表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第28話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/47

優しいあなたへ弔いの花束を

 神聖皇国 西都画一地区七番地

 世界歴二一九〇年


── 拝啓


 おだやかな小春日和が続いております。兵隊様の皆々様方には、ますますご清祥のことと存じます。

 この度、貴殿との間に授かった子に魔力が宿っていることが発覚致しました。

 女の子とのことです。


 今日も貴殿が飛んでいるのであろう空を見上げ、わたくしは貴殿のことをわたくしの中で元気に腹を蹴る我が子へ語っております。

 エヴィスィング国とゼムルヤ・スネガの間で始まったひとつの戦争の火種が我が国へも飛び火したことが悲しくてなりません。

 どうか、無事にお帰りくださいますよう、心から願っております。

 わたくしと、腹の中にまだ眠っている我が子の写真を送ります。娘よりもわたくしのほうが緊張した面持ちをしているようにも見えますが、お気になさらないようお願い致します。

 早く帰ってきてくださらなければ、生まれてしまいます。お早いお帰りをお待ちしております。


 また、この月末にでもお手紙を書かせていただきたいと思っております。

 末筆ながら、皆様のお体のご健康をお祈りしております。


敬具


 世界歴二一九〇年 三月七日

 東屋 咲


 東屋 靖様 ──



── 拝啓


 戦火の中では日も月も分からず、あなたからの手紙で季節の訪れを知ります。

 写真、拝見致しました。

 少し痩せているようにも見えましたが、きちんと食事はとっておられるでしょうか。

 私が帰りましたら、どうか約束の場所へ来ていただけると幸いです。私たちが最後に約束をした、駅のベンチに座り共にあれなかった時をともに過ごしましょう。

 私とあなたの子が産声を上げるよりも先に、祖国の土を踏むことを約束致します。


 月末の手紙を楽しみにお待ちしております。

 あなたと我が子の健康を祈っております。


 敬具


 世界歴二一九〇年三月一九日

 東屋 靖


 東屋 咲様──


──拝啓


 満開だった桜も、いつのまにか葉桜となりましたが、花水木がとてもきれいに咲き始めました。


 お手紙が遅くなってしまい、申し訳ありません。近頃は空の上を他国や自国の魔火戦闘機や魔導演算師が飛び交うようになっており、市井の民にも不安が募っております。

 最近、セレニティの方がいらして、わたくしたちが住んでおります地域に臨時転送装置を取り付けておりました。これで前線へ兵站を送れると、市井は喜んでおりました。

 この転送装置へわたくしが乗って、あなたの元へ駆けて行きたい気持ちでいっぱいです。

 あなたに会いたい。


 あまり多くの手紙を送ることは難しいと言われてしまいましたので、これからは月に一度になってしまうかもしれません。

 どうか、この手紙があなたへ届いていることを願っております。


 敬具


 世界歴二一九〇年四月一二日

 東屋 咲


 東屋 靖様──



──拝啓


 色鮮やかなバラが美しく咲く頃となりました。

 お体崩してはいらっしゃらないでしょうか。先月のお手紙が届いておらず、親族一同心配しております。

 お舅さんは便りが無いのがよい便りだと言っておられましたが、わたくしは心配しております。

 ご無事であれば、それでよいのです。文字を書かずともよいので、元気であればひとつの丸を書いて、どうかわたくしどもへご返信いただければと思っております。


 最近、上空を飛ぶ魔導演算師の数がとみに増えたように思われます。他国の魔導演算師が多く、あなたが無茶をしていないか不安になります。

 あなたが優秀な魔導演算師であることは分かっておりますが、国に残る者が心配をする勝手をお許しください。


 腹を蹴る我が子の力が強くなって参りました。そろそろ出産の時だと医療師の方に言われましたので、もう帰ってきて頂かなければ間に合いませんよ。


 それでは、また翌月にお手紙をお書き致します。


 敬具


 世界歴二一九〇年五月八日

 東屋 咲


 東屋 靖様──



── 拝啓


 梅雨の晴れ間の青空がうれしい今日この頃、そちらはいかがお過ごしでしょうか。

 お隣の民口さんから、そちらは空から雨のように魔法や銃弾が降り注いでいると伺って胸が張り裂けそうな思いをしております。あなたが、どうか無事でいてほしい。


 今回、お手紙が遅れてしまいましたのが、ようやくあなたとわたくしとの間の子が産声を上げました。

 あなたによく似た、栗色の髪に黒い瞳をした子です。お姑さんが、あなたに似ているだなんて可哀想だとおっしゃっていて、みんなで笑っておりました。

 わたくしのことを、本当の娘のように可愛がってくれるおふたりに支えられて、わたくしは今日も生きております。

 わたくしと娘……清夏の写真を同封しております。清夏よりもわたくしの表情のほうが硬いですが、いつかそれも反対になるのでしょうね。


 どうか、あなたからの無事を知らせる便りが欲しい。

 ですが、戦争は激化しているとの噂も聞いております。ご無理はせず、無事に帰ってきてください。


 夏本番まであとわずかですね。

 ゼムルヤ・スネガはどれだけ寒いのでしょうか。あなたにお会いできるいつかの日を楽しみにお待ちしております。


 敬具


 世界歴二一九〇年六月二八日

 東屋 咲


 東屋 靖様──



── 拝啓


 空も高く澄み渡り、秋の深まりを感じる今日この頃です。


 紅葉が落ちるように、焼夷弾が降り注ぐようになりました。斜向かいの家に住んでいた香山さんのお宅が、娘の美恵ちゃんを残して亡くなってしまいました。

 家には火を灯すことが禁止され、窓には黒い紙を貼り薄暗い中で生活をしています。気が滅入りそうな日々の中で、清夏の笑い声だけが心の頼りになっています。


 あなたは、無事でしょうか。

 もしもわたくしのことを忘れてしまっていても、他の国で別の女性と関係を持っていても構いません。

 どうか、あなたの無事が知りたい……。

 清夏に、あなたの父は国のために懸命に戦っているのだと毎日伝えています。


 靖さん……。

 あなたは、国の大切な魔導演算師であると同時に、わたくしたちの大切な家族です。お姑さんも、お舅さんも、もうすっかり元気がありません。

 あなたに会えない日々の中で、わたくしは本日成人を迎えました。あなたとお酒を酌み交したい。

 どうか、元気な便りを頂けませんか。


 敬具


 世界歴二一九〇年一〇月九日

 東屋 咲


 東屋 靖様──



── 拝啓


 連日の炎暑でございます お変わりなくお過ごしでしょうか。


 あなたのいない生活が始まって、とうとう二年が経ちました。生まれた清夏は、父の顔も声も知らぬままもうじき一歳になります。


 本日、お舅さんが亡くなりました。

 この戦下の中、盛大な葬儀はできず親族のみでひっそりと行いました。生前は人好きのする方で、香典が様々なところから届きました。

 魔導演算師育成学校からも届き、未だにお舅さんが教えてきた子供たちが記憶を紡いでいたのだと、頬が緩み、それと同時にお姑さんと二人悲しみに暮れました。

 そんなわたくしたちを、清夏だけが不思議そうに見つめていて、それがあまりにもおかしくて、かなしくて……。


 靖さん、あなたが……ここへいてくれたなら。


 次のお手紙は、もう少し早く送りたいと思っています。

 あなたからの便りを、今日もおまちしています。


 敬具


 世界歴二一九一年七月一二日

 東屋 咲


 東屋 靖様──



── 拝啓


 こちらは戦争只中で、熱とほこりにまみれております。

 咲や清夏がこのような戦場へ来ずとも良いように、われわれは、日々しょうじんしております。

 他の女もおりません。

 わたくしはピンピンしております。


 早く咲と清夏に会えるよう、わたくしも毎日しょうじんして参ります。

 次の手紙も、わたくしはお待ちしております。


 敬具


 世界歴二一九一年七月一九日

 東屋 康


 東屋 咲様──



──


 その手紙が届いた日、東屋咲は涙を流した。

 手紙を書いてくれた優しい誰かを思い、眦へ浮かぶ涙を必死に拭い、それでも収まらない涙を、顔を覆って声すら噛み殺すこともできず泣いた。


「咲さん、あの子から手紙が届いたのかい」


 姑である東屋八重子の言葉に、彼女は首を横に振る。

 部屋の中には線香の匂いが漂っている。先程まで清夏が食べていたスイカの青臭い甘さの混じる香りも鼻を擽る。


「いいえ、筆跡も、書き方も、あの人とは違うんです」


 涙の滲んだ咲の言葉に、ただそれだけの言葉に、八重子は内包された意図を理解して「くっ」と喉を鳴らして目元を押さえて涙を隠す。

 たまらず咲は清夏の体をひっしと抱き締める。まだ言葉の理解も覚束無い清夏は笑い声を上げて咲の体へと抱きつく。

 その無邪気さが、苦しかった。


「あたしの家族は、とうとう咲さんと清夏だけになっちまったね」


 八重子の言葉に、咲は「それは私もです」と濡れた声を漏らして、何度も手で涙を拭う。

 既に涙で濡れきった皮膚は新しい雫を掻くこともなく、ただ塩辛い水滴を顔へ塗り広げていくだけだった。


── 拝啓

 梅雨の晴れ間の青空は、すっかり夏色になりました。日々、焼夷弾の落ちる間隔も短くなりつつありますが、わたくしたちはなんとか二人三脚で懸命に生きております。

 靖さんがお元気そうで、わたくし共も安心しております。どうか戦争が終わるその日まで、お元気なままでいらしてください。

 また月の終わりにお手紙をお送りします。


 敬具


 世界歴二一九一年七月二九日

 東屋 咲


 東屋 靖様──


 流れ続ける涙に呼吸すら乱しながら、しかし優しい誰かへ言葉を返したく、咲は筆を取る。

 乱れた筆に、濡れて滲んだインク。


 その、見も知らない誰かとの手紙のやり取りは一六通を数え、そして何度咲が送ってもぱったりと止んでしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ