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第26話 コンタクト

○シュミットの工場

「爆発音?」


 予定外の事態が発生したために簡単な木組みで作られた見張り台に立ち、魔物に占拠された市街地を見つめるエルシャの視線の先には爆発によって黒々とした複数の煙が昇っている。


「まだ予定より早い筈」


 計画ではヒロト達が破壊された門を復旧し、魔物達を閉じ込めたあとにアミの手によって暗殺を中心とした陽動作戦を展開し、二日後に市街地の各部に設置した爆弾を作動させて魔物達を惑わしたあとでここに戻ってくる筈である。

 これは正に異常事態が発生したことを意味する。


「早くシュミットさんに知らせないと」


 一途の不安を抱いたエルシャはヒロト達の身を案じ、工員や避難民と共に工場で秘密兵器の生産をしているシュミットの元へと走る。 



○市街地


「うらあ!!」


 アミの手によって2体の魔物が腹を斬られてそのまま地面に倒れこむ。 これで30体目か、さすがは人狼族最強戦士だ。 アミが100人いれば今回の事件も楽勝なのになあ。


「もたもたしていないで早く行くぞ!!」

「あ、ああ」


 アミに急かされ、俺は子供達の手を引いて彼女のあとに続く。 先程の爆発は本来、俺達がこの地獄から脱出するために使う最終手段だったが、俺が子供達を発見したばかりに急遽予定を早めて子供達の救出に利用することになってしまった。

 まさか魔物達が蔓延る市街地で生存者がいたとは。 調理場で亡くなっていた両親の最期の意地だったかもな。


「はあ、はあ、はあ......」

「シン、大丈夫か?」

「うん、僕は大丈夫だけどスズが......」


 シンと呼ばれた少年の傍らには幼稚園の年長組位の年齢と思われる一人の少女がいるが、緊張続きであったためか、息を切らせて壁に倒れ込んでいる。 

 やはり小さな体にはこの移動は堪えたみたいだな。 俺とアミならともかく、丸一日飲まず食わずで狭い貯蔵庫に隠れていたこの子達の体力はここで限界かもしれない。


「まだ来るぞ!!」


 人狼族特有の優れた嗅覚でアミは新たな魔物の出現を感知する。 あれだけ派手に爆発させて注意をそらしたというのにしつこいな。 

 俺は咄嗟に地面にドライバーを突き刺して背後に石壁を出現させる。


「これで問題ないだろう」


 俺は歩けなくなってしまったスズの体を背負い、シンの手を引いて再び歩き始めようとするが、突然の目眩に襲われて膝を着いてしまう。 なんだこの感覚は......。


「ここ連日の魔法の大量消費の影響で魔力が枯渇したようだな」


 俺の異変に気づいたのかアミは傍に近寄って声をかけてくる。 そういえばリコルド村での一件以降、魔法を乱発していたな。 エルシャの話だと俺が使う魔法は普通の魔法使いの能力ではそうそう乱発できるものではないって言ってたし。 この日も門を封印したあと、この子達を助けるために使いまくっていたし。 


「俺もそこまでチートって訳じゃなかったんだな」


 気怠くなった体を壁に当てて、俺はある決意を口にする。


「この子達を連れて先に行ってくれ」

「ヒロト!?」

「残念ながら体が言うことを聞いてくれそうにないんだ」


 正直言ってこの言葉を出すだけでも精一杯だ。 今の俺は指一本動かすのさえ難しい。 

 あとはこいつに任せればいいだろう。 

 まさかこんな異世界で死ぬことになるとは思わなかったけど人助けなら仕方がないな。

 しかし、アミはそういう願いが通用する相手では無かった。


「お前はこいつ等を見つけた張本人だろ!!」


 俺が弱りきっているにもかかわらず、彼女はその言葉とともに俺の顔を殴りつけたあと首根っこを掴む。


「お前がそんな弱音を吐くなんて信じたくない!! あの時、命懸けで私を守ってくれたお前はどこに行った?」

「うう、こ、このまま俺を連れて行ってもお前達を巻き添えにするだけだろ......」

「ふざけるな!! もう仲間を見捨てるなんてゴメンだ!!」


 アミは自身も疲労しているにも関わらず、俺の体を肩に担いで子供達の手を引いて移動し始める。 そうだったな、彼女には所属していた部隊を全滅させられて一人生き残った過去があったな。

 孤高の種族と言われ、同族以外とチームを組みたがらない人狼族であるアミにとって俺達のチームは家族同然なのかもしれん。

 アミは両手が塞がった状態でありながらも、持ち前の嗅覚を駆使して時折物陰に隠れるなどして何とか魔物達の目をかいくぐり始める。


「もう少しだ」


 気持ちが緩み始めた俺達であったが、工場まで100m程に迫ったところで魔物の集団に遭遇してしまう。 やれやれ、家に帰るまでが遠足ってことか。


「シン、こいつで妹を守ってやれ」

「お姉ちゃん!?」


 俺達は四方を何十体もの魔物達に取り囲まれ、身動きが取れなくなってしまう。

 アミは俺の体を地面に下ろし、自身の剣の一つをシンに渡して右手には剣を、左手にはクナイを装備して魔物達に対峙する。 


「一度百人斬りをやって見たかったよ!!」


 疲労しきった体と血糊がベットリ着いたその状態でそれは無理だろ。 ここまでお前はよくやった、俺を置いて早く工場に戻ってくれ......。


 俺の気持ちをよそにアミは嬉々として魔物達を斬り捨てていくが次第に刃の切れ味は無くなっていき、最期のクナイも使い果たしてしまった挙句、殺した魔物の武器まで取り上げて戦い始める。


「まだだ、この程度で満足すると思うなあ!!」


 鬼神の如き奮闘ぶりをみせてはいるが俺達を背後にしている手前、徐々に限界が見え始める。 このままではいくらアミでも危ない。


「うらあ!!」


 俺は最期の力を振り絞って周囲の地面を泥沼にする。 魔物達はズブズブと地面に沈んでいき、身動きが取れなくなってしまうがそこで俺の意識は徐々に失い始める。


「ヒロト!!」


 ふう、もう良いかな、何だかどうでも良くなってきたし。 人生色々あったけどもう十分生きた。 やりたいこともやったし、それなりに楽しんでも来た。 ここらがもう潮時だろう、人生というリングにタオルを投げても構わないよな。


「それで良いの?」

「え?」

「君はそう簡単に人生を諦める人だったかしら?」


 俺の耳元に聞き覚えのある声が聞こえ始める。 この声はまさか......


「幼い頃に両親を事故で失った君は誰よりも家族や仲間の大切さを理解している筈でしょ。 このまま死ねば残された彼女達はどうするの?」

「でも、俺はもう力を失ったんですよ」

「いいえ、私達召喚者はあの程度の魔法で魔力が枯渇することはないわ。 あなたはまだ真の実力を発揮していないだけよ」

「真の実力?」

「自分を過小評価しなければいずれ発揮することができるわ」


 何を言ってるんだこの人は? 昔から変わってるところはあったけどこんな冗談を言う人だったっけか?  


「早く私に会いに来て頂戴」

「どこにいるか分からないんですけど......」

「もうすぐ分かるわ」


 彼女の言葉の意味が分からず、俺は無意識に微睡みの中へと意識を落としてしまう。

 


○シュミットの工場


「う~ん」


 体の気ダルさを感じつつも俺はゆっくりと眼蓋を開くと目の前に涙目のフィリアの姿が現れる。


「ヒロト!!」

「わぷ!?」


 いつの間にか魔法が解けていたフィリアに抱きつかれ、俺は思わず咳き込んでしまう。 エルシャの話だと魔力の枯渇=死に繋がるらしいけどギリギリセーフだったみたいだな。


「こんなに無茶して!!」

「すまない」

「謝ったって許してやるもんですか!!」


 ポカポカと俺の体を叩くフィリア。 ああ、こいつのためにもまだ死んじゃダメだったな。

 

「丸一日寝てたのよ」

「そうか、心配かけて悪かったな。 アミ達はどうした?」

「あなたが魔法を使って魔物達を地面に沈めた直後にシュミットとエルシャが救出に駆けつけたからみんな無事よ」

「良かった」


 俺の最後の一手は無駄じゃなかったんだな。 しかし、俺の耳元で語りかけてきたあの声は確かに彼女に違いない。 俺は完全に回復していないにも関わらず、強引に体を起こして靴を履く。


「まだ動いちゃダメよ!!」


 フィリアが制止しようとしたが、俺は彼女の言葉を無視して部屋の扉へと向かう。 しかし、体の方は思い通りにいかず、途中で倒れこんでしまう。


「仕方がないわね」


 俺の姿にあきらめを感じたのかフィリアは俺の体を起き上がらせて壁に寄りかからせる。

 何だかんだ言って彼女は俺のことを一途に想ってくれている。 


「彼女の声が聞こえたんだ......」

「魔女ね」

「ああ、君にとっては魔女かもしれないけど俺にとっては大切な人に違いないよ」

「...今も?」


 隣で寄り添うフィリアは俺の言葉が嫌なのか唇を噛み締めて俯いてしまう。 

 俺はそんな彼女の頭に手を置いて優しく撫でながら口を開く。


「大丈夫だ、ケリをつけたら一緒になろう」

「え?」

「その...まあ、結婚しないかなって」

「......」


 その言葉を聞いた瞬間、フィリアは俺の体に抱きついて口を開く。


「信じていいの?」

「ああ、彼女に会ったら真っ先にこのことを伝えるつもりさ」

「嬉しい!!」


 まだ先の見えない危機に見舞われている最中であったが、俺はあの人と決着を付けなければならない。 そして、あの時言えなかったあの言葉を伝えた上でフィリアのことも話そう。

 それこそ俺がこの世界で果たすべき使命なのかもしれない。


○ジュファ 郊外


 郊外の山の上ではアミと同じ人狼族特有の耳を持つ一人の女の姿があった。

 彼女は最近実用化されたばかりの望遠鏡を目に当てて、魔物に襲われていた街の様子をつぶさに観察している。


「まだ抵抗している輩がいたとはな」


 彼女が見つめる先にはシュミットの工場があり、そこでは周囲を魔物に囲まれつつも、多くの工員や避難民達が忙しく動き回って何かを作っている姿が見受けられる。


「こんな絶望的な状況なのによく纏まっている。 どうやら生き残りの中に優れたリーダーがいるみたいだな」 


 この街の領主や有力者達が逃げ出していることは既に彼女の耳にも入っており、リーダー不在の街は既に壊滅しているものと思っていたのだが、生存者達の奮闘ぶりに彼女は興味を抱き始める。


「行ってみるか」


 彼女は自ら課せられた任務を果たすために街へと向かうことにする。



○シティ某所


 古の王族が使ったとされるこの部屋の床には古びた魔法陣が描かれており、その中央には一人の女の姿があった。 彼女は先程までそこで目を瞑って座禅をしていたのだが、突然ゆっくりと目を開くとともに口を開く。  


「やっぱり君だったのね」


 先程まで彼女はこの魔法陣の力を利用してジュファの街に意識を飛ばしていたのだが、そこには仲間のために奮闘するヒロトの姿があり、7年ぶりに見るヒロトの姿を見た彼女はいてもたってもいられず、彼の耳元に自らの声を送ってしまったのである。


「相変わらず無理をするわねえ」


 ヒロトの変わらない姿を見たためか、彼女の口元から笑みがこぼれる。 この世界に来て多くのものを犠牲にしてきた彼女であったが、ヒロトの存在を確認したことにより、再び彼に対する淡い想いを抱き始めるのであった。

 

 それぞれの思いが交錯する中、物語は大きな変化を見せようとしている。

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