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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第24話

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三国不可侵条約

 特定魔力生物管理者並びに特定魔力生物管理者捜査官位階確定役人の一人であるユース・ラウルスは、特に重要な特定魔力生物管理者捜査官位階確定を担っていた。

 特定魔力生物管理者捜査官略称捜査官は、魔力生物や特定魔力生物管理者略称冒険者を管理、保護、有事の際の武力行使、国内での戦闘を許されているため、使える魔法が変化する位階は重要であった。

 彼女の隣には常に、魔力生物である鷹獣人のルパ・ノヴムがまるで侍従のように控えていた。


 ユースは薄灰色の髪を乱れ無く纏めあげており、そのブラウンの目は赤い縁の眼鏡に隠されている。

 唇には赤いリップが塗られており、紺色のパンツスーツには位階確定役人を示す金のバッジが取り付けられている。


 ユースが行うのは、捜査官の位階決定が主である。

 過去、彼女が選定を行った中で最も優秀であった捜査官が一人だけいた。それが、捜査官フィニス・フォン・ネブラであった。

 黒髪に胡乱な黒目、深い猫背に下がった口角、まるで針金のような痩せぎすの体躯をした青年であった。

 彼は最高位捜査官の位階資格試験において、必要な禁忌魔法を一つだけでなく二つ、かつ禁忌:ウイルス魔法を三つの魔法式を完璧に記してみせたのだ。


「これでいいですか」


 静かな声だった。

 セレニティが始まって以来の才人でありながら、それを誇る様子すら見えない。

 ただ必要であるからその資格を取ると言うかのような、興味のなさであった。


「君は、何故最高位捜査官位階が欲しいんだ?」


「……位階確定に面接は不要だと聞いてましたが」


「ただの雑談さ」


 ユースの言葉に、フィニスはその黒髪をガシガシと掻いて、そしてその薄い唇を開く。


「給料が上がるからです」


「給料?」


 ユースは思わず聞き返した。いままでの位階を上げたいと告げていた捜査官のほとんどは、それが誇りであるとか、セレニティのためにだとか、思ってもいないだろうことを嘯いていたのだ。

 それを、過去最高に優秀なフィニスだけが「給料のため」だと素直に言ったのだ。


「給料です。最高位捜査官になったら、基本給料が八〇万イェン、危険手当が一件ごとに五〇万イェンになるので」


 一切の興味関心も無い、感情すら無いのでは無いかと思うほどに平坦な声が、フィニスの唇から零れる。

 それに、ユースは面白いなと唇を緩めたのだ。

 この男は、国のためではなく給料のために仕事をするだろう。国のためにと言う人間は大抵が金や情報や痛みに裏切る。

 しかし、金を目当てとして仕事をする者は決して裏切ることは無いのだ。何故なら、裏切ることは儲からないことだと知っているからだ。


「試験は以上だ」


 ユースの言葉に、フィニスはすぐに振り返って背中を見せる。


「ネブラ」


「まだ何かあるんですか」


「なに、雑談だ。最高位魔導宝珠は高級品だが、買えるのか?」


「もう持ってます。では」


 フィニスは面倒そうに低くそれだけを告げて、パンツのポケットに両手を突っ込んで歩いて行く。

 フィニスを見送ったユースは、書類へフィニスの名を記し“可”の文字を書く。これを提出すれば、すぐにフィニスの元へ最高位捜査官の証明書と禁忌魔法使用許可証が届く。

 そうすれば、フィニスは晴れて最高位捜査官になるのだ。



────


 ──同刻、セレニティ首都ルーメンのギルド第三会議室


 その会議室に集まっていたのは、三国の大統領と皇帝であった。

 そして、外交官であるリビティウム・アドが彼らの中心になるよう座っている。


「本日、皇歴三四二年、世界歴二一八七年七月一四日尾長燕の日を以てヴィントラント、エヴィスィング、神聖皇国の不可侵条約を締結します。異論はありますか」


 四角四面な、ゼムルヤ・スネガの海に張る分厚い氷ですら彼よりは暖かいだろうと思うほどに感情の見られないリビティウムの様子に、三者三様に頷いて見せる。


「では、こちらの契約書にそれぞれサインをお願いします」


 各国の不可侵条約締結のための条件が書かれた契約書には、仲介国であるセレニティに支払われる金額も明記されている。

 その契約書に、三名のサインがエルセトゥ語で記載されていく。

 魔導インクはその性質上、紙の上に乗るとキラキラと輝く。貴重な魔導インクを膨大な数を書かれる契約書に使えるのはセレニティくらいのものであった。


 神聖皇国の皇帝は、皇帝になる前までは名前があるにも関わらず、皇帝になると“日聖”という名が与えられ個が失われる。

 その為、契約書に書かれる名前も最も短い。柔らかく丸い、大きな文字で今代の日聖のサインがなされる。

 日聖はその日、正装である白の長い衣に赤の羽衣を掛けている。首の後ろの赤い羽毛は丁寧に梳かれており跳ね一つ存在しない。


 ヴィントラントの大統領であるデアーグ・ライムント・シュトレーメルはブルーグレーのスーツを着用し、国花である金色の薔薇を模したラペルピンが飾られている。

 角張った力強い字で、デアーグの名が記される。


「此度の戦争、どこまでいくでしょうな」


 静かなエヴィスィング国大統領であるロナルド・ギランの声が部屋の中へと響く。それに、誰も即座に反応することはできなかった。


「さあ、どうでしょうか。清中王国が参戦し、トットが参戦しましたから、コルディ・ティリート、ニクス辺りは参戦しそうですね」


 デアーグがそう言うと、日聖も頷く。


「ええ、シュトレーメルさんの言う通りです。私も清中王国、トットが参戦したことで介入することを決めましたから」


 言葉を交わしながらロナルドもサインをする。細く縦に長い文字が紙の上へと踊る。

 オールバックにされた金髪にアイスブルーの瞳、ノーフレームの眼鏡を掛けている。黒いスーツのフラワーホールには可愛らしいてんとう虫のバッジが取り付けられている。


 全員がサインしたことを確認すると、リビティウムがそのサインと名前を一文字ずつ参照する。


「確認しました」


 そう告げたリビティウムが最後にペンを取り、仲介国であり、仲介を行った自身の名を紙を引っ掻くような筆跡で書き上げて、三枚の複写をそれぞれの国家元首へと渡す。


「それでは、こちらで不可侵条約は締結となりました」


 リビティウムの言葉に、デアーグが「すまない」と声を掛ける。


「なんでしょうか」


「以前お借りした傭兵だが、もう少し借りたいのだが、良いだろうか」


 デアーグの言葉に、リビティウムは即座に口を開く。


「それは、私だけでは判断しかねますので、確認をして参ります」


 次いで、ロナルドが無意識に親指の腹で人差し指の爪を擦り合わせながら言葉を発する。


「魔力生物と傭兵をお借りしたいのですが、いかがでしょうか」


「それも、私だけでは判断しかねますので、確認して参ります」


 リビティウムは書類を手に会議室を出ていく。

 その瞬間に、ロナルドは緊張が抜けて椅子にだらしなく背中を預ける。ロナルドは国家元首の中でも一番若く、経験も少ないうえに魔力持ちや魔力生物が重要となる戦時中においてもそれらが一切いないのだ。


「ギランさん、無作法ですよ」


「まあまあ、日聖さん。彼はまだ若い。国同士の腹の探り合いはまだ慣れていないのでしょう」


 日聖とデアーグが小さく笑う。


「ところで、ヴィントラントでは傭兵をお借りしたと伺いましたが、セレニティの傭兵の質はどうでしたか?」


 日聖からの問いに、デアーグは自身の顎を擦りながら重々しく口を開く。


「そうだな……凄まじい練度だったと言うべきか。防殻魔法、医療魔法、結界魔法、体内燃焼魔法、その全てが平均以上かつ、使用速度が速すぎる」


 カイザー・オーバーマイヤー大将からの報告を思い出しながら言葉を紡ぐ。


「あれで、セレニティ国ではBランク程度までの銀タグだと言うのだから、ゾッとしないな。何があってもセレニティだけは敵に回したくないものだ」


「それだけの傭兵を“貸せる”ということは、自国の守りは問題ないということですか」


 ロナルドが二人の会話に口を挟み、デアーグと日聖は言葉を止める。

 それが真実であることを理解したからだった。


「改めて、セレニティを敵に回さないように努めましょう」


「ええ、必ず」


 三国の会話が落ち着いたタイミングで会議室の扉がノックされ、リビティウムが入ってくる。

 ロナルドはノックの直後、慌てて居住まいを正してジャケットを軽く整えてみせる。


「お待たせしました。傭兵と魔力生物の貸与ですが、可能です。ただし、傭兵は銅タグ一人につき一日七万イェン、銀タグは二一万イェンでの貸出、死亡時には二〇万イェンの支払いを戦後にしていただきます」


 リビティウムがテーブルの上の紙へ金額を記載していく。


「そして、魔力生物は我が国の資産ですので、各魔力生物一体につき一日二五万イェンの支払いを求めます。こちらも戦後にお支払い頂きます」


 感情の見えない静かな声でリビティウムが告げる。それに、デアーグは即座に頷く。


「それで結構です。契約書はありますか?」


「わ、我が国もそれで大丈夫です」


 デアーグの言葉に押され、ロナルドも声を吐き出す。


「アドさん、私はこれで失礼します。尾長燕の加護がありますように」


 日聖はそう告げると立ち上がり、白い衣の裾を引き摺りながら会議室の扉を抜けて日常へと帰っていく。


「こちらが傭兵、こちらが魔力生物貸与の契約書です」


 リビティウムの言葉に、ロナルドはすぐにサインを始め、デアーグはしっかりと最初から契約文書を確認する。

 先程リビティウムが話した内容と差異が無いことを確認し、ようやくデアーグはサインを行った。


「確認しました」


 リビティウムは常通りの温度のない声音で告げると、自身の名を最後に書き足す。


「これで全ての契約が完了しました。転送装置は三階に、ホテルは一番通りにあります」


「ありがとうございます」


 静かなデアーグの言葉にロナルドも立ち上がり、互いに語らいながら会議室を出て行く。

 リビティウムは契約書をブリーフケースへと片付けると、九階の総合外交制作局へと向かう。


 その最中、ロナルドとデアーグの声が聞こえたが、リビティウムには既に関係ないことであった。

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