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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第23話

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最高位捜査官と禁忌魔法

 フィニスは、自身の部屋ポストに届いていた“禁忌魔法使用許可証”を見て、初めて禁忌魔法を覚えた日のことを思い出した。


────


 フィニスが最初に触れた禁忌魔法は、セレニティで一番最初に研究されたという“ウイルス魔法”だった。

 ウイルス魔法は、人体を必ず死に至らしめる嫌気性のウイルスを結界内に発生させる魔法であり、セレニティで禁忌魔法を使える人間であれば誰しも最初に覚えるものであった。

 魔法式が複雑かつ、オーダーメイド品である最高位魔導宝珠が必要なために使える人間はごく限られている。


「君、禁忌魔法を使えるようにしたのか」


 ミコがそう言うのも当然であった。

 禁忌魔法はギルドへの使用魔法届料も高く、最高位魔導宝珠は高い。

 しかし、それを使えれば最高位捜査官となり、給料が上がるのだ。


「金が手に入るからな」


「そうか、君はそういう奴だったな。放射線魔法と魔導刻印も教えてやろうか」


「お前、使えるのか」


 フィニスの問い掛けに、ミコはにんまりと笑った。彼の表情はまるでチシャーの猫のようである。


「俺はこれでも優秀なハイエルフだからな。普通のハイエルフなら脳が焼き切れるような禁忌魔法だって、この身ひとつで使えるんだぜ」


 フィニスはそこで初めて、ミコが常々言っていた「自分は優秀なハイエルフだ」という言葉が本当であったことを知ったのだ。


「君が最初に覚えたのは、アロの魔法だな。これはエグいぜ、俺も見たことがあるが全身から血を吹き出してグズグズに崩れるんだ。酸素に極端に弱いウイルスだから、結界内に出せば君は完全に無事だ。ただし、抗ウイルス魔法は必須だな」


 ミコが椅子に腰を下ろし、テスト前の学生同士が数学の式を語るように話す。そして、彼の丸く縦に長いオプテイムス文字で魔法式が綴られていく。


「ウイルス魔法で重要なのは、本魔法は閉鎖結界内にのみ有効とするという部分だ」


 ミコの気に入っている細いペンで書かれた文字は掠れも無く、白い紙に美しくインクを乗せる。


「そして、次に

・酸素分圧〇〇以上で構造崩壊

・宿主細胞侵入後のみ複製開始

・神経系/循環系のどちらを標的とするか

 この部分だな。ここがどのウイルスを使うかの分岐になるわけだ」


 ミコが更にペンを走らせていく。それを、フィニスはミコの知識を掠めとるかのようにペンで移し書いていく。


「そして、ウイルス魔法によって血液凝固系の暴走、神経伝達物質の枯渇、免疫過剰反応なんかがある。まあ、簡単に言えば宿主の免疫反応を過剰活性化させ、循環不全を引き起こすってことだな」


 白紙はミコが書く整った字で埋まっていく。ウイルス魔法の魔法式だけであるにも関わらず、それはただ膨大であった。


「ウイルス魔法は三つくらい使えればそれで良い。難しいものを覚えておけ。ウイルス:アロと、ウイルス:クラウィス、ウイルス:クーラ辺りを覚えておけば良いだろう。

 そして、重要事項だ。術者は事前に抗ウイルス魔法を自己適用すること。本魔法は術者を宿主として認識しないとコードに記載することだ」


 紙の上にある魔法式は、人間の感情を一切含まない冷たい倫理の塊であった。


「結界解除と同時に本ウイルスは構造を維持できず消滅する、この式を書けば完璧だ」


 ミコの言葉と同時に彼の指先で魔法式が綴られていく。

 ミコが書き連ねていく魔法は、まるで彼が地雷原を知っていてその隙間を縫っているかのような、不思議な安心感があった。


「次に放射線魔法だ。これは、元々セレニティでウイルス魔法を研究していた際に、ウイルス:クラウィスから派生した放射能を帯びたウイルスが発見され、それを定着させたのが元だ」


「ああ、そこまでは知っている。魔法式はこれだろ」


 オプティムス語で記した魔法式にミコは「君は素晴らしい生徒だな」と頷く。


「そもそも、禁忌魔法ってのは威力と影響範囲、国際倫理の観点で“使うべきではない”とされてるだけだからな、その最たる例がこの“放射線魔法”だ」


 ミコの手が先程まで書いていた魔法式の下へ線を引き、新たな魔法式を書いていく。


「まず、放射線魔法というのは魔力変換対象を生体由来ウイルス構造体に限定して、崩壊起点を結界内部一点に固定するわけだ」


 黒のノック式ボールペンがするすると線を描いていく。

 それを、フィニスは常通りの水の中で死に腐敗した魚のような目で見つめている。


「そして、崩壊過程において放出されるエネルギーを高速電子線主体に制限し、ガンマ線の自然派生を抑制するわけだ。ここまでは大丈夫かい?」


 ミコの問いにフィニスは頷く。

 自らの手元にある書庫から借りてきた本とノートへ、ミコが書いた魔法式を記載している。


「書庫に返すとき、それ怒られるぜ。ちゃんと謝っておけよ」


「どうせこんな本借りるヤツいないだろ」


 フィニスの返答に、ミコは「わはは」と声を上げて笑う。


「さて、続けるぜ。この魔法の有効範囲を半径三・二メートル以内に限定して結界外へのエネルギー漏出を零点以下に抑制する。これで術者の汚染を最大限に減らすわけだ」


 赤いペンへ持ち替えて魔法式の続きを記載していく。まるで、ここが重要だと言っているかのようだった。


「そして、ここで魔法執行者を結界外判定とし、魔力回路・神経系への干渉を無効化する。抗放射線用魔法式を同時展開条件とするんだ。ここで術者を完全に術外にする。この二点を押さえておかないと術者も被爆するからな」


 ふたつの魔法式を円で囲み、“重要!”と馬鹿にするかのような文字を付け足す。


「そして、ここが一番大切だ。魔力供給遮断、または指定時間経過をもって崩壊反応を自動停止させる。これで暴走せず放射線魔法が終結する」


 フィニスのノートには、放射線魔法に関する魔法式がびっしりと書かれている。

 ただどこで、何が、どこまで壊せば良いのかが書かれている。


「まあ、ひとまずこのふたつの魔法を使えれば最高位捜査官の試験は受かるさ。しかし、君は最高位魔導宝珠を持ってるのかい?」


 ミコの言葉に、フィニスは自身の身に付けていた黒いネクタイピンとブラックグレーの腕時計を外してミコの前へと置く。


「最高位魔導宝珠はふたつある」


「ひとつで家が建つと言われてる最高位魔導宝珠をふたつもかい!?」


「俺の脳が焼き切れさえしなければ、同時にふたつの最高位魔法も使えるレベルのものだ」


 ミコはしげしげとネクタイピンと腕時計を見つめる。

 その腕時計は、フィニスが腕時計を買うと言った時に「せめて黒以外を選べ」と言ったものであった。


「なるほどな、だから君の魔法はああも安定していたのか。なら飛行魔法や防殻魔法、結界魔法は確実に使えるとして医療魔法やライフル魔法、脳内麻薬魔法も使えるのかい」


 フィニスはノートとして使っていた紙を机の上で叩き角を揃えながら、興味関心の一つも無く「使える」とだけ答える。

 禁忌魔法を除いて最高難易度と言われる医療魔法や、戦士のみが使う脳内麻薬魔法までもを使える捜査官はまず存在しない。

 ミコはそこで初めて、フィニスが想像以上に優秀かつ、想像以上に異常な捜査官であることに気が付いたのだった。


────


 フィニスは飛ばしていた記憶を現在へと押し戻す。

 禁忌魔法使用許可証が入っていた封筒の中に、新しい捜査官バッジが入っている。

 八稜形の金色バッジであることは変わらないが、中央には背景に菊が描かれており、天秤と抜き身のナイフが組み合わされた紋章があしらわれており、背景は黒エナメル、外周には月桂冠が彫られている。

 魔法執行を許可されている、最高位捜査官であるという印であった。


「おっ、ようやく届いたのかい、捜査官証が」


「ああ」


 後ろから聞こえた声に、フィニスは応える。


「最高位捜査官は常にバッジを付けておかないといけないだろう、付けてやる」


 ミコの言葉に、フィニスは少しだけ面倒臭そうな顔をして、ミコのほうへと体ごと振り返る。

 そのフィニスのスーツ、フラワーホールへとバッジを通してからミコは「似合ってるぜ」と告げ、フィニスと揃いの捜査官バッジを自身のシャツにも取り付ける。


「しかし、これで楽になったな。俺も実力行使ができるし、君もできるようになった」


 ミコの言葉に、フィニスは彼を横目で一度見てから口を開く。


「俺、暴力嫌いなんだよな」


「前も言っていたな、それ」


「話し合いで解決できるならそれが一番いいだろ、気が楽だ」


 そう告げたフィニスが許可証を靴箱の上へと置いて、スーツの尻ポケットに財布と魔導端末を突っ込むと革靴を履く。


「フィニスが自主的に仕事へ行こうとしてるなんて、俺は感激だ。これが最高位捜査官の姿ってことか」


「いや、食堂に行く」


「そうだろうと思ったぜ。俺も行く」


 フィニスが黒の革靴を履くと、狭い玄関に並んだミコもブラウンの革靴を履く。

 フィニスよりも少し高い身長で、フィニスよりもしっかりとした体格のミコがフィニスと並ぶと、フィニスはいつだって「暑苦しい」と嫌がるのだ。


 扉を開け廊下へ出て鍵を閉めたフィニスと並んで歩いていると、魔力生物たちがフィニスとミコを見かけて「おはよう!」と声を掛ける。

 ミコはその一人一人に「おはよう」だの「いい朝だな」だのと言葉を返していく。

 それにフィニスは「外面がいいな」などと思いながら階段へと向かった。


「あれ、君。セージーじゃないか?」


 階段へ向かっている途中に見かけた人影へ、ミコが声を掛ける。

 そこに立っていたのは顎髭を蓄えたTシャツにスラックスの青年、セージー・カーミャーだった。


「あ、おはようございます。ミコさん、フィニスさん」


 立ち止まったミコに倣ってフィニスが立ち止まり、スラックスのポケットに両手を突っ込み、猫背に胡乱な瞳のまま青年を見る。


「なんだい、君。まだ冒険者になってなかったのかい?」


「実はまだ、最後の研修先が見つかっていなくて……。最後の研修先で初魔力生物が決まるので魔力生物もいないんですよね」


「それは困ったな。セージー、フィニスと先に食堂へ行っていてくれ」


 ミコがそう言うと、特定魔力生物管理窓口の方へと足を向ける。

 それに、セージーが困惑の瞳でフィニスを見ると、フィニスは大きな欠伸をひとつして、先を歩き出す。


「あ、あの」


「早く行かないと席が無くなるだろ」


 そう告げたフィニスに続いてセージーは歩き出す。

 四五〇イェンのB定食を頼もうとしたセージーに、フィニスは朝定食の食券を押し付ける。


「えっ、ありがとうございます」


「ミコの金だ」


 セージーの感謝を手で追い払うように動かしたフィニスに、それでもセージーは感謝の言葉を告げる。

 朝定食をふたつ受け取ったフィニスが席につくと、セージーも同じようにフィニスと同じ席に座る。


 朝定食はライ麦で作られたずっしりとしたヴィントラントパンにキュウリ、トマトだけのサラダ、プレッツェルとスクランブルエッグ、更にヨーグルトがかけられたグラノーラが乗っている。


「俺、こっちに来てから初めてライ麦パン食べたんですよね」


 フィニスは、セージーのその言葉にも「へえ」と返すだけだった。

 フィニスが食べ始めたそのタイミングでミコが歩いてくる。


「待たせたな。おっ、今日はヴィントラントの朝食か。俺はヴィントラントの朝食が好きなんだ」


「ミコさん、どこに行ってたんですか?」


 セージーの問いに、ミコは「ああ、そうだ」と手を叩く。


「君の最後の研修先、ソキウスに頼んできたぜ。多分許可が出るだろう」


「もしかして、それをお願いに行ってくれてたんですか?」


 セージーが目を丸くすると、ミコは「そんな大事でも無い」とライ麦パンをちぎって口に入れる。


「イグニスの後ろ姿が見えたから声を掛けただけさ。それより、ソキウスは厳しいぜ。頑張れよ」


「ありがとうございます、ミコさん。精一杯やってきます!」


 セージーのそう告げる姿に、ミコは笑みを浮かべ、ミルクだけを加えたコーヒーへ口を付けた。

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