表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/37

第15話 死の女神

○サーヘル大学 


「教授、この自伝書についてですが」

「ああ、それ」


 講義が終わり、後片付けをしていたエルシャの元に一人の学生が声をかけてきた。 彼女の手には先日発売されたばかりのニヒルの自伝書が握られている。


「これによるとヒロトさんと教授の出会いはイーストノウスの酒場だと書かれていますが事実なんですか?」

「そうよ」

「何で教授がそんな所で酔いつぶれていたのか知りたいのですが」

「あちゃ~そこまで書かれてたのか」


 学生の言葉にエルシャは思わず頭を抱えてしまう。 教授に就任して以降、学生達の前には以前のような醜態を見せまいと努力したつもりであったが、ニヒルの自伝書によって暴露されてしまった事実に気付いてしまったからだ。


「教授ほどの人が何でそのような醜態を晒していたのか知りたいのですが」

「2巻の発売まで待てないのかね?」

「待てないから聞いてるんです!!」

「しょうがないわね」


 彼女の熱心なお願いに根負けし、エルシャは仕方なく自身の研究室に連れて行くことにする。


「じゃあどこから話そうかね」


 エルシャは椅子に座ると同時に引き出しを開けてウィスキーのボトルを取り出し、グラスに注ぐ。 その行為を見て学生の表情が一瞬曇ってしまう。


「ん? ああ講義が終わると毎回ここで一杯飲む習慣があるのよ」

「教授がお酒を飲むところ初めて見ました」

「代表教授という身分柄人前で醜態を見せたら彼に怒られるからね」

「彼ってヒロトさんのことですか? この本によると細かいことで小うるさい所があるって書かれてますよね」

「私のフィアンセに対して失礼ね」

「あ、いえそのつもりは......」


 動揺する学生に対し、エルシャは笑いながら「フフ、冗談よ」と口ずさむ。


「彼と出会ったのはイーストノウス戦争が終わって2年後だったかなあ」


 エルシャは懐かしい思い出を語り始める。



○開戦から2年目のイーストノウス国内 野戦病院


 イーストノウス戦争が始まって早2年、去年の「冬戦線」の大敗により亜人達との同盟関係がなくなり、戦線は完全にイーストノウスが押される形でジワジワと縮まっていき、この野戦病院には連日患者が押し寄せてくる有様だ。


「痛えよ!!」

「ギャア!!」

「か、母さん......」


 最早医師や看護士だけでなく、ベッドの数も足りないため地べたに毛布を敷き、その上に患者を乗せて治癒魔法や手術を執刀していたが、毎日ひっきり無しに患者が運ばれてくるため最早キリが無い状況であり、厳しい勤務情勢であったため過労で倒れる者も多かった。


「先生!! こいつを見てください」


 戦友の肩を借り、一人の患者が運ばれてくる。 彼の左腕は無く、背中には数本の矢が刺さっていたが、まだ息がある状態であった。


「......ダメね、残念だけど助からないわ」


 先生と呼ばれた女性は患者を一目見た後、別の患者に向かおうとする。


「おい!! こいつは故郷に妹がいるんだ、何とかしろ!!」


 男が女性の肩を掴んで怒鳴りつける。 しかし、彼女は臆することなく、口を開く。


「彼はどうやっても助からない。 そんな人間に魔力を大量に消費する治癒魔法はかけられないのよ」

「ふざけんな!! 何で一目見ただけでそれが分かるんだよ!!」


 男は強引に彼女を引っ張り出そうとするも他の兵士達に取り押さえられ、患者と共に追い出されてしまう。


「だからエルフなんて信用できないんだ!!」

「......次の人」


 外に連れ出される瞬間、友を救えなかったことに泣き喚きながら男は叫ぶ。 そんな男の姿を尻目に、エルシャは次の患者の診察を始める。 生まれ持って得た特性で、彼女は光魔法の優れた使い手であると同時に患者の様態を判別できる「水晶眼」が使える貴重な能力者なのだ。

 「水晶眼」とは意識することで相手の魔力や生命力を見ることが出来るエルフでもごく僅かな人しか得ることの出来ない能力であり、彼女はそれを使って患者の見分けを担当しているのであるが、それは多くの人々から恨みを買う行為でもあった。

  

「この人は助かるわ。 すぐに治療してもらいなさい」

「彼はダメね、せめて静かな場所で安らかに寝かせてあげなさい」


 エルシャは患者の症状にあわせて色付けした布を患者の腕に巻く。

 

「先生、少し休まれたほうが」

「この仕事は私にしか出来ないのよ。 だからもう少し待って」


 助手の気遣いもむなしく、エルシャは目の下にクマを作りながらも患者達を次々と仕分けしていく。 彼女のおかげで、治癒魔法を行う者の負担が減り、貴重な医薬品を無駄に浪費することが避けられている現状があったが、その反面多くの人々から恨みを買ってもいた。


「このエルフ風情が!!」

「きゃあ!!」


 患者達の背後から突然、数人の男達が乱入してくる。


「お、お前のせいで俺の弟が!!」

「親友を殺しやがって!!」

「この野郎!!」


 一斉に襲い掛かる男達。 すぐさま傍らに待機していた兵士と悲惨な殺し合いが始まる。


「先生、早く逃げてください!!」


 助手がエルシャの手を引こうとするも彼女は微動だにしない。


「私は良いわ」

「でも」

「私は自らに課せられた運命を背負っていくつもりよ」


 目の前で血が飛び散り、悲愴な声が上がっていたがエルシャは医師として患者を仕分ける行為の責任を一身で受け止める決意を固めており、そのために殺されても仕方がないと覚悟を決めている。 しかし、そんな彼女の決意とは裏腹に、襲ってきた男達の最後の一人が切り殺され、エルシャの足元で倒れる。


「こ、このクソエルフが...絶対に呪ってやるからな......」


 男は血を流しながらも彼女に憎しみの言葉を残し、目を見開いた状態で息絶える。


「地獄に行く覚悟は出来ているわ」


 エルシャは片手でそっと男の目を閉じ、優しく語り掛ける。 冬戦線の後、族長達から撤退命令が来ても彼女は自らの意思でこの野戦病院に残り、自身の能力を駆使して少しでも多くの患者が救えるよう尽力していたが、彼女が頑張れば頑張るほど恨みが重なっていく現状があり、後に彼女は味方であった兵士達から「死の女神」と呼ばれるようになる。



○3年後......エルフの里


 終戦から2年、様々な残務処理に追われ、残りの仕事を同僚達に任せてエルシャはようやく故郷に戻ることにする。 何度も命を落としかけたが幸運にも五体満足で終戦を迎え、故郷に戻ることのできた彼女は戦死者達のために後の人生は彼等の冥福を祈るために神殿に勤めようと考えていたのだが、ここで思わぬ仕打ちを受けてしまう。


「何で入れてくれないの!!」


 家族へのお土産を詰め込み、大きくなってしまった荷物を背負った彼女を出迎えたのは家族や友人ではなく、武器を持った兵士達であった。


「エルシャ、貴様は族長の命令を無視して憎むべきイーストノウスに協力した。 それは許しがたい行為だ」 

「医療行為よ!!」

「死神風情がだまれ!! 貴様の行為はイーストノウスを助けたばかりか我がエルフの品格を落としただけだ」

「患者達を見捨てろって言うの!!」


 弓矢を向ける兵士達に対し、一歩も引かないエルシャ。 しかし、そんな彼女の目の前に思わぬ人物が現われる。


「エルシャ、ここは隊長の言うとおりにしてくれ!!」

「ゲネロ!!」


 エルシャに声をかけた男性は戦争が終わったら結婚の約束までしていた幼馴染であった。


「黙って引き返してくれないか?」

「嫌よ、今すぐ里に入れて!!」

「ダメだ、族長達の怒りは僕でも抑えられない。 君が死罪にならなかっただけでもマシなんだよ」

「せめて家族に会わせて!!」

「残念ながら無理だよ。 お養父さんは君の命を助けるために族長を辞退して謹慎してるんだ」

「ならせめて貴方だけでも一緒に来て!!」


 エルシャの言葉にゲネロは俯きながらこう答える。


「族長である父には逆らえない。 だからせめて黙ってここから立ち去ってくれ、でないとここで君を殺すことになる」

「ふざけるな!!」


 かつての婚約者から思いもよらない言葉が出たため、彼女はそのまま泣き崩れてしまう。


「頼む、このままだと僕自身の手で君を殺さなければならなくなる」


 ゲネロの言葉を受け、エルシャはその場で黙って立ち上がると同時に背を向けてこう呟く。


「もう貴方との関係は終わりね、さようなら......」

「......すまない」


 ゲネロの言葉に何も答えず、エルシャは歩き始める。

 精一杯のことをしたつもりが、故郷を追い出され、愛する人に裏切られたことに彼女は強烈な喪失感を抱き、フラフラとした足取りでその場を後にするのであった......




○イーストノウス 中級都市 ジュファ


「ニヒル......」

「ご免、姉さん」


 二人の目の前には青々と生い茂る雑草が生えている。


「馬鹿あああ!!」

「ひ!?」


 草刈鎌片手に弟を怒鳴るフィリア。 宿屋での一件以降、一同はイーストサウスに逃亡することを断念し、黒幕の女が黒魔術に手を染めているという証拠を集めるために、ヒロトをリーダーとしてこの街を拠点に冒険者ギルドでチーム登録をして生活することにしたのである。

 資金稼ぎを兼ねて細々とした依頼を受けつつ情報収集をしていたのだが、今回ニヒルが受けた依頼はとんでもない難題であった。


「今日中にたった3人で草刈鎌片手にこの雑草を刈り取れなんて無理ニャ!!」

「ご免、あんまりにも報酬が高かったもんでつい」

「いっそ燃やそうかしニャ」

「ま、待って!! 燃やしちゃダメって契約だよ!!」

「じゃあどうすりゃいいニャ!!」


 草刈りの依頼であったが、依頼場所は予想以上に広い庭であったため、二人は途方に暮れている。


「なんでニャンと確認しニャいの!!」

「姉さんが依頼を探せば良いじゃないか!!」 

「私は忙しいニャ」

「そう言う割にはいつもヒロトさんにべったりじゃないか!!」

「ニャにを!!」


 ニヒルの胸ぐらを掴み、罵声を口にするフィリア。 ニヒルも負けじと日頃姉に溜まっていた鬱憤を口にし始める。 広い庭の中で兄弟喧嘩を始める二人であったが、ふとヒロトの姿が見当たらないことに気付いてしまう。


「あれ、ヒロトはどこニャ?」

「そういえばどこに行ったんだろう?」


 二人が周りを見渡すと後方でけたたましい音が響き、思わず揃って後ろを向いてしまう。


「な、何ニャ!?」

「何ですかそれは!?」


 二人が目にしたのはエンジン音と共に草刈機を自在に操作するヒロトの姿であった。 彼はウィンウィンと音を立てながら、目の前に生い茂る雑草を次々と刈り取っていく。


「二人とも、遊んでないでさっさと刈り取った雑草を集めるんだ!!」

「は、はい!」

「分かったニャ」


 草刈機の性能に驚きつつも二人はヒロトの指示に従って作業を始める。

 ヒロトのおかげで夕方には草刈を終え、一同は無事に任務達成を報告してその日は終わったのであった。


その日の夜......


 一仕事終えた人々の集まる酒場の中にヒロト達の姿があった。


「プハア、今日も良い仕事したな」

「ホント、お酒が美味しいニャ」


 満足げにエールを口に運ぶヒロトとフィリア。 二人が出会って一ヶ月近くたち、宿屋での一件以降すっかり打ち解けあい、今ではこうして仲良くお酒を飲む仲になっている。


「労働の後の酒は旨いだろ?」

「旨いニャ」


 フィリアは猫語を完全にマスターし、誰が見ても猫族に思われるようになったのだが、向かいに座るニヒルは苛立ちを見せながらチビチビと牛乳を飲んでいる。


「どうした?」

「別に......」


 ヒロトの言葉に対し、反抗期の子供のような言葉で返すニヒル。 彼は一向に手掛かりが見つからないのと最近の姉の態度に苛立ちが隠せないのだ。


「あニャたはまだ子供ニャンだからお酒はのめニャいから我慢しニャさい」

「子供扱いするな!!」


 酔いの廻ったフィリアの言葉にニヒルは思わずテーブルを叩いて怒鳴ってしまう。


「姉さんどうしちゃったんだ? 一向に情報が入ってこないのに呑気にヒロトさんと酒盛りするなんて」

「俺の国の言葉で「短気は損気」ってのがあるぞ」

「ヒロトさんは黙って下さい!!」


 ニヒルの表情は日頃の冷静さからかけ離れ、焦りを見せている。


「姉さんは誇りを失ったんですか!!」

「失ってないニャ」

「じゃあなんでずっとヒロトさんと一緒に寝てるんですか!!」

「良いじゃニャイ、それともお姉さんが恋しくニャったのかニャ~」

「ふざけんな!!」


 ニヒルは席を立ち、そのままズカズカと店の外へと出て行く。 


「良いのか?」

「良いニャ、あの子はもう少し落ち着きを持たせニャいけないんニャよ」


 フィリアはそう言いながらヒロトの腕を組み、もたれかかる。


「今ニャは二人っきりですごしましょ」


 契約が結ばれて以降、体の関係こそ至っていないものの、宿を借りる時は必ず二人部屋と一人部屋を頼むようになり、その度にヒロトとフィリアは必ず二人部屋で寝ることになっている。 

 秘密を共有したことで仲の深まった二人。 秘密を教えられていないニヒルはなぜ二人の仲が深まったのか知らないため苛立ちを抱いていたのである。


「あの子に私達の復讐の巻き添えにしてはいけニャいわ」

「それは君だけだろ。 俺はケリをつけに行くだけだ」

「ごめん、そうだったニャ」

「契約内容を曲解しちゃダメだぞ」


 あの夜、二人の間で契約が結ばれたのだがフィリアの願いでニヒルには契約内容を話していない。 今でこそメルカトール家の当主は亡くなった父の代わりにフィリアが立っているのだが、いずれは長兄であるニヒルが継ぐことになるのだ。 二人は契約を果たすために薄汚いことを行うのを覚悟していたため、ニヒルを巻き添えにする訳にはいかなかったのである。


「ニャンか酔ってきニャった......」


 頬を赤く染め、ヒロトにもたれかかるフィリア。 ヒロトもまた彼女の態度が満更でもなかった為、飛び出していったニヒルをよそに二人っきりの時間を楽しもうとしている。

 しかし、突然の声に思わず耳を貸してしまう。


「喧嘩だぞ!!」

「誰とだ?」

「金髪のニーチャンと巨乳美女だ!!」

「何だって!!」


 その言葉に反応して店内の客達が一斉に店の外へと出て行く。


「あの馬鹿!」

「フニャア、待ってニャ!!」


 ニヒルが騒動を起こしたことに気付き、ヒロトは慌てて外に飛び出すと目の前に地面に倒され、金髪美女の胸に顔を埋めて苦しそうにもがいているニヒルの姿があった。


「ぐ、ぐるじい......」

「あ? てめえ人にぶつかっておいてその態度は何だコラ」


 ニヒルは自分よりも背の高い女性に柔道で言うところの寝技を欠けられ、必死にもがいていた。


「た、助けて......」

「その前に御免なさいだろうが。 青二才の童貞野郎が粋がってんじゃねえぞ」


 下品な言葉を発する女はニヒルが苦しんでいるにもお構い無しにニヒルの顔に胸を当てて呼吸困難にし、彼の意識を奪い取ろうとする。 その光景に周囲の男達は鼻の下を伸ばして眺めている。


「おい、止めろ!!」


 ヒロトが止めに入ろうとするも女は「あん?」と敵意をむき出しにしつつ、ニヒルを放置して立ち上がる。


「お前、こいつより良い体してるじゃないか?」

「こちらに無礼があったことは謝る。 だから今日は黙って見過ごしてくれないか」

「うっせえ、こっちは今気が立ってんだ」


 女は酔っているのか唾を吐き捨て、上着を脱いで下着姿になり、ファイティングポーズをとる。 周囲からは女に対する賞賛の声が聞こえ始め、賭け事を始める連中までいた。


「おう、あたしの勝ちに全財産を投入してやるよ」


 女は全財産の入った袋を賭けを取り仕切る男へと放り投げる。 そんな彼女に対し、ヒロトは手をボキボキ鳴らしながら呟く。


「手加減は出来んぞ」


 ヒロトの言葉に女は笑みをこぼしながら答える。


「上等だ、こちとら戦争を経験してるんだ。 手前なんぞに負ける気はしねえ」


 観客の誰かがコングを鳴らし、その音を合図に女は瞬時にヒロトを地面に倒し、ニヒルの時と同じように寝技に持ち込もうとする。


しかし......


「どりゃああああ!!」


 ヒロトは彼女の体を持ち上げると同時にそのまま地面に叩きつけ、喉元に片手を押し当てて押さえ込んでしまう。


「まだやるか?」


 ヒロトの言葉に女は驚きつつも答える。


「まだよ!!」


 彼女は体を捻ると同時に両足をヒロトの首に巻きつけ、締め付け地面に押し倒す。


「油断しちゃダメよ、坊や」


 ヒロトを再び地面に押し倒し、ギリギリと足を締め付けて彼から呼吸能力を奪い取り、勝ち誇った笑みを浮かべる女。 その光景に観客達は歓声を上げるが、いつの間にか加わっていたフィリアの口からは「立て、立つんニャヒロト!!」と怒鳴り声が出ている。 その応援が効いたのかヒロトは締め付けられる首にお構い無しに両手を地面について再び女の体を持ち上げて立ち上がろうとする。


「う、嘘!? どういう鍛え方をしてるの」


 ヒロトの予想外の動きに女は唖然とするほか無かった。 女が驚くのも無理は無く、ヒロトの首の筋肉は常人よりも鍛えられていたのと彼自身多少の格闘術に対する心得があった為、女の攻撃に耐性があったのだ。


「きゃああああ!!」


 ヒロトは女に首を絞められた状態のまま体を回転させ、女の体を宙に浮かして振り回し始める。


「た、助けて!!」


 先程の態度と打って変わって悲鳴を上げる女。 観客達から驚きの声が漏れるがフィリアだけは「そこでトドメニャ!!」と叫んでいる。 その声を合図にヒロトは大きく体を仰け反るとそのまま地面の上に女の体を叩きつける。


「ゴホ!?」


 女は呑みすぎたこともあってか地面に叩きつけられた後、盛大にリバースしてそのまま意識を失ってしまう。 最早勝敗は明らかとなっていた。


「やったニャ!! さあ早く掛け金をよこしニャ!!」


 フィリアは喜喜悠々と賭けを取り仕切る男から掛け金を徴収する。 そんな彼女をよそにヒロトはニヒルの体を起こし、「大丈夫か?」と声をかける。


「あ、有難うございます」

「どうしたんだ?」

「さっき出て行くときにカウンターで酔いつぶれたこの人とぶつかった為にイチャモンを吹っかけられたんです」

「どこのヤーさんだよ......」


 ヒロトはため息を吐きながら女の方へと視線を移す。 女は大量のアルコールを摂取したこともあってか目を回して起き上がろうとしない。


「ヒロト!! 儲かったから今ニャは豪勢ニャ夕飯でも食べに行かニャい?」


 ランランと目を輝かせるフィリアをよそにヒロトは黙って女の体を持ち上げ始める。


「何やってるんですか?」

「こいつをほっとく訳にいかねえだろ」

「こんな女無視するべきニャよ」


 ニヒルとフィリアの声とはお構い無しに女の体を気遣うヒロト。 彼は女を背中に背負うと自身の泊まる宿に向かって歩き始める。


「分かったニャ、奴隷商人に売り飛ばす気なのニャ」


 酔っているとはいえとんでもないことを口走るフィリアであったがヒロトはこう答える。


「若い女がこんな所で酔いつぶれたら大変なことになるだろうが」

「ちょ、僕はこの人に殺されかけたんですよ!!」

「だからって見捨てられるかよ」


 ニヒルの言葉もむなしく、ヒロトは女を宿まで連れて行くのであった。


翌日......


「う~き、気持ち悪い......」


 強烈な二日酔いと共にエルシャは目覚める。 里を追い出されて以降、宛も無く各地を廻りこの街の酒場で自棄酒を煽っていたことまで覚えていたのだが、それ以降の記憶が全く無かった。


「ほれ、水だぞ」

「有難う」


 エルシャは渡された水を飲み、息を整えようとする。


「夕べは飲み過ぎたみたいだな」  

「そうみたい」

「美人が台無しだったぞ」

「ほっといてよ」

「......」

「......」

「君、誰?」


 エルシャは目の前に知らない男が座っていることにようやく気付く。


「誰って昨夜のこと全く覚えてないのか?」

「昨夜? ......何これ!?」


 彼女が布団の下を除くと自身が裸であったことに気付いてしまう。


「変態!! 鬼畜!! 強姦!!」


 パニックに陥り、訳の分からない言葉を並べるエルシャ。 彼女は酔った勢いで目の前にいる男と関係を持ってしまったのだと勘違いしている。


「お、落ち着け!!」


 ヒロトは暴れる彼女を何とか押さえつけ、夕べの出来事を語り始める。 始めのうちは混乱して状況を掴めなかった彼女であったが徐々に落ち着きを取り戻していく。


「御免なさい、君の仲間に危害を加えた挙句にここまでして貰うなんて」

「君の服はちょっと匂いが酷かったから洗濯に出してるよ。 代わりの服はフィリアが持ってくる予定なんだけど」


 ヒロトがそう言うと同時に部屋のドアが開き、エルシャの為に買った服を抱えたフィリアとニヒルが入ってくる。


「もう目覚めたんだね」

「この女の胸に合う服が中々見つからなかったニャア」


 二人は彼女のそばに服を並べ、着替えを勧める。


「俺達は下の食堂にいるから着替えたら顔を出してくれ」

「あ、ありがとう」


 ヒロトの勧めに従い、エルシャは服を着替えて二日酔いの残る体を引きずるように食堂へと向かうことにする。


「大丈夫か?」

「ええ、昨夜は御免なさい。 辛いことがあって飲んで忘れたかったの」

「エルフのあニャたがこんな街中の酒場で酔いつぶれるニャんて何かあったのかニャ?」


 フィリアの言葉にエルシャは俯きながらも「里を追い出されたのよ」と答える。


「何だったら俺達に話してもらえないか? 少しは気が楽になると思うし」

「ええ」


 エルシャはヒロト達にこれまでの経緯について語り始める。


◇◆◇◆◇


「あ、もうこんな時間だわ」

「教授!?」


 学生の言葉とはお構いなしに話を切り上げ、急いで帰り支度をするエルシャ。 そんな彼女の態度に苛立ちを覚えたのか学生は更に口を開く。


「良い所で終わらないで下さいよ!!」

「そうは言っても私も忙しいんでね」


 焦らす学生をなだめつつエルシャは部屋を出ようとする。


「続きは来週のこの時間に話そうかな」

「教授~!!」


 尚も名残惜しそうな顔をする学生にエルシャはこう言い残す。


「娘が待ってるんでね」


 後にニヒルの自伝書においてエルシャと出会わなければヒロトの能力は覚醒することはなかったと綴られているが、ニヒル自身は彼女のことが終始苦手な存在であったためにあまり好意的に書かれておらず、彼女の行いに対する評価は後の世代においても大きく分かれることになる。

 しかし、彼女の教え子達の証言によると彼女は終始、絶望の淵に苦しんでいた自分を救い、女としての幸せを与えてくれたヒロトに対する感謝の気持ちを抱いていたという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ