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第16話 魔法使いの願い

GWなのでいつもより短い間隔で更新します。 ......暇だからって訳ではありません(汗)

○イーストノウス 中級都市 ジュファ


「そんなことがあったんだ」


 エルシャの過去に触れ、ヒロトは言葉を漏らしてしまう。


「自業自得じゃニャいの」

「患者を見捨てるなんて信じられないよ」


 フィリアとニヒルはエルシャの行為に嫌悪感を抱き、苦言を漏らす。


「蔑んでくれて構わないわ。 そうでもしなきゃ前線の医療体制の崩壊が目に見えてたのよ」

「助かる見込みがないからって治療を放棄することが医師のする行為とは思えないよ」

「あニャたのせいで殺し合いまで発生したニャよね」 


 二人からの非難を甘んじて受け入れるエルシャ。 しかし、そんな彼女にヒロトは驚くべき発言をする。


「トリアージ法がこの世界にもあるとは驚きだな。 俺は彼女の判断が正しい行為だと思うよ」

「ヒロト!!」

「ヒロトさん!?」


 ヒロトの言葉に二人は驚き、言葉を失ってしまう。

 エルシャの行った行為は現在で言うところの患者の重傷度を見分けるトリアージによく似ている。

 フランス革命時代に身分の差が無く治療できるように考案されたトリアージは本来、軍隊で使用されているもので医薬品等が不足した場合はこれを目印に戦えるものを優先的に治療することも考慮されている一面があり、患者の差別化に繋がるとして批判的な意見も多く、旧日本軍においても制式化は見送られた背景がある。 更に、判定をする側も見た目だけで判断することが難しく、死亡と位置づけたところで判断した救命救急士が後に非難の対象となった事例も存在する。

 そのため、日本国内では緊急時においては患者を見捨てる可能性も示唆されているこの方法は中々採用されなかったのだが、平成17年に生起した福知山脱線事故で大きな効果を発揮したことで広く世間に認知され現在では大規模災害において効力を発揮している。

 しかし、その時に患者の分別をした救命救急士達の苦悩はあまり知られていないのが現状である。


「あら、君は話の通じる人みたいね」


 初対面でありながら、非難されることの多かった自分の行為に共感の声を送るヒロト。 そんな彼にエルシャは喜びとともに興味を抱く。


「これは一見非情に見える行為だけど限られた医薬品を有効活用するには仕方のない行為だよ」

「この女の肩を持つ気ニャの?」

「違う、俺は現実的な話をしてるんだ。 むしろ素人が見た目で判断するより彼女の能力は確実で素晴らしいじゃないか」


 フィリアの反論を抑え、ヒロトはトリアージ法の有用性を説明する。 レントゲンなどが存在しないこの世界で一目見ただけで患者の状態を判断できる手段があること自体、ヒロトにとって驚きであり彼もまた、エルシャにただならぬ興味を抱いている。


「もっと水晶眼について教えてくれないか?」

「ん? どうしようかな~」

「そこを何とか」


 ヒロトは両手を合わせてエルシャに頼み込む。 そんな態度に気を良くしたのかエルシャは勿体ぶりながらも「いいでしょう」と答える。 傍らに座るフィリアとニヒルに至ってはヒロトの考えに納得がいかないのか黙り込んでしまう。


「この力はねえ私達エルフ族の中でもごく少数の人しか使いこなせないのよ。 幼い頃にこの力に目覚めた私は里だけでなくもっと広い世界を見たかったこともあって特別留学生に志願してこの国の魔法学園に入学したの」

「ふむふむ」

「この力は対象者の体調だけでなく魔力の種類や量も特定できるのよ。 私は5年間の学生生活を終えたあと、この力をもっと有効活用したかったから医療現場で働くことになった訳」

「凄いじゃないか」

「ムフフ、もっと敬って良いわよ」


 ヒロトから賞賛され、調子に乗って胸を張るエルシャ。


「キャアスゴイ、ソンケイスルニャア」

「オネエサンスゴイデスネ」

「そこ!! 棒読みしない!!」


 エルシャの態度が気に食わなかったのかフィリアとニヒルは棒読みで賞賛する。


「この私の能力を信じてないみたいね」

「イエイエソンナコトニャイニャア」

「ボクタチノヨウナゲセンナモノニハエルフデアルアナタサマノオカンガエヲリカイスルノハムズカシイデス」

「私のこと舐めてるでしょ?」


 白々しく賞賛の言葉を贈る二人であったがその目は明らかにエルシャに対する不信感を露わにしている。 無理もない、ニヒルは体が当たっただけでイチャモンをつけられて酷い目に合わされ、フィリアはヒロトが好きそうなエルシャの巨乳に嫉妬と危機感を抱いていた為、これ以上彼女と関わりたくなかったのである。


「いきなりそんなこと説明されてもよく分からないニャア」

「な......良いでしょう教えて差し上げるわ」

「ニャ!?」


 エルシャはそう言うとフィリアに目線を移し、ジーッと眺め始める。 突然の彼女の行為にフィリアは尻尾を立てて身を強ばらせてしまう。


「このように視覚を利用して意識することで発動出来るんだけどそこの女の子は猫族じゃないわね」

「ニャ!?」


 エルシャの言葉に驚いてしまうフィリア。 今まで追っ手の目から逃れるためにニヒルのアドバイスの下、一生懸命に猫族を演じてきたわけだが、一瞬見ただけで正体を見破られるとは思わなかったのだ。 エルシャは彼女の耳を弄りつつ説明を続ける。


「へえ、この耳よく出来てるけど猫族に闇の特性を持つ者はいないわよ」

「ニャ、ニャぜ私の特性を!?」

「それが私の力よ」


 そう言いながらエルシャはヒロトの方へ振り返り、彼の頬を撫でながら見つめ始める。 能力を使用中の彼女の瞳は先程と違って光沢を見せており、彼女の碧色の瞳を見つめるヒロトの目にはそれが神秘的な印象に写ってしまう。 それこそ彼女が現在、水晶眼の力を使用中であることが伺える。 彼女に見とれてしまうヒロトであったが、エルシャの方は急に態度を硬直し表情を曇らせてしまう。


「何これ......」

「どうしたんだ?」


 先ほどの態度から一転して驚きの言葉を発するエルシャ。 その声は先ほど見せていた自信に満ちた態度とは一線を画していた。


「君は何者なの? 四大特性が混じり合って虹のようになってるわ」

「へ?」

「何言ってるニャ?」


 エルシャの言葉に一同は頭をかしげる。 


「水晶眼を持つ者は対象者から出てくる魔力のオーラの色を見ることで魔力の特性を判別するのよ」


 エルシャは体の震えを抑えながら彼女が見た内容を説明し始める。


「火は赤、水は青、風は白、土は黄色、光は金色、闇は灰色って感じで特性を見分けられて、火と水を併せ持つ人は二つの色が混ざり合った緑色になるの。 でも君は赤、青、白、黄色の4つの色が混ざり合わず虹のように並んで見えるわ」

「えと、どういうことかな?」

「君は四大特性が全て使える可能性があるのよ」

「へ?」

「ニャ!?」

「えええ!?」


 エルシャの言葉にヒロトは訳が分からず、フィリアとニヒルは驚愕してしまう。 それはこの世界において只一人しか確認されていない超レア級の特性であった。


「あ、あの英雄の特性を......」

「ニャわわわわ......」

「何をそんなに慌ててるの?」


 この世界のことがよく分かっていないヒロトはエルシャの言ってることがよく分からず、呆然としている。


「その反応を見るとやっぱりあなたは伝説上の存在とされている召喚者だったのね」

「まあな」

「フフ、面白いわ」


 エルシャは身を乗り出してヒロトに顔を近づけると同時に口を開く。


「私を雇わない? 今なら無料で魔法を教えてあげるわよ」

「ニャにい!!」


 その言葉にフィリアが真っ先に反応してしまう。 ヒロトに至っては今まで縁のなかった金髪巨乳美女に言い寄られたため、訳が分からず呆然としている。


「ねえ~♡私今無一文なの。 雇ってもらえないと野垂れ死んじゃうから困るのよ」

「自分のせいじゃニャい!!」

「姉さん落ち着いて!!」

「今ならサービスするわよ~」


 エルシャはそう言うと豊満な胸をテーブルの上に乗せ、両手を組んでお願いの仕草をする。 その光景にヒロトは横目でフィリアの反応を気にしながら顔を赤くして答える。


「別に、その、君がそこまで言うなら良いよ」

「まあ、嬉しい♡」

「ニャ!?」


 その言葉と同時にエルシャはヒロトの体に抱きつき彼の顔を自身の胸に埋もらせ、歓喜の言葉をあげる。


「く、苦しい......」

「何てお目が高い子なの~♡」

「お、おい!?」

「お姉さん一杯可愛がっちゃうわよ~♡」


 あと一年で三十路に入るヒロトであったが御年66歳のエルシャにとっては子供か可愛い弟的な感覚である(彼自身実年齢より若く見えるが)。 ヒロトの頭に自身の頬を当ててスリスリするエルシャであったがその後ろでは怒りの表情を見せるフィリアの姿があった。 彼女は強引にヒロトに抱きつくエルシャを何とか引き離そうとする。


「早く離れるニャ!!」

「嫌よ」

「ニャにを!!」

「ぐぬぬぬぬ」

「ふぬぬぬぬ」  

「痛てててて!!」


 いつの間にかフィリアとエルシャはヒロトを取り合い、彼の両手を引っ張り合っている。 ヒロトはその痛みに耐えかねて悲鳴を上げ、ニヒルはどうすれば良いのか分からず、右往左往している。


「マジで痛いから止めろ!!」


 ヒロトは何とか両腕を振り払うと二人に対し口を開く。


「俺がエルシャの同行を許したのは戦力の拡大を図るためだ。 俺が魔法を使えるようになれば現在の状況を打開できるキッカケになると思ったからで決して下心は無い!!」

「ホント?」

「ああ、本当だ。 俺は君との約束を忘れたつもりは無い」

「うれしい!!」


 嬉しさのあまり思わずヒロトに抱きつくフィリア。 その傍らではなぜか寂しそうな瞳で眺めるエルシャと怪訝な視線を送るニヒルの姿があった。 

 結局この日は仕事に行かず、ヒロトの部屋でエルシャが父親の為に買ったお土産品であるウイスキーを使っての歓迎会が開かれることになる。


「まさかこの世界にウイスキーがあったことには驚いたよ」

「過去の召喚者が作り方を広めたらしいの。 これは病院を辞める時に院長先生がくれた一級品よ」


 久しぶりに飲むウイスキーに舌鼓を打つヒロト。 二人が仲良く酒を飲む傍らでは度数の強い酒に慣れず、ベッドの上で酔いつぶれているフィリアがおり、ニヒルに至ってはエルシャに無理やり飲まされた影響でトイレに行ったきり出てこない。 

 

「へえ、英雄って四大特性の使い手だったんだ」

「そう、彼はそれぞれの魔法の特性を自在に操り人類の争いを収め、この大陸から魔族を追い出すことに成功したのよ」

「でも俺は今まで魔法なんて使ったことがないぞ」

「この世界に来た時の影響で身につけてしまったのかもしれないわ。 現に英雄とされた初代皇帝は召喚者でないかって学説もあるくらいよ」

「なるほど」


 酒の席でエルシャから魔法についてのレクチャーを受けるヒロト。 酔いが回ってこそいたがその目は真剣で、彼女の言葉を一字一句逃さないように真剣に聞き入っている。 彼のそんな態度に惹かれたのかエルシャは黙ってヒロトの隣に移動する。


「おい!?」

「ねえ、フィリアちゃんとはどこまでいってるの?」

「いきなり何を言うんだ?」

「お姉さん気になっちゃったの~」


 先ほどとは打って変わって甘えてくるエルシャであったが、ヒロトが訳が分からず彼女から視線をそらしてしまう。 にも関わらず、彼女はヒロトの腕を組んで自らの豊満な胸を押し当てる。


「うお!?」

「だって~仲良さげだったし~」

「た、ただの仲間だ」

「ふ~ん、じゃあこんなこともして良いのかな」

「お、おい!?」


 エルシャはヒロトの手を取り、自らの胸に押し当てる。 熟れた桃のようなその感触はヒロトの思考を犯し始め、心臓は一気に高鳴り、下半身に多くの血が送られる感覚に襲われる。 その反応に手応えを感じたのかエルシャは更に口を開く。


「ねえ~リーダーである君になら好きに弄らせてもいいわよ」

「な......」


 彼女の言葉にヒロトの頭の中をグルグルと欲望が渦巻き始め、自制を失わせようとしている。 しかし、彼の意志はエルシャが思っていたより強固であった。


「断る!!」

「え!?」


 ヒロトは強引に手を離すとウイスキーの入ったグラスを手に取り、名残惜しさを紛らわすため中身を一気に飲み干した後で口を開く。 


「い、今は仲間だ。 それに、俺はあの人とケリをつけなくちゃならないんだ」

「あの人?」

「俺の大切な人かもしれないんだ」


 彼はエルシャにこれまでの経緯とフィリアにしか話していなかった本当の目的を話し始める。 


「そんなことがあったのね」

「ああ、俺達もまた居場所を失い放浪していた訳さ」


 ニヒルにすら知らされていない秘密に触れ、エルシャは先ほどとは打って変わり、ヒロトの隣で静かに寄り添っている。 彼女は同じ体験をした仲間に出会ったことに気づき、同じような立場である自分に同情して仲間になることを認めてくれたヒロトに親近感を抱いてしまったのである。

 彼女は里で体験した時と同じように仲間から捨てられたくなかったため、リーダーであるヒロトに近寄ろうとしたのだが、彼の人間性に触れたことによりそれが間違いであったことに気づく。


「ゴメン、なんか空気を暗くしちゃったね」

「いいのよ、あなたのことを勘違いしてたわ」


 エルシャは咄嗟にヒロトの空になったグラスへウイスキーを注ぎ始める。 先程と違い、気の利いた行動をする彼女はヒロトにとって既に亡くなった母親の面影を醸し出し、一瞬心が揺らいでしまう。


「ハハ、懐かしい話をしてたら急にハイボールが飲みたくなったよ」

「ハイボール?」

「ウイスキーに炭酸を混ぜたやつだよ」


 突然話題を変えたヒロトはそう言いながら再び注いだウイスキーを口に運ぶ。 しかし、先ほどとは違った感覚に襲われ、思わず口を開いてしまう。


「なあ、これ炭酸入ってるのか?」

「炭酸?」

「口の中でシュワシュワさせる代物なんだけど」

「エール以外でそんな飲み物聞いたことがないわ」

「おかしいなあ」


 再びウィスキーを口に運ぶヒロト。 今度は普通の味がしている。


(変だな、さっき確かにハイボールのような感じがしたんだけど)


 彼はふともう一度ハイボールの感触を思い浮かべると不意に口の中が炭酸のような感覚に襲われる。


「何か俺が炭酸のことを思い浮かべると口の中の酒がシュワシュワするんだけど」

「ん? 私も同じものを飲んでるけどそんな感覚はないわよ」

「変だなあ」

「......ねえ?」

「ん?」

「私にも頂戴!!」


 酔った勢いからか彼女はヒロトを押し倒すと同時に彼の唇を奪い、舌を入れてジュルジュルと音を立てて口内のお酒を吸い出す。

 余りの事態にヒロトは訳が分からず、目を白黒させている。


「美味しい!! 何これ!!」


 炭酸入りウィスキーの味に感動するエルシャ。 ヒロトに至っては放心状態であった。


「もっと飲ませて!!」

「フグググ!?」


 エルシャは強引にウイスキーの瓶を直接彼の口につけ、飲ませたあとに吸い出す行為を繰り返し始める。


ジュルジュルジュル......

「美味しい」

「あがががが」

ジュルジュルジュル......

「あ~んもう、焦れったい!!」


 途中で彼女は面倒臭くなったのか自分の口の中にウィスキーを含んでそのままヒロトに接吻し始める。 昨夜、彼女の体を振り回した筈のヒロトに至っては彼女に為すがままにされ、多量のアルコールの摂取によって体から力を失っていた。 


「シュワシュワしなくなったわねえ」


 エルシャが唇を離してヒロトを見ると、彼の瞳孔は焦点があっておらず口は半開きであった。 最早彼の意識は正常でないことが明らかであった。


「ん~まいっか、このまま味わってしまえ」


 再びジュルジュルとヒロトの口を味わうエルシャ。 彼女の暴走行為はウィスキーがなくなるまで続く。


チュンチュン......


「う~頭痛い」


 明け方、強い酒を飲んだ影響で二日酔いに悩まされつつ、フィリアはゆっくりと起き上がる。


「あれ、ヒロトは?」


 彼女はいつもなら隣で眠っているはずのヒロトの姿がないことに気づき辺りを見回す。


 すると......


「こ、こいつ......」


 フィリアの目の前には床の上でヒロトを抱き枕にして眠るエルシャの姿があった。 酔っ払った影響からか彼女は下着姿であり、豊満なバストを晒している。 


「この淫乱エルフが!!」


 フィリアはなぜか顔をツヤツヤさせたエルシャの頭を蹴飛ばすと同時にヒロトの体から彼女を引き離そうとする。


「ムニャムニャ、邪魔しないでよう~」

「黙れ!! 彼は私のものよ!!」

「や、やめて~離れたくない~」

「うるさい!!」


 ガシガシとエルシャの体を踏みつけるフィリアであったが、エルシャは逆に気持ちよく感じたのかヒロトを抱きながら「アンアン♡」と言葉を漏らす。


「何て淫乱な女ね!!」


 尚もヒロトから離れようとしないエルシャに苛立ちを感じ、フィリアは二人の間に入って強引に引き離そうとする。 しかし、いくらやっても離れようとせず、逆にエルシャは瞳をウルウルさせて訴えてきた。


「もう一人にしないで!!」

「え......」


 涙ながらに発したエルシャの言葉に反応してフィリアは思わず手を緩めてしまう。


「どんなことをされたって良い、もう愛する人から見捨てられたくないの」 

「......寂しかったのね」


 彼女の心の闇に触れ、フィリアは思わず言葉を漏らしてしまう。 何のことはない、お互い帰る場所を失った似た者同士なのである。


「良いわ、一緒に行動しましょう」


 フィリアはそう言うと同時にエルシャの肩にそっと手を置く。 彼女の言葉が嬉しかったのかエルシャはヒロトから離れ彼女に体を向けて口を開く。


「フィリアちゃん」

「だけどヒロトは私のものだから離れなさい」

「嫌だ!!」

「ニャにを!!」

「グヌヌヌヌ」

「フヌヌヌヌ」


 再びヒロトの取り合いを始める二人であったが、彼は未だに意識が戻らなかったために気づいていない。 結局この光景はニヒルが青い顔をしてトイレから出てくるまで続き、昼頃に目覚めたヒロトの両脇には二人の美女が寄り添うように眠っている姿があった。



「キャ~♡」

「教授って大胆ですね」

「ヒロトさんがちょっと可哀想かも」


 いつの間にか部屋に集まって話を聞いていた学生達。 ニヒルの自伝書が出版されて以降、当時のメンバーであったエルシャの話を聞きたがる学生が増え、今も室内には10人程の学生(全て女性)がウィスキーのグラスを片手に持って話す彼女の思い出話に耳を傾けている。


「まあそのお陰で彼が無詠唱で魔法を使えることが分かったんだけど」

「じゃあそのお酒は......」

「これも一応炭酸入りだけど、炭酸製造機で作った物よ」

「な~んだ」

「でもあの時のお酒は美味しかったわあ」


 エルシャはそう言うと同時に空になったグラスを机の上に置き、「今日はこれでおしまい」と言葉をくくる。


「え~」

「もっと知りたかったのに」

「ほらほら、早く帰って課題を仕上げなさい」

「は~い」


 エルシャに押し出される形で学生達は渋々と部屋をあとにする。


「やれやれ」


 手をパンパンと払い、帰り支度をはじめるエルシャ。 しかし、そんな彼女の足元に薄汚れた腕章が落ちてしまう。 彼女は咄嗟にそれを拾い上げると同時に言葉を漏らす。


「こんなとこにあったんだ」


 その腕章には酒瓶に寄り添うように眠る碧色の猫が描かれている。 それは里を追い出された彼女が得ることの出来た安息の場所を示す証明でもあった。


「今思うとネーミングセンスの悪いチーム名だったわねえ」


 エルシャは「キャッツハンド」時代の腕章を机の引き出しに入れ、娘を迎えに行くために部屋をあとにする。

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