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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第26話

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中編 失踪したアンドロイドについて

 路地裏に歌声が響く。

 二世代ほど前に流行った曲で、いまでは懐かしの名曲として名を聞くばかりのもの。

 軽やかな少女の声。


 路地裏へ入り込んだ街灯の光に照らされたのは、赤毛の少女だった。歳の頃は一七、八歳だろう。流行りのワンピースを着用した彼女の首の左側には黒々としたバーコードが刻まれており、額には花の刻印がなされている。

 その空色のワンピースは赤黒い血に汚れ、靴を履いていない足裏は黒く汚れている。


 歌う少女が壁へと身を寄せていると、その背後から声が掛かった。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 凡庸な、一度目を逸らしたらもう顔すら思い出せないほど凡庸な男性だった。

 白いシャツに青いネクタイ、黒のスラックス。片手にはスーツのジャケットを抱えている。


 彼の視線が少女の首と額へと移り、何度か唇が動く。


「あ、アンドロイド……」


 くるりと振り返った少女に、彼は思わず声をかける。


「あの、大丈夫! ぼ、僕は君に何もしないから……その、汚れだけでも落とさない? 僕の家、そこなんだ。あ、僕は……ヴルペス」


 青年、ヴルペスの言葉に少女は夢見心地の瞳のまま頷く。


「うん」


 まるで歌うような声だった。

 ヴルペスはごくりと喉を鳴らし、少女の柔らかな手を握り安アパートへと向かう。

 二階建ての、労働者用のアパートだった。キッチンと寝室くらいしか無い狭い部屋は男性の一人暮らしらしく物とゴミで溢れており、どこか腐臭までする。


「汚れててごめんね、ここ、ゴミのけたから」


 ヴルペスがそう告げると、少女は言葉のままに床へと座る。

 桶とタオルを持ってきたヴルペスに、少女はうっとりとした瞳を向ける。


「あ、あの……これ、タオル……」


「拭いて、くれないの?」


 甘い甘い、蕩けるような声だった。どこか歌うような声で、ヴルペスは音が鳴るほどに唾液を嚥下して、あたたかい湯の中にタオルを沈めて固く絞る。

 女性と手を繋いだのすら、先程が初めてであったヴルペスにとって、アンドロイドであっても女性の体を拭うというのは強い欲情を覚える経験ではあったが、彼女の体のためだという意識が強く、ヴルペスは薄く目を開いた状態で、その汚れてしまった足裏を拭い始める。


 そのヴルペスの手に、少女は微笑んで彼の手を取り、ヴルペスの薄い体を抱き締める。

 アンドロイドと言えど、心臓部に取り付けられた魔導コアと人工皮膚により温もりと柔らかさのある少女の体に、ヴルペスの心臓はドクドクと音を立てる。


「え、あ、あの」


「とっても優しいのね」


 歌うような声で囁く少女に、ヴルペスは浅い呼吸を繰り返す。


「私、そういう人大好きよ」


「え、」


 甘く歌う少女の声を最後に、ヴルペスの首が捩じ切られ、ゴミ溜めの床へと落ちる。

 ヴルペスが最後に見たのは、崩れ落ちる首を失った自分の体と、立ち上がった少女の淡い水色をしたスカートの中だった。


 少女は歌いながらアパートを出る。

 彼女の歌声に、アパートの一室から「うるせぇぞ!」と怒声が響く。

 誰も、そのアパートの中で青年が一人死んだことを知ることはなかった。



────


「最悪だ」


 フィニスがカフェのサンドイッチを口にしながら吐き捨てる。

 サンドイッチはフィニスが気に入っている、ギルド目の前にあるカフェのターキーサンドだった。

 片手にはアイスコーヒーのラージカップが握られている。


「どうしたんだい」


「いまの状況だよ。最悪だ。嫌なことばっかだよ」


「君の好きなサンドイッチと、君が好きな深煎りのコーヒーだぜ、何が嫌だって言うんだ」


「捜査だよ、最高位捜査官なんかになるんじゃなかった」


 フィニスの言葉に、ミコはエスプレッソを三プッシュも加えたコーヒーを啜りながら器用に肩を竦めた。


「なんだ、君、給料が増えるって喜んでたじゃないか。しかも、税金は減るんだぜ」


「ギルド外の仕事が増えるとは思わないだろ」


「それが最高位捜査官の仕事だからな。知らなかったのかい、君」


 二人がギルド前の警備員へ捜査官手帳を見せてから改札へ翳し中へと入った時、一階ロビーの受付で捜査依頼を行っている女性の姿が見えた。

 女性は上下共に紺色のスーツを着ており、足元には赤いヒールを履いている。


「ああ、丁度良かった」


 受付の栗色の髪を後ろへ引っ詰めた赤い眼鏡をかけたロヴェルタ・ヴァレンタインがフィニスとミコの姿を見て声を掛ける。

 それにフィニスは嫌そうな表情を浮かべ、後頭部をガリガリと掻きながらそちらへと向かう。


「なんだよ」


 受付の方へ向いていた女性が振り返ると、フィニスは一瞬怯む。

 その額には花の刻印がなされており、左の首元へはバーコードが刻まれている。その眼差しはどこか遠く、唇は薄ピンクをしている。

 白い指先は美しく整っていた。


「こちらのアンドロイドの女性は、ディアナ=ベーダ・リンドホルムさんです。彼女が捜査官へ依頼をと伺っております」


「……アンドロイドが捜査官に依頼を?」


 そのアンドロイドが、ゆっくりと目を瞬く。そして、まるで寸法を測ったかのように美しい四五度の礼をする。

 それにフィニスは少しだけ嫌そうな顔をしながら「話を聞くから、こっちへ来てくれ」と告げてギルド一階ロビーにあるブースへと向かう。

 あまりにも嫌そうなフィニスは普段よりも深い猫背でゆっくりと摺り足で歩く。


「どうぞ」


 フィニスがディアナへ席を勧める。

 そのフィニスの後ろへミコが立つ。座ったディアナは、その遠くを見つめる瞳でフィニスとミコを見つめ、そしてそこへ座った。


「それで、アンドロイドが何を依頼したいと言うんだ」


「アンドロイドのことが、お嫌いそうですね」


 静かな声だった。僅かに深みがあり、女性にしては低い声。

 首元がすっきりとして見えるフリルシャツを着たディアナが鞄の中から一冊の手帳を取り出し、その中から一葉の写真を出す。

 その写真の中には赤毛の少女が写っている。水色の流行りのワンピースを着ている彼女の額には竜胆の刻印、首の左側にはバーコードが刻まれている。


「私の姉を、探していただきたいのです」


「姉?」


 どう見ても目の前の女性よりも若い写真の中のアンドロイドに、フィニスは眉を顰める。そんなフィニスを後目に、ミコは「なるほどな」と口を開く。


「製造番号が君よりも早いな、だから姉か」


「はい、私よりも早くに作られたので姉なのです。彼女は三日前に私たちの制作技師であるスクリプトールを殺害し、姿を消したのです」


 静かなディアナの言葉と共に、彼女は心配そうに眉を下げて見せる。

 まるで、人間が“かく悲しむべし”と設計したような表情を浮かべている。


「技師を殺害だって? アンドロイドは人間への加害行為ができないようになっているだろう」


「はい。ですが、実際にスクリプトールは私の姉であるカミラによって殺害されました。彼はカミラと交わっている最中に殺されたようで、下半身のみを露出し、首を無理矢理に捻じ切られていました」


 その死に様に、フィニスは嫌そうな表情を浮かべる。ミコも似たような顔をしていた。


「もしも、カミラが壊れてしまっているのなら、これ以上の被害を出さず捕まえたいのです」


 ディアナは視線を床へと落とし、その眦には僅かな涙すら浮かんでいた。

 そんな涙を、フィニスは嫌そうに見つめる。フィニスにとって、人間も魔力生物もアンドロイドも同じようなものであるのだ。


「それでは、依頼をお願い致します」


 ディアナが座ったまま深々と頭を下げる。

 それに、フィニスは嫌そうに後頭部をガシガシと掻き、それから書類に数字を書く。


「これ、依頼料な」


「……捜査官への依頼料は、一二万イェンが最大だと伺っていますが」


「俺は最高位捜査官だからな」


 ディアナは誰が見ても分かりやすく渋々と言った様子で唇を引き結び魔導端末を取り出す。その端末を操作すると、すぐにフィニスの端末から着信音が鳴る。


「確認した。今日から捜査に入る」


「もしかすると、再びスクリプトールのところへ帰ってくるかもしれません。あの子は、行く場所がありませんから」


 そう告げたディアナが魔導端末をタップすると、フィニスの端末へと情報PDFが登録される。

 そこにはスクリプトールの工房への地図やカミラの写真、服装までもが仔細に記載されていた。


 フィニスがディアナを見送ってから立ち上がる。


「ミコ、着替えて出るぞ」


「ああ、分かった」


 立ち上がったフィニスに続きミコが立ち上がり、自室へと向かう。

 二人は部屋の中で戦闘着にもなる防魔導スーツを着用する。魔法や刃をある程度防ぐことのできるスーツに、最高位捜査官である印の捜査官バッジを取り付ける。


 二人がギルドを出てウィクス地区へと向かう途中の路地裏が立ち入り禁止の危険表示テープが貼られているのが確認できる。

 そこにいるのは、ギルドの下位捜査官のようであった。


「おい、何があった?」


 捜査官用のハンダ帽の中へ長い髪を詰め込んだ女性捜査官へとフィニスが問い掛けると、彼女は一度面倒臭そうに振り返り、その襟に取り付けられた最高位捜査官を示すバッジに慌てて居住まいを正して敬礼をして見せる。


「はい! こちらのアパートで男性の首が……その、剛腕で千切られたような死体が出ていまして」


 その言葉にフィニスとミコが顔を見合わす。


「死体の様子確認をさせてくれ」


 フィニスの言葉に、女性捜査官は「かしこまりました!」と声を上げてテープを上げようとする。それにフィニスは良いと言うように手を振り、自分の手でテープを持ち上げて事件現場へと入る。


「ネブラ捜査官!」


「ネブラ捜査官がこんなところまで、どうしたんですか?」


 下位捜査官たちの言葉に、フィニスは面倒臭そうな表情を隠しもせず「死体は?」と問い掛ける。


「すまないな、フィニスと俺は別件の捜査中なんだが、その捜査と関連があって見せてくれないか」


 フィニスの言葉足らずの問いに対し、ミコがそれを補足する。

 二階にある黄色と黒のテープで留められた部屋がフィニスの目に入る。彼は革靴をコツコツと鳴らしながら、金属製の階段を上がる。


 鑑識であるコロポックルの捜査官が顔を出し、フィニスの襟に取り付けられたバッジを確認して玄関から出て敬礼をする。


「どうぞ!」


「おー」


 コロポックルの言葉に、フィニスは適当な言葉を返して部屋の中へと入る。室内はゴミだらけで、黒いゴミ袋はしっかりと口が縛られている。

 フィニスとミコは手袋を着けて周囲を見渡す。ゴミに覆われた部屋の中、一角にのみゴミが無く、濡れたタオルと血が混ざった水の入った桶、そして首が捻じ切られ床に落ちた没個性的な男性の頭と床へと崩れ落ちたその男性の体があった。


「……これはまさに、捻じ切られたとしか表現できんな」


 そのタオルには何故か土や赤黒い汚れが付着しており、しかしその汚れは明らかに床を拭いたり自身の体を拭いたようなものでは無い。


「ああ、ディアナとかいうアンドロイドが言ってた案件だろうな、さっさと見つけるか」


 フィニスは唇を引き結んで「ありがとな」と告げて部屋から出る。

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