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目からビームが出る令嬢は優雅な魔法に憧れる

作者: mabaru
掲載日:2026/03/31

目からビームが出る令嬢の話です。

軽く読んでいただければ嬉しいです。

 クラリス・ルミエールは目からビームが出る。

 

 ちょっと何を言っているかわからないかもしれないが、本当なのだ。

 それは彼女が5歳の頃に遡る。


「クラリスお嬢様の魔力器官は眼球に集中していますね。かなり珍しい症例です。しかしこれでは、残念ですが魔法を扱うことはできないでしょう」


 クラリスが目に痛みを訴えて、何人もの医師に診てもらったところ、その全員から同じ結論がでた。

 

 クラリスは泣いた。


 目を覆う魔封じの布が涙でずっしりと重くなるほど泣いた。

 両親の魔法を見ていつか自分もこんな魔法が使いたいと思っていた。けれどその望みは絶たれてしまった。


 ——私に魔法は使えない


 貴族としての自覚が芽生え始めていた時に受け止め難いハンデを与えられ、クラリスは、しかしへこたれなかった。


(魔力は出るのだからなんとかなるのでは?!)


 と、幼さゆえの無知でもって試行錯誤を繰り返すこととなった。

 

 魔法は本来、手で「編む」もので、目でそれをしようとするなんて誰も考えない。

 

 たとえそんな常識を知っていたとしても、クラリスはきっと止まらなかっただろう。他人の納得は自分の納得ではないから。


 クラリスは日夜、激痛に耐えながら魔力を操作した。

 両親がもうやめなさいと言っても止めなかった。

 クラリスは可愛い見た目に反してかなり頑固だった。

 

 そして苦節5年、とうとうクラリスの「魔法」が完成した。

 

 ルミエール家の屋敷から夜空を裂く閃光が迸る。

 部屋に大穴を開けて佇むクラリス。

 魔封じの布は焼けこげて散っていった。

 七色に輝く両眼が、その光景を映す。

 目からビームが出る令嬢の誕生だった。だが——


「思ってたのとちがう」


 クラリス的には不満だった。

 

 もっとこう、優雅で、綺麗で、みていると幸せになるようなもののはずだったのに。



 15歳になったクラリスは仮面をかぶって社交に参加していた。

 いくら魔力が操作できるようになったとはいえ、うっかりビームが飛び出ては大惨事になるからだ。

 うかつにくしゃみもできやしない。

 そのための仮面。

 しかし口さがない人たちはいるもので、やれ「醜い顔を隠している」だとか「魔法が使えない影響だ」とか言いたい放題である。


 クラリスは憤慨した。


 自分は美人の母に似てそこそこ容姿が整っているように感じるし、七色に光るようになった瞳なんてチャーミングだ。(見せられないけど)

 それに魔法だって思ってたのと違うけど使える。

 

 両親はクラリスが魔法?を使えるようになって大変喜んでいたし。危ないからと言って特注の仮面まで用意してくれた。

 なんと父の月給3ヶ月分である。

 今後はデザインにもこだわってファッショナブルにいきたいとも考えている。

 クラリスもおしゃれしたい年頃だった。

 

「やあ、君がクラリス・ルミエール嬢かな」

「はいそうですが。…貴方は?」


 クラリスは社交に参加したはいいが、あんまり興味もなかったので貴族の名前も顔もうろ覚えだ。

 遠巻きにされて友達もいない。

 目の前の車椅子に座る痩せ細った男が誰なのかサッパリだった。

 ふと、従兄弟のトーマスが横で顔を青くさせながら必死に口を動かしていることに気づいた、が。

 クラリスは読唇術はマスターしてないので、話してくれないとわからない。

 アホなの?と首をかしげる。


「ふふ、僕はアラン・ドミトリスという。不躾で恐縮だが、君にとても興味があるんだ」

「そうですか。それは大変光栄です。…アラン・ドミトリス——殿下!」

 

 クラリスは話しながら「ドミトリスって王家じゃなかったっけ?」と思い出してなんとか「殿下」を付け加えた。ナイスセーブである。そのはずだ、多分。

 トーマスはもっと早く私に伝えるべきだと、じっと彼を睨むと「ええぇ」とボヤいた。エスコートするならそれくらい男の甲斐性だろうに。

 

「ひょっとして、僕のこと知らなかったのかな?結構有名だと自分では思っていたけど」

「はい……いえっ!お噂はかねがね」

「どんな風に?」

「はいっ、えー、…殿下は魔法が扱えない、とお聞きしております」

 

 腹芸のできないクラリスは耳にしたことをそのまま伝えた。ビームのように一直線だった。

 トーマスの顔色は青を通り過ぎて紫に突入している。


「正直な人だな。では僕が貴女の何に興味があるのか、わかったかな?」

「私の魔法でしたら特殊なので殿下には扱えませんよ?」

「見てみたいな」

「お目汚しにならぬよう、努めます」


 後日、迎えをよこすと言ってアランは去っていった。その後ろ姿を眺めながらクラリスはハッとした。


「カーテシーしてない」

「遅いよっ!!」


 トーマスはこのすっとんきょうな従姉妹のエスコートはもうこりごりだと思った。



 キィン、と細く速い赤い閃光が走る。

 遠くに置かれた的に命中。そしてどろりと溶ける。

 ううむ、ちょっと調子がわるい。


「すごいな。この距離で防御魔法を貫通してる。しかも対象へのダメージが破滅的だ。これはとても恐ろしい魔法だよ、クラリス・ルミエール嬢」

「はい殿下。未熟な手妻で申し訳ありません」


 訓練用の仮面を調節しながら反省する。

 本当は的の中心だけ射抜くつもりだった。余波で全体を溶かしてしまうなんて精度が甘い。アラン殿下に見られて緊張したのかもしれない。気持ちが逸ってしまった。


「高圧縮された魔力を打ち出しているように見えるが、ちなみにどうやっているのか教えてもらえるかな」

「はい殿下、所感ではありますが。こう、グッときてパァー!という感じでタイミングが重要なのです」

「ん?」

「グッときて、パァー!です」

「なるほど、感覚で魔法を扱う人間がたまにいるとは聞いていたがクラリス嬢もその類のようだね。天才か」

「私には勿体無いお言葉です」

「…君は随分と自己評価が低いね」

「事実ですので」

 

 落ち着いた返答をしていたがクラリスは内心「すっごい褒めてくれる」と大喜びだった。


 クラリスは有頂天になった。


 まさかここまで自分を認めてくれるなんて、夢ではないだろうか。今での努力は無駄ではなかった。

 

 パーティの後の数日は、没落一歩手前のルミエール家がアラン殿下からお呼ばれされて右往左往の大騒ぎだった。

 心配性の両親は「一人で大丈夫か」とか「粗相のないように鉄仮面にしよう」とか「建前はそうでもひょっとしたら」と盛り盛りに着飾ったりとか。

 アラン殿下が魔法に興味があるといったのだから、それ以外なにがあるというのかクラリスには不思議だった。


「僕は魔法が使えない」

「はい」

「だからか魔法が一等好きでね。ないものに惹かれるというか」

「はい」

「小さい頃はそれなりに悩んだりもしたよ」

「はい」

「でもいつまでもできないことに囚われてはいけないと、考え方を変えてね。諦めたともいうけど」

「はい」

「だから、同じ状況だったはずの君が、魔法を扱うことに素直に感動しているんだ。尊敬していると言ってもいい。いや、これはもしかして…そうなのか?」

「はい」

「…クラリス嬢?」

「はい」

「聞いてる?」

「はい」

「聞いてない?」

「はい」

「……君は僕のことが好きか?」

「はい……はい?」


 クラリスは「はい」「はい」と頷きながら、アラン殿下に共感していた。魔法が使えない苦しみはよくわかる。憧れる気持ちも。

 いつの間にかクラリスの中でアラン殿下が無二の親友の位置にまでランクアップしていた。

 しかし、はいはい、と言いすぎて何を聞かれたか後半よく覚えていないのはいかにもまずい。

 クラリスは被りを振って気合いを入れ直した。


「ところで、ものは相談なんだが、僕の『婚約者』にならないか?実は最近、身の危険を感じていてね」

「……?」


 クラリスはピンときた。


 アラン殿下がクラリスを婚約者にするメリットはない。実家が木端貴族だし、なんならクラリスの令嬢としての評価もどん底に近い。

 そんな中でクラリスが唯一誇れるものは魔法だ。

 このビームによる破壊。そして戦闘力。

 これらには並々ならぬ自信がある。

 殿下も褒めてくれたし。

 ではなぜ『婚約者』などというのか。

 

(これは婚約者を隠れ蓑にした護衛なのでは?)

 

 大袈裟に『婚約者』の部分だけ強調していたし、その後の「身の危険」なんてクラリスにそれを排除してもらいたいという希望が含まれているように聞こえた。


 すごい。

 とうとう自分は貴族会話の裏の内容まで読めるようになったらしい。


「…畏れ多いことです」

「いやなのか?」

「はい、いいえ。私のような不調法者が殿下のお近くに侍ることを危惧しております」

「そこは心配しなくて良い。僕は見ての通り『役立たずのハズレ王子』だからね」


 アラン殿下の自虐にクラリスは胸を詰まらせた。友情を感じている相手が己を蔑む態度に、胸の奥が、じわりと傷む。

 クラリスの中に「アラン殿下を守りたい」という気持ちがビームのような速さで芽生えた。

 そうなったら体が自然と動いた。

 アラン殿下の手をとり、跪く。


「貴方様に絶対の忠誠を捧げましょう」

「うん、なにか明後日の方向に一足飛びで進んだ気がするけど、まあいい。これからよろしく頼むよ。クラリス。ああちなみに「ちゃんと」婚約者として遇することになるから、そのつもりで」

「御意に」


 クラリスは終生の主人を得た。

 

 ガワは婚約者らしいが、実は陰で主を支える護衛とかまるで絵物語のようではないか。

 姫であるアラン殿下を守る自分を想像して、クラリスは燃えた。



 アラン殿下の表向きの婚約者となってからのクラリスは多忙を極めた。今まで以上に貴族令嬢として恥ずかしくない立ち居振る舞いを求められるし、神経衰弱のように貴族の顔と名前を覚えなければならないし。

 さらには王命によりルミエール家が陞爵されたり。

 慌ただしく過ごすこと3年とちょっと。


 21歳になったアラン殿下は美しく成長なされていた。


 出会ったころは痩せ細り枯れ枝のようだったお体が、瑞々しい生命力を湛え、真っ白だった肌が健康的な肌艶を取り戻している。

 今では杖の補助で歩けるようにもなった。

 喜ぶべきことではあるが、腕を組んで歩く時に彼の逞しい腕に触れるとなんだかドギマギしてしまうのが最近のクラリス悩みのひとつだった。

 そしてもう一つの悩みといえば——


「あら、クラリス様じゃありませんか。おひとりでどうしたのかしら。パートナーのアラン殿下はどちらに?」

「まあ、とうとう愛想を尽かされたのではなくて?」

「それもそうよね、仮面で顔を隠さなければならない女なんて、あの美しいアラン殿下には相応しくありませんわ」


 ——アラン殿下の周りに虫が飛び回るようになったことだ。


 ブンブンとうるさくて、一匹いたなと思ったらすぐ増える。

 目の前の令嬢も、大方の貴族家を憶えたクラリスだったが当主夫妻までが記憶の限界で、子息子女にまでは及んでいない。

 そのため誰が誰かよくわからなかった。

 でも大体似たような感じなのも良くないと思う。

 印象がダブって記憶に残らないのだ。

 

 いっそ、みんな仮面を被れば見分けやすいのに。

 

「ちょっと聞いておりますの?!」


 クラリスがぼーっと思考を明後日に飛ばしていると金切り声が聞こえた。

 無言で表情の見えないクラリスに我慢ならなかったのだろう。

 クラリスは内心でため息をつく。

 貴族子女がそうやすやすと怒鳴っては価値が下がるというもの。

 この数年、淑女教育をバキバキに受けたクラリスはそんじょそこらの小娘には負けないのだ。


「失礼しました。その、少し虫が気になって」

「なっ」

 

 反射的に言い返そうとした令嬢のそばを黄色い光線が通った。

 何かが焼け落ちて煙が上がる。

 ひっ、と令嬢が青ざめる。


「あら、あら。危ないところでしたね。ご令嬢の柔肌に「虫」がつくところでした。ところで香水は何をお使いに?随分と誘われているようですけれど、ほらココも」


 チュィン、チュィン、と令嬢の周りを光線が奔る。

 虫を焼き払いながらゆっくりと近づいていくクラリスに、令嬢たちはカタカタと震えて動けなくなっていた。


「次はちゃんと、虫除けを振ってくることをお勧めしますよ」


 腰を抜かした令嬢たちを尻目に、クラリスは優雅に踵を返した。


 クラリスはいま最高に淑女してる。



 少しやりすぎたかなとクラリスは後になって恥ずかしくなった。

 荒事に慣れていないご令嬢に対してムキになってしまったか、と。いやしかし、これは彼女たちのためでもある。

 喧嘩を売る相手を正確に見極めなくては社交界では生き残れない。油断したところをガブリといかれるのが弱肉強食の定めなのだ。

 クラリスなどはまだマシな方だ。

 めんどくさいからその場で決着をつけるが、笑顔の裏で何年も恨みを忘れないような魑魅魍魎が渦巻いているのだから。


「クラリス、ここにいたのか」

「アラン殿下」


 護衛としての本分は忘れていないが、殿方だけの集まりにクラリスが混ざることはできない。信用のおける数人にアラン殿下を頼み、クラリスは淑女の戦場へと繰り出さねばならなかった。

 あらあら、うふふ。と、いかにも柔らかそうに微笑むガチガチの歴戦の猛者たちを相手に辛くも逃げ延びたクラリスは夜風にあたろうと中庭に出ていた。

 

「…っ!」

「あっ」


 少し慌てて近づいてくるアラン殿下は案の定クラリスの手前で躓いた。

 杖の歩行にまだ慣れないのか、彼はたびたびこうやって躓いてしまうのでそれを支えるのはクラリスの役目だった。


 自然と、向かい合って抱き合う姿勢になってしまい、クラリスは妙な心地になった。

 アランから漂う香りは彼の他に別の匂いが混じり合って落ち着かない。アランは普段、煙草を嗜まないけれど、付き合いで吸ったりする。

 いけないと思い直してクラリスはアランから離れようとしたが、かえってぎゅっと抱きしめられてしまった。


「どうして、離れようとするんだい?」

「未婚の男女の適正な距離ではありません」

「なぜ?婚約者同士なのに」

「婚約者同士でも、です。それに殿下と私は——」


 本当の婚約者ではないのだから、という言葉をクラリスは口に出せなかった。

 

 いったい何時からだろう。その言葉を口にすると胸の辺りがざわつくようになったのは。

 

 アランが立ち上がれるようになって、その顔がいつもより遠く離れ、見下ろされるようになった時?


 クラリスとは違う、骨ばった大きな手が自分の肩を掴んだ時?


 そして、今みたいに、恋人のように抱きしめ合った時?


 クラリスは淑女教育のなかで男女の情操の機微もきっちりと学んでいた。最初は文面だけでよくわからなかったが、なんとなく、これはそうなんじゃないかと思い始めていた。


 ——私はアラン殿下に恋をしているのかしら


 キラキラと輝くアランの相貌に思わず見惚れてしまう。

 恋する相手は輝いて見えるのだと書にも記されていた。

 相手を思うと胸が高鳴るという。

 今、クラリスの心拍数はバクバクだった。

 彼が他の女性と一緒にいると、切なくて悲しみに暮れるという。

 クラリスも想像すると切なくなるし、なんならビームをお見舞いするかもしれない。


 ——やっぱり恋だわこれ


 そう自覚した瞬間、クラリスはそっと、ほんの少しだけアランを抱きしめ返した。

 アランの体がぴくりと反応する。


「……はぁ、長かった」


 アランがそう呟いてクラリスと見つめ合った。


「クラリス、キスしてもいい?」

「はい……はい?!」


 言ったね、と不敵に笑ったアランはすかさずクラリスの仮面を外した。


「ダメです殿下っ、目が、危ないから」

「大丈夫だ、君が僕を傷つけるなんてありえない」


 恐ろしくて目を開けられないクラリスの額にそっと唇が落とされる。まるで全身の神経がそこに集中したかのように熱をもつ。


「目を開けて。君の瞳が見たい」


 ゆっくりと開かれる七色に輝くクラリスの瞳が、アランの姿を映す。


「愛してるよクラリス。ずっと君が好きだった」


 互いの唇が自然と触れ合う。

 吸い込まれるようなアランの瞳を間近で見つめながらクラリスは「これ、ちゅーしてる!」と頭の中がパニックになっていた。

 

 ——いいけど!嬉しいけど!!唇柔らかっ!!!


 ようやく恋を意識したばかりのクラリスには刺激が強すぎて。感情が爆発しそうだった。

 バチバチとクラリスの瞳から火花が散った。

 頭が真っ白になり、何も考えられなくなった、その瞬間——


 七色の光が夜空を貫く。

 それはまるで虹のように輝き、辺りを照らした。

 クラリスの嬉し恥ずかしい気持ちの結晶がキラキラと舞い落ちる。


「はは、凄いな。クラリスはいつも僕を驚かせてくれる」

「…殿下、愛してるって、言いましたさっき?」

「言ったよ。君の情緒が育つまで待った自分の忍耐を褒めたい。僕は最初から君にゾッコンだったからね」

「じゃあ本当の婚約者で、いいんですか?」

「君以外の女性なんて考えられない。もし断られたら僕は死んでしまうな」

「だ、ダメです。殿下は私が守りますから!」

「僕も君を守るよ。守られっぱなしは情けないからね。…ところで、もう一度キスしていいかな?」

「は…ダメです!!」

 

 クラリスは顔を真っ赤にして怒った。

 アランはダメか?と言ってわらう。

 

 クラリスは思い出した。

 

 始めて魔法に憧れた時、それは両親が仲睦まじく魔法を披露してくれた時だった。

 

 優雅で、綺麗で、見たら幸せになるような魔法はここにあったのだ。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。


もし少しでも面白いと思っていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。


雰囲気の違う短編も書いていますので、もしよろしければそちらもどうぞ。

また「ママはネクロマンサー」という連載も投稿中です。

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