渇されるのは困るから一定数の魔物を生み出すように制御する必要があるってことか。


「それをたった10人足らずで実行するのか?」

「あの女とチズ達復讐連隊の生き残りが実行するのなら可能だろう」

「復讐連隊?」

「戦争に人生を狂わされた亡者共だ」


 アミはエルシャの治療を受けつつも捕らえられたときのことを話してくれた。


「そんな、ラクロアが......」

「ゴラータめ、母さんを監禁するだけじゃなく街を襲わせるなんて!!」


 計画の全容を聞き、フィリアは言葉を失い、ニヒルは怒りを露わにする。

 自分の野心のために関係のない人々を巻き込む策を展開するとは。 しかし、まさか彼女がその作戦を提案するとは俄かに信じられないな。


「連中が向かった森ってどこにあるんだ?」

「ここから南に行って馬で2日の距離だ」

「じゃあ今からトラックでぶっ飛ばせば10時間くらいで着くな」


 最早トラックの残り燃料は少なく、今回の移動でもう使えなくなるだろう。 

 しかし、急がないと取り返しのつかないことになるのも目に見えている。 

 このまま彼女達の行動を放置するわけにはいかない。  

 

「親方達はみんなを率いてラクロアに向かってくれ」


 俺は先日編成したばかりの防衛隊の指揮をシュミット達に任せ、ラクロアに向かわせることにする。

 あの時、魔物討伐のために活躍した人々を中心として編成されたこの組織は女子供も混じる異質な存在であったが、俺の知識を下に各種銃器の訓練を受けた精鋭であり、魔物の大群にも引けは取らない自信がある。


「私も行く」

「アミ、その怪我では無理だぞ!!」

「いや、何としてでもチズと決着を付けなくてはならん。 お前がダメだと言っても走ってでも付いて行くぞ」


 彼女はそう言いながら痛む体を引きずりつつベッドから起き上がる。 

 やれやれ、相変わらず頑固なやつだ。 


「私も行くわ」

「フィリア!?」

「元々あなたを巻き込んだ責任だってあるしね」

「僕も行きますよ、姉さん一人じゃ心配ですし」


 そうだったな、フィリア達にとってラクロアは愛する故郷でもあるし


「私も行くわ、実は言うと私も今回の件とは無関係ではないしね」


 エルシャそう言いながら自身の過去について話し始める。

 元々彼女は医者を目指して里を出た訳ではなく、生まれつき持った能力である水晶眼を有効活用するために魔法学園に通うことになったのだが、その過程で魔物のことも研究することになったのである。

 多くの論文を世に送り出し、それなりに世間から専門家として認知されるようになったものの10年程前、当時の軍幹部から魔物を兵器として利用できないかという案が持ち出され、多くの研究資料が持ち出される中で彼女は研究への参加を拒絶し、その結果医療機関に移ることになったという。


「今まで隠しててごめんなさい」

「良いわ、あなたは魔物の危険性を理解していたが故に拒絶したんでしょ?」

「今はもう仲間ですしね」


 エルシャの過去に触れつつもフィリアとニヒルは彼女を責めることはしない。

 微笑ましい光景を見つつも俺はアミに視線を戻す。

 エルシャの治癒魔法では追いつかずに体のあちこちに包帯を巻いている彼女であったが、その瞳は生気を失っておらずに強い闘争心をたぎらせており、今も用意された食料である林檎を齧りつつ体力の回復に勤めている。

 そんな彼女の姿を見ていると俺は不意に彼女を探さなかったことに対する後悔を抱いてしまう。 


「アミ、すまなかった」

「何をいきなり言い出すんだ?」

「俺はお前が捕まっていたにもかかわらず自分の発明に夢中になってたんだ」

「捕まったのは私のミスだ、お前のせいではないさ」


 そうは言ってもお前の傷ついている姿を見るとどうも罪悪感が出るんだよな......

 

「それにお前が私のために作ってくれた新しい装備、私が帰ってくるのを信じて整備してたんだろ」

「う、うん、まあね」


 アミはそう答えつつも食べることは止めずにニヒルにお代わりを要求する。

 なんでこいつは平気な顔をしてるんだ? 義理の姉が敵対しているというのに。


「このワンちゃんはこんな程度ではへこたれないわよ」


 俺の耳元にエルシャがそっと耳打ちしてくる。


「彼女達人狼族は本来、生きて敵の捕虜になるような真似はしないわよ」

「じゃあ何でここにいるんだ?」

「死ぬのをためらう程の大きな目的を持っているからよ」


 俺達を他所に食事に夢中になっている筈のアミが耳をピクピクさせているからこの会話は彼女に筒抜けだろう。 否定しないところを考えるとそれが本心であることが伺える。 


「げふう、久しぶりにマトモな飯が食えたよ」


 大皿に盛られた料理を全てたいらげ、アミはベッドから立ち上がると同時に腕を振り回す。 治癒魔法の効果もあってか彼女の体からも生気が見え始めており、頭部や尻尾の毛並みも幾らか良くなっている。


「決着をつけに行くぞ」

「...ああ」


 俺達はアミの案内で決着の地である魔物の巣へと向かうことにする。

 しかし、そこで待ち受ける事態は俺の予想を遥かに上回る真実と出会うことになることになる。

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