前編 最高位捜査官と娼館
中央ギルド庁舎を出て路地を歩くと、額に花の刻印を押されたアンドロイドが客寄せをしている様子が見える。
そのほとんどが、男性や女性が快楽を買う茶屋であり、他には電気屋やネットカフェの看板を持って声を上げて客を呼んでいるアンドロイドたちもいる。
その全てが、薄い笑みを浮かべており、まるで人間に嫌われないように設計されているようで、フィニスはアンドロイドを嫌っていた。
「君は本当にアンドロイドが嫌いだな」
ミコからの言葉に、フィニスは「誰が好きなんだ、あんなの」と吐き捨てる。
「あれに欲情する奴がいることも信じられないだろ。あの人工皮膚と人工脂肪の下は魔導カーボンで作られた骨組みだぞ」
「何を言ってるんだ、君は。君たち人間だって、皮膚と脂肪の下はカルシウムで作られた骨組みじゃあないか」
フィニスがポケットに手を突っ込みブツクサと文句を言いながら歩く横で、ミコは後頭部で手を組んであっけらかんと笑っている。
そんなミコの様子に、フィニスが嫌そうに眉を寄せる。
不意に、ミコが「危ないぜ、前」と告げ、フィニスが前を見る。そこにはオレンジ色の髪をした女性が立っており、フィニスは思わずたたらを踏んで立ち止まり、ぶつかり転んでしまった女性へと手を差し出して、その瞬間「うっ」と僅かな声を漏らす。
フィニスが手を差し伸べた女性の額には花の刻印がなされており、その瞳孔はどこも向いておらず、首の左側面にはバーコードが刻まれている。
「ありがとうございます」
誰もが好むように設計された、薄い微笑みと柔らかな声音でアンドロイドが告げる。
「君、最近人気のアンドロイド技師アエディフィシウムの作品かい?」
ミコがアンドロイドへ問いかけると、彼女はそのボブヘアーを緩く傾けてミコの方へと顔を向け、ピンク色の唇を開く。
「はい、私の設計技師はアエディフィシウムです」
「やっぱりな、あの人はバーコードの最後がブラウンで、花の茎になっているんだ。そういうところまで細かいのが、動く美術品と言われる所以だな」
ミコが自身の顎を触れて物知り顔で頷いて見せると、フィニスは「さっさと行くぞ」と唇をへの字に曲げる。
そんなフィニスの様子にミコは「わはは」と笑い声を上げ、アンドロイドへ軽く手を振って再び歩を進める。
「なんで俺がこんな仕事を任されるんだ」
嫌そうなフィニスの声に、ミコはその唇を笑みの形へ引き上げる。
「君が最高位捜査官になったからさ。ハッピーバースデー、新しい君」
「最悪だ、俺はできる限り面倒な仕事をせず生きていきたいんだ」
「それなら死ぬほうが早い。生きてる限り仕事は面倒臭いもんだぜ」
軽口を言い合いながら到着したのは、ギルドから経営許可の下りている茶屋であった。
男性客が多く、アンドロイドと共に個室へと入っていく。
「なんでこんな茶屋が流行るんだ」
「簡単なことさ、彼女たちに感情や心が無く、病気にもならないからさ」
肩を竦めて告げたミコに、フィニスは随分と嫌そうな溜息を吐き出す。
そんな二人の元へ、一人の女性が現れる。
四人の女性アンドロイドを引き連れた肌の黒い女性は、世界最大の行方不明者製造国であるパス・コン・モンターナスから流れ着いた者であった。
様々な仕事を渡り歩き、現在では金貸しと娼館の経営をして生きている女性だった。
「やあ、久しぶりだなアンヘルス」
「ああ、最近は顔を見せなくなったじゃないか」
軽く片手を挙げたミコに、アンヘルス=マルシア・ガジェゴ・ノゲーラは深く低い声で応える。
「ああ、新しい相棒ができたからな。コイツは最高位捜査官のフィニス・ネブラだ」
「初めまして、お噂はかねがね」
「アタシの噂なんて、まともなもん無いだろうに」
低い笑い声と共にアンヘルスが背中を向ける。
「おいで、応接室で話そう。誰か、使いたいのがいたら連れて行くといい」
「いや、うちのフィニスは初心でな。アンドロイドが苦手だから、今度俺が一人で来た時によろしく頼む」
「アンタみたいなハイエルフは中々見ないよ、そういうところが気に入ってるがね」
アンヘルスは足が悪いのか、金のステッキで床を引っ掻いている。そんな彼女の左側をアンドロイドが支えながら先を歩く。
「この子達は、感情も心も無いだろう、だから良いのさ。アタシのような人間の介護をさせたって嫌がりもしない」
「君の介護だって? 杖があれば歩き回れるだろうに、なんの介護が必要なんだい」
「それぁもちろん、下の世話さ」
下卑た笑いを重ねるミコとアンヘルスの様子に、フィニスは僅かに眉を顰める。
「ああ、そっちのアンタは初心だって言ってたね。こんな下ネタも苦手かい?」
「いや、初対面の人間とのそういった会話に、どう反応をすれば良いのか分からなくてな、すまない」
「良いさ、アンドロイドは苦手かい」
アンヘルスからの問い掛けに、フィニスは言葉を詰まらせる。そして、唇を数度動かして唇を舐め、唾液を嚥下する。
そして、口を開いた。
「苦手だな。人間に愛されるためだけに生まれてきた容姿に、どこを見ているのかも分からない瞳孔と……あまり、得意じゃない」
静かなフィニスの言葉に、アンヘルスは口を大きく開いて笑う。
「いいね、気に入ったよ。娼館を経営しているアタシの前で素直に言うじゃないか。合格だよ」
アンヘルスの言葉に、フィニスが彼女の二メートル近い体躯を見上げる。
そんなフィニスに、アンヘルスのグレーの瞳が笑みにぎゅうと曲げられる。
到着した応接室の中、出入口から遠い席へと座ったアンヘルスが、彼女の分厚い太腿へと両肘を乗せる。
「アタシは、気に入らなきゃ仕事を依頼しないのさ。週に一度、うちの娼館で狼藉を働く奴をとっちめてくれりゃあいい。ギルドの最高位捜査官が見回ってるってだけで小物はそんなこたぁもしなくなるのさ」
「なるほどな。ウィスに依頼していたのと同じ内容か、ところで以前働いてた奴はどうしたんだい」
アンヘルスは懐かしむように目を細める。
「アイツはうちのアンドロイドを人間扱いして、一緒に逃げようとしたからね。今頃は清中王国かゼムルヤ・スネガの奴隷兵にでもなってるんじゃないかい。……ウィスは歳を経ても性豪だったねぇ」
大声で笑ったアンヘルスに、ミコは「困るくらいにな」と笑いを返す。
「それで、週に一度でいいんだな」
そんな二人の会話にフィニスが口を挟む。
「そうさ、アンドロイド嫌いのアンタにはしんどいかもしれないがな」
「仕事ならやる、それだけだ」
フィニスの言葉に、アンヘルスは赤い口紅を引いた唇をにんまりと形作る。
「良い男だね。アタシがもう二〇歳若かったら狙っていたよ」
そんなアンヘルスの言葉に、フィニスは内心四〇歳だろなどと独りごちる。
「二〇歳じゃあ足りんだろう。一〇〇歳は必要だぜ」
「ハイエルフの感覚で言わんどくれよ。アタシはまだ五〇歳だよ!」
その時、娼館の中で男性の怒鳴り声が響く。
「早速、アンタらの仕事がやってきたようだね」
アンヘルスを置いて、フィニスとミコが革靴の踵を鳴らしながらホールへと向かう。
大理石で飾られたエントランスホールには、ブラウンのロングヘアの女性がその髪を捕まれ、受付の女性へと喚いている男性客の姿があった。
「俺を! バカにするんじゃねぇぞ、何言っても表情ひとつ変わんねぇ作りもんのくせに!」
口から唾を飛ばし、感情の爆発をどこに置けば良いかも分からなくなった男性客はその眦に涙すら滲ませている。
「あれか」
階段を駆け下りるフィニスと違い、ミコが手摺を乗り越えて二階からエントランスホールへ着地する。
「君、せっかく楽しみに来たのに、どうしたんだい」
ミコが男性客の手から女性の髪を離させ、その体をアンドロイドから離す。
男性客はぐううと唸りながらその場に座り込み「今日、嫌なことが、会社で嫌なことがあったんだ」と消え入りそうな声で告げる。
「嫌なことがあった、嫌な、嫌なことがあったんだ。あの男、アイツ、俺に……俺に、そんなことだから年下の女が上司になるんだって言いやがって、くそ、クソ……」
呼吸は上擦り、まともに息も吸えていない様子だった。それでも、男性客はミコへと言葉を吐き出す。
「それを、ロレナちゃんへ言ったんだ、愚痴を、そしたらロレナちゃんはいつも通りの笑顔で、なんて言ったと思う!?」
ぐうっと吸い込んだ呼吸が、男性客の胸を大きく膨らませる。
「頑張ってねって、俺が、俺がこんなにも苦しんでるのに……」
男性客をミコに任せている間に、フィニスはロレナという名らしい女性の背中を支えて、その顔を覗き込む。
ブルーグレーのその瞳にはどこを見ているかも分からない瞳孔が僅かに見え、その頬は赤く腫れてはいたものの、額の花の刻印と首の左側にあるバーコードで彼女もまたアンドロイドであることが分かる。
それに、僅かに眉を顰めたフィニスは、しかしポケットに入れていたハンカチでその頬を触れる。
そんなフィニスの行動に、ロレナはうっとりとフィニスの手へ自身の手を添える。
フィニスは、ハンカチをそのままにすぐ体を離して気まずそうにその手を腰で拭った。
「アンタ、アンドロイドは苦手だって言う割にいい男じゃないか」
アンヘルスの言葉に、フィニスは口を開き、何も言えないままにその唇を閉じる。
「それは可哀想だが、だからと言って物に手を挙げるのは良くないだろう。ここは心地良くなる場だからな。アンヘルス、今日は帰ってもらうだけで良いだろう?」
ミコがそう告げると、アンヘルスは「そうだね」と頷く。
「良いかい、これからはギルドの最高位捜査官が見回りをするようになるから、今日みたいなことをするんじゃあないぞ。人生無理せずだ。俺の主のようにな」
ミコがウインクをしてそう言ってみせると、男性客は眉を下げたまま深く、深くアンヘルスとミコへと頭を下げる。
「申し訳、ありませんでした」
「次が無けりゃぁ、いいさ。次はゼムルヤ・スネガに送る奴隷船に乗せてやるからね」
アンヘルスの言葉に男性客は僅かに震え、そして深く、深く頭を下げて受付に通常より多くの支払いをする。
「ありがとう、ございました」
震えた声は、怯えているようなものでは無く、ただ今日より先も生きていくしか無いことに気が付いたかのような、そんな声だった。




