第24話 繰り返される悲劇
新章がスタートしたのを機にこの章では主人公の閉ざされた過去を中心として進行するため、主に主人公の視点から物語が進むことになります。
この章から徐々に魔女との因果関係が明らかになっていく予定です。
○リコルド村
ヒロト達がこの村を離れて早、7ヶ月が経とうとしている。 その間、多くの村人達は冬に向けての準備をしており、この日も老若男女関わらず農産物の収穫に汗を流している光景があった。
「この分だと無事に冬を乗り越えられそうだのう」
村の男衆と共に農作業で流した汗を拭いつつ、口を開く村長。 御年60過ぎという年齢に関わらず、若い者に負けじと麦を刈る彼の姿は生き生きとしており、彼等の背後では女性陣達が木製の架台の上に並べられた長さ約30センチの鉄製の針を2、3ミリ感覚で30本程立てて並べた「千歯」と呼ばれる脱穀機で刈り取ったばかりの麦の脱穂をする姿も見受けられている。
「やっとオラ達の村もここまで回復しただ」
村長の言葉に傍らにいた青年が口を挟む。 5年前に勃発した戦争の影響で多くの男手を奪われ、両陣営の兵士によって荒らされてしまった畑も今やすっかり元通りになっており、麦をはじめとした作物の収穫状況も良かったことから復興の成果が伺える。
「フィリア殿には感謝せんとな」
戦争が終わり、多くの男手が帰ってきたのとフィリアが実施した食糧支援のおかげでかつての賑わいを取り戻しつつある村。 村長達はかつて魔物に襲撃され、傷だらけの状態で自分達の下を頼ってきた恩人の姿を思い起こしてしまう。
「ヒロトさん達、元気でやってるかなあ」
「最近は冒険者ギルドで頑張ってると聞いておるがのう」
ヒロトの名を聞き、村長はふと村の中央にある祠のことを思い出す。
かつてこの村には宝物を収めていた祠があったのだが、戦時中に村を襲ってきた同盟軍兵士達によって荒らされ、中身を奪われてしまった過去があった。 しかし、今はヒロトの手によって新しい祠が建てられ、ある物が宝物として収められている。
「あの祠の神様の力はスゴイだ」
青年の言葉の通り、ヒロトの作った祠には冷え切った夫婦関係が改善される効能があるとされ、家族円満を願う村の男達は祠の前を通るたびに手を合わせて拝むようになっている。 先日も離婚の危機に瀕していた男の目の前で宝物が披露され、翌日には夫婦で仲睦まじく歩く姿が披露されていたりもする。
「良い祠も作ってもらったから今度の収穫祭は盛大に行おうかのう」
祠の効能だけでなく、村を出る前にヒロトはこの村に数々の発明品を残してきており、先程の「千歯」に至っても従来の方法と比べて十倍以上の作業効率を上げることに成功し、村人達は効率の良い農業機械によって得た時間を利用して様々な副業にも手をかけるようになり、例年以上の現金収入も見込めるようになっている。
(彼には大きな借りが出来てしまったのう)
ヒロトに感謝しつつ、収穫祭への意気込みを抱く村長。 しかし、その数時間後に村は悲劇に襲われることになる。
3日後......
「嘘でしょ...」
「そんな...」
「酷いなこれは」
俺達の目の前には魔物達に襲われ、女子供見境なしに惨殺された村人達の姿があった。
2日前、付近を通りかかった行商人からもたらされた証言でこのリコルド村の惨劇が伝えられ、俺はかつての恩人達の身を案じてジョーンズと共に調査に来たのである。
「こっちも生き残ってる奴はいなかったぜ」
声がする方向を振り返ると現役時代に愛用していた中折れ帽を被り、エルシャとアミを引き連れて村の反対側から調査をしていたジョーンズの姿があった。
「こんなに酷い惨状は戦争の時以来だ」
アミの言葉に俺はフィリア達と出会った時のことを思い出してしまう。
あの時は魔物達からフィリアとエルシャを救い出して近くの街へ車を走らせたものの、既にその街は魔物達の襲撃によって壊滅しており、俺は無我夢中で車のアクセルを限界までふかして自らに襲いかかろうとしていた魔物達から逃げることにしてこの村にたどり着いたのだ。
「魔女よ」
「姉さん?」
「あの魔女の仕業に間違いないわ!!」
「フィリア、落ち着くんだ」
俺は突然錯乱したフィリアの体を抑え、彼女を村から引き離してトラックの荷台に押し込むことにする。
「早くあの魔女を殺さないと!!」
「証拠がないだろ?」
「早く私をシティに連れてって!!」
錯乱したためか俺の呼びかけを一切無視し、わめき散らすフィリア。 日頃の印象とは一変し、今の彼女の脳裏は完全に自分達を陥れた女に対する憎しみに支配されており、どうにでもならない状況であった。 そんな俺の焦りを感じ取ったのか何者かの手により、背後から呟かれた詠唱によってフィリアは意識を失い、その場で倒れこんでしまう。
「あとを追って正解だったわね」
「エルシャ!」
俺の目の前には愛用の杖を片手に得意気な顔をしているエルシャの姿があり、彼女の魔法によってフィリアは眠らされてしまったことが伺える。
「本来は外科手術で患者を眠らせるために使うものだから暫く目覚めないわよ」
「ありがとう」
エルシャに感謝の言葉を伝えつつ、、俺は眠ってしまったフィリアをその場で静かに寝かせて毛布を被せる。
「私やアミと違ってお嬢様育ちのフィリアちゃんには耐えられない光景だったみたいね」
「そのようだな」
「君は慣れてたみたいだけど過去に同じような光景を見たことがあるの?」
「まあな」
実際のところ、俺は召喚される前にここ以上にひどい光景を見たところがあるのだが、今更その内容を話す気にはなれない。 あの時は若さもあってか自分の無力感に打ちひしがれ、上司の指示がなければ何も出来ない状態だった。
「以前私に話してくれたよね、軍隊にいたって?」
「...フィリアのことを頼む」
「ちょっと!?」
俺はエルシャの問いかけを無視し、彼女にあとを託して他のメンバーと共に村人達の亡骸を埋葬することにする。
「さすがにこれ以上は無理だな」
「ああ、家屋の下敷きになってる奴もいるしな」
俺の魔法によって作られた大穴には多くの村人達の亡骸が並べられており、死臭を漂わせている。 燃料の都合で今まで使用を控えてきたトラックで駆けつけてきた俺達と違い、馬を使う他の職員達がここに駆けつけるまで時間がかかるため、俺達は一時的にしろ村人達の亡骸がこれ以上無残な姿になるのを防ぐためこうして埋葬している訳だ。
「ニヒル、大丈夫か?」
姉と違い、先程まで黙々と埋葬作業をしていたニヒルに対し傍らにいたアミが声をかける。
アミの記憶が戻って以降、なぜかこの二人は気が合うところが多く最近は二人でフィリアとエルシャの横暴を押さえ込むようになっている。
「だ、大丈夫です」
「お前は強いな」
まだ16歳の青年であるニヒルの言葉にアミは彼の頭を優しく撫でる。 俺から見ても今回のニヒルの働きぶりには目を張るところがあり、とても良家で育てられたお坊ちゃんとは思えない。
フィリアから聞かされた話だが、父親の遺言を実行するためにニヒルは自身が生まれてすぐに家を出て行った姉とコンタクトを取るために、当時大学生であった彼女の住んでいた寮で使用人として働いていた過去があったらしい。
それ故に彼はこの世界の貴族に多く見られる高飛車な性格が見当たらず、下手なプライドに凝り固まって行動する気配も見られない。 むしろその行動力には何かしらの覚悟が感じられる。
「おい、こっちにもいたぞ!!」
ジョーンズの言葉に従って俺達は村の広場の片隅で夫婦揃って殺されている村長夫妻の姿を発見してしまう。 体中を切り刻まれておりながら、俺が作った祠の前で手を繋いだ状態で二人は亡くなっており、傍に魔物の亡骸があったのと村長の手には鍬が握られていたことから迫り来る魔物の群れに対し、愛する人を守るために必死で抵抗していたことが窺える。
「......すまない」
かつての同志を救えなかったことを悔やみ、俺は思わず両手を合わせてしまう。
あの時、エロ本を片手に酒を酌み交わし、下ネタを言ったがためにお互いのパートナーに懲らしめられた俺達の間には世代を超えた友情が確かに存在していた筈だ。
俺にとってこの村の村長はこの世界に来て初めて出来た友人に他ならない。
「ヒロト、それは何だ?」
「女の絵が描かれているな」
俺は祠の中に収められていた一冊の書物を取り出し、村長の体の上に置く。 それは七ヶ月前、世話になったお礼として彼にプレゼントしたエロ本であり、村の祠の中に御神体として収められていた代物だ。
「あの世で、奥さんに捨てられるんじゃないぞ」
その言葉と同時に俺は地面にドライバーを突き刺し、地中に含まれている水分を移動させる光景を想像する。 その瞬間、穴の周囲にそびえ立っていた土壁がパラパラと崩れ、村長達の遺体を覆い隠す。
俺達はあとから来る予定の職員のために村長達の埋まっている地面の上に小さな墓標を建ててその場をあとにすることにする。
「なあ、お前の魔法ってどうなってるんだ?」
助手席に座るジョーンズの言葉に俺は「頭で思い浮かべているだけだ」と答える。
俺が魔法を使うときの条件はたった一つ、物質に含まれている元素の状態を考慮し、それらを自在に結合させたりして別の特性を持つ物質に変異させるように想像することだ。
例えば高温の青い炎を出すときは空気中の水分から水素と酸素を取り出し、それらを掛け合わせた混合ガスを点火させることを想像することによって出現させることができるのだ。
本来なら水を電気分解させることによって発生させることのできる現象であったが、何故か俺は自分の手に持つドライバーの先端でそれを持続的に実行することが出来る。
魔法使い達は金属製の杖(特に銀製が最も好まれる)の先端部分に魔力を集めて魔法を使っていることから俺は魔法の素と言われているマナ自体が電気的な性質を持っているのではないかと考えている。
それ故にドライバーや鉄パイプの先端を地面に刺すことによって地中の性質を変化させて泥沼のようにしたり、土壁を作ることが出来るのだと俺は予想している。
「そんなことよりおかしいと思わないか?」
「え?」
運転席と助手席の間に座るアミは一つの疑問を投げかけ始める。
「夜通し走っているとはいえ、私達のあとを追っている筈の他の職員の姿が全く見当たらないぞ」
「そういえばそうだな」
「どこかで休んでるんじゃないかな?」
「夜道をこれだけ明かりで灯している存在に彼等が気づかない筈は無いがな」
イーストノウスからラクロアの首都シティを結ぶこのギルドロードはこの世界有数の重要な交易ルートであり、日中は多くの商隊が行き交う姿が見られるのだが、深夜であったこともあり人通りが全く無いことに俺は何の疑問も持ち合わせていなかった。 街灯が存在しないためにヘッドライトを点灯して走行していたのだが、俺達と同じように現場に急行していた筈の職員の姿が見当たらないのは確かにおかしい。
「おい、ちょっと待て!!」
「わ、おい!?」
突然運転席に割り込み、俺の足を踏みつけて急ブレーキをかけさせるアミ。 俺とジョーンズはその衝撃でフロントガラスに思いっきり頭をぶつけてしまう。
「痛えよ!!」
「何があったんだ!?」
痛みで頭を抑える俺達を尻目にアミはドアのウィンドウを下げ、顔を外に出す。
「死臭がする...」
「何だって!?」
その後、アミの指示に従って俺とジョーンズが車を降りて向かった先には魔物に襲われ、無残な姿で横たわる職員達の姿があった。
「どうなってんだこりゃあ」
「気をつけろ、まだ近くに潜んでるかもしれん」
「いや、この付近にはもう魔物はいない」
付近に魔物の匂いが無いことからアミは遺体の首筋に手を触れ、体温を確認する。
「亡くなってから5時間位だな」
「丁度俺達が村を出発した時間だな」
村からここまで魔物の気配がなかったことから恐らくここから先には魔物達がいるのだろう。 しかし、それは正直言って最悪の展開に等しい事態であった。
「ここからは先は私が運転するからお前は休んでいろ」
「え、ちょ、お前免許持ってないだろ!?」
突然のアミの言葉に俺はお巡りさんが居る筈もないのにつまらないツッコミをいれてしまう。
しかし、彼女はそんな俺の言葉とはお構いなしに運転席に座ると同時にエンジンをかける。
「さっきから運転方法をずっと見てきたから大丈夫だ。 それにここから先は明かりを点けて運転すれば魔物に発見されてしまうしな」
「こんな夜道で明かり無しで大丈夫なのか?」
「少なくともお前よりは夜目が効くから大丈夫だ」
「僕からもお願いします」
「ニヒル!?」
いつの間にか後ろにいたニヒルの言葉に俺は驚いてしまうも彼は何食わぬ顔で言葉を続ける。
「今の姉さんには僕よりもヒロトさんの存在が必要な筈です。 僕が前に座りますから荷台で休んでいて下さい」
「これから忙しくなるかもしれないんだ。 ずっと運転し続けた訳だから少しは休んで力を貯めておけ」
「あ~もう、分かったよ」
二人の勧めに従い、俺はフィリア達の眠る荷台に移動することにする。
俺が荷台に移動したのを確認するとアミは車を発進させ、初心者とは思えない安定した運転さばきで夜道をひた走り始める。
「ふう、お言葉に甘えて眠るとしますか」
俺の目の前にはこんな時にも関わらず酒瓶片手に眠りにつくエルシャの姿と未だに彼女の魔法によって昏睡状態から目覚めていないフィリアの姿があり、俺はフィリアの隣の空いたスペースに体を横たわらせて眼蓋を閉じて微睡みの中に意識を落としてしまう。
「折原君...折原君...」
「う~ん、」
「もうすぐ着くわよ」
体を揺さぶられる感覚に襲われ、目を開けると先程まで見渡していたはずの荷台の光景はなく、俺は何故かトミタの軽ワゴン車の助手席の中で眠りについており、隣の運転席には懐かしい女性の姿があった。
「随分うなされていたみたいだけど大丈夫?」
「ん、こ、ここは...」
「何を寝ぼけてるの?」
呆れる彼女の姿をよそに俺は周囲を見渡してみると俺達の乗る車が走る舗装された道の他には見慣れた日本の山間部の姿があり、通りには何の変哲もない立て看板や標識があることからここがどこにでもあるのどかな田舎の峠道であることが伺える。 車の中には運転している彼女の他には同乗者はおらず、服装もいつものツナギ姿でなく、電気設備会社のロゴの入った作業服であったことからこれから向かう行先が容易に想像できる。
「変な夢を見てたみたいです」
「相変わらず君は変わってるわね、早く仕事を終わらせて美味しいお酒を飲みましょう」
俺の言葉に笑顔で答える彼女。 確か今回の仕事先は気象庁から委託を受けている無人観測所の定期点検だった筈だ。
以前の職場では上司と部下の関係であった俺達であったが、ある事件を境に退職して今の電気設備会社に転職したため、今では良き同僚として各地を廻っている。
10年近い歳の差があるものの両親を早くに亡くし、数年前に亡くなった祖母の下で育てられた俺にとって彼女の存在は人生の導き手となった恩師であるとともに、兄弟のような掛け替えのない存在でもあった。
「今日は君の奢りよ!!」
「ちょ、何でですか!?」
「こないだ私の胸を触った罰よ」
はっきり言ってこんなこと心外だ!! あの時の旅行先での一件以降、何かと彼女は俺に対して挑発的な言葉をかけるようになっている。
「あの時はあなたの方から誘ってきたじゃないですか」
「うるさいわね、ちゃんと責任をとってもらうわよ」
「そんな殺生な.....」
「男ならそこんとこはっきりしなさい」
彼女はそう言いつつも顔を赤くしつつ正面を見据える。 あの時はお互いが酔っていた事もあって思いもよらない行動をとってしまった。 それは今までの良き同僚という関係から一線を画する行為であり、少なくとも俺の中には彼女に対する並々ならぬ想いが巡っており、それは彼女も同じはずで今も運転しながらもソワソワした態度をとっていることが伺える。
でもそれも今日までだ。 この仕事が終わったら俺は彼女にある想いを伝えるつもりだからな。
「何をニコニコしてるの?」
「いえ、何でもないですよ」
俺の気持ちを感じ取ってか彼女はこちらを振り返るも俺は笑顔でこう答える。
「今夜のお楽しみです」
「相変わらず君は変な人ね」
その瞬間、俺達の目の前に野生の鹿が飛び出してしまい、それと接触した衝撃で俺達の車は方向を誤った挙句にガードレールに接触し、そのまま崖の下へと転落してしまう。
「ヒロト、ヒロト!!」
アミに揺さぶられ、俺はゆっくりと眼蓋を開く。 先程の光景が夢であったことを実感し、辺りを見渡すとフィリアの意識は未だに戻っておらず、エルシャに至っては酒瓶を片手にムニャムニャと眼蓋を目頭を掻きながら起き上がっていた。
「寝起きで悪いがすぐにこっちに来てくれ」
アミに強引に手を引かれ、荷台から飛び降りて外を見渡すと朝日に照らされながらもあちこちから黒い煙を立ち込める街の姿があった。
「これはないぜ...」
「ああ、まさかこんなオチだとはな」
「まだ戦っている奴がいるみたいだ、早く行こう」
俺達の視線の先には魔物の集団に襲われ、あちこちから悲鳴の声を上げているこの国の中級都市であり、俺達が拠点として暮らしているジュファの姿があった。