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第14話 契約成立

○リコルド村


 村長から手配書の一件を聞いてから三日後、村人達に見送られる形でトラックの前に立つヒロトとニヒルの姿があった。


「達者でな」

「村長もお元気で、あと奥さんを大事にして下さい」


 ヒロトと村長の間に握手が交わされる。 短い間であったが、二人の間には同じ欲望を持つ男として世代を超えた友情が芽生えている。


「あの本、奥さんに見つからないようにしてくださいね」

「分かっておる、家宝として大事に取っておくぞ」


 どうやらヒロトは今までお世話になったお礼として例の本を村長にプレゼントしたらしい。 


「そろそろ姉さんも来て欲しいんだけどなあ」


 ニヒルがふと辺りを見回すと人ごみの中から、泣き喚きながらも村長の奥さんに引っ張られる形で連れてこられるフィリアの姿があった。


「嫌よ!!」

「駄目だって、そうでもしなきゃ見つかっちゃうよ」


 奥さんは嫌がるフィリアを強引にヒロト達の前に突き出す。 


「......」

「......」


 一同に流れる沈黙の空気の後、ヒロトの口から笑みがこぼれる。


「これならバレないな」

「嫌ああ!!」


 フィリアは顔を真っ赤にしてしゃがみこむ。 彼女の今の服装はミニスカートを着て、足の傷跡を隠すためにニーソックスを履き、長袖のシャツにはフリルをあしらい、頭には彼女の髪にマッチしたお手製の猫耳が付けられている。 ご丁寧にもスカートの裾から猫の尻尾まで付けられ、猫耳と併せてワイヤーを活用(ヒロトお手製)しているため自在に動かすことが可能である。


「この変態!! エロ男!!」


 恥ずかしながらも猫パンチをお見舞いしようとするフィリア。 ヒロトは笑いながら避けつつも「似合ってるから良いじゃないか」と言い出す。


「姉さん落ち着いて!!」


 必死に姉を止めるニヒル。 彼もまた、追われる身であったために茶色かった髪の毛が金色に染められている。 二人は多くの賞金稼ぎに追われる立場となったためにヒロトの提案で変装をすることになったのである。

 その結果、ニヒルはヒロトの車の中にあった髪染め(ヒロトの後輩が置きっ放しにしていた)を使って髪の毛を金色に染め、フィリアに関しては猫族に変装させることにしたのである。


「ハハハ、ちゃんと発言の語尾に「ニャア」って言わないと駄目だよ」

「殺す!!」

「ま、待って!!」

「フニャアア!!」


 腹を抱えて笑い始めるヒロトに猛獣の如く襲いかかろうとするフィリア。 しかし、ニヒルが必死に取り押さえているため襲い掛かることが出来ない。 そんな3人の光景を見て村人達の間からも笑い声が聞こえ、村長夫妻も微笑ましく見守っている。

 一同はそんな展開を繰り広げつつもその後、涙ながらに手を振る村人達に見送られる形で村を後にするのであった。


「......」

「......」


 運転席にはヒロト、助手席にはフィリア、二人の間にニヒルが入る形で車は進む。

 村での一件があって以降、フィリアは終始無言で助手席の窓から外を眺めている。


「姉さん」

「......」

「姉さんったら!!」

「......」


 機嫌が悪かったためニヒルの声に対し全く反応を見せないフィリア。 ヒロトに至ってはそんな彼女の反応をよそにニヒルに話しかけてくる。


「このまま真っ直ぐで良いんだよな」

「ええ、ギルドロードから離れていますが小さな街があるはずです」

「そうか、こいつの燃料は今のところ満タンだけどいつまで走れるかは分からないからな」


 村を出て早2時間。 一同はニヒルの提案で追っ手の目をかいくぐる為にギルドロードを横切り、普段は行商人以外利用されることのない田舎道を通って隣の国であるイーストサウスを目指している。


「今のところ手配書はイーストノウスだけに出回っているだけですから何とか隣の国に行けば身を隠し通せるかもしれません」

「そんなに上手くいくのか?」

「あの国は海洋貿易国家で多種多様な人種が入り混じっているので身を隠しやすいんですよ」

「そこまで言うなら仕方が無いな。 どの道俺も行く当てが無いことだし」


 一同の乗るトラックは日が傾き始めた頃にようやく小さな街の郊外へとたどり着く。 3人は車を茂みの中に隠した後、行商人のふりをして街に入ることにする。


「随分警戒が手薄なんだな」

「この街は盗賊達も利用するので襲われないんですよ」

「だから辺境の地なのにこんなに賑わってるのか」


 2メートル近い土嚢に囲まれている割にすんなり街に入れた理由が分かり、ヒロトは納得してしまう。 ギルドロードから離れ、大した特産品も無いこの街には盗賊達がお金を使いやすいように娯楽施設が充実しており、飲み屋や賭博場、果ては色街まで存在しているため国からお尋ね者とされている彼等にとって無くてはならない存在であると同時に、盗んだ盗品の売買にも利用されているのである。 

 ヒロトが辺りを見回すと、傷だらけの鎧を着込む男や、目のやり場に困るセクシーな防具を身につけて歩く猫耳をつけた女、狼のような顔をした男など多種多様な人種も見受けられる。


「この街なら姉さんも疑われずに済むね」

「......うるさいニャ」


 最早弟であるニヒルの言葉にも耳を貸そうとしないフィリア。 それほど今の格好は彼女にとって屈辱的で我慢なら無かったのである。 機嫌の悪いフィリアをよそに3人は今夜宿泊する予定の宿へと足を運ぶ。


「いらっしゃい」

「部屋を二つ用意してくれないかな」

 

 宿屋の主人の言葉にニヒルは二人部屋と一人部屋を頼む。 もちろん、フィリアとニヒルは二人部屋、ヒロトは一人部屋のつもりで頼んだのだが。


「両方とも2階の奥の部屋だ」

「ありがとう」


 ニヒルは鍵を2つ受け取るとヒロト達の元へ駆け寄る。


「2部屋取れたから姉さんと僕は一緒の部屋でヒロトさんは向かいの部屋で良いかな」

「構わないよ」


 ヒロトはニヒルから鍵を受け取ろうとするとフィリアに遮られてしまう。


「ニヒル、あなたは一人部屋の方に行きニャさい」

「姉さん!!」

「え!?」


 フィリアの言葉に2人は唖然としてしまう。 


「私がヒロトと一緒の部屋で寝るって言ってるのが分からニャイの?」

「姉さん、何を言ってるんだ......」


 姉の考えが理解できず、呆然としてしまうニヒル。 そんな彼の反応に苛立ちを覚えたのかフィリアは鍵を奪い取ると同時にヒロトの手を引く。


「ちょ、ちょっと待てよ!!」

「あなたニャ話があるニャ、だまって付いて来るニャ」


 ニャアニャアと不慣れな猫語を口走りながら強引にヒロトを引っ張って行くフィリア。 一人取り残されてしまったニヒルは突然の姉の行動に訳が分からなくなり、その場で立ち尽くしてしまう。 


「姉さんは何を考えてるんだ......」


 姉の突然の奇行に彼の頭の中は混乱している。 生まれてからずっと一緒に過ごしてきた姉がニヒルを除け者にしてこんな行動を起こしたことが信じられなかったのである。 

 そんな彼の反応を見かねてか宿屋の主人が声をかけてくる。


「兄ちゃんも苦労してるみたいだな。 これですっきりしてきたらどうだ」


 ニヒルの手に渡されたのはこの街の娼館の紹介状であった。


「ご主人......」

「たまにはあの女のことを忘れてこいよ」

「すまない」


 ニヒルはこれまで姉のせいで溜まっていたストレスを振り払うかのように宿を出て行き、繁華街の方へと歩いて行った。


◇◆◇◆◇


「......」

「......」

「しまった!!」


 ニヒルは決して妻の前で話してはいけない話題を出してしまったことに気付いてしまう。


「そんな話初耳ねえ」


 いつのまにかニアの顔は引きつっており、髪の毛が逆立っている。 明らかに夫に対する敵意を向き出しにしている状態であることが伺える。


「あ、あの時はものの弾みで......」

「私が見てないと思ってそんなことをやっていたのね」

「ち、違う!! 僕は結局勇気が無くてすぐに宿に戻ったんだよ」

「ほう、私の夫は勇気の無い臆病者だったのね!!」


 夫の釈明もむなしく、身重でありながらニアは口元から八重歯を見せ飛び掛る。 一応、猫族の戦闘能力は人狼族程でないものの、かなり高いということをここで明記しておく。


「フニャアアアア!!」

「ぎゃああああ!!」

 

 子供達が見ているのもお構い無しにガリガリと夫に制裁を加えるニア。 彼の家庭もまた、ヒロトと同じように恐妻家であることが伺える。


 ニヒルが嫁にシバかれている間に話を続けることにする。 



○宿屋 二人部屋


 フィリアに強引に部屋に連れ込まれ、ヒロトが訳が分からず戸惑ってしまう。 もう日が暮れていたため室内は真っ暗であったが、フィリアは部屋の天井にから伸びた紐を引っ張ると小さな明かりが室内を照らす。 これはこの世界特有の物であり、魔法の力が込められたマジックストーンの一種で「光石」と呼ばれる石を加工することによって電灯のような光を発することが出来るのである。 ランプを使っていたリコルド村と違い、この街は周りと比べて裕福であったためこのような照明設備が整っており、明るくなった室内で彼女はヒロトにある疑問を投げかける。


「あの女のこと知ってるでしょ?」

「へ?」

「とぼけないで!! 私を舐めて貰っては困るわ、あのラクロア紙を見たあなたの反応は明らかに何か知っている素振りだったわよ!!」


 フィリアは仕事で得たずば抜けた観察力でヒロトが隠し事を秘めていると見ていたのだ。


「それについては説明したじゃないか」

「まだ知ってるはずよ!!」


 フィリアの口調は強く、明らかに自分の見立てに自信を抱いている。 しかし、ヒロトはそれでも「知らない」と突き返してくる。


「......分かったわ」

「やっとか」


 ヒロトが「やれやれ」と言いながらツナギのジッパーを腰の位置まで下げ、上着のシャツを見せて袖口を腰の位置で縛った後、椅子に腰掛ける。 しかし、そんな彼の目の前で突然フィリアは上着のボタンを緩め、床の上に落とす。


「お、おい!?」


 慌てて立ち上がるヒロト。 しかし、フィリアは上着を脱ぐだけでなく、スカートまで床に下ろしてしまう。


「馬鹿、何やってんだ!!」

「こうでもしなきゃ話すつもりは無いでしょ!!」


 慌ててフィリアの肩を掴むヒロト。 しかし、そんな行動をしたフィリアの目には涙が浮かんでおり、体が震えていた。 そんな彼女の反応を見てしまい、ヒロトは思わず彼女の体を抱き寄せてしまう。


「あの女が来て以降、私達メルカトール家は滅茶苦茶になってしまった。 あんな男に当主の座を奪われるなんて許せない!!」

「理由を話してもらえないか?」

「......分かった」


 フィリアはメルカトール家を脅かす魔女について話し始める。

 彼女の家は代々、ラクロアの要職を務める名家であり、7年前に総督であった父親が亡くなったことを受け、母親が選挙に立候補して総督になったのだが、無能と見られていた叔父の元にその女がやってきたことにより状況が一変してしまう。 

 女から得た知識を元に叔父は多くの事業を成功させると同時に各国との繋がりを深め、裏社会にも手を回しジワジワとそれまで自分を見下してきた人間達を証拠も残さない方法で陥れ、フィリアとニヒル以外のメルカトール家の人々まで追い出してしまったのだ。 

 商事ギルド会長の椅子を手に入れた現在においては、二期までとされた母親の総督任期が切れる来年を見計らって総督選挙に立候補するつもりだという。


「あの男にラクロアの未来を任せてはおけない。 絶対あの魔女が裏で手を引いてるはずよ」

「余程叔父さんが嫌いみたいだね」

「あの男は街に魔物の大軍が襲って来た時でさえ表に出ずに引きこもってたのよ。 その挙句、あの女が来るまで街のチンピラを使って薄汚いことをやるダニよ」

「あ~どこの世界にもそんな奴はいるんだな」


 いつの間にか二人でダブルベッドの上で横になり、フィリアの話を聞くヒロト。 彼女が叔父を毛嫌いする理由はよく分かるのだが、そんな奴の下で黙って働き実績を上げてきたフィリアの能力もまた恐るべきところがある。 叔父はそんな彼女の功績を恐れ、魔物に襲撃された情報を得たことを機に彼女に冤罪を押し付けて始末しようとしたのだろう。


「だからって俺に体を売ろうとする真似はするなよ」

「あなたが話してくれないからよ」


 下着姿のフィリアはヒロトの体にしがみつき、耳元で呟き始める。


「私の初めてをあげるからあの女のことを知ってる限り全て教えて......」

「......それはお断りする」

「何で!!」


 声を上げるフィリアに対し、ヒロトはこう答える。


「俺がこれから話す内容の条件として決して誰にも公言しないで欲しいからだ」

「え......」


 ヒロトは魔女について思い当たる話をフィリアに話し始める。

 今から7年前、ヒロトはある電気設備会社に勤めており、同僚と山の中にある通信設備の保守点検に向かったところ、運転する車が野生動物と接触し、そのまま崖の下へと転落してしまう。

 幸いにも彼とその同僚は大した怪我も無かったのだが、携帯電話の電波が入らなかったので仕方なく自力で電波の入りやすい山道へと向かうが、その途中で同僚の姿が消えてしまったのだという。


「俺は必死で彼女の行方を探したんだけど結局見つからず、俺は一人で下山して救助隊を呼ぶことにしたんだ」

「でも見つからなかったんでしょ」

「ああ」


 フィリアの言葉にヒロトは手で顔を覆いながら「残念だった」と呟く。

 

「彼女とは以前の職場で上司と部下の関係で趣味が折り紙だったからあの紙を見た瞬間、彼女のことを思い出してしまったんだ」

「あの魔女はやっぱりあなたと同じ世界から来た人間なのね」

「そうかもしれない。 一度だけ俺は彼女と一緒に紙漉きの体験教室に行ったことがあったしな」

「恋人だったの?」


 フィリアの言葉にヒロトは唇をかみ締めつつも「姉のような人だったよ」と答える。


「だけど優しかった彼女が君達をこんな目にあわせるなんて考えられない」

「何度か会ったことがあるけど、あの女の髪と瞳の色は明らかに貴方と同じ黒だったわ」

「そうか」

「ねえ、私と手を組まない?」

「え?」


 突然フィリアの口から出た言葉にヒロトは驚いてしまう。


「このままイーストサウスで身を隠してもお尋ね者として一生を終えるだけよ」

「何か手があるみたいだな?」

「あの女は叔父を操る反面、このイーストノウスで黒魔術を手掛けているみたいなの」

「黒魔術?」

「かつて人間達と争った魔族が使っていたとされる魔術であり、各国から禁術に指定されている代物よ」


 フィリアは黒魔術について説明を始める。

 一般的に火・水・風・土・光・闇に分けられる人間達が使う魔法の総称を白魔術と言う半面、魔族が使う魔法というものは再生・破壊・分解・繁殖・増殖に分けられ、それらを纏めて黒魔術と位置づけられている。

 フィリア達を襲った魔物達も本来は魔族の使う黒魔術によって生み出された生物兵器の名残であるという。 人より長寿で力が強い反面、魔族の生殖能力は低く、人間よりも圧倒的に人口が少ないため彼らは戦争において多くの魔物を使役し、戦っていたという訳だ。

 一般的な生き物と魔物の明確な分け方としては魔物には生殖能力が無く、人を襲う理由もただ単に生み出した主の命令で襲ってくるだけである。


「じゃあ君達を襲った魔物達は彼女が差し向けたものかもしれないって訳か」

「そう、この国は戦争中に戦力として魔物を利用しようとする研究がなされていた筈。 あの女は何らかの形でその研究成果を手に入れた可能性があるのよ」


 来年の総督選挙において叔父の有力な対立候補として立候補が予想されているフィリアを事故と見せかけて暗殺する。 そう考えると襲撃から一週間もしないうちに手配書が出回る理由も分かるであろう。 敵は恐らく、失敗したことも考えてこのような行為に踏み切ったことがヒロトは容易に予想できた。


「宛てはあるのか?」

「いえ、この情報はつい最近掴んだばかりだから」

「ということは後は自分達で調べるしかないって訳か」

 

 ヒロトは天井を眺めつつ物思いにふける。 大した後ろ盾も無い3人で一年以内に街を支配する巨大な黒幕を倒そうとするなど無謀な行為に他ならない。 

 多少正義感に強いヒロトであっても、ママチャリで競馬場に参加するような分の悪い賭け事に人生を投入する気は沸かない。


「今は大した報酬は渡せないけど上手くいったら望む地位と大金を約束するわ」

「勝算の無い賭け事に人を巻き込むための決まり文句だな」


 フィリアの言葉にヒロトは背中を向けてため息をついてしまう。


「お願い、今の私達には貴方しか頼れる人がいないの」


 ヒロトの背中に抱きつくフィリアの体は震えており、彼女の涙が彼の背中を湿らせる。 最早追い詰められ、後には引けなくなったことが伺える光景であった。


「......分かった」

「え?」

「協力するよ」


 ヒロトは体を向けると同時に彼女の頭に手を置く。


「今は大した報酬は約束できないのは分かるけど商人なら契約において前金が必要なことくらい分かってるよな」

「前金? 残念だけど今の私達の手持ちは僅かだから大したお金は渡せないけど」

「君の初めてでいいよ」

「え、ちょっと!?」


 ヒロトはフィリアの後頭部に手を回し、強引に彼女の唇を自身の物と重ね合わせる。 これから行われるであろう行為に彼女は震えながらも目を閉じ、ヒロトに体を委ねようとする。 しかし、彼はそれ以上の行為をせず、黙って彼女の体を離す。


「これで契約は成立だ」

「......それ以上は要求しないの?」

「言ったろ? 初めてをもらうって」


 ヒロトはそう言うと明かりを消し、フィリアに布団をかぶせ「今日はもう寝ろ」と言い眠りに入る。

 結局、その日はそれ以上の仲に進展することなく朝を迎えることになる。

  

 

○自由都市国家ラクロア 首都シティ 某所


「いくらなんでもやりすぎではないのか!?」


 部下からの報告書を読み、コラーダはソファーの上に足を組んで座り、タバコをふかしている女に対し声を荒げる。 


「生かしておくと後々面倒なことになるでしょ」

「うむむ、総督が黙っているはずが無いぞ。 何せ実の子供達だしな」

「そちらの方には手を打ってあるわ。 彼女は表向きには子供達の醜態にショックを受けて病床に倒れたことになっているしね」

「な!?」


 信じられないことを躊躇い無く実行する女にコラーダは背筋が凍る感覚に襲われる。 

 

「大丈夫、私を信じれば全て上手くいくわよ」 


 いつのまにかコラーダの後ろに廻り、背後から抱きついてくる女。 

 甘い香りと豊満な胸の感触が背中を通して伝わり、コラーダの感情を落ち着かせ始める。


「そ、そうだったな。 今までもお前の言うとおりにして上手くいったしな」

「そうよ、あなたはただ私の言うとおりにすればいいのよ」

「ああ、お前は何て美しいんだ......」


 女の放つ魅惑的なフェロモンに魅了され、ゴラーダの表情に安らぎが見え始める。 彼は完全に女の魅力に取り付かれ、操り人形と化していたのである。 

 そんな二人を横目で眺めつつ同じ部屋にいたもう一人の女が心の中で悪態をついている。


(こんな下衆を誘惑してこの女は何を考えている)


 女の手先として働き、邪魔者を次々と暗殺していた彼女にとってこの光景はやましいものであることは間違いない。 本来なら、彼女がフィリアの暗殺を行う計画であったが、女の方から「試してみたいことがある」と言われ、身を引くことになりその結果が隊商だけでなく付近の街を壊滅させる結果を生み出している。


(何千人も関係ない人々が死んだというのにこの女はなぜこうも平気でいられるんだ?)


 女に対し、嫌悪感を抱きつつも彼女は女の指示に従い部屋を後にする。

 その後、部屋から一晩中卑猥な声が聞こえ、次の日には自信に満ちた生き生きとした表情で仕事に打ち込むゴラーダの姿があった。 


◇◆◇◆◇


「御免なさい、許してください」


 床の上に正座し、涙混じりに反省文を書き続けるニヒル。 彼の顔や体はニアの引っかき傷だらけとなっていることから彼女の怒りのレベルを伺い知ることが出来る。

 

「この程度で許すと思ってるの?」

「ひ!?」


 妻の怒りに恐れおののき、頭を地面にこすり付けて許しを請うニヒル。

 結局彼はこの日、そのまま床の上で眠らされることになり翌日にはゲッソリした顔で出勤することになり、毎日お昼に食べている愛妻弁当にはいつものハート柄でなく、タクト語で「殺」の文字が刻まれた鰹節が一本添えられているだけであった。


『女は子供を生むと強くなる』


 僕はヒロトさんから教えられたこの言葉の意味を今になってようやく実感することが出来た。

 いつも姉さん達に酷い目にあわされている横で微笑ましく眺めていた僕が同じ立場に陥るとは。 ニアがあそこまで嫉妬深かったことに恐怖を覚えてしまう。 ヒロトさんはそんな恐怖を秘めた姉さん達とよく付き合えるものだ。 つくづく彼の凄さを実感してしまう。


 痛みの残る体であったが、愛妻弁当(?)である鰹節をかじりながらニヒルは自伝を書き続ける。 因みに彼はヒロトがフィリアに話した内容は最後まで教えてもらえなかったため、あの夜何があったのかは知らず、自伝書にも記載していない。 しかし、彼の記述によるとそれ以来、二人が仲睦まじく過ごすようになった事から何らかの協定が結ばれたのではないかと推測している。 


 後にこの夜のことはフィリアの人生の中で最大の大勝負であり、その結果彼女は賭けに勝ち、多大な名誉と地位を築くことに繋がったと多くの人々は認識することになる。 

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