プロローグ 異なる世界から来た男
話の流れとして物足りなさがあったので投稿しました......
○三年前 日本 某地方都市
都心から離れ、関東地方の内陸部に位置するこの街に今回の物語の主人公となる男の勤める会社があった。
有限会社「中村工務店」、従業員八名の小さな会社であり、大手企業の下請けをする傍ら簡単な電気工事や内装までも請け負うことから近年、売り上げを伸ばし始めている零細企業である。
冬の終わりの見えてきた暖かな日差しのこの日、会社の前でトラックに荷物を積み込んでいる一人の従業員の姿があった。
「お~い!これも持って行ってくれ!!」
「社長、積み込み過ぎですよ」
「仕方がないだろ、さっき電話で今日中に取り付けてくれって連絡が入ったんだよ」
「こんなに積んだ状態で警察に見つかったらヤバいっすよ!!」
社長と呼ばれた男は従業員の言葉などお構いなしに強引に荷物を積み込む。
「どうせ片道15分の間だけだから大丈夫だろ」
「バレなきゃ良いって訳ですか......」
社長の言葉に従業員は思わず溜め息をついてしまう。 彼が運転する予定の中型トラックには普段から積んでいる溶接用ボンベに小型電気溶接機、ミニ旋盤や各種電動工具の他に今回の依頼先で使う予定の資材や発電機用ガソリンタンクが積み込まれ、極めつけは社長が強引に載せた太陽光発電のパネルが載せられており、最早様々な法律を無視した状態であった。
「今回の依頼先が急に工事を早めてくれって言ってきてな、何でも市長が急遽視察に来ることになったらしい」
「老人ホームにですか? どうせ選挙前のアピールでしょ」
「そう僻むな、この仕事がうまくいけば建設予定の他の施設の仕事をうちに廻してもらう話だしな」
「まあ、不渡りする可能性が無いだけマシですしね」
「そういうこった。 君には期待してるから」
社長はそう言いながら従業員の肩をポンポン叩き、「行ってこい!」と伝える。
「ハア~期待されるのは良いことだけど人使いが荒いよ」
溜め息混じりに従業員は車に乗り込むとエンジンをかけて依頼先に向けて出発する。
しかし、この姿を最後に彼は戻ってくることは無かった......
○トラックの車中
『本日はお日柄も良く、全国的に晴れの予報なので久しぶりのお洗濯日和です』
依頼先に向かう間、俺は気を紛らわすためにラジオを聞きながら運転していた。
「雨が降らないだけマシか」
当たり障りの無い天気予報を聞きつつ俺は独り言を呟いてしまう。
長い不況の中、うちの会社は今までの大手企業の下請け専門からいち早く脱し、同じ様な零細企業や福祉関連業界、一般家庭から独自に依頼を請け負うことでなんとか凌いできた。
仕事内容も外注を減らすために、従業員には多才な技量を求めているため、結果的に俺のような人間が重宝されている訳だ。
「だからって人使いが荒すぎるぜ」
先週はキャンプ場で竈作り、三日前は非常階段の手すりの溶接、二日前は廃材を利用した本棚の製作、昨日は工場の水道蛇口の増設、今日に至っては災害時の対策に使う太陽光発電用のソーラーパネルの設置だ。 最早、自分が何屋さんなのか分からなくなってしまう。
地元の工業高校を卒業後、倒産や人間関係の悪化、事故などで様々な職を転々とした結果、俺は恐ろしい程に多種多様な技量をつけてしまった。
今の会社は勤めて二年程になるが俺の技量を高く買ってくれる反面、数々の厄介ごとを押し付けてくるので正直言ってウンザリしてきている。
「この10年でそれなりに人脈を作ってこれたからそろそろ独立するかな」
顧客である老人ホームに向かう道中で俺はふと独り言を呟いてしまう。
しかし、この言葉を口にした直後、俺の周りは突然闇に包まれてしまった......
「な、なんだ!?」
驚きの声を口にする俺であったが、先程まで天気予報を放送していたラジオから奇妙な雑音が入ってきた。
『ガ、ガ......わ......れの......も......』
「うわ!?」
キキィ!!
俺は恐ろしさの余り勢い良くブレーキを踏んで車を止めてしまう。
『い......られ......』
「何なんだよ!?」
生まれて初めて体験する恐怖に直面し、それ以外の言葉が出なくなっていた。
『い......ざま......いら......れよ......』
「うわ!?」
ラジオから奇妙な声が途絶えた瞬間、俺の視界は眩い光に包まれ、そのまま意識を失ってしまった。
○異世界 中央大陸北東部
「こ、ここは?」
ラジオの雑音に起こされ、俺は周りを見渡すと先程まで通っていた舗装されていた道路は無くなっており、見知らぬ林の中に取り残されていることに気付いてしまう。
「さっきのは何だったんだ?」
現在位置を確認するためにスマートフォンを取り出すも電波が全く入らないため地図アプリは使えず、通話さえも出来なかった。
「ラジオもダメか」
いくらチャンネルを合わせても雑音しか入らず、先程の声すら聞こえてこない。
「とりあえず、この道は見た感じ人の手が加えられているみたいだからこのまま進んでみるか」
突然、知らない場所に取り残された訳だがこの時の俺は不思議と落ち着いており、冷静に此までの状況を整理することが出来ていた。
「俺が気絶していた時間はたったの5分程度、その間に車が走ってたとしてもこの光景はあり得ないな」
いくら進めども見慣れた道路や標識は見当たらず、山間を見ても鉄塔すら見当たらなかった。
「あ、あれは何だ?」
道端に50センチ程の高さの石柱があったので俺は車を止めて調べて見ることにした。
「......なんだこれ?」
古来から人々がよく使う道には一定区間ごとに標識が置かれることが多く、この石柱も恐らくその目的で設置されたようだ。 しかし、これには距離を表すであろう記号があったのだが、見たこともない文字であったため全く読めなかった。
「もしかして神隠しにあったかもしれん」
俺はふと、祖母が生前に話してくれた神隠しの話を思い出してしまう。
祖母が幼い頃に聞いた話で、祖母の母が友人と共に山に山菜を取りに行った際に目の前で友人の姿が消えてしまったのだという。 村人総出で山を捜索したものの友人は見つからず、結局村に昔から伝わる天狗に攫われたことになってしまったそうだ。
最初、俺はその話を迷信と思っていたのだがある職場で同僚と山に入った際、目を離した隙に同僚の姿が消えてしまったことがあったのだ。 持っていたはずの無線機にいくら呼びかけても反応は無く、山岳救助隊や地元の消防団による合同捜索隊による賢明な捜索もむなしく、同僚の痕跡は全く発見されずに捜索は打ち切られてしまった。
「まさか神隠しの正体が異世界にトリップしてしまうことだったなんて」
だとするとこの世界に俺の知る人間のような存在はいるのだろうか? ド○クエみたいに急にモンスターが現れても戦える気がしないのだが......
スライムとか車で轢いたらどうなるんだろうか?
「とりあえずこのまま進んでみるか。 この世界の移動手段が馬車とかならこの先に必ず休憩のための集落がある筈だ」
俺は再び車に乗って前方へと走らせる。 一応動物好きなので時折止まっては周囲を双眼鏡で探索してみたが驚くことに、色合いが変わっている他はこの世界の動物は地球とほとんど変わらなかったのだ。
「あれは鷲に似ているな」
小高い丘の上で俺はバードウォッチングと洒落込んで双眼鏡片手に手元のノートで見つけた鳥や動物の生態系を観察している。
「鶴? なんか違うような...... て、ありゃ朱鷺じゃねえか!?」
見知らぬ世界に来てしまったというのに俺は思わぬ発見にドキドキしてあちこちを見回していた。
環境破壊で多くの生物が絶滅してしまった地球と違い、この世界は自然が豊富で空気も良く、多くの動物達が伸び伸びと暮らす光景を眺めていると暮らす分には悪くないかもしれない。
「そろそろ暗くなりそうだから出発するかな」
俺はそう思い、これから進む先の道を双眼鏡で眺めているとこちらに向かう隊商らしき集団を発見してしまう。
「馬車? 乗っている奴は人間みたいだけど周りにいる護衛らしき奴等の装備は随分古臭いなあ」
視線の先には5台の荷馬車があり、周りには十数人程の馬に乗った護衛の姿があった。
「俺と同じ人間のようだから彼等に聞けば何か分かるかな?」
しばらく隊商の姿を眺めていると、不意に彼らの周りの林の中から異形の集団が現われてきた。 その集団の姿は人間とはとはかけ離れた姿をしており、俺の記憶から例えるとゴブリンによく似た姿をしていて手にはそれぞれ、剣や槍、棍棒などを持っていた。
「何だアレは!?」
俺が驚くのもお構い無しにゴブリン共は迎撃体制をとる隊商達に一斉に襲い掛かり、辺りに悲鳴の声が響き始める。 護衛達は必死で反撃をするも如何せん人数が足りず、一人、また一人と倒されていき、辺りは血で真っ赤に染まり始める。 護衛の数が減ると同時にゴブリン達は荷馬車の中にいた卸者にまで手をかけ始めてきた。
「こうしちゃおれん!!」
俺は急いで車に乗り込むと隊商の列に向かって車を走らせた。
○商事ギルド 食料支援隊
戦争の影響で荒廃し、深刻な食糧不足に見舞われた人々を救うために組織されたこの隊商は今や地獄の光景に見舞われていた。 突然ゴブリンの集団に襲われ、護衛は次々と殺され荷馬車にいた人々も次々と餌食になっていたのである。
「早く逃げるのよ!!」
「でも、この食料を待っている人達が!!」
「あきらめなさい!!」
何とか荷馬車を進ませようとした弟を引き止め、姉は彼の手を引いてゴブリンの集団から脱出しようとする。
「じゃまね」
彼女は長いスカートのすそを破り捨て白い肌の生足を露にするが、恥ずかしさもお構い無しに足早に殺戮の宴が繰り広げられている現場を潜り抜けようとする。 時折、そばで血しぶきが飛び交い、助けを求める声がするのだが彼女は弟と共に何とか窮地を脱出しようと必死に足掻いていた。
しかし......
「姉さん、危ない!!」
「きゃ!?」
突然、一匹のゴブリンに右足の太ももを斬りつけられ、姉はその場で倒れこんでしまう。
「よくも姉さんを!!」
弟は持っていた剣をゴブリンの胸に突き刺し、そのまま蹴り飛ばしてしまう。
「姉さん!!」
「わ、私のことはいいから......」
「嫌だ!!」
弟は何とか姉を起こそうとするも、彼の後ろには殺戮の宴が足りなかったのか血に塗れた武器を手に持つ複数のゴブリンの姿があった。
「姉さんはやらせない!!」
弟は両手で姉をかばい、殺気のこもった視線でゴブリン達を睨みつけるも奴等はジリジリ二人に迫ってきた。
(もう駄目かもしれない)
弟と違い、出血のため意識の遠のき始めた姉は頭の中で死を覚悟し始める。
「今まで有難うね......」
「姉さん!?」
蝋燭の炎が掻き消えるかのごとく、姉弟の命の炎が消えようとしていた。
「ちくしょう!!」
弱々しくなった姉の言葉に弟は自身の無力さを悟り、自らの運命を呪うかのごとく声を張り上げる。 走馬灯のように駆け巡る今までの思い出、姉と共に追いかけてきた夢、今それらが全てこの醜い魔物どもに踏み潰されてしまうことに彼は神への憎しみを抱き始めていた。
しかし、神は二人を見捨てていなかった。
キキイイイイ!!
バスン!!
弟の目の前に見慣れぬ異形の箱が現われ、先程の殺戮によって生まれた血の海によってスリップしたためかそれはゴブリン共をひき殺しつつ一回転して二人の目の前に止まる。
見たことも無い乗り物が現われたため、弟は一瞬何が起こったのか分からず、その場で動かなくなってしまうも中から顔を出した男の一声で我に戻る。
「早く乗れ!!」
その言葉に応じるかのように弟は男の手を借りて、怪我をして意識を失っていた姉と共に車に乗り込む。
「よし、逃げるぞ!!」
二人が乗ったのを確認すると男は車を走らせ、猛スピードで殺戮の宴が繰り広げられた現場から走り去る。
この一連の出来事は三人の命運を大きく変える結果となり、彼らの出会いがこの世界に大きな変化をもたらすことになる。