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第10話 襲撃者

○3年前 イーストノウス 王立孤児院


「話が違う、何であの子達まで奴隷として売るんですか!!」


 屈強な兵隊を後ろに従えた役人に一人の少女が怒鳴っている。


「仕方が無いのだ、先の大戦以降、この国の財政状態は最早壊滅的だ。 今までタダで衣食住と教育を受けさせてもらえただけ有難く思え」

「先代の国王の御心を踏みにじるつもりですか!!」

「その先代は今やこの世にはいない、今は王女の時代だ」

「その王女を利用して不正を行っているあなた達の言う言葉ですか!!」

「うるさい!!」

「きゃ!?」


 役人は少女を手で払いのけると傍にいた兵士に「連れて行け」と命じる。


「この人でなし!!」


 泣き喚く少女を尻目に役人はハンカチで手を拭うと「ゴミが」と吐き捨てる。

 先の大戦以降、この国は定期的に奴隷を献上する定めになり、国は一般家庭から強引に徴用できなくなってきたのを機に孤児院の孤児達を奴隷として出すことにしたのだ。 

 しかし、中には私服を肥やすことに熱心な輩も多く、この役人も例に漏れず本来の人数から更に上乗せをすることで奴隷商人から多額のマージンを受け取っていたのである。



「御免なさい......」


 奴隷商の率いる隊商の馬車の中で、先程役人に食って掛かった少女が自分の妹分に当たる子供達に謝罪する。 奴隷として売られることが決まって以降、馬車に乗り込まされた子供達の表情は冴えない。


「カルラお姉ちゃんがあやまる事は無いよ」


 一人の黒髪の少女が励ましの声をかける。


「リリア、ありがとう」


 カルラはリリアの体をそっと抱きしめ、頭を撫でる。 二人が出会ったのは3年程前、戦災孤児として孤児院にリリアが来たことがきっかけで、当初は無口で他の子供達とは距離を置いてたのだが、一番年上であったカルラが姉代わりに面倒を見たおかげで今では姉妹同然の仲となっている。 しかし、戦後の財政難と奴隷の供給条約の影響で、本来ならばカルラを含む数人が奴隷として売られる筈だったが、担当役人の私欲によって全員が売られてしまったのである。


「お姉ちゃん、みんなで歌わない?」

「え?」


 突然のリリアの言葉にカルラは動揺してしまうも「みんなと一緒にいるこの時間を大事にしようよ」と言う言葉に我に返り、「じゃあ「森の子守唄」を歌おうか」と言って歌い始める。 その歌は孤児院でよく歌われている歌であり、彼女達の歌声につられて他の子供達も歌い始める。 賑やかな歌詞であったが時折子供達の声が詰まったり、涙声が混じるなど決して晴れやかなものではなかったが、お互いが仲間でいられる最後の時を無駄にすることなく歌い続ける。

 馬車から聞こえる歌声は外で護衛に当たる傭兵達の耳にも聞こえ、中には目から涙をこぼす者もいた。


「あんな子供まで売るなんて......」

「へ、何だか悲しくなってきたぜ」


 涙を流す二人の傭兵。 彼らもまた、幼い子供を持つ父親でもあった。


「戦争が終わって稼ぎが少なくなったからこんな仕事をする羽目になったが、気分の良いもんじゃねえな」

「全くだ、俺もこの仕事が終わったら農業でもやるさ」

「そうか、じゃあそん時は俺も誘ってくれ」


 二人がそんな会話を繰り広げていると突然、目の前にいた傭兵が矢を受けて倒れてしまう。


「て、敵襲!!」


 誰かがそう叫んだ瞬間、無数の矢が空から降り注ぎ、傭兵や商人達が次々と餌食になってしまう。 二人の傭兵は何とか矢を盾で防ぎながら馬車の下へ潜り込む。


「こんな時に襲撃なんて」

「ついてねえぜ!!」


 己の不運を呪いながらも二人は馬車の下から周りを見ると矢の雨は降り止み、同じように物陰に隠れて生き残った人間達が這い出てきたところを盗賊らしき男達が殺していく光景があった。


「ち、奴等この馬車の積荷が目的みたいだ」

「まずいな、早く逃げ出さないと」


 男の一人が盗賊に見つからないように馬車から出ようとする。


しかし......


「おい! 何やってるんだ!!」


 男が怒鳴りつけるのもお構い無しに、相方は馬車のドアを開けて子供達を逃がそうとする。


「このまま見過ごすわけにいかねえ!!」

「死にたいのか!?」


 盗賊の一人が男を見つけ、斬りかかろうとする。


「くそ!!」


 先程まで逃げようとしていた男は、相方を助けるために盗賊の剣を受け流した後、頭突きをして相手をふらつかせた隙を見て斬り殺す。

 

「早くしろ!!」


 盗賊達が集まってくる中、男は必死で戦いつつも相方のために時間を作る。


「よし、開いた!!」


ガチャ


 ドアが開き、中にいた20人程の子供達に相方は「早く逃げろ!!」と声をかける。 子供達は状況が飲み込めなかったものの、再び出た彼の言葉に我に返り、一人ずつ馬車から降りて年上の子供に先導される形で林の中へと逃げ去る。


「早くしろ!!」

「あ、ありがとう」


 子供達を助けようとしている男にリリアと共に最後に出たカルラがお礼の言葉をかける。


「礼は良いから早く逃げな。 おい、終わったぞ!!」

「......」


ガク


 相方は盗賊の攻撃を引きつけてくれた男に声をかけるも彼は無言でその場で倒れてしまう。 体中傷だらけで、辺りには血が流れ出ており、相方は瞬時に彼の命が果ててしまったことを悟ってしまう。


「くそ!!」

「そんな......」

「お、お姉ちゃん」


 一人の男が仲間と子供達を守るために死んだ。 執念からか死しても尚、彼の手にはボロボロの剣がしっかり握られていた。 厄介な相手がいなくなったためか、盗賊達は戦いの戦果を得ようとジワジワと3人の元へ近付いてくる。


「お前等、先に行け!!」

「でも」


 カルラは一瞬躊躇してしまうも「あいつの死を無駄にするんじゃねえ」と言う相方の言葉を受けて、リリアの手を引き、子供達の逃げ込んだ林の中へと走り去っていく。


「行ったか」


 二人の姿を見送った後、彼は仕事に出発する前に娘から貰った首飾りを握り、「帰れなくなったよ、ごめんな」と呟くと同時に掛け声を上げて盗賊達に突っ込んで行く。 その後、彼は盗賊達に斬り付けられ、無数の矢を受けても剣を離さず、剣が折れてしまった最後は相手の喉下に噛み付いて息絶えたという。


「急いで!」

「うん」


 幼いリリアの手を引きつつカルラは宛ての無い林の中を走り回る。 しかし、先に行った子供達の姿も見つからず、幼いリリアが一緒であったことも災いして一人の盗賊に見つかってしまう。


「へへへ、とんだ邪魔が入ったが逃がさないぜ」


 盗賊はリリアの体を掴もうとするもカルラが後ろに隠す。 そのまま二人はジリジリと後ろに下がるも気付けば滝の傍へと追い詰められていた。 


「もう逃げられないぞ」

「......」


 追い詰められた二人。 最早盗賊に捕まるしかないと思われるが、カルラはリリアの体を抱き寄せると同時に「行くよ」と言ってそのまま滝へと飛び降り、滝壺の中へと落ちていった。


「嘘だろ!?」


 盗賊が身を乗り出し、二人が飛び降りた先をさがすも激しい濁流であったために見つからなかった。


「んんん!?」

「ゴボゴボ!?」


 激しい濁流に飲まれ、二人の体は水流によって激しく振り回されている。


(もう、ダメかも......)

(お、お姉ちゃん)


 二人の思いもむなしく意識を失うと同時にお互いの体が離れてしまい、そのまま流されていった。



○現在 シティ 路地裏


「ぎゃあ!?」

「気をつけろ、奴等の武器には毒が塗ってあるぞ!」


 女はそう言いつつ暗部の一人に刃を刺したままの状態で、持ち手のトリガーを押すと刃の部分が抜け、再び腰に持っていくと「カチ!」っと装着音が鳴ると同時に新しい刃を持ち手に装着する。


「く!?」


 リリアが後ろにいるためかカルラは一人の暗部を相手に苦戦していた。


「「ぎゃ!?」」



 カルラの苦戦ぶりを振り返ることなく、女は両手の剣で一気に二人の体を突き刺すと再び刃を捨てて、持ち手だけを腰に持っていく。


「下手にその剣で相手の刃を受けるんじゃない!!」


 女はそう言うと今度は短い刃を装着して持ち手ごと投げナイフを持つ二人の暗部に投げつける。


「く!」

「つう!」


 浅く刺さったため、二人を仕留めることが出来ていなかったがその武器に細い糸が伸びていた。


「イーグニス!!」


ボン!!

「「ぎゃあ!?」」


 それは火魔法の一種で本来ならライターのようにしか使えない詠唱であったが、女が呟くと同時に先程刺された二人の体が爆発する。 その姿に驚き、他の暗部の者達は一瞬動きが止まってしまう。


「暗部の癖に油断するな!!」


 その言葉と同時に女は仕込みナイフで残りの一人の首を切り裂き、最後の一人の首を足で絡ませると同時にゴキ!!っという音と共にへし折る。 


「す、すごい!!」


 残酷で恐ろしい光景であったがリリアは彼女の戦いぶりに憧れの目で見入ってしまう。 それほど彼女の戦いぶりは鮮やかで、その動きは先日の社交界で見たダンスのステップのようであった。

 全ての暗部を倒すと女は「ふう~、久しぶりに良い運動になったな」と言いながら肩を回しつつリリア達の元へ歩み寄る。


「あれだけの人数を一人で倒してしまうなんて」


 暗部の一人を何とか倒したカルラであったが、女はその間に7人も始末していたことに驚きを隠せなかった。


「じゃあ詳しい訳を話してもらおうか?」


 女はそう言うと頭を覆っていたフードを取る。 フードから露になった彼女の顔は黒い瞳を持ち、紺色のショートヘアの頭には狼のような耳があった。


「人狼族だったのか!!」


 カルラが驚くのも無理は無く、彼女はエルフやドワーフといった亜人と呼ばれる種族の中で非常に高い戦闘能力を持つ種族であった。


「お前も人にしては中々良い太刀筋だったぞ、まだ修行不足だがな」

 

 女はそう言うと付近を見回し、他に敵がいないことを確認すると更に口を開く。


「アミだ、一応お前を追ってこの街に来たのだがこれはどういうことかな?」

「......助けてもらった手前話さない訳にはいかないな」 

「カルラ!!」


 命を救ってもらった義理もあったためカルラは自身の目的について話し始める。



○商事ギルド 5F ヒロトの部屋


「まさかアミがこの街に来てたなんてなあ」

「近年多発している奴隷商殺しの犯人を追ってたんだ」


 室内にはベッドの上に座らされたリリアとカルラを取り囲むかのようにヒロトとアミ、ニアがおり、アミの口から今回のことの詳細が説明されている。 因みにニヒルは御曹司達の接待があるためこの場にはいない。


「お前が奴隷商達を殺したのか?」

「違う、私は単純に組織の命令でこの娘を探していただけなの」

「だからって誘拐犯の真似事をする必要も無かろうに」


 カルラの言葉にアミは呆れながらため息をつく。


「だ、だって奴隷として売られていたって聞いたから」

「そんな酷い扱いはしてないわよ!」


 カルラの手によって気絶させられたニアが突っ込む。 その言葉を受けてカルラは身を縮込ませてしまう。


「御免なさい、カルラは昔から思い込みの激しいところがあるんです」


 かつて姉妹のような仲で孤児院で過ごしてきたリリアがフォローするも二アの怒りは収まりそうに無かった。 自分を巻き込んだだけでなく、リリアを危険な目にあわせたカルラを彼女は許せなかったのだ。


「んで君の所属する組織ってのは何かな? 俺としては何でその組織がリリアを必要としてるのかも知りたいんだけど」

「......」

「言えないのか!!」

「ひ!?」


 アミの怒鳴り声にカルラは驚き、ベッドの上から転げ落ちてしまう。

 アミはかつてヒロトと同じチームに所属しており、チーム内最強の格闘術を持っているだけあって暗部達の襲撃を難なく撃退してしまう光景を見てしまったカルラは内心では彼女に対する恐怖心を抱いていたのだ。


「わ、分かりました、話します!!」


 アミの脅しに負け、カルラは重い口を開き、ことの詳細を話し始める。

 彼女の所属する組織は小さいながらも大陸各地に支部があり、イーストノウスから徴用された奴隷解放を主目的とし、各地の奴隷商人から奴隷達を解放していたのである。

 又、イーストノウス出身者だけでなく、盗賊などに拐われた子供達を使った違法な奴隷取引に対する制裁行為も行っており、解放された奴隷達は組織で働くか親元に返すなどしている。


「リリアに関しては上層部から救出命令が着たのでこうしてこの街に潜入したんですが、まさかあんなに敵がいたなんて」

「連中は恐らくどこかの国の暗部で長年、草としてこの街に潜んでいたんだろう」

「て、ことは2年以上前からこの街に潜んでいたって訳か。 貴重な諜報員でもある彼らをこんな形で使うとはよっぽどカルラの組織に恨みがある連中かもな」


 カルラの言葉にアミとヒロトはお互いの考えを口にする。 実際のところ、フィリアが商事ギルド会長になって以降、昔と違って各国がこの街に諜報員を送り込むことは難しくなっている現状があったため、何年も潜ませていた諜報員をカルラに使うことに二人は疑問に感じていたからだ。


「私はただ、この娘が不憫の思いをしてると思って行動してたんです」

「お願いします、彼女を許してあげてください!!」


 カルラを必死で庇うリリアの行動にヒロトを頭を掻きながら「どうする?」とアミに問いかける。


「私の任務は奴隷商人を殺した連中の組織を調査することだが、こいつは違うかもしれん」

「そうなのか?」

「こいつの実力はせいぜいBランクだ。 今回の依頼の対象ではないな」

「む!?」


 アミに馬鹿にされ、カルラはムッとしてしまう。 そんな彼女を気にせず、アミは落ち着いた口調でこの街に戻った理由を静かに語り始める。

 ことの始まりは半年前、イーストサウスで一人の奴隷商人が首を落とされた状態で発見されたことに始まる。 商品である奴隷達の姿が無いことから当初は取引先とのトラブルが原因かと考えられたのだがその後、立て続けに3人もの犠牲者が出たことから事態を重く見た奴隷商組合が、傭兵ギルドに事件の究明と犯人の始末を依頼する。

 しかし、それは当初Bランクの依頼として出されたのだが、次々と行方不明になるか返り討ちにあっており、ことの重大性に気付いた傭兵ギルド会長は直々にAランクの傭兵5名に討伐を依頼するも1名を残して壊滅したという。


「やられた奴の中には私の知っている奴もいた。 奴ほど腕のある者がやられたとなると敵は只者ではない」

「生き残った奴から何か聞けたのか?」

「片腕を切り落とされた挙句に川に落ちて何とか生き残った奴だが、深手を負っていたために治療の甲斐なく、最後に「敵は一人だったが奴は死神だった」と言い残してそのまま息を引き取った」

「マジかよ」


 アミの言葉に一同の背筋が凍りつく感覚に襲われてしまう。


「腕利きの連中が軒並みやられたので会長は私に対して犯人の調査を依頼し、私は先程の傭兵達の残した調査記録を元にこの街に来た訳だ」

「だからって一人で来るなよ」


 ヒロトの言葉に彼女は「一緒に来たがる奴がいなかったからしょうがない」と答える。 

 

「じゃあ先程の連中は私を狙ったのではないのか?」

「恐らく事態を重く見たイーストノウスが討伐命令を出したんだろう。 まあ、私かお前をその犯人と間違えて襲ってきた連中だから同情できんがな」


 アミはカルラにそう言い残すと黙って腕を組んで壁にもたれる。 彼女との付き合いのあったヒロトはその反応を見て、彼女の知っていることはここまでであることを悟る。


「取り合えず、フィリアとエルシャも呼ぶか」


 ヒロトの言葉にニアとリリアの口から「しまった!」と声が漏れる。 そう、フィリアはエルシャと共に自警隊に身柄を拘束されたままだったのである。



○自警隊 詰め所


「参ったな」


 ヒロトがそう呟く目の前には向かい合う形で別々の牢に収容されている二人の姿があった。 二人とも今は奥で寝ているが、自警隊員の話だと先程までずっとお互いを罵倒し合っていたとのことだ。


「一緒にするとケンカが絶えないんで別々にしました」


 牢を管理する隊員はそう呟くとヒロトの手に牢の鍵を渡す。


「ちょ!? 俺が開けるのか?」

「だって怖いんですもん」


 悪気無く話す彼の言葉にヒロトは苦虫をすり潰したような顔になる。


「どうしようか......」


 どちらの牢を先に開けるのか悩んでしまうヒロト。 どちらを選んでも後々面倒なことになるのは目に見えている。


「なあ、パイナップルと桃、どっちが良いと思う?」

「何言ってんですか!?」


 フィリアをパイナップル、エルシャを桃に例えて傍にいた隊員に聞いてみるも呆れられてしまう。


「体の愛称はパイナップルが断然良いけど桃の魅力も捨てがたいんだよなあ」


 この男、肉体的な相性で開ける相手を選ぼうとしている。 そんな独り言が聞こえてるのかエルシャの耳がピクピク動き、フィリアが歯を食いしばっていることにヒロトは気付いていない。


「よし、こうしよう!!」

「......あのう、止めた方が良いと思いますが」


 隊員の制止する声に構わず、ヒロトは両手を目一杯伸ばして二人の入っている牢屋の鍵穴に鍵を同時に入れる。


ガチャ


 上手く同時に開ける事に成功し、牢屋の扉が開かれる。


「君達の不満は十分に分かった、だけど今は緊急事態だ。 ここは一時休戦としないか」


 ヒロトの言葉に反応してか二人はゆっくりと起き上がり、牢屋の中から姿を現す。 二人とも黙っており、彼の傍によると同時に声を上げる。


「「ふざけんな!!!!」」


バキ!!


「ふぎゃあ!?」


 ヒロトは二人から同時に顔面パンチをくらい、そのまま床の上に倒され「こんな男に純潔を捧げたなんて!!」「私は君の性奴隷じゃないのよ!!」と言いながら涙を流す二人から殴打されたり、ベキベキと関節技を食らうなど隊員が止めようとするのを躊躇うほどの暴力を受けてしまう。


「お、お助け~」

「私の純潔を返せ!!」

「私もよ!!」


 結局、この光景は隊員が応援の人員を呼んでくるまで続き、ヒロトは痣だらけの顔で二人を連れて商事ギルドに戻って来たために、アミから「まだ敵が残っていたのか!!」と勘違いされてしまうのであった。


○その日の夜 工作室


 結局フィリアの判断で今回の件は明日、総督と相談して周辺国との外交状態を考慮する上で穏便に済ませることにし、カルラはリリアと一緒に眠りにつき、他の一同はそれぞれの部屋に戻っている。


「今までどうしてたんだ? たまに手紙が来たと思ったら「装備の補充を頼む」だけだし」


 アミの武器の手入れをしつつヒロトは口を開く。


「すまない、何かと忙しくて」

「俺達は同じ仲間なんだから色々相談して良いんだぞ」


 その言葉にアミは「分かった」としか答えない。


「はあ~全く、相変わらず愛想が無いよなあ」


 アミの変わらぬ態度にヒロトは少し安堵を覚える。 しかし、アミの方はそうでもなかったようでヒロトの背中を眺めつつもどこかせわしない感じがする。


「ヒロト」

「ん?」

「その......あの二人とは何があったんだ?」

「あ~なんつうかフィリアにエルシャと浮気してたのがバレた」

「な!?」


 思わぬ言葉にアミは言葉を失ってしまう。


「笑ってくれよ、今までフィリアを一途に愛してきたわけなんだけど会長になって以降、あんまり関係を持たなくなったこととエルシャが誘惑してきたもんだから二股しちゃったんだ」


 ヒロトはミアにことの詳細を話し始める。


 きっかけは一年前、改革の忙しさが一段落した時にエルシャから大学の敷地内で荒れ放題になっている広場があるから整備を手伝って欲しいと頼まれたことから始まる。

 空いた時間や週末を利用して彼女の故郷に合わせてせっせと作業した甲斐もあって、半年後には動物達が自然に集まるほどの立派なものが出来あがる。 完成した広場にエルシャは満足し、ヒロトにお礼の言葉を述べると同時に彼の唇を奪い、そのまま行為に及んでしまったのである。


「あいつ、70年近く生きてて俺が初めての相手なんて信じられないよ」

「そ、そうか......」

「始めの頃は自分で遊びだって言っておきながら今更本気になってんだぜ」

「う、うむ......」

「フィリアも嫉妬深いし俺どうすりゃいいんだろう」

「......」


 アミも一応、一人の女性である。 ヒロトの卑猥な愚痴にいつまでも耐えれる訳ではない。


「しかも、浮気がバレた日にエルシャと一緒に一晩中フィリアに奉公する羽目になってからエルシャが変な趣味に目覚めちまうし」

「二人と同時にか!?」


 余りにも常識はずれな発言にアミは声を上げてヒロトの襟を掴んでしまう。


「お前、何やってんだ!!」

「く、苦しい......」

「乙女の純情を踏みつけるとは実にけしからん!!」

「関係ないだろ?」

「いいや、私にはお前を矯正する必要がある!!」


 ギリギリとヒロトの首を締め付けるアミ。 普段は周囲の人間にクールに接してくる彼女であったが、これは彼女らしくない行為であった。


「わ、私がどんな思いでこの街を離れたのかお前に教えてやる!!」

「だ、だから、何でだ!?」


 首を締め付けられたことにより意識を失い始めるヒロト、そんな彼の命運を救ったのは皮肉にも望まれない侵入者であった。


ガシャアアアン!!


「なんだ!?」

「グエ!!」


 窓ガラスが割れる音が聞こえ、アミは思わずヒロトの体を手放してしまう。


「はあ、はあ......と、隣の部屋だ」

「リリア!!」


 息を切らすヒロトを放っておき、アミが慌てて隣の部屋に行くと目の前にリリアを背中で庇いつつ侵入者に剣を向けるカルラの姿があった。


「カルラ、リリアを連れて離れろ!!」


 アミはそう叫ぶと同時に侵入者に飛び掛る。


しかし......


「グア!?」


 侵入者はアミの攻撃をかわすと同時に彼女の腹部に蹴りを入て壁に叩きつける。


「おええええ、く、くそお!!」


 激しい吐き気を我慢しつつ彼女はすぐさま体勢を立て直し、剣を杖にして何とか立ち上がる。


「アミさん!!」


 リリアの言葉に対し、彼女はこう呟く。


「気をつけろ!! この匂い、ヴァンパイアだ!!」

「な!?」


 その言葉を合図に侵入者はフードを脱ぎ捨て、全身を露にする。


「女!?」


 カルラがそう呟くのも当然で一同の目の前には白色の長い髪を垂らし、白い肌を持つ美しい女性の姿があった。 まだ10代後半に見える彼女の赤い瞳には明らかにこちらに対する殺意を見せている。


「女だからって油断するな!! 奴は私の部隊を壊滅させたんだからな」

「なんだって!?」


 この世界におけるヴァンパイアとは、かつて人類と魔族の戦いの折に魔賊軍のトップに君臨する最強の魔族である。 500年前の統一戦争の終結と同時に大陸から姿を消した筈だが、7年前のイーストノウス戦争の前線で再び存在が確認され、たった一人で1個大隊を壊滅させたことが確認されている。 アミはその中の数少ない生き残りの一人なのだ。


「早く逃げろ!!」


 必死で叫ぶアミであったが、赤い瞳に睨まれたためかリリアはガタガタ震えて動けなかった。 そんな彼女の気持ちを感じ取ってかカルラは剣を強く握り締めると同時に叫ぶ。


「もう絶対にこの子を離さない!!」


 アミでさえ勝つことの出来ない相手であるが彼女は命を懸けてでもリリアを守る決意を固めている。 彼女の決意はあの時、命がけで自分達を逃がしてくれた二人の傭兵達と同じ物であった。



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