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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第3話

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7/12

セクション2 異世界から訪れた場合の礼儀について

「よっ、調子はどうだい」


 カフェスペースで変わらず文字の練習をしている誠司へ、ミコは軽い調子で声を掛ける。

 初めて誠司と話した時から、既に一週間が経過していた。


「文字は覚えました」


「それは重畳。君は優秀だな。……ああ、紹介するぜ。こっちは俺の主のフィニス・ネブラだ。ネブラ公爵家の三男だぜ」


「えっと、どうも……俺は神谷誠司……誠司・神谷です」


「フィニス、こっちは君が保証人をしてるセージー・カーミャーだ」


 ミコの言葉に、フィニスはミコの顔をまじまじと見つめる。


「保証人? 初めて聞いたんだが」


「ああ、君が色々と俺に許可証をくれてるからな、勝手にやっといたぜ」


 フィニスは唇をへの字に曲げてから、深く息を吐き出した。ミコには何を言っても無駄だと思ったのだろう。


「あの、冒険者のこと、詳しく聞きたくて」


「……冒険者は文官だ。戦闘は全て魔力生物に任せる。魔力生物は、最初の一人以外は特定魔力生物使役法令第二条により、魔力生物一人につき五七〇〇イェンが使役税として徴収される」


 フィニスの言葉に、誠司はぱっかりと口を開いたまま、暫く動くことができなかった。


「え、冒険者が文官? 魔力生物? 使役税?」


「魔力生物はコイツ……ミコのようなハイエルフや亜人……獣人なんかの魔力を糧として生きてる生物の総称だ」


 誠司がミコを振り返る。


「お前、人間じゃなかったのか!?」


「ああ、言ってなかったか? 俺はハイエルフのミコ・アルカナイズだ。よろしくな」


 いかにも軽薄にミコは言い、誠司の前へと座る。フィニスは面倒臭そうに足を引き摺りながら自動販売機の方へと歩く。

 妙に賞味期限の長い、アルコールの匂いがする菓子パンと不味いコーヒーを買いミコと誠司が座るテーブルへと戻り、そこでいかにも不味そうに菓子パンを食べ始めた。


「さて、次は単語だな。とは言え、必要な単語は決まってる。いまから書くから、それを覚えてくれ」


 真白な紙の上にミコの縦に長い字が並ぶ。筆記体になりそうな部分を無理にブロック体にしているせいで震えている部分や崩れている部分すらあったが、どれも綺麗に整った文字だった。


「この上半分はよく出る法令の名前だな、冒険者になるためには覚えないといけないやつだ。下半分は、冒険者になるには覚えないといけない単語だな」


「これはなんて……?」


「君はいつも言葉が足りないな、誰かが補完してくれると思ってるだろう。それは冒険者になる上で良くないぜ。魔力生物に好き勝手に曲解されて死ぬことになる」


 ミコの口から出てきた“死”という言葉に、誠司はギョッとする。

 彼の知っている異世界転移物語の中では、異世界転移した者はチートで世界を飛び回り、死ぬことが無く、世界に愛されているのだ。誠司はそこでようやく悟る。自分は、そういった“便利な”異世界へやって来たわけではないのだと。


「この、字はなんて書いてあるんだ」


「これは法令だな、特定魔力生物管理者法令、特定魔力生物管轄本部令、特定魔力生物顕現法令っていう感じだ。ここに同じ文字が並んでるだろ?」


 そうミコが言うと、誠司は大人しく頷く。


「ついでに、出るかもしれないからこの国の歴史も書いておいたぜ。まず、神話歴元年から一〇五二一年までが王政だ。歌姫セレニティと戦乙女ルーメンが成した国の根幹を王に任せたってことだな」


「神話歴?」


「そうさ、昔はそう呼ばれてなかったけどな。現歴って言い方をしていた、まあそれはいい」


 ミコが自分の書いた文字をなぞりながら言葉を紡いでいく。


「そして、そこから前皇歴元年から二〇一一年へと移る。ここからが国民民主制だな。だが、これは約二〇〇〇年で破綻することになる。多数派が勝って少数派が負けるという状況がおかしいと国民が言い出したんだ。まあ、そりゃそうだろうと俺は思うけどな」


 次いで、最後の文字をなぞる。


「その為に、この国は現在の皇歴元年から三三二年、いまだな。に至るまで神話歴の頃の制度、女王をトップとした帝国制へと戻ったわけだ」


 誠司は言葉を失った。

 彼の認識では、国民民主制というのはごく当たり前に存在して変える必要のない制度であり、変わってしまえば資本主義国家になるしかないと、そう思っていたのだ。

 それがこうも破綻無く歴史が形作られるとは思ってもいなかったのだった。


「現在は直接のトップであるアモル・セレニティ女王陛下、ギルド、議事会の三機関並列の政治形態だな。元々魔力生物や魔力持ちを管理していたギルドが軍事行政、議事会が文官行政、そしてそれらを統括するのが我らが女王さ」


「なる、ほど……」


「つまり、民主制が破綻した後でも市民社会はギルドと議事会で回ってるわけだ」


 つらつらと国の歴史を説明するミコに、誠司は既に疲れきった表情を浮かべている。そんな誠司を、フィニスは一切の興味すら湧いていない顔で眺める。

 机に頬杖を付き、その頬を支えてはいるものの、フィニスの肉の薄い輪郭は歪むことすら無い。


「あの、……えっと」


「なんだい、疑問点でもあったか?」


「いえ、そうじゃなくて……」


「なら、続きいくぜ」


 誠司は唇をもごもごと動かし、視線を下へ向け、わざとらしく溜息を吐き出して紙へと視線を移す。


「……君、言いたいことがあるなら言うべきだぞ。俺は君の母親じゃあない。君の気持ちも、状態も察してやらないからな。君も分かってるのかい? いまのこの状況は二ヶ月後までだ。二ヶ月後に試験に合格しなけりゃあ、君はゼムルヤの兵士なんだぞ」


「すみません。休憩、もらっていいですか」


「仕方ないな、コーヒーでも買ってくるといい。これが一イェン硬貨、五イェン硬貨、一〇イェン硬貨、五〇イェン硬貨、一〇〇イェン硬貨、一〇〇〇イェン紙幣、五〇〇〇イェン紙幣、一〇〇〇〇イェン紙幣だ」


「この、キラキラ光ってるのは?」


「これは魔導インクだな。偽札が作れないように使われてるものさ。この魔導インクは、この国、セレニティのイェンと神聖皇国の皇貨、それから世界共通通貨のドリューだけに使われてる」


 誠司は、見慣れた硬貨と見慣れないそれぞれ色の違う紙幣を前にして眺めていた。


「ひとまず、君には月に三〇〇〇〇イェンで生きてもらうぜ。いまはフィニスが保証人になってるから、このギルド庁舎の五階、コインランドリーまでは入ることができるし、二階北にある食堂も使える」


 ミコはそこで一旦言葉を切り、新しい紙へ地図と数式を描き始める。


「三〇〇イェンのかけうどんとかけそばなら一ヶ月毎食食べても三〇日は食える計算にしてるぜ。残りはコインランドリー代だ」


「ありがとう、ございます」


 いままでは自分が社員へ給料を渡していた誠司が、いまは生きるのにギリギリな金額のみを渡されて生きることになる悔しさが、誠司の表情に浮かぶ。

 誠司は比較的恵まれてきた人間だった。


 飽食の時代と言われ、戦争も無く死ぬ危険すら少ない現代日本に生まれ、田舎者と呼ばれるのが嫌で東京へと出て会社を作ったのだ。

 二つの会社が財政破綻で倒産するも、労働基準局が代わりに社員へ給料を支払い、誠司はその督促を無視し続け、再び会社を興して最近一つの会社を再び畳んだのだ。

 そんな、矜持と運と甘えだけで生きてきた誠司が、この世界で初めて挫折を味わっている。


「まあ、もしコインランドリー代が足りなくなったら言ってくれ。俺たちの洗濯物と一緒で良ければ洗ってやるよ」


 ミコのなんでもないような声音が、誠司の心を刺す。それに僅かばかり眉を顰めると、フィニスが口を開いた。


「お前、プライド高いな」


「えっ」


 それに、誠司は驚いたような声を漏らす。


「プライド。矜持。そんなもん持ってても仕方ないだろ、知らないことは聞かないと分からないしな。知らぬ者は月を転がす猫だって言うだろ」


 フィニスの言葉に、それでも誠司は何度も目を瞬かせるだけだった。それに、フィニスはつまらなさそうに視線を外して立ち上がる。


「飯、行ってくる」


「ああ、俺の分も頼んでてくれ。A定食を頼む」


「自分で頼めよ」


 フィニスとミコの、仲が良いことが分かる気軽な言葉のラリーに誠司はただ、椅子に座ったまま動くことができなかった。


「来週までにこの紙に書いたの、覚えろよ。宿題だ。じゃあな」


 フィニスに続き、ミコは立ち上がる。

 業務用の強化プラスチックで作られたテーブルの上にはミコの文字で書かれた法律の条文とセレニティ国の歴史、そして三〇〇〇〇イェンだけが残っていた。

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