第1話 奴隷の少女
己に科せられた運命から逃れようとする男......
運命に翻弄され生きる希望を見失った少女......
親子ほど歳の離れた二人であったがその出会いこそ運命であった。
神は残酷で過酷な試練を与えたが時には慈悲深き一面を出す。 もし、二人が重要な選択肢を一つでも間違えれば最悪の結末を向かえることになったであろう。 しかし、二人は仲間の手を借りつつも試練を乗り越えこの世界を理想郷に作り替えたのである。
これは異なる世界からきた男と一人の少女との出会いと冒険を記した物語である。
ヴェスカリナ冒険記 序章
○自由都市国家ラクロア 首都 「シティ」
大陸の中央に位置するこの街は統一王朝時代に建設された高い城壁によって囲まれている城塞都市であり、周辺を統治する4大国全てと国境を接することから古くから交易品の集積地として栄えており、その重要性も相まって300年前に4大国の合議を経て独立が認められた自由都市国家「ラクロア」の首都である。
この街の政治体制は街の住民達から選挙で選ばれた「総督」と「委員会」と呼ばれる30人の議員によって運営され、「委員会」のメンバーには各ギルドの会長、教会の司教、4大国大使、大学教授、裁判官など街の有力者を中心に構成されており、周辺国が戦争中においても絶対的な中立体制が約束されている。
街の中心には今や総督府と呼ばれ議事堂兼4大国大使の滞在場所として使用されている統一王朝時代の城が存在し、城を中心に東西南北に区切ってクロスする大通りがあり、それによって商業地区である東地区、傭兵や娯楽産業を中心とする西地区、都市や港湾整備、土木産業を中心とする南地区、冒険や学業を生業にする北地区に分けられ、それぞれの地区に存在するギルドの会長が地区長として君臨している。
城の周りには大通りを含めて広大な広場があり、そこでは定期的に大規模な市場が開かれ、この日も周辺国の商人達が市場の内容に応じた商品を持ち寄り大規模な商取引を展開するのであった。
春先の暖かな日差しのさすこの日、東地区にある商事ギルドの建物からトレードマークの青い帽子(スコードロンハットとも言う)を前後逆に被り、ツナギ姿で腰に幾つかの工具をぶら下げ、愛用の工具箱片手に依頼主のところへ向かう男性の姿があった。
「はあ~やる気でねえ~」
俺は思わず独り言を呟いてしまう。
この世界に来て3年......
手に職を持っていたのが幸いしてか今やこの町にとって無くてはならない存在にこそなってはいたが最近は日常に物足りなさを感じ始めている。
「昨日は徹夜だったのに朝から働いてこいだなんて会長も鬼だよ......」
会長の悪口を言いつつも俺は近道をするために広場を横切ろうとする。 今回の依頼人は西地区にある大衆浴場の店主からで、風呂の水を暖めるために通している蒸気管に穴があいてしまったので開店する昼までに修理してほしいという依頼だ。 たかが風呂と思われるかもしれないが西地区は荒くれ者の傭兵が多く、仕事の後に風呂に入ることが出来ないだけで怒りを爆発させることもあるため責任重大だったりする。 店主の身の安全のためにも俺は足早に西地区に向かおうとする。
しかし......
「う......しまった!」
俺は安易に広場に立ち入ったことを後悔してしまう。 なぜならその日のバザーの内容が「奴隷市」だったからだ。
この世界には未だに「奴隷制度」が残っており、犯罪奴隷ならまだしも中には借金や税の代わりに奴隷に身を落とす者や生活のために親に売られた子供もいるわけで「奴隷制度」の無い世界から来た俺にとっては見るに耐えない光景だからだ。
「マジかよ......ちゃんとバザーの日程を確認しとくべきだったぜ。」
俺の気持ちとは裏腹に、ボロ布を身にまとい親子で檻に入れられているそばで奴隷商人が脂のぎとった金持ちと値段の交渉をする光景、10代中頃の奴隷の少女を見て鼻の下をのばす酔っ払い、無理矢理母親から引き離され客の元へ引っ張られる少女、檻から出ることを拒否したために鞭でぶたれる女性......
奴隷達が悲鳴を上げる横では幼い少年が父親と一緒に買い取った奴隷の少女の首輪を引いて歩く姿を見て俺は思わず吐き気を覚えてしまった。
「はあ、はあ、はあ......くそったれが!!」
俺はその場を無我夢中で走り始める。
この世界にとって奴隷は貴重な労働力であることは何度も理解しようとした。 自ら家族のために奴隷になる者もいるし奴隷になったお陰で飢えから救われた奴だっている。 主の子供を妊娠してそのまま夫婦になった奴もいる。 奴隷だからと言ってみんなが不幸になる訳じゃない。
だけど......
「こんなの間違ってる!!」
広場を出た瞬間に俺は大声でそう叫ぶとそのまま依頼人の元へと走り出していくのであった......
◇◆◇◆◇
久しぶりにみた街の光景......この奴隷商人に売られて半年、他の少女達と共に薄暗い牢に閉じこめられ来る日も来る日も同じ作業の繰り返しの毎日。 食事は一日二回、水と味気ない堅いパンのみ......なぜここまでの仕打ちをするのかは分かっている。 新たに主となった人間に従順になるようにするためだ。 奴隷商人のところにいた頃より良い食事と寝床さえもらえれば誰だってその人に愛情を持ってしまうだろう。
すでに見せしめのために私達の目の前で同じ牢にいた一人の少女が暴行されて死んだ......皆恐れているのは分かっている、次は自分の番かもしれないと。
だからこそ今回のバザーで新しい寝床を用意してくれる御主人様を期待してか皆はこぞってお客に愛嬌を振る舞っている。 お客の方も誘惑してくる少女達に魅力を感じてかどんどん集まっていき、奴隷商人の望む値段で次々と「購入」していく。
「お客様に対しその態度はなんだ!!」
唯一愛嬌を振る舞わない私に苛立ちを感じてか奴隷商人は私を怒鳴り散らす。 しかし、彼は分かっていた。 ここで鞭をふるえば私の商品としての価値が下がってしまうということを......
「最後まで売れなかったときは分かってるだろうな......」
私にとっては予想できた答えだった。 牢に入れられた半年間、他の少女達が次々と心が折れる中私だけは少女達の纏め役として君臨し、彼女たちの生きる支えとなっていたことに彼は気づいていた、いや利用してたのだ。
見せしめに暴行した少女は元々身分の高い家柄だった。 プライドが高いため私に何度も突っかかってきており他の少女を苛めていたりした。 だからこそ奴隷商人は商品である私達を傷つけないようにするために、そして見せしめのために私達の前で犯し、暴行して殺害したのだ。
「お前は色々と役には立ったがここで売れなかったらもう用なしだ。どうだ?俺と組まないか?」
最後の少女も購入され、檻の中にはとうとう私だけが残った。
「......」
「なんだ?無視かよ!!つくづく生意気な女だぜ......」
日が傾き、他の店が店じまいする中で私はとうとう売れ残ってしまったのだと実感する。
幼い頃、母に聞かされた「白馬の王子様」は結局私のところには来なかった。 いや、どうせ夢物語だったに違いない。
もう私の役目は終わった......みんなも無事に購入された訳だし少なくとも何人かは幸せな人生を歩むことも出来るだろう。 売られていく中、何人かは私に対して「ありがとう」と言ってくれた。 私はもうそれで満足だ、このまま舌を噛みきって死ぬのも良いだろう。 それともこいつと組んで次の少女達の心の支えとなるべきか。
私がそう考えを巡らせていると奴隷商人は目ざとくそばを通りかかった一人の男性に声をかけてきた。
珍しく私と同じ黒い髪を持つその長身の男性は奴隷商人のしつこい誘いに拒絶反応を示し、手を払い抜けた瞬間に私と目があってしまった。
「......」
「......」
お互い無言で見つめ合うも彼は何も言わずにそのまま離れて行く。
しかし、私は感じてしまった......瞳の色こそ違えど彼は私と同じ世界の人間かもしれない。 彼は明らかにこの世界の奴隷取引に対して不満を持っている、いや嫌悪感を感じているのだ。
奴隷取引はこの世界の主要産業の一つであることは子供でも知ってる常識で必要悪であるはずだ。
現に奴隷であるこの私だって未だにそう思っているわけだから......
私も内心は奴隷制度を認めるこの世界に対し不満はあるし変えていきたいという思いはある。 だけど奴隷となった今ではどうしようもできないのだ。
「結局逃げられちまったか......シケた客だぜ」
奴隷商人はそう言い残すと荷物の整理を始める。
「仕方がねえ、おめえは今度くる娘共の世話をするんだな!」
どうやらまた薄暗い牢へと戻されることになりそうだ。 それもいいだろう、今はあそこだけが私の居場所なんだから......
◇◆◇◆◇
予想以上に長引いた修理が終わったついでに風呂に入ったらもう日が傾き始めていた......早く商事ギルドに戻らないと会長の雷を喰らってしまう。
「ヤバいヤバい......」
俺は風呂上がりでサッパリしたばかりだというのに冷や汗をかきながら再び広場を横切ることにする。
「なあに、バザーも終わって店閉まいしてるさ」
案の定、広場では多くの商店が店じまいをしており客の姿もなく閑散としていた。 俺にとっては嫌な気持ちになることのない好条件だ。 大急ぎでギルドへ向かう俺であったが不意に何者かに腕を捕まれてしまった。
「旦那、あの娘と同じ色の髪ですな」
「ああん?」
俺の腕を掴む男の言葉に俺は思わず反応して振り向いてしまった。
「どうですか?売れ残りなんでお安くしますぜ」
俺の腕を掴む奴隷商人が指さす先の檻の中には薄手の白いワンピースを着て俺と同じ黒い髪を腰のあたりまで伸ばし、青い瞳でこちらを見つめる少女の姿があった。
まるで人形のようだ......俺に見つめられても表情一つ変えず、こちらを見つめ返す少女の魅力に俺はゴクリと生唾を飲み込んで見とれてしまう。
奴隷商人は俺がその少女に見とれてしまったのが分かったのか
「うちの娘は一級品ばかりでさあ、その中でもこの娘は一番の美貌を持っております。今はまだ幼いですが将来が楽しみですぜ」
と耳元でささやく。
「ふ、ふざけんな!!」
俺は奴に捕まれた腕を振り払うと同時に罵声を残してその場を走り去る。
同じ髪の色だからって何で気安く俺に声をかけたんだ、俺はロリコンなんかじゃねえぞ!!
「うおおおおお!!」
俺は怒りにまかせて通行人にぶつかるのも構わず広場を走り抜ける。
だが......
「はあ、はあ、はあ、なんだこの気持ちは......あの娘は別に俺と同じ世界から来たわけでもないのに......」
広場を抜けたところで俺は思わず立ち止まってしまった。
考えてみても彼女は俺と同じ黒い髪だったが顔つきと瞳は明らかに西洋人だ。 俺と同じニホン人でもないしチキュウ上のどの民族とも共通点はない。 明らかに俺とは全く関係のない人間だ。
だけど.....
「俺と同じかもしれない.....」
突然今まで住んでいた世界から勝手の違う異世界に放り出された自分。
少女もまた借金や生活の都合で親の手によって奴隷商人に売られたのか、又は誘拐されたのか、それとも生きるために自ら出向いたのか......俺の心の中で様々な思惑が交錯する。
「なんであの娘のことを気にしてまうんだ、今まで何度も同じような光景を見てきたじゃないか!!」
少女に対する様々な思いを交錯する中で俺は今朝の光景を思い出してしまい自身に嫌悪感を覚えてしまった。 少女達が悲痛な叫びをあげる中、目をつぶって逃げ出してしまった自分に......
結局俺は先程の光景を忘れるために商事ギルドに戻るのをやめてそのまま行きつけの酒場へと向かってしまった.....