梅雨入り前の一夜物語
「ふわ〜ぁぁ」
夜行バスから降りた私は
人目も気にせず大きなあくびをもらした。
季節は五月
春が過ぎて夏に移り変わろうかと言う時期。
それほど暑くもなく過ごしやすいが、
時に10年に一度くらいの気温上昇が
起きるとネットには流れている。
5月の最大のイベントと言えば
GWが思い浮かぶだろう。
世間では11連休だ12連休だと言われているが、
飲食グループを2つ掛け持ちしている私にとって
GWなど存在せず連日朝から夜まで仕事漬けで、
日付が変わってから入浴後に就寝と言う
ブラックと呼ばれる毎日だった。
だが、そんな日々も落ち着いて、
平日に連休を取った私は夜行バスを予約して
他府県への旅行に出かけた。
そしてついさっきに帰ってきて
自宅へと向かっているわけである。
夜行バスの中で爆睡して
あくびなどしてしまったが……
「いや〜〜それにしても楽しかったな〜」
「初めて行った場所だけど
意外と快適に過ごせたな〜」
「荘厳で空気はピンと張り詰めて
心が引き締まったし」
「飛び込みで入った飲食店も
めっちゃ美味しくて
ご飯も豚汁もおかわりしちゃった」
「肉の一枚一枚が大きくて
折りたたんでも噛み切れないくらいだった」
端から見ると肉食動物が獲物を
食べてるみたいだったのかな……
「ふっ まぁいいさ」
開き直った気持ちで思い出を振り返る。
「夜にはショッピングをしたな〜」
肩にかけているショルダーバッグを
軽く持ち上げる。
「いい買い物しちゃった♫」
これに決めるまでに何店舗か見て回って
「これもいいな」「デザインいいな」
「これなら入るかな」などと
あれこれ悩みながら迷いながら
最終的にこのバッグに決めたのである。
「自分で決めた事だから後悔も悔いもない」
まだ暗い街並みを見ながら
「ふぅ」と息を吐く。
「展望台からの眺めも良かったな〜」
「夜景見るなんて随分久しぶりだったけど
やっぱり綺麗なものだね」
「椅子に座りながら夜景を眺めて
お酒でも飲めたらいい感じだったかな」
「もし自分の家でできたら……なんてね」
それが成功の一つだと言う人はいるだろうが
そうだとしても私には関係ない。
自分の家で夜景を眺めながら飲めたとしても
私にはそれが成功だなんて思わない。
自分で築いたものには違いないが、
成功したなんて思って満足したら
そこで終わってしまう。
まだまだその先は果てしなく
続いているのに……
「うん、まぁ、夜景は見れたけど、
星空は見えなかったな」
「ま、それはまた次回のお楽しみで」
そんな事を考えながら地下鉄を乗り継いで
数日ぶりの我が家へとたどり着いた……
自宅に入ってようやく荷物を下ろすと
「ふぅ」と息を吐いた。
窓を開けて空気を入れ替えると、
早速ショルダーバッグから
中身を取り出していく。
着替えやタオル、歯磨き粉などを
洗濯機や所定の位置に戻していく。
洗濯機を回している間に
身軽になった私は布団に寝転んで、
今日の事を考えていく。
「ん〜まずはスーパーで
食料品買い込むでしょ?」
「冷蔵庫ほぼ空っぽだしね」
数日の旅行と言う事で冷蔵庫は
ほぼ空っぽにしてある。
今入っているのはお酒と味噌や醤油などの
発酵食品や調味料だけである。
「掃除機かけて包丁研いで〜」
「読みかけの小説もあるしな〜」
考えていくうちにだんだん楽しくなってくる。
「まぁ、まだスーパーが開くには早いし
今のうちに掃除しておくか」
そうと決めれば即行動。
テーブルをキッチンの方に持っていき、
布団やクッションをめくって
テーブルの上に置いておく。
本やゲームも一旦タンスに置いておき、
何もない状態にしてから
床に掃除機をかけていく。
障害物のなにもない状態で
掃除機をかけるのはとても気分がいい。
スキマバイトで店内の床掃除や
モップかけをすることがよくあるので、
自分の部屋の掃除などなにも苦ではなく
すぐに終わらせてしまう。
飲食店は人が食事をするための場所なので、
床掃除一つでもとても重要な仕事なのだ。
それはいずれ自分のお店を開業する事を
目指す私には至極当然で当たり前の事だ。
スキマバイトでの清掃や調理、品出しや
テーブルセッティングは全て経験や修業だ。
「さてと、こっちは綺麗になったかな♫」
部屋全面に掃除機をかけると
布団やテーブルを元に戻していく。
キッチンのスペースが空いたら、
もちろんキッチンにも掃除機をかけていく。
シンクやトイレ周りは旅行前に
掃除しているので今日はいいとしても、
キッチンは調理中に野菜クズが落ちたり
水がこぼれたりと知らずに汚れていたりする。
それに数日ぶりに家で調理するのだから、
綺麗なキッチンで作りたいと言うのが本音だ。
「……うん、これでいいかな」
掃除機をかけ終えて床を眺めて
いいだろうと自己判断する。
そして掃除機を片付けると
そのままベランダに行って、
とっくに鳴り終えていた洗濯機を開けて、
衣服やタオル靴下などを一枚一枚干していく。
全ての洗濯物を干し終えると
朝の心地よい風が吹き抜けて行き、
私は「ふふ」と微笑む。
部屋に戻りスマホを見ると
スーパーの開店時刻を過ぎており、
エコバッグに財布や鍵などの
最低限の貴重品のみを詰め込んで、
いい気分のままに部屋から飛び出した……
スーパー店内の青果コーナーで
買い物かご片手に食材を物色している。
「まずは新じゃがいも」
バラ売りの新じゃがいももあるが、
複数個使うので袋入りの
新じゃがいもをかごに入れる。
値段はそんなに変わらない。
「そして〜」
バラ売りの人参と新玉ねぎを
袋に入れてかごに入れる。
「次はキャベツにかぼちゃ」
半玉カットのキャベツと
スライスかぼちゃをかごに入れる。
「野菜はこれくらいかな」
「次は梅干し」
梅干しの販売コーナーへと向かい、
その前で足を止める。
「ん〜〜」
「しそにはちみつ…」
「まぁ、さっぱりさせたいからしそで」
企業ブランドの梅干しパックを
一つ手に取ってかごに入れる。
「しっかし種類も多いし、
値段も倍くらい違うよね」
「梅の出来なのか製法なのか分かんないけど」
「塩分濃度の違いかな」
「まぁ、白ご飯にのせて
食べるんじゃないし、
塩分濃度は高くなくていい」
一つ「うん」と頷きキムチコーナーに向かう。
「キムチも種類が多いけど、
やっぱ韓国直輸入のだよね」
「名前は分かんないけど、
唐辛子キャラが描かれているもので」
「お! 企業ブランドのキムチが
値引きされてるね」
「うん、ちゃんとキャラも描かれているし、
今回はこれにしてみよう」
キムチをかごに入れて鮮魚コーナーに向かう。
「お〜〜釜揚げしらすが大容量」
「今年はしらすが大豊漁って流れてたし」
「今日作る料理にしらすは必要だしね」
大容量パックを一つ手に取る。
「しっかし多いな〜」
「1回では使い切れないし半分に分けるか」
「よしよし」と言って、
大容量のしらすをかごに入れる。
「さてお次は〜と」
6個入りの卵のパックを手に取る。
「うん、やっぱ卵は必要だよね」
「完全栄養食と言われてるけど、
それ抜きにしても美味で
いろんな料理に使えるし彩りもよくなる」
「黄色が入るとやっぱ華やかになるよね」
今日の料理の出来栄えをイメージしながら
自然と「ふふ」と微笑む。
「さて最後はもちろんお酒〜」
アルコール販売コーナーに向かい、
ワイン売り場の前で足を止める。
迷わずに普段購入している、
大容量の紙パックの赤ワインを手に取る。
「前はボトルで買ってたんだけど、
やっぱこっちのほうが持つからね」
「まぁ、もちろん無添加の赤ワインだけど」
無添加の赤ワインの紙パックをかごに入れて、
必要な食材が揃っているか一つずつ確認する。
「うん……うん……」
買い忘れがないことを確認すると
「よし」と言ってとセルフレジに向かう。
会計を済ませてエコバッグを肩にかけて
「よし、さっさと帰って作るか!」と
やる気まんまんで自宅へと向かった……
自宅に着いた私は
真っ先に窓を開けて
空気を入れ替えてから、
早速先ほど購入した食材を
エコバッグから取り出して
テーブルに次々と置いていく。
部屋着に着替えてから
ハンドソープで手を洗って調理に取り掛かる。
フライパンを取り出して水を入れる。
「だいたい新じゃがいもが
半分浸かるくらいね」
「蓋をして中火くらいで
火をかけてふかしていく」
「その間にタッパーとザルと
ボウルを用意しておく」
新じゃがいもをふかしている間に、
今は使わない野菜たちや赤ワインを
冷蔵庫に入れていく。
布団に横になり手元の文庫本を手に取る。
小説の書き方を記した本だが、
推敲や一行空きの重要性が
面白可笑しく書かれているので
とても勉強になる。
私個人も小説投稿サイトで
連載や短編を書いているので自作を読んで
「あ〜一行空きと二行空きが
混在してるな〜」などと学びを得ている。
「うん、短編のラストはやっぱ、
余韻を残したいよね」
などと考えていると部屋に新じゃがいもの
甘い良い香りが漂ってきてキッチンに向かう。
フライパンの蓋を開けてヘラで新じゃがいもを
上から突くように押すと軽く割れる。
「うん、良し」と火を止めて
新じゃがいもをザルに移して水気を切る。
その後ボウルに移してヘラで潰していく。
「私はゴロッとしてるのが好きだから
粗めに潰すけどそこはお好みで」
「潰したらタッパーに移す」
「釜揚げしらすを加えて〜」
「やっぱ多いな」
大容量しらすの半分を加えて、
後の半分は冷蔵庫に入れておく。
「梅干しの種を取って包丁で刻んでいく」
梅干しのパックも量が多いので、
半分くらい刻んで入れていく。
「再度フライパンを火にかけて油を引く」
「卵を割り入れてスクランブルにして」
「新じゃがいもに加えていく」
「そしてマヨネーズを加えて和えていく」
「和えたら胡椒を加えて和えていく」
「最後にパセリを散らしたら完成」
「さて、お味はどうかな?」
少量をつまんで口に運ぶ。
「おぉ……」
「めっちゃいい感じ♫」
出来栄えの良さに気分のいい私は、
上機嫌でフライパンなどの洗い物を片付けて、
ポテトサラダを冷蔵庫に入れる。
「夜まで冷やしたらまた変わるのかな」
味見では上出来だがそれもまた楽しみだ。
片付けを終えた私はまた布団に横になる。
すると旅行疲れなのか自然と眠気が襲ってきて
抗えずに眠りへと落ちていった……
「…ん…」
私は寝ぼけた声と共に眠りから目覚めた。
眠く重い瞼をなんとか開けながら、
スマホのディスプレイを見ると
18時を少し過ぎていた。
「…あ〜、まぁいいか…」
布団からのそのそと起き上がり、
ベランダに干していたバスローブや
タオルなどを回収してお風呂場に向かう。
クレンジングや洗髪、身体を洗って
シャワーで洗い流した私は「ふう♫」と
すっきりしたいい気分でバスローブに
その身を包んでいた。
入浴後のスキンケアを済ませて、
部屋着に着替えると洗濯物を洗濯機に
放り込んでスイッチを押して洗濯機を回す。
その間にドライヤーで髪を乾かして
濡れているお風呂場を掃除していく。
そして洗濯終了を告げる「ピー」という
音が響くとベランダに向かって、
洗濯物を取り出してハンガーに吊るしていく。
全て干し終えると「さ〜てっと」と言って、
キッチンに向かって手を洗っていく。
冷蔵庫から必要な野菜を取り出して
一口大にカットしていく。
「人参に新玉ねぎにかぼちゃにキャベツ」
特に野菜に指定はないけれど、
年中安定して手に入る野菜を使っている。
玉ねぎは甘みが出るので必須である。
「全部カットしたら鍋に入れて炒める」
「塩を加えてさらに炒める」
するとコクが出て傷みにくくなる…らしい…
「お水を入れて〜」
「昆布出汁を入れて〜」
「沸騰するまで火にかける」
その間にグラスや食器類を準備しておく。
鍋が沸いて湯気が立ちのぼると火を止める。
部屋には出汁の良い香りが漂っていく。
最後に味噌を溶き入れて余熱で煮込んでいく。
大きめのお椀に注ぎ入れてキムチや赤ワイン、
ポテトサラダをテーブルに並べれば、
今宵のディナーのセッティング完了である。
「…ふふ」
私は自然と笑みを浮かべる。
「さて、今宵もお独りでの宴を楽しみますか」
他人との食事が嫌いな私にとって、
お酒とは自分自身と向かい合うために
必要なアイテムである。
そのため外で飲む時であっても、
独り飲み以外でお酒を飲むことはない。
「まぁ、そんなこと当たり前の事だしね」
「独り飲みすらできない、
群れないと食事すらできないなんて…」
「可哀想かなとは思うけど、
まぁ、私には関係ないしどうでもいい」
自分で作った料理が並べられた
テーブルの前まで向かって、
自分専用の玉座?に静かに着席した私は
目の前の料理たちを見てうっすらと微笑み、
軽く目を閉じて「いただきます」と
感謝を込めて静かに手を合わせた…
グラスに赤ワインを注ぎ、
目の高さまで持ち上げて軽く回す。
グラスの中で赤い液体が揺れるのを見て、
軽く微笑みグラスを口に運ぶ。
普段飲み慣れた味わいが口に広がり、
舌でゆらゆらと回していく。
飲み込んで自然と「はぁ…」と息を吐く。
「あぁ…いいね」
「無添加だからなのか純粋なぶどうの味わい」
「食品添加物っていう余計なものが
入ってないのは嬉しいね」
もう一度グラスを口に運びグラスを置く。
箸を手にしてお椀を持ち上げる。
「ふぅっふぅっ」と息を吹きかけて
少し冷ましてからお椀に直接口をつける。
熱くも優しい味が口の中に広がる。
「うんうん」
「昆布出汁の優しい味わいでほっこりするね」
「野菜だけのお味噌汁だから臭みもないし」
「お肉やお魚を使わなくても
立派な一品になるね」
キャベツを掴んで口へと運ぶ。
「あぁ〜あっまいね〜」
「シャキシャキじゃなくてクタクタだけど
より甘さが増してる気がする」
「かぼちゃも柔らかくなって
ほっくりとした食感はちゃんとあるし」
かぼちゃを掴みながら呟く。
「やっぱり煮込む前にちゃんと炒めて
火を通してるから硬くならないのかな」
そしてかぼちゃを口へと運ぶ。
「うん、そうなんだろうね」
「前に大根を炒めずに煮込んだら
少し硬かったから」
「まぁ、厚めに輪切りにして
隠し包丁入れただけだからかも
知れないけどね」
自分が食べるものだしいいんだけどね…
次は薄くいちょう切りにしてみよう…
「さて」
頭を切り替えてポテトサラダに目を移す。
「あぁ…美しいね…」
「新じゃがいもとしらすの白に梅干しの赤、
卵の黄色にパセリの緑」
色鮮やかな一品にこれは成功だと確信する。
「さて、どうかな?」
新じゃがいもと梅干しを
一緒に掴んで口へと運ぶ。
「…うんうん♫」
出来栄えの良さに音符まで付いてしまう。
「新じゃがいもが甘くてほっくりしてるし
梅干しの酸味でさっぱりするね」
「しらすの塩気もちゃんと効いてるし」
それを見越して塩を加えなかったのだ。
梅干しとしらすの塩気があるし、
そこに塩を加えると
塩分過多になるかもしれない。
「まぁ、胡椒はたっぷり効かせてあるけどね」
「それに塩気だけじゃないのよね」
新じゃがいもと卵を一緒に口へと運ぶ。
「うんうん、やっぱり」
「卵のコクと甘さが塩気や酸味と
ちょうどいい塩梅になってる」
「酸味旨味塩味苦味甘味のバランスもいい」
「この一品、飲食店開業したら
お客様に出したいな〜」
「まぁ、そのためには
もっと改良しないといけないけどね」
「人に出すなら一点突き抜けより
バランスが取れてる方がいいもんね」
「老若男女誰もが食べられる一品にしないと」
「ステーキやハンバーグなどを
ドーンと前面に出すよりかは…」
「こういった副菜や豚汁とかポトフとか
派手じゃないけど心や気持ちが
落ち着く一品を出していくようにしよっと」
将来の方向性が見えて来た時、
私の好きな音が聴こえてきた。
ザァッ……ザァッ……
「あ、降ってきた」
「そうか…もうすぐ梅雨が始まるのか…」
「嫌がる人もいるだろうけど、
自然の実りには欠かせない恵みだもんね」
「この音も気持ちを落ち着かせてくれる」
「雨の似合うお店ってのもいいかもね」
どういうコンセプトでいこうかなっと、
心地よい自然の音を聴きながら
ゆっくりと赤ワインを口に含んで、
「ふふっ」と微笑んだ……




