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第20話 アミの剣

○フルーメン沿いの街 


 この街は古くからラクロアとイーストサウス間を行き来する連絡船の中継地点として栄え、多くの旅人や商人達がここで一時の旅の疲れを癒すようになっている。 そのため、住民達は彼等が現金を落としやすい環境にするために宿をはじめとしたサービス業に力を入れており、日が暮れた夜であっても街は活気に満ちていた。

 多彩なランクに分けられた宿屋に酒場、賭博場や色街など多彩な娯楽があり、極めつけは子供用の遊戯施設まで存在し一年を通して活気に溢れているのだが、近年は急速に力を伸ばしてきたマフィアの存在が住民達の頭を悩ませている。

 この組織、元々はこの街のスラム出身の労働者達の集まりであったが、複数の組織との合併や吸収を繰り返し、遂には賭博場や色街を支配下に置く街一番の巨大組織となってしまう。

 自力で食べていける力を持った彼等は若い娘を言葉巧みに騙して娼館で働かせるだけでなく、違法な薬の売買や暗殺稼業も担い始め、金と暴力でこの街の住人達を支配するに至る。

 遂には市長をも抱き込み、今やこの街の実質的な支配者となっていた彼等であったがこの日、一人の女の登場によってその支配を終わらせることになる。


「いやああ!!」

「うるせえ、黙ってろ」


 今宵もまた、この娼館にて世間知らずな年端もいかぬ少女を連れ込み、犯そうとする男たち。 彼等は付近の村の娘を言葉巧みに騙し、娼館に連れ込んで複数の男達によって弄び、娼婦として働かせているのである。


「こいつは上玉だな」

「ボス、今大人しくさせますんで」


 男達は少女の体を押さえ込み、口に布を押し込む。 


「フムム!?」

「グヘヘ、初モノを頂く楽しみはやめられんな」


 ブクブクと太った体を動かし、脂汗を流しつつもボスと呼ばれた男はズボンを下ろし、逸物を露わにする。

 その姿を見て少女は絶望を感じ、大粒の涙を零す。 最早少女の貞操は風前の灯であることが明らかであった。


「それでは美味しく頂くとするか」


バカアン!!


 男が行為に迄及ぼうとした瞬間、爆発音と共に部屋のドアが吹き飛ばされてしまう。


「な、何だ!?」


 爆発による硝煙が立ち込める室内。 突然の出来事に少女を取り巻く男達は何が起こったのか分からず立ち尽くしてしまう。

 そんな男達の目の前に侵入者であろう一人の女の姿が現れる。


「何者だ!!」


 黒いフードを身に纏い、両手に細身の剣を持つ女の姿を見て男達はそれぞれ武器を手に取り、迎え撃とうとする。 相手はたった一人、室内にはボスを含め5人の男達がおり、負ける筈が無い。 誰もがそう思っていたが、女は一瞬で男達の目の前から消えると同時に傍にいた男の腕を斬り落としてしまう。


「ぎゃあああ!?」


 突然自身の右腕が斬り落とされ、もがき苦しむ男。 しかし、女はそんな男の反応に反してこう呟く。


「お前には少女を騙して連れ込んだ容疑があったな」


 その言葉と同時に今度は後ろで剣を向けていた男を斬り捨てる。


「お前には娘を殺されたある夫婦から討伐依頼が出てたな」


 そう呟く女の両手には薄い刃厚の剣が握られており、刃先には男達の血糊がベッタリと着いている。 彼女の目は冷徹でこれまで多くの少女達を苦しめてきた男達に対する容赦の無い憎しみで溢れている。


「よくも!!」

「野郎!!」


 二人の男達が一斉に飛びかかるも彼女は二人の剣を躱すと同時に双方の胸に剣を突き刺す。 


「「!?」」


 男達は声も発せず、その場で倒れこんでしまう。


「お前達兄弟には父親の殺害容疑で実の母親から暗殺依頼が出てたな。 あの世で父親に詫びるが良い」


 女はそう呟くと「ポキ!」という音と共に男達の体を貫いていた剣の刃先を折る。 彼女によって折られた剣は短くなったものの、先端部分は折れる前と全く同じ形をしており、そのまま使用して相手を斬り捨てることが可能であった。


「お、お前は何者だ!?」


 先程少女を犯そうとしていた態度から一変し、恐怖に震えながら部屋の隅に追い詰められる男であったが、女はすぐさま彼の体を片手で持ち上げると同時に口を開く。


「悪党どもの総元締めである貴様のような悪人は生かしておく価値はない」

「お前まさか「首狩り」か!?」 


 彼は思わず近年巷で噂になっているS級賞金稼ぎの渾名を口にする。 

 彼女は2年程前から依頼金額にかかわらず人々を苦しめてきた悪人達を次々と討伐していき、多くの市民達から義賊と呼ばれる反面、悪人達から死神のような印象を与えてきたのである。


「い、命だけは......」


 ガクガクと体を震わせ、命乞いを始める男。 今まで味わったことのない恐怖に直面したためか彼の足元には小さな水溜りが出来ている。


「...うるさい」


 女はそう呟くと同時に短くなった剣で男の首を斬り裂く。 床の上に落とされた男は気道に血が入り込んだため、ジタバタともがき苦しみ続けていたが、しばらくすると意識を失ってそのまま息絶えてしまう。

 この一件により、トップを失ったマフィア達は急速に力を失っていき、腐敗した官僚と共に市民達の手によって粛清され、程なくして街はかつての平和を取り戻すことになる。 


「どこに行ってたんですか?」


 夕方に突然出て行ったかと思えば夜になって何事もなかったかのように戻ってきたアミにリリアは声をかける。


「散歩だ」


 そう答えるアミであったが出て行った時と比べて明らかにフードの色が変わっており、途中で着替えたことが明白であった。 


「さっき夕飯を買いに行ったら繁華街の方で何か騒ぎがあったみたいだけど」

「知らんな」


 カルラの問いかけに対し、アミは素っ気なく答える。 つい先程まで何人ものマフィアの構成員達と血で血を洗う死闘を繰り広げていたのだが、それは彼女にとって主婦が行う夜のジョギング感覚であった。 

 

「久々に良い運動ができたよ」


 アミがフードを脱ぐと上半身を彼女の体型に合わせて金属板を波打たせて作った溝付甲冑フリューテッドアーマーで覆い、下半身は動きやすいようにショートパンツを履き、足にはヒロトが愛用しているのと同じ先端部に金属板を埋め込んだ安全靴を履き、ズボンのベルトの両脇には細長い木の箱を吊るす戦闘服姿が露わになる。  


「散歩にしては物騒な格好に見えるけど......」

「この街の治安は余り良くないからな」


 カルラにそう答えつつも彼女はフードを壁に掛け、両腰に装着していた木の箱をテーブルの上に置く。 リリアが興味本位でその箱を見てみると幾つかの細長い穴が空いており、中には鋭利で細長い刃物が装填されていた。


「アミさんが使っている剣ってもしかして......」

「ヒロトの発明品だ」

「やっぱり」


 アミは自身の愛用武器を取り出し、二人の前に見せる。 薄い刃厚であり、均等に細い溝の入ったその剣は簡単に折れてしまいそうだったがその斬れ味は先日の暗部との戦闘でも分かるとおり、鋭い物であることは明らかであった。


「変わった構造だが良い剣だよ」

「アミさんの装備って全てヒロトさんが作ったんですか?」

「そうだ、あいつの発明品にはいつも驚かされるよ」

「ヒロトさんが武器を作ってたなんて......」

  

 優しい印象のあるヒロトがこのような強力な武器を発明していたこと知り、リリアは驚いてしまう。

 彼女がそのことを知らないのも無理は無く、ヒロトが発明した武器類は取り扱いに危険なものが多く、普段から人目につかないように専用の倉庫に封印されており、ヴァンパイアとの一戦まで彼女の目に触れる事が無かったのである。


「あいつに言わせるとこれらの発明品は「過ぎたる物」だから扱う人間を限定したいらしい」

「過ぎたる物ですか?」


 今まで兵器といえば剣や槍、弓矢や投石器しか知らなかったリリアにとってその言葉の意味はよく分からなかった。


「何も聞かされてなかったのか?」

「はい」

「仕方がない、話してやるか」


 アミは先日に続き、ヒロトとの思い出話を口にし始める。



○イーストノウス 中級都市 ジュファ


 この国はエルフや獣人といった多くの亜人と呼ばれる種族が混在し、ヒロト達が拠点として利用しているこの街もまた、様々な種族の姿があった。

 彼等はそれぞれの特技を活かしある者は傭兵として、またある者は商人として働くなどかつての戦争の影響が残りつつも人間達と共存していた。 

 しかし、そんな彼らの中で一線を画する評価を受けている種族もいる。


ドワーフ族......かつてイーストノウス戦争において他の種族達が同盟関係を決別する中、彼等だけは最後まで同盟関係を維持したため、戦後は隣国だけでなく他の種族達からも嫌われる存在となってしまったのである。

 それは他の種族と違い、製造業を中心として生きてきた彼等にとって食料や嗜好品を手に入れるための苦渋の決断であったのだが、終戦までイーストノウスのために武器を供給してきた彼等は敵味方問わず多くの人々から「死の商人」と渾名されてしまう。

 それこそフィリアとエルシャが彼等のことを毛嫌いする理由でもある。

 そんな彼等が工場を構えるこの街の一角にニヒルとアミを引き連れたヒロトの姿があった。


「今日はわざわざ来て頂き有難うございます。 ワシがこの工房の親方のシュミットでございます」

「ヒロトです。 ジョーンズからお話は伺いました」

「ジョーンズ?」

「ジュニアの渾名です」

「なるほど、彼には日ごろからお世話になっておりましてある日、ヒロト殿の噂を聞いて是非とお会いしたいと頼んだ次第でございます」


 立派な顎鬚と野太い声に似合わず腰を低くしつつ、シュミットは慣れない敬語を使いながらヒロト達を食堂まで案内する。 身長は160センチ程であったが、長年鍛冶場で働いていたため更年期に差し掛かった年齢とは思えない程の筋肉質な体格を持ち、手の平は火傷や古傷だらけであったことからヒロトは瞬時に彼が優れた腕前を持つ職人であることを実感してしまう。


「飲み物は何がよろしいですかな?」

「あ、えと...エールありますか?」

「もちろんですとも。 おい、お客様にエールを持ってくるんだ!!」


 シュミットは傍にいた若者を怒鳴りつけ、すぐさまヒロト達の席にエールの入った陶器のグラスが運ばれてくる。 ヒロトは基本的にアルコールを取る時は仕事が終わったあとと決めていたのだが、ドワーフ族は仕事の合間の昼休みでさえ飲むという話を聞いていたため、彼等のルールに従おうとしたのである。


「ワシらの風習を理解しておられるようで安心しました。 ご存知のとおり先の戦争以降、ワシらは多くの人々から嫌われておる所以に日々の仕事に事欠いております。 仕方なく副業として傭兵や冒険者として働いてみたものの依頼人から断られてしまうため、大した稼ぎにもならんのです」

「随分ご苦労なさってるんですね」

「ええ、そのため危険を承知でBランク以上の依頼を受けてみたものの、頭に血が登りやすい性格が災いしてか、命を落とす若者があとをたたんのです」


 エールを飲むシュミットの目は涙で潤んでいたことから事態はかなり深刻な状況になっていることが伺える。 戦争が終わり、兵器の需要が減ったこの国において嫌われ者の烙印を押された彼等の生活は逼迫しており、家族を救うために奴隷身分になる者まで出てきていることをヒロトに話し始める。


「あなた様はワシらでさえ避けていた困難な依頼を持ち前の知識と技能を生かして次々と達成しているという話をジュニアから聞き、ワシはこの困難を乗り切るためにあなたの存在が必要と感じましてこうしてお呼びした次第であります。 是非ともワシらにそのお知恵をお貸し頂けないでしょうか?」


 深々と頭を下げるシュミットの姿に対し、ヒロトは黙って片手を差し出すと同時に口を開く。


「同じ製造業に携わる者としてあなた方の危機を見過ごすわけにはいきません」

「では......」

「私の知識がお役に立つようでしたら喜んで協力しましょう」

「有難うございます!!」


 シュミットは涙ながらに両手でヒロトの手を握り、固い握手を交わす。 そんな二人の姿を眺めつつ、アミは傍にいたニヒルに対し小声で尋ねる。


「失礼かもしれませんがご主人様はドワーフ族のことを知っておられですか?」

「ああ、姉さん達から詳しく教えられているけどどうしたの?」

「いえ、嫌われ者の集団でありながら二つ返事で助けるなんて言い出してたので」

「エルシャさんの時もそうだったけどあの人は他人の過去にこだわる人じゃないんだ。 むしろ彼等の過去を理解し、現実的な評価を下しているんだよね」

「そうですか」


 アミの言葉とは裏腹に、早速シュミットと今後の方針について商談を始めるヒロト。 その姿はいつも以上に生き生きしており、すぐにシュミットと打ち解けたその日はヒロトの奢りで工員達との親睦会が開かれることになる。


「酒までご馳走して頂くなんて申し訳ない」

「いいよ、これからのビジネスパートナーなんだしね」

「うう、人間でありながらこのような言葉を送ってくれる方がいたとは」

「ヒロトの旦那に乾杯!!」


 ヒロトの好意が嬉しかったのかドワーフの男達はいつもと違う上質な酒を味わいつつも口々に感謝の言葉を述べる。 

 遠慮なしに酒や料理を口に運ぶ彼らのために厨房ではドワーフの女達がせっせと働いている。 彼女達の下には先日ヒロトが仕留めたばかりのウォーピッグの肉が運び込まれており、久し振りの豪華な食材に彼女達もまた、嬉しさのあまりいつも以上に気合を入れて料理を作っていたのである。

 そんな中、彼女達に混じって働くアミの姿があった。


「ごめんね、ヒロトの旦那のお付きであるアンタの手まで借りちゃってねえ」


 シュミットの奥さんはそう言いつつも愛用のナタでヒロトが持ってきたウォーピッグの燻製肉を切り分けている。


「いえ、こうしてる方が何だか落ち着きますし」

「アンタは良い嫁になるだろうね」

「え!?」


 その言葉に反応してかスープを煮込んでいたアミは思わず顔を赤くしてしまう。


「おや、藪ヘビだったみたいだね」

「いえ、その、だ、大丈夫です」


 慌てて手にしたお玉をかき混ぜ始めるアミ。 その姿はどことなく恋する乙女の姿に酷似している。


「男ってさ、いつまでたっても子供みたいなもんだよ」

「そうなんですか?」

「そう、うちの亭主だっていつも口癖のように「いつかみんながあっと驚くようなことをしてやる」って言ってるんだしね」 


 奥さんはそう言いつつも急にうっすらと頬を赤くしてこう呟く。


「そこがあの人の良い所なのよね」

「はあ......」

「アンタも頑張りなよ。 男は腹を満たしてくれる女を決して離そうとしないんだしね」


 奥さんの言葉に対し、アミはただ呆然とするしかなかった。 奴隷として差し出されたのに関わらず、ヒロトは彼女を首輪で拘束せず、奴隷商人にも売らないでそのままチームの一員として扱ってくれたことに疑問を感じていたのである。 自分に好意を持っているのではないのかと思っていたりもしたが、ヒロトは彼女の体に一切触れておらず、そのまま使用人として雇ってくれる理由でさえよく分からない。


(過去にこだわらないか......)


 アミはふと村を離れる際、別れ際に言ってくれた村長の言葉を思い出してしまう。


「あの御仁はお前の記憶を呼び戻すキッカケを作ってくれるかもしれんが、過去を知るということは大きな罪を背負うことに繋がるかもしれん。 村の外では人狼族であるお前の存在を敵視する者も多いから無闇に正体を明かしてはならんぞ」


 村長はアミの過去を知っているようであった。 だからこそ記憶を失い、道端で倒れていた彼女を養女として引き取ったのであろう。 記憶を取り戻したい一心で彼女が村長に頭を下げ、ヒロトの元へ行くように頼んだ時、村長は苦い顔をしていたのを覚えている。

 アミはふと頭に被っているモップハット(髪の毛を覆い隠す白い布)の中に隠していた耳を触ってしまう。


(ご主人様は私のことをどう思ってるんだろう)


 アミは記憶を失った自分をヒロトはどう思っているのか気にしてしまう。

 そんな彼女の思いとは裏腹に、ヒロトとドワーフ達の宴は夜遅くまで繰り広げられるのであった。


一ヶ月後......


「よし、これで良いな」

「何ですかそれは?」


 ラクロア紙で作られた紙縒こよりを見て首をかしげるアミに対し、ヒロトは完成したばかりのそれにロウソクの炎を近づける。


「綺麗......」


 アミが驚くのも無理はなく、火の着いた先端部からバチバチと眩い緑色の光が溢れたのである。


「厨房の床の土から抽出した硝酸カリウムと硫黄、木炭の混合物に銅の粉を混ぜたんだ」

「他の色を出すことも出来るんですか?」

「銅の替わりに使用する材料によって色は変わるよ。 鉄は赤、硫黄は青紫、リンは薄青、って具合に変えられるんだけど本当は木炭じゃなく松煙を使いたかったんだよねえ」


 松煙を使っていなかったためか線香花火の特徴でもある火の玉はあっさりと地面に落てしまう。


「この世界に松は存在しないみたいだからどうしようもないんだよねえ」

「はあ」


 シュミットと手を組んだ後、ヒロトは専用の研究室を用意してもらい、元の世界から持ち込んできた全ての道具を集め、様々な技術の再現するための研究に取り組んでいたため、部屋の棚や床の片隅には所狭しと様々な発明品で溢れ返っている。

 ヒロトが研究に没頭する中、アミはフィリアやエルシャの身の周りのお世話をする傍ら、ヒロトの手伝いもしており、今日はそれらの発明品の整理をするためにこの部屋を訪れたのである。


「それはそうとそちらの机の上にある物は新しい剣ですか?」

「ああ、これ?」


 ヒロトは昨日出来上がったばかりの剣を手に取り、アミに説明し始める。


「カッターソードって名付けたんだ」

「カッターソード?」

「この世界の剣って基本的に相手を突き刺したり切り裂いたりすると血や脂で切れ味が悪くなるし、うっかり突き刺してしまうと筋肉が締まって相手の体から抜けなくなってしまうのは知ってるよね?」

「いえ、剣を持った記憶がないので」

「あ、そうだったね、悪い悪い」


 陳謝するヒロトであったが、アミはふとその言葉に対し、奇妙な感覚を抱いてしまう。

  

(何で心拍数が上がってるんだろう)


 胸の苦しみと突然湧き出してきた好奇心が抑えられなくなり、彼女は口を開いてしまう。


「詳しく教えていただけませんか?」

「へ?」


 その言葉に剣を棚に仕舞おうとしていたヒロトの手が止まる。 唯の農家の娘であったアミがこのような武器に興味を抱くとは思えなかったのである。


「まあ、簡単に言うならこれは使い捨ての剣かな」

「使い捨て?」

 

 アミの疑問に答えるべく、ヒロトは腰にぶら下げていた工具ツールの中から一つの工具を取り出す。


「こいつはカッターナイフと言って、ナイフと同じように様々な物を切り分けることが出来る反面、研ぐ必要がないんだ」

「そんな刃物、聞いたことがありませんが......」


 どんな材質で出来た剣や包丁であっても、何度も使えば必ず刃こぼれするため、研ぎ直す必要がある。 それがお互いの武器を叩き合ったりする戦場ならば命をも左右する重大事項でもある。 

 そのため、この世界においても戦場では必ず優れた研師が同行するようになっており、その中でもシュミットをはじめとしたドワーフ族の腕前は確かなものであったため、戦後は敵対していた同盟軍の兵士達に嫌悪されてしまう一因だったりもする。


「通常なら刃溢れするたびに研ぎ直す必要があるんだけどこいつは刃こぼれしたら切れ目に沿って折ってしまえばいいんだ」


 ヒロトはそう言うと刃こぼれした先端を出すと同時に机に当ててポキッっと折り捨て、新しい先端部分をアミに見せる。


「こうすれば再び切れ味は復活するって訳」

「面白い仕組みですね」


 アミはカッターナイフを手に取り、まじまじと見つめる。


「こいつは鉄にクロム若干混ぜて作ってもらったんだ。 これは今までの剣と比べて紙のように薄く折れやすい反面、切れ味に特化してるんだ」


 そう言いながらヒロトは傍らにあった藁束を宙に投げ、掛け声とともに手にした剣を下から上へと大きく振り上げる。 すると藁束は一瞬で真っ二つになって床の上に転がってしまう。


「凄い切れ味です!!」

「ああ、逆に突き刺した時に相手の体から抜けなくなったらそのまま折ってしまえばいいしね。 更に短くなって使いにくい又は血糊が付いて斬れなくなったら、この持ち手のトリガーを押せばすぐに外れるようになってるんだ。 んで、そのままこの持ち手に腰や背中に装備していた新しい刃に付け替えればまた同じように戦えるって訳」


 ヒロトはそう説明すると同時に持ち手のトリガーを押して刃の部分を床に落とす。


「便利でしょ?」  

「ええ、こんな便利な物を発明してしまうご主人様は天才です」

「ご主人様って言うのはやめてくれないかなあ......」


 何故か目を輝かせ始めるアミに対し、ヒロトは頭をポリポリ掻きながら口を開く。


「だけど使えないんだよねえ」

「え?」

「これって加工がかなり難しいからコストが高すぎて商売にならないんだよね」


 そう言いながら彼は剣を「失敗作」と書かれた棚に入れようとするが、アミに止められてしまう。


「それ、私に譲ってくれませんか?」

「へ? まあ、別にいいけど肉切り包丁にでも使うの?」


 ヒロトから剣を受け取り、アミは手触りを確認し始める。 薄く、そして細長く鍛錬されたその剣は折られることを前提としていたためか、とても軽くて持ちやすい物であった。 薄く油が塗ってあるものの、作られたばかりであったためか表面は鏡のように光を反射し、光沢を放っている。


ズキ!!

「う!?」


 刀身に映る自分の顔を見た瞬間、アミは突然頭痛を覚え、その場で倒れてしまう。


「アミ、しっかりしろ!!」


 突然床の上に倒れたアミ。 ヒロトは彼女の体を抱きかかえ、必死で呼びかけるも彼女の意識はなかなか戻らず、目覚める気配は無かった。

 これが後に彼女の記憶を呼び戻すキッカケになるのだが、この時はアミをエルシャの元へと連れて行き、彼女の指示に従って介抱するに留まるのであった。    

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