第23話 明かされていく過去
「氷結の女」、「死の女神」、「鮮血の乙女」、それぞれの分野でその名を響かせた女達を従え幾つもの困難を打破し、伝説となり人々から黒の「魔術師」と呼ばれた男。
この男の凄いところはかつての英雄と同じ「四大特性」の魔法を有しながら、数々の発明品を駆使して私達の想像もつかないようなことをしでかしてくる。
長年この冒険者の世界に身を置いた私の記憶の中でもこんな変わり者の存在は聞いたことがない。
これは私が彼との初めての会談の内容を記した記録である。
冒険者ギルド 第37代会長 ジュニア・インディ
......ニヒルの自伝書から抜粋
○事件の翌日 シュミットの工場内 食堂
「ヒロトどんにはホンマに感謝の言葉がつきまへんわ」
シャイルは向かいの席に座るヒロト達に深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
前日の悪夢から一夜明け、日中はシュミット達と共にアミによって倒された魔物の処分に追われた一同であったが、夕方からはアミの記憶が戻ったことに対するお祝いも兼ねて盛大な慰労会が開かれ、シャイルもまたパシオンとジョーンズを引き連れて顔を出して来たのである。
「もうあんな化け物の相手はゴメンですよ」
「まさか新種の魔物だとは思わなかったわい」
ヒロトの言葉にパシオンが口を開く。
前日の調査で、ヒロトとアミが倒したサトリと思われる魔物はパシオンの調査によって500年前の記録とは異なる部分が多いことが明らかになっている。
性的な欲求を刺激するフェロモンを使用する植物系の魔物であったサトリと違い、奴は自身の魔力の特性を利用してサトリを寄生させ、その力を利用することによって標的の記憶中枢を刺激し、自身の姿を相手の最も大切な存在と思わせて誘い込まれたところを抹殺する土系の新種の魔物だったのである。
「情報不足だったのは謝る、この通りや」
パシオンに代わり、シャイルは再び深々と頭を下げる。 部下の行った行為においても自身の監督不行を認め、即座に謝罪の言葉を述べる彼の姿を見てヒロトは言葉を失ってしまう。
かつて伝説の冒険者として名を馳せただけあって彼はリーダーとしての器が備わっており、無闇やたらと自身の保身に走る有力者達とは一線を画している。 それ故に現役の頃は個性派ぞろいのチームメイトを一つに纏めることができたのである。
しかし、隣に座るフィリアは満足できなかったのか文句を口にする。
「そんなことより報酬は持ってきたのかニャ?」
「お嬢さんにはかなわんな、この通りたんまり持ってきたで」
シャイルはテーブルの上に金貨の詰まった袋を置く。
フィリアは即座にそれを受け取ると目をキラキラさせながら中身を確認し始める。
「良い金額じゃニャいの!!」
金額に満足し、満面の笑みを送るフィリア。 その姿を見てヒロトは内心、不快な思いを抱いてしまう。 それもその筈で、今回の報酬は明らかにヒロトとアミが命懸けで達成した成果でありフィリアはその件に関して何も関与していないのである。
「いい加減に仕事に戻れ」
「フニャア!?」
ヒロトの気持ちを代弁するかのようにアミはフィリアの首根っこを掴んで宙にぶら下げる。 先日と違い、彼女は長かった髪の毛をバッサリと切ったショートヘア姿であり、メイド服を脱いで今は胸元までのシャツと丈の短いショートパンツ姿となっている。
「わ、分かったニャア」
アミに諭され、すごすごと厨房に戻るフィリア。 先日からアミがメイド服を脱ぐのと入れ替わりに、今の彼女はエルシャと共にメイド服に身を包んでアミの身の回りの世話をするようになっている。
「すっかり立場が逆転したな」
「今まで散々アミをこき使ってきた二人には良い薬だよ」
アミの豹変ぶりに驚きの声を漏らすジョーンズにヒロトはこれまでの経緯を話し始める。
記憶が戻り、これまでの仕打ちに対する怒りを煮えたぎらせたアミはショッピングを楽しんでいたフィリアとエルシャが戻ってくるとすぐさま、二人を工場の裏に引きずり込んで徹底的に懲らしめたのである。
どんなお仕置きを受けたのかはヒロトは知らないのだがその結果、大人しくなった二人はしばらく使用人生活を送る羽目になり、今はアミの指示で厨房で働くシュミット夫人の手伝いをしている。
「アミ様、ミルクをお持ちしました」
「うむ」
メイド服姿のエルシャからミルクを注がれるアミ。
先日こってり懲らしめられたためか、その手元はアミへの恐怖心でブルブルと震えている。
「もう許してやったらどうだ?」
「駄目だ、この程度では腹の虫が収まらん」
「たまには姉さん達も使用人の苦労を知ってもらわないとね」
ジョーンズの言葉に対し、アミはミルクを飲みつつも不満を口にし、ニヒルもまた同様の言葉を口にする。 ニヒルは今まで私生活においてフィリアやエルシャに苦しめられてきたこともあってかアミの記憶が戻って以降、彼女と共に二人を再教育するようになっている。
「あの子等、元Sランクの傭兵を顎でコキ使うとは大したタマやなあ」
アミによってこき使われるようになったフィリア達の姿を眺めつつシャイルは酒を口に含む。
「まさかあなたがフィリア達のことを知っていたとは思いませんでしたよ」
「フィリアちゃんの親父さんとは昔一緒に冒険した仲やからなあ」
「因みにそこにいるシュミットもかつての仲間じゃったがな」
パシオンの言葉に対し、同じ席に座るシュミットは無愛想に「ふん」っと言葉を漏らしながら酒を口にする。
「そこにいるエルフのお嬢ちゃんはフランツって男の名を知らんか?」
「え? それ私の父の名前なんだけど」
「お、奇遇やのお、あんたの親父さんもかつて一緒に冒険した仲やで」
「じゃあ父が40年前に勝手に里を出て行って3年後にひょっこり帰ってきたのって」
「ワイと一緒に冒険しとったんや。 あいつはのう、顔が良い事をネタにしてよくパシオンと一緒に女を引っ掛け回っとったで」
「ま、待て!?」
酔いが回ったシャイルの暴走ぶりに慌ててパシオンが彼の口を塞ぐ。 エルシャに至っては族長として厳格な態度を見せていた父親の意外な素顔に驚き、目を白黒させている。
「ふがふが、あいつはエルフのくせに獣娘が大好きでのう、そこにいるアミの婆ちゃんのケツをよく追いかけておったんじゃ」
「な!?」
その言葉にアミは驚き、毛を逆立てると同時に席を立ち上がる。
「故郷に嫁と娘がいるくせに「この尻尾のモフモフ感が素晴らしい」って叫んで寝込みを襲う変態野郎やったで」
「エルシャ!!」
「私は関係ないわよ!?」
エルシャの言葉も虚しく、アミは彼女の首根っこを掴む。 彼女がそこまで怒りを露わにする理由は40年程前、祖母が誰のか知らない子供を身篭って里に帰り、苦労して女手一つで育てた経緯があったからだ。 その子供こそ今は亡きアミの母親である。
「フランツは色んな女に手を出す最低な奴だった」
アミによって体を持ち上げられ、もがき苦しむエルシャを眺めつつシュミットは苦言を漏らす。
旅の最中でも妻のために手紙を書くほどの愛妻家であるシュミットと違い、いく先々の街で次々と女性を口説いて体の関係を得ようとするフランツとパシオンの女癖の悪さに彼は我慢できなかったのである。
「いやあ、こうして見ると懐かしいわあ。 まさかかつての仲間とその子孫達がこうして一様に勢ぞろいするなんてなあ、それだけでもわざわざここに来た甲斐があったって訳や」
「俺は何も関係ないような気がするんですけど」
パシオンが必死で制止しようとしているのに関わらず、暴走を続けるシャイルの言葉にヒロトは疑問を口にする。
「関係ないことあらへん、今はもう亡くなってもたが40年前の旅には召喚者も一緒やったで」
「え!?」
「そいつの言葉遣いが何やもう訛りが酷くてな、ワイの言葉遣いもそいつに影響されてしもたんや」
「詳しく聞かせていただけませんか?」
初めて聞かされる自分以外の召喚者の存在。 この世界において過去に何人もの召喚者の存在が噂されていたのだが、彼等は最終的に時代の波に揉まれてしまったためか詳しい記録は残されておらず、神話や伝承でしか語り継がれていなかったのである。
「小さい子供を連れたサキって名の女だったんやけど商人やったみたいでな、すんごいドケチでどこの店行っても執拗に値切るもんで泊まるところにすら苦労させられたわい」
「ちょっと待って下さい、子供も一緒だったんですか?」
「そうや、旦那とは離婚してシングルマザーつう立場やったって言っとったで、小さい子供背負っとるというのに薙刀っちゅう武器持って魔物と戦こうとったな」
シャイルの言葉にヒロトは頭痛を覚えてしまう。 それ程までにシャイルの話す昔話は衝撃的な内容ばかりであり、これ以上話を聞けば深い闇に飲み込まれてしまいそうだったのである。
既に向かいに座るジョーンズとシュミットに至っては深い溜息をついている。
この二人は仲が良いだけでなくチーム一番の常識人でもあり、毎度のように持ち込まれる個性の強い仲間達によるトラブルに巻き込まれ、その度に酷い目にあってきたのだ。
「今、シティはワイが総統選挙に立候補したことによって大混乱や。 まあ、ゴラーダのような小者が総督になるような事態になればラクロアは終わりやで」
「こ奴は腐っても伝説の冒険者じゃ、見た目と違って多くの市民から尊敬を集めておるからのう」
混乱する一同を前にシャイルとパシオンは今のシティの現状を話し始める。
現総督を病気という形で封じ込めて傭兵ギルドを抱き込み、最大の対立候補であったフィリアを陥れたことにより、絶対的優位を確保していたゴラーダであったが、シュミットが立候補したことにより事態が一変してしまう。
彼の登場により、フィリアを支持していた人々や反ゴラーダ派の支持が一気に集まり、今や街を二分する勢いとなっている。
それは奴によって追われる身となっていたフィリアとニヒルにとって何よりの朗報でもあった。
「実力では適わぬと見たか、近頃ゴラータの奴は冒険者ギルドのスキャンダルをでっち上げることに熱心になってのう、今回の事件も奴の耳に入る前に極秘裡に処理したかったってことじゃ」
「冒険者ギルド会長であるワイでさえ総督に会えない現状に多くの市民が不審に思い始めとるんよ。 奴は市民の疑いが自身に向く前にワイを陥れて疑いをそらそうとしているって訳や」
「総督は今も軟禁状態ですか?」
「どこにいるのかも分からん」
「あんな女のことはどうでも良いわ」
突然フィリアの声が聞こえてきたので振り返ると先程まで厨房にいたはずの彼女の姿があり、その手には追加のお酒の入った杯が握られている。
「全部聞いてたのか?」
ヒロトの言葉に対し、フィリアは黙って振り返ると同時に走り去ってしまう。 彼女の後ろには慌ててあとを追うニヒルの姿もあった。
「フィリア!?」
ヒロトの言葉にも答えず、黙って姿を消すフィリア。 そんな彼女の反応を見てシャイルは更に口を開く。
「あの娘は母親を深く恨んどる。 何せ父親が亡くなって以降、一度も顔を合わせようとはしなかったんやからな」
「何があったんですか?」
「今の母親とあの娘は血が繋がっておらんのじゃ」
「え?」
「気づかなかったのか? 二人の年齢が7年も離れておるのにも関わらず?」
パシオンの言葉を受け、ヒロトは今までの行動の経緯を改めて考え始める。
よくよく考えてみるとヒロトは出会って半年経つにも関わらず、フィリアとニヒルの過去についてよく知らない。 何度か母親の話題を出したこともあったが、二人は一切話したがらなかったのでそっとしていた背景があったからだ。
「さっきの召喚者の話には続きがあってな、サキには娘がおったろ? 旅の途中でサキが病気で亡くなったあとワイらが親代わりになって育てたこともあって立派な冒険者になったんやが、ある日一人の男と恋に落ちたんや」
「その人ってまさか......」
「そう、カルディア・メルカトール、フィリアの亡くなった親父や。 あの娘もまた、あんたと同じ世界の人間の血が流れているって訳や」
またもや明らかになった衝撃的事実に辺りの空気は一瞬で冷たくなる。
「フィリアを生んだ後、母親は病気で亡くなってしもうてその数年後にカルディアは今の母親と再婚してニヒルが生まれたんやが、あの娘は弟にこそ深い愛情を持ってたんやが新しい母親に対しては憎しみを抱いておる」
「何でですか?」
「分からん、一つ言えるのはニヒルが生まれた直後、あの娘は自分から全寮制の学校に入学して実家には一切立ち入ろうとはしなかったこと位やな」
「ワシらもつい最近までシティを離れておってこのことはよく知らんのじゃ」
シャイルとパシオンの口から聞かされたフィリアの過去に触れ、ヒロトは言葉を失ってしまう。
そう、母の愛情を満足に受けることの出来なかった彼女は誰にも言えない苦しみを背負い、一人っきりで生きてきた過去があったのである。
「くれぐれもあの子達のことを頼むで。 ワイにとっては孫みたいなもんやからな。 今回の選挙でワイが総督になった暁にはすぐさまゴラーダの悪事を暴いて街に戻れるようにするからな」
「分かりました」
ヒロトはそう言い残すと席を立ち上がり、フィリアのあとを追いかける。
「良い男やな」
「ああ」
フィリアが3歳の頃に会って以降、直接的な面識こそなかったがシャイルは彼女のことを孫の様に感じており、彼女を救いたい一心から総統選挙に立候補した訳である。
しかし、追われる身であったフィリアの傍にヒロトという心強い恋人の存在があり、常に彼女の身を支えようとするその姿にシャイルは在りし日の自分の姿を重ね合わせてしまう。
「そういやアミの婆ちゃんとフランツは最終的にデキてしもうてな」
「え?」
「何!?」
突然発せられたその言葉に驚き、アミは先程まで持ち上げていたエルシャの体を床に落とし、シャイルの方へ視線を移す。
「何か妊娠したことが発覚した途端にフランツの奴、黙って逃げてしもうてな、アミの婆ちゃんはそんな奴の態度に愛想を尽かして故郷に帰って一人で育てることにしたんや」
「あ、そういえばあの時の父さんの態度、かなりおかしかったわ」
「おい、それって......」
またもや明らかになった衝撃的事実にアミは身をこわばらせてエルシャの方へ視線を向ける。
「まさかアミは私の生き別れた妹......」
「それ以上言うな!!」
アミは怒りで我を失うと共に剣を抜き出し、刃先をエルシャに向ける。
「お、お前なんかと......」
「ちょ、ちょっと待って!? 悪いのは父よ!!」
「殺す!!」
「いやあああ!?」
ここまで怒りを燃やすアミを止める手段はここには存在しない。 怒りに身をゆだねて刃物を振り回す彼女の姿を恐れ、周りにいた人々は止めるどころか身の安全を考え、散り散りに逃げ始める。
アミの手によってテーブルや椅子が壊され、食器が飛び交う中でエルシャは一人、服を切り刻められながらも必死でアミの魔の手から逃れるかの如く逃げ回るのであった。
○工場の裏
月明かりが照らす暗がりの中、先日運び込まれたばかりの資材の上に腰を下ろすフィリアとニヒルの姿があった。
「姉さん、もう母さんのこと話して良いんじゃないかな?」
「......」
「姉さん!!」
ニヒルの呼びかけも虚しく、フィリアは黙って夜空を見上げている。 時折吹く夜風が彼女の髪を宙に舞わせ、彼女の顔を隠そうとするもその瞳からは一筋の涙が見て取れる。
「フィリア」
そんな彼女の下に一人の青年が声をかける。
「...ヒロト」
「君にとって嫌な過去なら話さなくて良い、俺達は契約通りのことをすれば良いじゃないか」
ヒロトは彼女の隣に座り、彼女の肩に手を置いて小さな身体を自らの胸元に抱き寄せる。 ヒロトの体温を感じて落ち着きを取り戻したのかフィリアは涙を拭い、口を開く。
「これはあなたにも話しておくべきね」
フィリアは遂に最後まで隠していた過去を話し始める。
フィリアの本当の母親は彼女を生んで3年後に病で亡くなり、6歳の頃に父親の幼馴染であった今の母親が後妻に収まったのだが、彼女はフィリアに対して一切の愛情を見せず、ニヒルが生まれたあとは父親の愛情も奪われてしまったため幼いフィリアは自分の意志で家を出ることにしたのである。
戦乱の兆しの見えた7年前に総督であった父親が亡くなり、叔父であるゴラーダを始めとした周囲に押される形で母親が総督になったのだが所詮は家柄でのし上がっただけであり、まともな交渉術を持たない彼女は当時水面下で話し合われていた和平交渉纏められず、その結果イーストノウス戦争が勃発することになったのである。
「母さんは決して姉さんのことを邪魔者扱いしていない、むしろ幼い姉さんに対して行っていた行為を後悔してたよ」
「あの女の言うことは信じられないわ」
「姉さん!!」
二人は兄弟の仲こそ良かったものの、母親の件に関しては真っ二つに意見が分かれるため、今まで話題にしたくなかったのである。 それ故に今までヒロトに対し家族の話をすることができなかったのだ。
「ヒロトと二人っきりにしてもらえないかしら」
「...分かったよ」
ニヒルはそう言い残すと一人でその場をあとにする。
「いいのか?」
「いいの、あの女は幼馴染で結婚の約束をしていた私の父を奪った母を心底憎んでいて一緒に住むことになった途端、その憎しみを私に向けてきたの」
「そうか」
「父が亡くなり、あの女の力不足を良い事にゴラーダと魔女の手によって一族が離散する中、父の遺言書を持ったニヒルが私を訪ねてきたの」
フィリアの父親であるカルディアは病で亡くなる直前に遺言書をニヒルに預けており、そこには幼い頃に与えた仕打ちに対する謝罪とゴラーダの傀儡として利用される妻の身を案じてフィリアの下にニヒルを預け、彼を育て上げて一族を盛り立てて欲しいという願いが書かれてあったのである。
「そう、全てはあの女と魔女が悪いのよ、あの悪女達のせいで父は、そしてこの国は滅茶苦茶にされて多くの人々が苦しむことになってしまったのよ」
大粒の涙を流し、ヒロトの胸元に顔を埋めるフィリア。 ヒロトはそんな彼女の小さな身体を抱き寄せ、黙って両手で包み込む。
「心配しなくて良い、俺が守ってやる」
「ありがとう...」
フィリアの心の闇に触れ、ヒロトは出会ったばかりの頃を思い出す。 お互いの隠してきた過去をさらけ出すことによって絆を深め、ここまで一緒に旅を続けてきた。
身体を売ろうとしてまでヒロトの協力を申し出てきた彼女の決意の裏には、ゴラーダを影で操る魔女と今の母親に対する復讐心、父親とニヒルに対する深い愛情が重なりあった結果であったが、ヒロトは単純に魔女の正体を確かめるために協力したに過ぎない筈である。
しかし、時が経つにつれてヒロトはフィリアに対し、仲間以上の気持ちを抱き始めており、それはフィリアもまた同じであった。
「実は俺も君に隠していたことがあるんだ」
「魔女のことね」
「ああ」
ヒロトは最後まで隠していた秘密をフィリアに話し始める。
この時の内容は二人だけの生涯の秘密となるのだが、話を終えて再びお互いの気持ちを確認し合った所で、突然の乱入者の存在に意識を奪われてしまう。
「た、助けて~!!」
「逃がすか!!」
身にまとったメイド服が切り刻まれ、あられもない姿で二人の目の前に現れるエルシャ。 その後ろでは鬼神の如き勢いで剣を振り回すアミの姿があった。
「お前なんかと血が繋がっているとは考えたくもない!!」
「ひ!?」
背中から地面に倒れ、咄嗟に両手で真剣白刃取りの要領でアミの剣を受け止めるもジリジリと追い詰められるエルシャ。 エルシャの身を案じてヒロトはアミに声をかけるも彼女は怒りを露わにして口を開く。
「全てはこいつの父親が悪いんだ」
「へ?」
「こいつの父親のだらし無さのせいで私の祖母は......」
エルシャに対する攻撃の手を緩めず、ワナワナと怒りをみなぎらせるアミ。 その表情からエルシャの父親に対する強い憎しみが伺える。
しかし、エルシャの方は「私は関係ない」と言いながら涙ながらに首を横に振っている。
バシャア!!
「うわ!?」
「きゃあ!!」
突然の水しぶきに驚き、振り返ると空っぽのバケツを手に持つフィリアの姿があった。
彼女は良いところをエルシャとアミに邪魔されたためかアミと同じような怒りを漂わせている。
「ぺっぺ、酷いびしょ濡れよ...」
「おわ!?」
起き上がったエルシャの服はびしょ濡れで、白い下着を着ていたためか素肌までも見えてしまい、豊満な胸の先端部には桃と同じような色をした突起が見える。
「見たな~」
「ち、違う、見てない!!」
咄嗟に胸を隠すエルシャであったが、その表情には恥じらいがなく、むしろヒロトになら見られても構わない気を漂わせているが彼は顔を真っ赤にして目を逸らしている。
「もう、ヒロト君はエッチなんだから~」
「見てない、見てない!!」
「ていうかこの匂い、お酒じゃないの?」
「え?」
クンクンと自身の体に掛かった液体の匂いをかぐエルシャ。 咄嗟に身をよじらせてびしょ濡れになるのを回避していたヒロトも、地面に広がるその液体の匂いを嗅いでみると明らかにアルコールの匂いがすることに気づいてしまう。
「おいフィリア、そのバケツって何が入ってたんだ?」
「え、そこの樽に入っていた水を入れたんだけど」
一同が視線を向けた先にはシュミット夫人が樽のコックをひねり、お酒を入れていた瓶の中に追加のお酒を詰める光景があった。 ヒロトはふとアミの姿が見かけないことにに気づき、彼女がいた方向に振り返るとそこには誰もいなかった。
「アミはどこにいったんだ?」
ヒロトがそう呟いた瞬間、突然彼の背中に重みがかかり、そのまま地面に倒れてしまう。
「く~ん」
「アミ!?」
突然子犬のように甘えてくるアミの行動にヒロトは驚いてしまう。 彼女の服もまた、エルシャと同じようにお酒を浴びてびしょ濡れであり、アルコールを口に含んでしまったためか頬は真っ赤に染まっていることから完全に酔っ払っていることが伺える。
「ごしゅじんしゃま~♡」
「わ、やめろ! どうしたんだ!?」
ヒロトの顔をペロペロと舐め始めるアミ。 心なしか彼女のお尻から伸びる尻尾は激しく左右に振っており、ヒロトに対する求愛行動を取っている。
そう、彼女は高い戦闘力を持つ反面、極端なほどアルコールに弱いため普段は酒場でもミルクしか飲もうとしないのである。
「だいしゅき~♡」
ヒロトの気持ちとはお構いなしに愛情行為を続けるアミ。 その姿はまさに誇り高い種族と言われている人狼族とはかけ離れ、ヒロトの忠実な愛犬と化している。
「彼から離れなさい!!」
「ヒロト君は渡さないわよ!!」
フィリアとエルシャが強引にアミの体を突き放そうとするも彼女は一向にヒロトの体から離れようとはせず、逆に二人に対して「ガルルル」と警戒心を露わにする。
「く~ん、く~ん、ご主人しゃま~ニャデニャデして~♡」
「このメス犬が!!」
「ヒロト君の顔を舐めるなら私だって!!」
凄まじい力でヒロトの体を押さえつけ、ペロペロと顔を舐め続けるアミ。 他の女性陣も彼女に負けじとそれぞれの求愛行動をとりはじめ、ヒロト本人は諦めたのか彼女達の行為になすがままとなっている。
そんな彼の姿をいつのまにか外に出ていたシュミット夫妻は微笑ましく見守っており、ジョーンズに至っては「憎いねえ~」と声援を送っている。
「人の身でありながら人狼族最強の戦士からここまで好かれるとはな」
「大した御人じゃってことやろ」
シャイルとパシオンはかつての自分達のチームと生き写しとも思えるその光景に、在りし日の青春を重ね合わせる。 幼馴染であるパシオンと共に旅に出て25年、40代を超えた辺りで体力の限界を感じ、引退したシャイルであったが老体となった今も尚、若かりし頃の思い出に思いを馳せていることがある。
「サキ、見てっか、お前さんの子孫やかつての仲間達がこうして手を取り合っとる。 ワイらが果たせんかった使命もようやく果たせそうやな」
かつて想いを寄せたこともある召喚者の名を口にするシャイル。 何度かサキに告白し、一緒に静かに暮らすことを願ったものの、彼女は自らに課せられた使命を果たすべく前に進み続け、そして志半ばで病に倒れ息を引き取った。
実の娘のように育ててきたサキの娘もまた使命を果たせず、フィリアを生んだ後に病でこの世を去っている。
「だが、使命を果たすにはまだ一つピースが足らん、早くそれを見つけないとな」
ヒロトがシャイルの言葉の真意を知ることになるにはまだ多くの時間を必要としたのだが、この時の彼は肉食系女子達の攻勢に耐えるので精一杯であった。
第2章 完
ようやく第二章が終わりました。
ここまで応援してくださった方々には感謝の言葉がつきません。
主人公が最後まで隠してきた秘密の内容については次章で明らかにしていく予定です。
主人公の過去と魔女との因果関係、それぞれのヒロイン達の決意、動き出す運命、多彩なキャラクターによる様々な思惑も展開する予定なので応援宜しくお願いします。