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第21話 過去からのメッセージ 前編

○イーストノウス国境付近


 開戦から一年、戦線は当初の予想を裏切る形で膠着し、双方が睨み合う形で冬に突入しようとしていた。 サルバトル将軍率いるイーストノウスと亜人連合軍は数において5倍近い差のある同盟軍の侵攻を山岳地帯特有の岩肌を利用した天然の要塞において迎撃し、何度となく行われた総攻撃においても一歩も戦線を引かせず、敵に多くの流血を味あわせている。

 優れた外交手腕を有するサルバトル将軍はこのまま冬に突入させ、和平交渉に持ち込もうと考えていたのだが、本国からの突然の辞令に身を強ばらせてしまう。


「総攻撃を仕掛けろと!?」


 御年55歳の彼は10代の頃から数々の戦闘を経験し、部下からの信頼も厚く開戦から今まで、圧倒的に数で劣る自軍の戦線を何とか維持してきたのだが、目の前にいる使者が持ってきた手紙には元老院からの総攻撃命令が書かれていた。

 当初の予想に反して戦線が好調であったのに気を良くしたのか彼等は冬に入る前に決着をつけてしまおうと考えていたのである。


「このような命令は受け入れられん!!」


 前線の現状を知らない元老院のやり口にサルバトルは怒りを口にする。 今まで何とか亜人達の協力もあって戦線を維持してきたのだが、各部隊の疲労は既に極限状態であり、休息を必要としているのにも関わらず、政権中枢部の人々はさらなる戦果を求めていることに憤慨を覚えてしまう。


「命令に従わないのなら将軍、あなたを拘束させていただきます」

「何だと!?」


 その言葉を合図に、使者の背後から数人の兵士と共に一人の男が姿を現す。 その男は傷だらけの鎧を着ているサルバトルと違い、煌びやかな鎧を着て宝石を埋め込んだ剣を腰に差しており、その身なりから高貴な家柄であることが伺える。


「これからは私が軍を率いる」

「王子!!」


 王子と呼ばれた男はサルバトルを拘束すると同時に口を開く。


「イーストノウス第一王子であるこの僕、ペルダン2世の栄光を黙って見てるんだな」

「愚かな......」


 こうして新しく総司令官となったペルダン王子によってイーストノウス軍は冬に突入する前に一大反攻作戦を展開することになる。



○アディス平原


 後に「冬戦線」と呼ばれるこの反攻作戦は当初、同盟軍の油断もあってかイーストノウスが有利に展開し、左翼に布陣していたウエストノウス軍の司令部を壊滅させる戦果を上げたのだが、たまたま後方にて兵站の状況を視察していた副官のガイルラベク将軍によってウエストノウス軍の戦線が立て直されたのと、右翼に展開していたイーストサウス軍のハウンド将軍がすぐさまイーストノウス軍の背後に展開したことにより、一気に劣勢に追い込まれてしまう。

 その結果、当初は勇ましく前線の将兵を叱責していたペルダン王子は急速に悪化してくる戦線に狼狽し、独断で撤退を決意してしまったため、前線で戦っていた部隊は置いてかれてしまうことになる。


「兄さん、もう食料が無い」

「そうか、一週間ずっと戦いぱなしだったもんな」 


 味方から見捨てられ、ボロボロになりつつもアミの所属する亜人部隊は彼女の兄であるロキの指揮の下、何とか撤退の道筋を見出そうとしている。

 当初は400人近い大隊であった部隊も今やその数は100人を切っており、指揮を采っていた大隊長も既に戦死している状況であった。


「ここも既にダメか」


 ロキの目の前には壊滅した味方の陣地があり、最早戦線は一気に後退していることが伺える。


「仕方がない、遠いけど俺達の故郷を目指すか」

「兄さん、もう皆の体力は限界だ」

「弱っている馬を殺して皆に食わせろ、3時間後に出発だ」


 ロキの指示の下で数頭の馬が殺され、食料として供給される。 正直言って皆、食欲など全くなかったのだが、故郷に帰ろうとする僅かな希望を胸に馬肉を口に入れてそれぞれ思い思いに僅かな休息の時を過ごし始める。


「兄さん、大丈夫?」


 皆から離れ、一人見張りにつく兄のことを気遣い、アミは声をかける。


「大丈夫だ」

「ホントか?」

「...ちょっと嘘が混じってたな」

「義姉さんのことを考えてたのか」

「ああ、無事だといいがな」


 ロキの妻もまた、同じ部隊で戦っていたのだが、5日前にはぐれて以降行方がわからなくなっていたのである。 本音を言うと兄は愛する妻を探しに戻りたかったのだが、仲間達のためにその気持ちを押しとどめていることをアミは知っていたのだ。


「無事に故郷に戻れたらもう一度ここに戻ろう」

「そうだな、あいつはこんな所で簡単にくたばったりするもんか」


 戦士としての矜持からか、二人は決意を新たにする。 開戦以来、戦いに生き甲斐を見出すアミ達人狼族は性別を問わず常に最前線で戦い続けており、特にロキと彼の妻、そしてアミの3人は息の合った抜群のコンビネーションで戦いを繰り広げていたのである。

 アミはロキの妻を実の姉のように尊敬してたのだが、彼女は撤退戦において戦死した大隊長に代わり指揮を執るロキのために20人の部下を従え、殿小隊を編成して敵の包囲網から抜け出すことに大きく貢献したのだが、夜半に敵の夜襲部隊の襲撃を受けたためにはぐれてしまったのである。


「そろそろ行こうか」

「はい」


 二人は何とか生き残った仲間達を故郷に帰そうとするために腰を上げる。 しかし、それから間もなくして二人の気持ちを裏切るかのように部隊は一人のヴァンパイアに襲われてしまう。


「つ、強い!!」

「クソ!!」


 必死で戦う二人であったが他の仲間達の姿は既に無く、無残な骸を晒していた。 初めのうちは唯の女だと思ってたのだが彼女は無言で次々と仲間を斬り捨てていき、何度体を斬りつけてもすぐに再生するため次々と返り討ちにあってしまい、最後に生き残ったロキとアミの剣はボロボロで体のあちこちから血を流している。


「化物め......」


 女の異常な体質にアミは毒気づく。 今まで数々の戦場を駆け抜けていったわけだが、この相手は明らかに異質で危険な存在であった。 

 二人はジリジリと追い詰められていき、いつの間にか滝の流れる断崖絶壁に追い込まれてしまう。

 最後を悟ったのかロキは覚悟を決めて隣にいるアミに対し口を開く。


「アミ、強い男を見つけて良い子を産むんだぞ」

「兄さん?」


 その言葉と同時にロキは妹の体を滝壺の中へと突き落とす。


「お前は生きるんだ」

「兄さああああああああん!!」


 アミの目に最後に映ったのはヴァンパイアに胸を貫かれ、息絶える兄の姿であった。 心なしか彼の表情は妹を巻き添えにせずに済んだ為か穏やかであった。


「兄さん!!」

「うお!?」


 アミは突然大声を上げると同時にベッドから起き上がる。 その行為に驚いたのか傍らで見守っていたヒロトは声を上げてしまう。


「はあ、はあ、はあ......」

「随分うなされてたみたいだけど大丈夫?」


 ヒロトはそう言いつつも水の入ったコップを彼女に手渡す。


「あ、有難うございます」


 アミはコップの水を一気に飲み干すと同時に大きく息を吐く。


「どうしたんだい?」

「分かりません」

「分からない?」

「何故か戦場で戦っている夢だったんで」

「それがあなたの失われた記憶かもしれないわね」


 疑問を口にするアミに対し、いつの間にかヒロトの後ろにいたエルシャが声をかける。


「悪いけどあなたの体を調べさせてもらったわ。 まさか人狼族だったなんてね」

「隠していて申し訳ありません」


 アミは今まで隠していた頭部の耳が露わになったことに気づき、思わず謝罪の言葉を述べてしまう。 最強の種族として知られるアミ達人狼族は気勢が荒く、誇り高いとされているがその反面、彼女達の里は閉鎖主義を貫いていたため滅多に人里に現れることはない。 


「一番古い記憶でハッキリしているのは4年前に村長の家のベッドの上で目覚めた記憶です。 彼の話ですと川の麓で倒れていた私を見つけてここまで運んできたとのことです」

「それ以外のことは?」


 ヒロトの言葉に対し、アミは首を振って「教えてもらえませんでした」と答える。


「なあ、その夢の内容を話してもらえないかな?」

「はい」


 アミは夢の内容についてヒロト達に話し始める。


「もしかしてあなたは第313大隊に所属していたのかもしれないわね」

「313大隊?」

「味方に見捨てられて全滅した部隊よ。 元々はサルバトル将軍率いる第3師団に所属していて人狼族を中心としていた彼らの部隊は最強の名を欲しいままにしていたんだけど、将軍が更迭されて代わりに今やバカ王子として有名なベルダン2世によって後に冬戦線と呼ばれる総攻撃作戦が実行されたのよ。 その結果、後背をイーストサウス軍に抑えられてしまったのを機に王子は独断で勝手に撤退したために前線の部隊は置き去りにされてしまったの」

「うわ、ひでえな」


 馬鹿な有力者が出しゃばって部下を巻き添えにする。 しかも自分は責任を取らず逃げ出すといった行為はどこの世界でも繰り広げられていることにヒロトは嫌悪感を覚えてしまう。


「最前線で彼等は自力で何とか撤退しようとしたみたいだけど既に戦線は大きく縮小してしまったためにそれも叶わず、僅かに生き残っていた隊員達も自分達の集落に辿り着く前に無残にも全滅してしまったの。 仲間の亡骸を見た人狼族はこれに激怒し、ドワーフ族を除く他の集落も同調することになってイーストノウスとの決別することになったって訳」

「じゃあアミはその部隊唯一の生き残りなのか?」


 ヒロトの言葉に対し、アミは俯きながら「分かりません」と答える。


「無理に記憶を取り戻そうとすれば体に悪影響を及ぼすわ。 当分はヒロトの研究室に来ない方が良いかもしれないわね」 

「分かりました......」


 アミの記憶の謎が解けないままその日は過ぎていくことになる。


一ヶ月後......


「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。 今巷で話題のこの花火、知らニャきゃ損だよこの一品。 魔法を使わず火を灯すニャけであら不思議!!」


 フィリアはそう言いながら花火の先端をロウソクの炎に近づけ、眩い緑色の火花を見せる。 その光を見て周囲の観衆の中から驚愕の声が上がる。


「今まで魔法使いすら出せなかったこの不思議な光、結婚式やお祝いごとにピッタリニャ一品!! 今ニャら10本入で銀貨1枚!! 銀貨1枚でございますニャあ!!」

「安いわあ!!」

「ねえ!!」


 またもや観衆の中から驚愕の声が響き渡る。 どこかの通販番組のような展開に周囲の人々は完全に釘づけになっている。


「更に!! 今回は特別にこちらの皮むき器をセットでお付けします!! 買うニャら今すぐ!!」


 その言葉を合図に前列で並んでいた女性達が一斉に購入し始めたのを機に人々は先を争うかの如く次々と商品を購入し始める。 購入者の中には女性だけでなく、男性客の姿も見受けられる。

 ヒロトの発明品であるこの花火は今や巷で大きな話題となっており、夜の街角を多彩に彩るこの輝に魅了される人々も多く、男性が家族や恋人に送る贈り物で最も喜ばれる商品の一つにもなっている。 


「ニャハハハ、私にかかればイチコロニャ」


 完売の札が上がり、アミの持つ団扇で扇がれながら、上機嫌に笑みを浮かべるフィリア。 当初、彼女はドワーフ族の商売に対する協力を嫌がっていたのだが、ヒロトの提案で儲けの3割をもらうことでようやく販売に力を貸してもらえることになったのである。

 元商事ギルドの腕利き職員であったためかその手腕は冴え渡っており、市場で売る商品を毎回売り切れにしてしまうだけでなく、大手商店との専属契約を幾つも結ぶなど、優れた手腕を発揮している。 


「ホント欲深いなお前は......」

「私ニャ褒め言葉にしかきこえニャいニャあ」


 ヒロトに苦言を言われるつつもフィリアは得意顔でアミの淹れた紅茶を飲み始める。


「私達サクラ組の活躍も忘れないでよ」


 アミからお酒を注がれつつ傍らにいたエルシャも口を開く。 彼女は自らを筆頭に何人かの販売要員を従え、フィリアの言葉に対し息を合わせて歓声を送って周りの空気を刺激し、販売開始と同時に部下達を一斉に購入に向かわせて販売促進に貢献させる役割を担っている。 

 また、酒場や市場、教会など大衆が集まりやすい場所においてヒロトの発明品の魅力を噂にすることで商品価値の向上に勤めている。

 先ほどの販売光景においても彼女の美貌と胸に釣られた男達が購入していく姿もあり、販売に一役買っていることが明白であった。


「今日も良い売上ですよ」


 算盤を弾いて売上金を計算していたニヒルの方から喜ばしい報告が入ってくる。 この世界に無い技術を持ってして発明されたヒロトの発明品は当初、中々理解を得られなかったのだが、フィリアとエルシャのお陰で今や連日完売となるほどの実績を上げており、シュミットの工場は大盛況であった。


(これってマルチ商法に近いんだよなあ......)


 フィリア達の商売方法にヒロトは思わず寒気を覚えてしまう。

 彼のいた日本であればこのような方法はすぐにお縄になるような行為であったが、幸いにも商品の品質が良かったため、今のところ訴えられてはいない。

 ヒロトの発明品は量産する際、親方であるシュミット指示の下で厳密な品質管理を実施しているため、試作品と遜色無い性能を維持しており、仕事に対する彼等の真摯な態度を見たためかフィリアとエルシャも最近は彼等と仕事をすることに抵抗感を無くしている。


「今日の夕飯は焼肉ニャア!!」

「賛成!!」

「マジかよ......」


 過去の喧嘩が嘘のように消え、仲良く騒ぐ肉食系女子達。 ヒロトに視線を送る彼女達の目は肉食獣のように輝いており、夕食後にどうやってヒロトを懐柔しようか企んでいるようにも見て取れる。

 因みに、最近は二人で強引にヒロトのベッドに入り込むこともあり、その度にニヒルが苦い顔をしている光景があったりもする。

 一応今のところヒロトは彼女達の攻勢を何とか凌いではいるが。


「あ、悪い、俺ちょっとジョーンズに呼ばれてるから先に帰ってくれないか?」

「え、ちょっと?」

「逃げるニャ!」


 肉食系女子達の魔の手から振り払うが如く、ヒロトは足早にその場を後にして冒険者ギルドに向かうことにする。 シュミットと業務提携して以降も彼はチームのランクを上げるため、時には一人で冒険者ギルドの依頼をこなしており、この日はジョーンズからの連絡でアミに関する情報が届いたのですぐに来て欲しいと呼び出しを受けていたのである。


「おいヒロト!!」


 冒険者ギルドの受付に来たヒロトの顔を見た瞬間、ジョーンズは青い顔をして駆け寄ってくる。


「どうしたんだ?」

「今、お忍びでこの街に来てる冒険者ギルドの会長がお前を呼びつけてるぞ」

「へ?」


 耳元で話しかけてくるジョーンズの言葉にヒロトは一瞬、訳がわからなくなってしまう。

 冒険者ギルドの会長と言えば、自由都市国家ラクロアの首都シティの冒険者ギルド本部において居を構え、今度の総督選挙においてフィリアの叔父であり、今のところ最大の敵でもある商事ギルド会長のコラーダの有力な対立候補としても知られている。

 そんな大物が大事な選挙前のこの時期に、しかもお忍びでこの街に来ていたことに違和感を隠せなかったのである。


「いいから早く来てくれ!!」


 ジョーンズはヒロトの手を引き、強引に来賓室へと連れて行く。

 部屋に入ると二人の男性の姿があり、その内の一人が席を立ち上がると同時に慣れ慣れしく声をかけてきた。


「よう来たなワイが冒険者ギルドで会長やっとるシャイル・クラウンばい」

「ヒロトです、お初にお目にかかります」


 ヒロトはそう答えながら真鍮板で作った名刺をシャイルに渡す。 彼の隣には一人の初老の男性の姿があり、奇妙な訛りで大阪のオッチャンのような態度を取るシャイルと違ってその男性は落ち着いた風合いを見せている。


「マシーナリー? 聞いたことない仕事やんね」

「発明や修理を生業とする職業です」

「言っとう意味がよう分からんが?」

「鍛冶師や錬金術、大工を掛け合わせたような職業で、こいつは様々な魔法を使いこなしてちょっとした雑用から害獣や魔物の討伐など何でもこなすんです。 最近はシュミットの工場で色んなものを発明して仲間と一緒に販売している変わり者ですよ」


 ヒロトの説明を補佐する形でジョーンズが口を挟む。 シャイルはそんな彼の説明に対し、名刺を眺めながら、「ふ~ん、そうなんか」と答える。


「会長、それよりも彼に例の件を話されては?」


 シャイルの隣にいた初老の男性が話しかける。 


「そうやったな、まあまあ、そこに座らんしゃい」


 シャイルはヒロトをソファーに座らせ、自身は向かい側に座ると同時に本題を話し始める。


「紹介が遅れとったな、ここにいるのはサーヘル大学で魔物研究の専門家であるパシオン・ドヌール、かつてはワイと一緒に冒険をしとったこともあってよお、女にはだらしがないんじゃが頭は良いやつじゃ」

「お主、何言っとんじゃあ!!」


 シャイルの言葉にパシオンは怒鳴ってしまう。 突然の事態にヒロトは目を白黒させてしまうがジョーンズに至っては溜息を吐いていた。 


「ホントのことやんけ」

「いい加減にしおれ、だいたいお主はいつもいつも......」


 くどくどとシャイルと言い合うパシオン。 後にヒロトはジョーンズから一通りの説明を受けることになり、この二人は若かりし頃は冒険者ギルドにチーム登録をして一緒に大陸各地を勇名を発した仲である。 

 その過程で幼い頃のジョーンズと出会い、夢であった冒険者になりたかった憧れから彼はシャイルに弟子入りする。 その後、弟子であったジョーンズの独立を機にシャイルとパシオンは引退を決意し、シャイルは冒険者ギルド職員に、パシオンは名門として知られるサーヘル大学で教鞭を執ることにし現在に至るのである。


「すまんなあ、こうして二人でいるのも久しぶりだったんでつい言い合ってしもうたわい」

「お主が余計なことを口走るからじゃろ」


 小一時間程言い合った後、禿げ上がった頭に手を起いてシャイルは陳謝する。 これまでのやり取りから二人のいたチームはヒロトと同じように賑やかなチームであったことが伺える。


「それで私を呼び出した理由とは」

「それについてはワシが説明しよう」


 ヒロトの言葉に対し、パシオンがおもむろに説明をはじめる。

 キッカケは半年程前、一つの街が突然現れた千体近い数の魔物の襲撃によって壊滅したことに始まる。

 突然の事態に傭兵ギルドと冒険者ギルドはそれぞれ大規模な討伐隊を編成し掃討作戦を展開したのだが、その過程であるAランクチームが全滅してしまったのである。

 彼等は経験豊富で高い戦闘力を持つチームであったが、掃討作戦が佳境に入った頃にギルドロードの街道でそれぞれ急所を一突きで突かれる形で亡くなっている姿が発見されたのである。


「当初は仲間割れの線も考えられたのじゃが一ヶ月後に今度はギルドロード沿いの街の宿で別のチームが同じような形で全滅しているのが発見されたのじゃ。 宿の主人の話だとその日は誰も出入りした形跡が無かったため、ただの仲間割れによる同士討と判断されたのじゃが、また一ヶ月後に今度はその街の傍の村で同じような形で全滅している姿が発見されたのじゃ」

「奇妙ですね」

「そうなんや、どいつも将来有望な連中ばかりだったんでワシは極秘に秘蔵っ子達に調査を命じたんやがのう......」


 シャイルは言葉を詰まらせつつ重い口取りで話を続けようとする。


「先月、そいつらがこの街の近くで全滅しとるのが発見されたんじゃ」

「え!?」       

「手口は同じ、皆急所を一突きで仕留められておったわ。 しかも一人を除いて武器を持ったままでの」


 先程の賑やかな光景と違い、シャイルの表情は暗く、隣にいたパシオンも重苦しい空気を放っている。

 ジョーンズもまた、そのチームと面識があったためか先程から手を強く握り締め、怒りで体を震わせている。


「そいつらはジョーンズの教え子達でもあっての、ワイもよく知っておるわい。 あいつらが仲間割れなんてする訳はあらへん、何かの間違いや」

「殺された者の体を調べたところ斬り口がどの武器にも一致しないのじゃ」

「それってまさか......」

「何者かによって殺されたと思われる」


 仲間を殺されたことに対する無念さに身を震わせ、言葉を発せなくなったシャイルに代わり、パシオンが説明を続ける。


「斬り口はまるでギザギザした鋸、例えるならカマキリの鎌みたいな武器でやられたようじゃ。 そのような武器はこの大陸に存在する筈がない。 ワシはふと、かつて人類と魔族が戦っていた頃の記録を調べてみたのじゃがそこに奇妙な魔物の存在が記録されていたのじゃ」


 パシオンはそう説明すると一冊の古い書物を取り出す。 後年の学者達の手による写本と思われるその書物には500年前の戦争においてある奇妙な魔物の絵が記されていた。

 その魔物は見た目こそ植物のツルを編みこんだような姿をしており、頭頂部には赤い花を咲かせている。


「記述によるとこの魔物は頭部の花から発する特殊なフェロモンによって相手を惑わし、近づいてきたところを薔薇のような刺を持つツルを使って一突きで急所を仕留めるそうじゃ」

「そいつがこの街に来ている可能性があると?」

「そうじゃ、もともとこいつは人間達の中で高い戦闘力を持つ者を暗殺することを目的として作られたようでのう。 普段は地中に潜んでいるようで一ヶ月ごとに地上に現れては付近を散策して高い戦闘力を持つものを優先的に襲って殺害しているみたいじゃ。 ワシらは一計を案じて自らこうして調査に来たのじゃが......」

「まさか俺がその暗殺対象なんですか?」

「違う!!」


 ヒロトの言葉に先程まで黙っていたはずのジョーンズが口を開く。


「お前じゃなくてアミの方だ」

「え?」

「今でこそお前のチームで使用人みたいな生活をしているが、あいつの正体はかつて「鮮血の乙女」と呼ばれた人狼族最強の戦士だ」

「えええ!?」


 ジョーンズの口から明かされたアミの衝撃的な過去。

 戦いによって記憶を失った彼女をチームに引き入れたことにより、ヒロトは必然的にこの街を襲う魔物の騒動に巻き込まれてしまうことになる。

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