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第28話 反抗する意志

○ジュファ


 魔物達を殲滅してから2週間後、周囲に散り散りに逃げていた人々も街に戻り始め、シュミットの工場を中心に再建の活気に満ち溢れ始めている。

 市内に響き始める修理の音を聞きつつ俺はこれまでの行動を思い浮かべる。

 シュミットの誘いに乗り、俺はまず魔法の力を駆使してこの世界には存在し得なかった優れた耐火レンガを生み出し、燃料として使われ始めていた石炭をより燃焼効率の高いコークスに変化させた。

 地下水を動力源としたふいごを作り出して送風機とし、それらを元にした新しい炉を設計すると共に精錬方法の抜本的な見直しによって今までのよりも優れた金属の大量生産に成功させていた。

 魔物達に襲われた際、工場内の鍋や包丁、硬貨といったありとあらゆる金属を集めさせて種類別にその炉で溶かして精錬し、鉄や青銅製の銃器を作らせた上で鉛を球体状に整形し、花火の開発によって確立された硝酸カリウムの抽出技術によって用意された黒色火薬を掛け合わせることによって大砲や銃を製造させた。

 それらを持ってして女性や子供達を中心とした避難民に使用させて魔物を殲滅することに成功したのである。

 最早ファンタジーのヘッタクレもないが、これこそ魔法を使える者が支配する時代の終わりを告げる行為なのかもしれない。


「何感慨ぶってるの?」


 門の前にたたずむ俺を隣でフィリアがそっと囁く。

 あれから魔物を殲滅したあともアミが戻ってくることはなく、俺は毎朝門の前に立って彼女が戻ってくることを願っている。 ジョーンズは亡くなったのではないかと言っていたが、彼女の遺体はどこにも見当たらず、俺に生きることの大切さを説いていた彼女が自ら死ぬようなことは無いと俺は信じている。


「領主の馬車が来たぞ!!」


 俺の目の前に街から離れた場所で見張りをしていた守備隊員が駆け寄ってくる。

 とうとう来たか......



○街の中心にある広場


「その方、我に替わってよく街を守ってくれた、礼を言おう」


 馬車の中から愛人たちと共に現れ、偉そうに俺に語り始める男。 こいつは魔物の襲撃が始まった途端に有力者とともに守備戦力の大半を率いて逃げ出したゲス野郎だ。

 俺にこいつらがやってきたことを伝えてきた守備隊員に至っては怒りで拳を握って身を震わせている。

 

「街を想う領主様の心中お察し申し上げます」

「お主、そう言っておきながらなぜ我の前に膝を付かぬのか?」


 領主は俺の行為に怪訝な表情をし、引き連れた兵士達が何かを察して俺達の周囲を取り囲み始める。


「あらあら、大層なご歓迎ニャ」

「懐の小さな男だわ」

「亜人風情の小娘が黙れ!!」


 フィリアとエルシャの言葉に領主は罵声を口にする。


「小娘だなんてご冗談を、これでも私はあなたより歳上よ」

「失礼なことを、私は立派なレディーニャ」


 囲まれている状況でありながらも、二人はそれぞれ領主に対する皮肉を口にし始める。


「街の人達を見捨てて逃げちゃったんだってニャ」

「嫌だ嫌だ、今までちゃんと税を収めてきたってのに市民見捨てて逃げちゃうなんて」

「知ってるニャ? これを税金泥棒って言うニャよ」

「領主様って泥棒だったんだ」

「ぬけぬけと勝手なことを言いおって......者共、遠慮はいらん殺してしまえ!!」


 一斉に剣を抜き出し襲いかかってくる兵士達。 どいつもこいつも綺麗な鎧と剣を持ってやがるな......


「はあ!!」


 俺は合図とともに地面にドライバーを突き刺し、周囲に巨大な土壁を出現させる。


「撃て!!」

パパパパン!!


 シュミットの言葉を合図に広場の周囲にある建物や物陰から一斉に銃声が響き渡り、それと同時に兵士達の悲鳴が聞こえてくる。 俺達は周囲の分厚い防壁のおかげで無傷であったが、周りにいた兵士達は鎧や盾をも貫通する銃弾の威力によって次々と倒れていく。 元々こいつらは家柄やコネで入隊しただけあって多くはお坊ちゃん育ちであり、領主の恩恵で贅沢な暮らしをして市民に威張り散らしていた連中だ。 そのくせ魔物が来た瞬間、市民を見捨てて領主と共に逃げ出した外道でもある。 

 市民の怒りの制裁をじっくりと味うがいい。


「そ、そんな馬鹿な......」


 大金をかけて揃えた自慢の兵士達が一瞬で倒された光景に驚き、領主は腰を抜かして地面に座り込んでしまう。


「ヤレヤレニャ、あんた達もこんな男についていくのはニャめてヒロトのような良い男を見つけるニャ」

「そうよ、私も70年近く生きていてこんなに良い男は見つからなかったわよ」


 俺の両脇で腕を組む二人の言葉を合図に領主の後ろにいた愛人や使用人達は一斉に馬車に乗り込み、逃げ出してしまう。 所詮はこいつの領主という権力に近付いただけの関係だったって事か。


「ま、待て、置いていかないでくれ!!」


 生き残った他の兵士達や有力者達も逃げ出していき、俺の目の前には一人取り残されて佇む醜い男の姿があった。


「た、頼む、こ、殺さないでくれ......」


 先程と打って変わって俺に命乞いをする男。 涙を流しながら俺の足元ですがり始めるその姿はあまりのも無様だ。

 こんな奴が今まで街を支配していたなんて反吐が出る。


「ユースではないか、早くこの者共を引っ捕えよ!!」


 守備隊長の姿を見つけ、男は彼に俺の身柄を拘束するように指示する。 何だ、全然反省していないじゃないか。 頭に包帯を巻き魔物との戦いによって傷つき、血糊のついたボロボロの鎧を身にまとうユースは黙って男に近づくとともに口を開く。


「この外道が!!」

「ぎゃあああ!!」


 ガスガスとかつての上司の顔面を殴り、涙を流すユース。 多くの部下を殺された彼にとってこの男の存在は魔物以上に憎むべき相手であろう。


「その程度で良いじゃないか」

「ヒロトどの!!」


 俺は頃合を見て彼の肩に手を置く。 君の憎しみの気持ちは分かるがもう十分だろう。

 これからは俺の役割だしな。


「もう死んでるよ」

「あ、しまった......」

「どうせこいつは殺すつもりだったから問題ないよ」


 さんざん威張り散らしておきながら市民を守るために働こうとせず逃げ出す奴はどの世界でも必要ない。 ユースが手をくださなくとも俺はこいつの身柄を市民の前にさらけ出すつもりだったしな。

 そんな俺の言葉を受け、ユースは立ち上がると共に俺に正対して口を開く。


「今日からあなた様のもとで尽くさせて頂きます」

「うむ、苦しゅうない」


 この世界に来て8ヶ月、俺はとうとう自分の城を持つことに成功する。



「なかなか良い住み心地ニャ~」

「良いお酒を見つけたわよ」


 領主の館に拠点を移し、俺達は久し振りの贅沢を味わい始める。 今まで宿屋を転々とするやもめ生活や研究室の隅で毛布を敷いていた頃と違い、今は高価でフカフカのベッドに身を沈ませ、広くて清潔な室内で充実した高級セレブライフを味わっている。 

 二人も喜んでいるしこの生活も悪く......


「いや、ダメだろ!!」

「ニャ!?」

「え?」


 高価なソファーでゴロゴロしていたフィリアや高級酒に舌づつみを打つエルシャを叱りつつ俺は書類の束を机の上に置く。

 

「早くこの仕事を片付けなくちゃならんだろうが!!」


『王の仕事で華やかなものは全体の1%に過ぎず、あとの99%は雑務である』


 どこかの偉い人が言っていたな。 

 正直言って当面は市内の復興作業に尽力すべきだろう。 幸いにもこの街はラクロアの管轄下にあり、基本的には自治体制を取っているから当面は市民生活、特に市場の復活に尽力すべきだろう。

 公務員(頭に特別がつくが)時代の経験がこんなところで生きることになろうとは。

 あの頃は何度もお役所周りをさせらりたり、膨大な資料や物品の整理に追われた毎日だけどそれが今大きな力になっている。 腕だけを誇ったところでちゃんとした行政手続や経営体制を築けなければ宝の持ち腐れに等しい。

 魔物を撃退した俺達であったが、今度は書類の山と格闘することになる。



○シティ 某所 地下牢


「あらあら、可愛いワンちゃんを拾ってきたものね」


 女の目の前には両腕を鎖につながれた状態で跪くアミの姿があった。


「4年もの間、しっかり修行していないが故に弱くなりおって」

「だからってこんなに痛めつけちゃってダメじゃないの」


 チズの言葉に対し、女はそう答えつつもアミの頬を撫でる。 その瞬間、アミの目に光が戻るとともに女の手に噛み付こうとする。


「馬鹿者!!」


 チズによって頭を蹴り飛ばされ、意識を失って項垂れるアミ。 その姿を見て女はアミの頭を撫でて口を開く。


「あらあら、妹に対して容赦ないわね」

「我が一族は敵の捕虜になるのを恥じる。 そんなことするくらいなら自ら命を絶たねばならんのにこの女はそれをしなかった」

「まあまあ、厳しい教育だこと。 私のいた世界でも昔、そんなこと言っていた人達がいたわねえ」

「良き考えだ。 その者達とは気が合いそうだな」


 チズはそう言い残すと一人、その場から離れる。 女はその姿を見つつポツリと呟く。


「それを言ってた人達のせいで私のいた国は敗れたのよ」


 女はそう言いつつもアミの方に視線を移す。


「そんな教育を幼い頃から受けていたはずなのに何でこの子は自ら命を絶たなかったのかしらねえ」


 彼女はふとアミの首に何かがぶら下げられていることに気づく。

 それは彼女にとって見覚えのある一品であったからだ。


「ふふ、やっぱり彼が絡んでたのね。 私がいないのをいいことにこんな可愛い子捕まえちゃって」


 アミの首に掛かっていた物、それはかつてヒロトが彼女と出会った頃に使用していた代物であった。


『HIROTO ORIHARA』


 それは二人のいた世界においてドックタグと呼ばれている代物であった。

 アミは意識を失ったヒロトの首からそれを見つけ、黙ってお守りとして身に付けていたのである。

 人狼族の風習で、愛する者の愛用する物を身に付けると再会できるといういわれがあり、彼女は再びヒロトの前に生きて帰るという決意を胸に秘めて戦っていたのである。


「妬いちゃうじゃない......」


 女は気絶したアミの首元にかかる二つあるうちの一つを引きちぎり、地下牢をあとにする。



○商事ギルド 会長室


「何てことだ......」


 女が部屋に入ると机の上に突っ伏しているゴラーダの姿があった。

 伝説の冒険者として名高いシャイルが立候補を表明して以降、彼のもとに多くの人々が集い今や総統選挙の情勢は圧倒的に不利な現状となっている。 女性問題を取り上げようともしたが、元々彼には女性遍歴がなく片腕であるパシオンに至っては女性にだらしないことは周知の事実であったため、効果は無かった。

 逆にゴラーダに至っては叩けば叩くほどホコリが出てくる状態だったのでスキャンダル攻勢は逆効果につながってしまう。


「大丈夫よ、あなたは私の指示に従ってそこに座っていればいいのよ」

「そ、そうだな、全てはお前に任せればいいのだな」


 目先の情勢に翻弄され、落ち着きを見せない小男。 危機に瀕しては自分の身の可愛さゆえにすぐに逃げ出すこの男の本性は女は熟知している。 だからこそ操りやすい相手として自身の手駒として利用することを決意したのだが、再びヒロトの存在に接したことにより女は内心で苛立ちを覚え始めていた。


「まだ手段は残されてるわ」

「手段だと?」

「ここにワザと魔物の集団を呼び寄せてあなたが撃退すればいいでしょ? 既に傭兵ギルドもこちらの手の内だしね」

「そんなことが出来るのか?」

「ええ、問題ないわ」


 女の言葉を聞き、ゴラーダは親指の爪を噛み締めながら室内をウロウロし、立ち止まるとともに口を開く。


「分かった、そう手配してくれ」

(やれやれ、いくら目的のためとはいえヒロト君のことを思い出したあとにこの男を見るのはつらいわね)


 懐に忍ばせたドックタグを握り締め、女は顔に出さずとも自身の行いに対して後悔を抱くのであった。

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