表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/37

第18話 死神に愛された女 後編

「貴様は酒場にいた男ではないか!?」 


 息子の仇を目前にして防がれたことに男性は驚きつつもヒロトの顔を見た瞬間に、酒場でエルシャとイチャイチャしていた男であることに気づく。 彼はあの時の光景を、エルシャが自身の存在に気づき、身の安全のためにわざと近付いていた相手だと思っていたのだが、ヒロトは彼女を殺すために集まった男達を前にしても怖じ気付くことなく口を開く。


「エルシャを殺させはしない」


 ヒロトはその言葉と同時に鉄パイプの先端を地面につけ、詠唱を呟く。 その瞬間、周囲を取り囲む男達の足元の地面がぬかるみ始め、彼等は悲鳴を上げながら半身を地中の中に埋もれさせてしまう。


「おのれえ、貴様は何者だ」

「こういう者です」


 男性の方に向けて、ヒロトは一枚の名刺を投げつける。 その名刺は冒険者ギルドに登録した際に作ったものであり、薄い真鍮板の表面には共通言語であるタクト語でチーム名とリーダーであるヒロトの名前が記載されている。


「オリハラ ヒロトだと......」

「魔法が使えますが一応、本業はマシーナリーです」


 日本人らしく、丁寧な挨拶をしたつもりであったが、男性はその名刺を地面の上に捨てると同時に罵声を発する。 


「ふざけるでない、貴様はその女の悪行を知らんのか!!」


 男性の言葉に対し、ヒロトは物怖じせずに反論し始める。


「兵士なら殺されることも覚悟すべきじゃないのか?」

「な!?」

「戦争とは外交の延長線上で起こることであり、国家に忠誠を尽くす兵士は国家のために敵兵を殺すことが認められている反面、殺されることも覚悟しているはずだ。 その定義が分からないなら兵士と殺人鬼の区別がつかなくなるんだぞ!! 息子さんは国の為に立派に戦って死んだ。 政治の中枢にいる貴族ならそれは誇るべきことでないのかな?」

「貴様に何がわかる!!」

「俺も元軍人だ。 少なくともアンタよりは兵士について知ってるつもりだ」


 その言葉に反応してか、男性は無言で剣を握り直すとともに口を開く。


「我が名はオルグリオ・コレール。 我がコレール家は先祖代々優秀な軍人を輩出している家柄であると共にイーストノウス五大貴族のうちの一つであり私は当主である。 貴殿を軍人とお見受けし、正式に決闘を申し込む」


 貴族としてのプライドからか、オルグリオはヒロトのことを元軍人と見込み、正式な決闘を申し込む。

 この世界において、従軍経験者同士による決闘は公において認められており、そのせいで命を落とすことになっても殺人罪として裁かれないようになっている。

 ルールは単純明快で、お互いが認めた要求のもとで双方が用意した立会人の下、1対1でそれぞれの手にする武器や魔法を以てしてどちらかが負けを認めるか殺されるまで戦うのである。 代理人などは認められず、身分差に関係なく実行できるのだが、決着の条件が厳しかったために実際に行われることは非情に希である。


「分かった、その代わり俺が勝ったらエルシャのことは諦めてくれ」

「良かろう」

「ヒロト君!?」


 出会って一ヶ月あまりの他人であり、里を追い出され、多くの人々から恨みを買っていたエルシャの過去を知りながらも彼女のために決闘を受け入れたヒロト。 その行為にエルシャは思わず声を漏らしてしまうが、オルグリオの方は黙って片腕を上げて合図を送ると物陰から一人の少女が現れる。


「この娘は死んだ息子の忘れ形見であり、ワシの孫でもある。 彼女をこちら側の立会人として認めて欲しい」

「アンタは自分の孫まで復讐に巻き込んだのか!!」


 先ほどと打って変わり、怒りを見せるヒロトであったが少女の口から驚くべき言葉を聞かされる。


「わたくしは自分の意志でお爺さまについて行きました。 コレール家のためにも一人娘であるわたくしには父の敵を取らなければならない義務があります」


 まだ10歳位の外見であったが、彼女の瞳は決意で満ち溢れており、復讐のためには命を散らしても構わないという覚悟が感じ取れる。 


「叩き潰してやる」


 ヒロトは怒りを隠しきれず、鉄パイプの先端を突き刺すように向けて身構える。

 その瞬間、オルグリオは鉄パイプを力任せに弾くと同時に剣の先端をヒロトの胸に突き刺そうとする。 卑怯な戦法かもしれないがこの世界における決闘のルールでは基本的に開始するタイミングは決まっておらず、双方が相手方の代理人の存在を認めた時点で開始することが多いのである。 

 オルグリオからの一撃をヒロトは紙一重で交わすと同時に鉄パイプで叩きつけようとするが、鎧を着て動きが鈍いはずのオルグリオに難なく躱されてしまう。 重たい鎧や剣を装備していたがヒロトと違い、若い頃から幾多の戦場や決闘を経験してきたオルグリオにとって素人であるヒロトを相手にすることは難しくなかったのである。

 

「ご老体だと思ったらやるじゃないか」

「まだまだ若い者にはやられはせん」


 そういった会話を繰り広げつつも二人はお互いの武器を叩きつけ合う。 オルグリオの剣は竜の鱗を削り出して作られた一品であり、家宝として扱われる反面、どんな剣にも刃こぼれなく打ち勝てると言われている名品であったが、ヒロトの鉄パイプは肉厚で2MPaメガパスカル以上もの圧力に耐えられるように設計されたものであり、簡単に打ち負ける代物ではない。 尚、一般的な水道管の圧力は0.5MPaであり、消防士さんが使う消火水の圧力は1MPa位である。


「中々硬い武器じゃのう......」

「鉄パイプ舐めんなよ」


 剣や棍棒よりも軽く、高い強度を誇るヒロトの鉄パイプの丈夫さに呆れ、オルグリオは言葉を漏らす。 その傍らでは祖父の勝利を願い、黙って見つめている少女もあった。 


(この子、あの人の娘だったんだ)


 幼いながらも自分の背丈よりも長い魔法の杖を握るその少女の姿を見て、エルシャの脳裏に先日の悪夢が浮かび上がる。 あの時、彼女を呼び止めて呪いの言葉を発した人物こそオルグリオの息子だったからだ。 

 悪夢に現れた時と違い彼は重症でありながらも終始、父への謝罪の言葉と娘の名前を叫んでおり、誰よりも生に対する執着が強かったのだが、エルシャの判断で治療を断念して霊安所で静かに息を引き取ったのである。

 そんなエルシャの思いとは別に、激しくお互いの武器を叩きつけ合う二人の決闘に大きな変化が訪れる。


「しまった!?」


 オルグリオの手によってヒロトは鉄パイプを弾かれ、地面に落としてしまう。


「死ね!!」


 ヒロトの心臓めがけて剣を突き刺そうとするオルグリオであったが、ヒロトは腰に指していたスパナで受け止める。


「まだ負けを認めぬのか......」

「諦めが悪いんでね」

「ヒロト君!! もういい、諦めて」


 追い詰められても負けを認めないヒロト。 彼の身を案じ、エルシャは声を上げるもヒロトはニヤリと笑みを送りつつ、オルグリオの体を蹴り飛ばすと同時に全身の体重を利用して地面に張り倒す。


「武器もない貴様にこの鎧が貫けるものか」

「それはどうかな?」


 倒されても尚、竜の鱗を継ぎ合わせた鎧に対する信頼からかオルグリオは諦めようとしなかったが、ヒロトは鎧の上にドライバーを突き刺し、詠唱を呟き始める。

 その瞬間、鎧の温度が上がると共にドライバーを突き立てられた部分が赤く変色し始め、あまりの熱さに鎧を来ていたオルグリオの口から悲鳴が上がり始める。


「まだ負けを認めないか?」

「コレール家の男は降伏せん!!」


 ジワジワと熱が伝わり、体が焼けようとしているのに関わらず、貴族の誇りからか中々負けを認めないオルグリオ。 ヒロトは彼のそんな決意を感じつつも内心では呆れている。

 私欲で息子の敵を取ろうとする癖に、誇りに準じて自ら命を落とそうとする彼の態度はヒロトにとって勝手極まりない我儘な老人の行動に他ならなかったからだ。

 

(このままではこの哀れな老人を殺してしまう)


 そんなヒロトの危機感を救ったのは突然割り込んできた一人の少女の言葉であった。


「もう止めて!!」


 少女はそう叫ぶと同時にヒロトに向かって攻撃を仕掛けようと詠唱を呟き始めるが、エルシャに阻止されてしまう。


「離せ、死神が!!」


 少女は自身の体を抱き上げるエルシャに対しジタバタと抵抗して暴言を浴びせる。 エルシャはそんな彼女の行為を黙って受け入れており、杖で叩かれたためか額からは血を流していた。 

 そんな光景を見つつ、ヒロトは苦しみの声を上げているオルグリオに対し問いかける。


「このまま誇りに準じて死ぬつもりなら孫はどうする?」

「わ、我がコレール家は敗北を認めん!!」

「ならお前が死んだらエルシャのためにもこの子は殺さなくちゃならないな」

「な!?」


 ヒロトの言葉にオルグリオは言葉を詰まらせてしまう。 彼にとって息子の唯一の忘れ形見である孫娘を失うことは嫌であろう。


「貴様......」

「どうする? 誇りに準じてこのまま死ぬか忘れ形見である孫を育て上げる。 どちらが息子のためになると思う?」


 最愛の孫を取引材料にしてヒロトはオルグリオを脅迫する。 これは彼の本心からくる行為では無かったが、こうでもしなければどちらかが不幸になることが目に見えていたため、心を鬼にする決意をした結果である。


「お爺さま、私の覚悟は出来ております」

「セシル!?」


 セシルと呼ばれた少女はエルシャに担がれた状態でありながらも口を開く。 彼女は既に誇りのために殉ずる覚悟は出来ているように見える。 しかし、エルシャの体越しには彼女の震えが伝わっており、それが本心でないことが明らかであった。


「......分かった、ワシの負けだ」

「お爺さま!?」

「今は亡き息子の忘れ形見であるお前を失いたくない」

 

 その言葉と同時にヒロトはオルグリオの体から離れ、片手を貸して彼の体を地面から起こし上げる。


「約束通りエルシャには二度と手を出すなよ」

「良かろう、どこへでも行くがいい」


 決闘の勝敗が決し、お互いが争う必要のないことを確認したエルシャはセシルの体を静かに地面に下ろす。。

 解放されたセシルは祖父の下へと駆け寄ると同時に抱きつき、大声を上げて泣き始める。


「すまない、お前の父親の敵を取れなかった」

「いいです、わたくしはお爺さまが無事であったことが何よりも嬉しいです!!」


 お互いの命が生き存えたことを実感し、涙をこぼす二人。 ヒロトはそんな二人をよそに、エルシャに対し声をかける。


「大丈夫かい?」

「これは......」

「驚いた? さっき君を追ってたら壁が邪魔だったんで咄嗟にこいつを突き刺すと同時に地中の水分を集めることをイメージしたら溶かすことに成功したんだ」

 

 今まで彼女は様々な詠唱をヒロトに教えていたのだが、どんな言葉を使っても魔法は発動しなかった筈であった。 しかし、今の彼女の前には魔法を自在に使いこなし、オルグリオとの死闘を終えて笑顔を見せるヒロトの姿がある。 


「今回はそなたの気高き精神を称えて約束は守ろう。 だが息子の命を奪ったこの女を救ったことが世のためになるとは思うでないぞ」

「俺はこいつの過去のことでどうこうしに来たわけじゃない。 今は俺にとって掛け替えのない仲間だからこそ決闘を受け入れたことを忘れないで欲しい」

「お互い出会う場所さえ違えば良き友人になれたであろうに」


 オルグリオはそう言い残すとセシルの手を引き、背中を見せてその場をあとにしようとしたが、エルシャの声に引き止められてしまう。 


「ご子息は最後まであなたに対する謝罪の言葉とお孫さんへの愛情を口にされていました」

「......」

「彼は息を引き取るまで家族のためにまだ死にたくないと仰っていましたが最早手遅れの状態でした」

「......」

「許して欲しいとは思っていません。 ただ、亡くなったご子息のためにもセシルさんを立派に育て上げてください。 私はそのためならどのような怨みや罵倒の言葉を受けても構いません。 どんな人生を歩もうとも私の行き着く場所は地獄であることに変わりはないので」

「......そうか」


 オルグリオは後ろ姿のまま、そう答えると涙を必死で抑えようとしていたセシルの手を引き、立ち去ってしまう。

 エルシャは二人の姿が見えなくなったのを確認すると同時にヒロトの腕に抱きつき、涙ながらに感謝の言葉を呟く。

 

「ありがとう!!」

「おいおい、俺は仲間として当然のことをしただけだぞ」

「でも、こんな私を受け入れてくれたのは君だけよ!!」

「まあ、その...今までの出会いが悪かっただけじゃないかな?」

「なら今が最高の出会いよ!!」


 その瞬間、エルシャはヒロトの後頭部に腕を回し、強引に彼の唇を奪い取ってしまう。 


「もう離れたくない......」

「そうか、なら一つ約束してくれないか?」

「え?」

「君が地獄に行くのなら俺も一緒についていくよ」

「......嬉しい!!」


 エルシャはそう叫ぶと同時に再びヒロトの唇を奪い、彼の体を壁に押し当てる。

 

......一応、この時はまだ体の関係にまで至っていないことをここに明記しておく。

 

 この時を境に、家族や恋人に見捨てられてしまったエルシャにとって、自身の全てを受け入れてくれたヒロトの存在は最早家族以上に大切なものとなる。 

 

 その後、エルシャは二度と悪夢を見ることはなくなった。

 


「あなたのお父さんは私の罪深い過去を知りながらも助けようとしてくれたの」

「すご~い」


 悪夢の内容は伝えていない反面、エルシャは娘のためにヒロトとの思い出話を聞かせていたため、逆に好奇心を狩り立たせてしまったことに気付いてしまう。 


「今日はこれでお仕舞い」

「え!?」

「もう寝る時間よ」

「そんな~」


 先ほどの光景と違い、興奮冷めやらぬ娘を宥めつつエルシャは娘にキスをした後、こう締めくくる。


「いい子にしていないとお父さんに会えなくなるわよ」 

「......うん」


 大好きな父親のことを出されたためか、娘は黙って頷くと同時に布団の中に潜り込んでしまう。 この家にはなぜか父親であるはずのヒロトの姿おらず、エルシャは一人で家事と子育てをしている。

 

 彼女がなぜシングルマザーのような生活をしている理由については今後の展開で明らかになる予定である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ