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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第21話

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後編 煮詰めた糖蜜のような声の女性

 冒険者プルヴィアを主として持っていた悪魔、クェルルスからの依頼で数多の冒険者へと聞き込み捜査をしていく中で、その冒険者──通称・聖女が捜査線に上がったのは当然のことだった。

 優秀という言葉では捉えきれないほどに有能でありながら完璧な存在。


 そのプルクラ・サンクトゥスという冒険者は、一〇人に聞けば一〇人が完璧だという容姿をしていた。

 長いストロベリーゴールドの髪は絹糸のようで、アーモンド型の大きな瞳は黒オパールのように輝き、赤いルージュで飾られた小さな唇からは甘い声が囁かれる。頭の先から足の先まで完璧な女性だった。

 演習会場で彼女を見つけたミコは、胸の内ポケットからギルド所属捜査官の手帳を取り出して見せる。


「ああ、君。中央ギルド庁舎所属捜査官、ミコ・アルカナイズだ。話を聞いてもいいかい?」


 そう告げるミコは金色の髪を肩に流し、その隙間から長い耳がちらりと覗いている。一目でエルフだと分かる姿をしていた。

 彼のエメラルドのような瞳は微笑んでいるかのように柔らかく、口元も僅かに弧を描いているが、それは決して笑みでは無いことが雰囲気から伺える。


 ベストの裾を軽く払ってプルクラの前へ腰かけると、彼の履いている黒い革靴の踵が床を軽く鳴らした。

 邪魔にならぬよう腰に差していた長剣は傍らに置かれ、その肩に担いでいた弓も同じく傍らへと重ねて置かれる。


「ええ、もちろん」


 アーモンド型の目を笑みの形へとろりと細めたプルクラは、小さなピンク色をした耳へと髪をかけて微笑んでいる。


 ミコの、穏やかな低い声音が演習競技場に響く。

 大きくは無い、ただ静かな声だった。


「最近急に寒くなったな」


「そうですね、もうすっかり冬で……ふふ、私、冬って大好きなんです。私の誕生日も冬ですから。

 私、もうすぐ誕生日なんですよ」


 そう楽しそうにコロコロと鈴を転がすような声で笑うプルクラに、ミコは「そりゃあいい」と言う。


「だから冬に死ぬように仕向けたのかい、自分への誕生日プレゼントの気持ちで」


 ある意味、賭けのような言葉だった。

 プルクラの唇に刻まれた笑みが深まる。


「なんですか? それ」


「冒険者、プルヴィア・ルブルムが死んだ」


「そんな……プルヴィアちゃん……私、お友達だったんです……演習会場でお話するだけだったけど、すごく真面目で、冒険者っていうお仕事に正面から向き合ってて、大好きだったのに……」


 プルクラは長い睫毛に彩られたアーモンド型の目から真珠のような大粒の涙を流して余りにも哀れっぽく悲しんで見せる。


「その冒険者プルヴィアの、傍付きである悪魔、クェルルスから聞いた話だ」


 プルクラの泣き声が少しだけ小さくなる。魔力生物でなければ気が付かないほどの、ほんの微々たる変化。


「プルヴィアは演習会場で会う、唯一の友達ができてからおかしくなったと」


 ミコの言葉に、プルクラが顔を覆っていた掌を外す。その眦には未だ真珠のような涙が光ってはいたが、もう顔を覆うようなことはしなかった。

 その唇には毒々しいまでの純粋な笑みが浮かんでいた。


「ふふ、そこまで分かってたんだ……」


 甘い、甘い声だった。糖蜜を煮詰めような、べったりとした嫌な甘さ。

 ミコはその声に、僅かな魔力が篭っていることに気が付いた。人魚と同じ、魅力と破滅の魔力。


「どうして君のような優秀な奴が、プルヴィアのような、所謂落ちこぼれを殺したんだい」


「ハイエルフさん、私、……私が大好きなんですよ。だから、私が必要で、必要で、必要だって言ってくれる人がいてくれればいてくれるほど……幸せになれるんです」


 囁くような、甘い声だった。


「その人の中に、私だけが残って、私に縋ってきてくれるのが幸せなんです。そして、その人のために私が泣いてあげている時……その時、私は世界で一番可哀想で、世界で一番、可愛くあれるんです」


 笑顔は蕩けていた。まるで蜜蜂の巣を圧して絞り出された蜜のように。

 蜂の巣を切り取り幼虫も成虫も一緒くたに圧力をかければこれほどの笑みになるだろうかというほどの。


「だから、名前を聞いたんです。プルヴィアちゃんの」


 胸の前でプルクラの白魚のような手指が組まれる。それはまるで祈りのような形にも見える。

 自分が殺した相手のことを、まるでいまでも友達かのように愛しそうに名を呼ぶのだ。


「名前を聞くとね、ハイエルフさん。呪いを、かけられるんです」


 まるで一〇〇〇匹のミミズが背骨を蠢くような、骨の奥から滲む寒気。怖気が走る言葉を変わらず笑顔で話す。

 ミコは最早、コイツは人間じゃないとすら思うほどであった。


「大切に、大切に呪いをかけて、すぐに死なないようによわーく、よわーく大切に呪いを育てるんです。私のね、魔力はそういう呪いをかけるのに、とっても適してるんです」


 寝る前の子供に絵本を読み聞かせるような声。


「ねえ、ハイエルフさん。そんな人がここに、どれだけいると思いますか?」


 笑みを深めたプルクラが囁く。


「私ね、ハイエルフさん。言ったでしょう。私が必要で、必要で、必要だって言ってくれる人が……いてくれればいてくれるほど、幸せになれるんです」


 うふふ、と甘く笑うプルクラの言葉に、ミコの口内がカラカラに乾き、唾液を求めて嚥下しようと僅かに動く。


「君、何人……を」


「なんにん、じゃないんです。一四人が、私のことを世界で一番可愛くて、世界で一番可哀想な私にしてくれたんです」


「してくれた、ってことは……まだ、してないヤツは」


 ミコの言葉に、プルクラは殊更幸せそうに微笑んでミコの耳へと、その甘ったるいほどの笑みを浮かべた唇を近付ける。


「二七人」


 甘さに烟るような囁きに、ミコの目が極限まで見開かれた。


「ああ、でも……プルヴィアちゃんがいなくなっちゃったから、あと二六人しかいないんだ……」


「その二六人は、君の人生を彩りはしないぜ。君はこれから裁判にかけられ、冒険者じゃなくなる」


 ミコの言葉に、けれどプルクラは穏やかに微笑む。まるで感情が無くなったのでは無いかと不安になるほどの、絵画のように整いすぎていて、逆に人間味のない微笑みだった。


「ねえ、ハイエルフさん」


「……なんだい」


「私が死ぬ時、きっと、たくさん、たくさん、人が、魔力生物が、泣くよね」


 焦げる直前の糖蜜のような、声。


「その時の私は、世界で一番……可哀想で、可愛いね」


 ミコは即座に、ギルド所属の魔力生物に招集を掛け、プルクラを拘束する。その突然の拘束に彼女のプルクラの魔力生物たちは当然反発し、プルクラの名を呼び、彼女を求める。

 そんな魔力生物たちの姿にプルクラはアーモンド型の大きな瞳にたっぷりの涙を溜めるのだ。


──……ああ、いまの私は……世界で一番、可哀想で、世界で一番、可愛い……。


 その唇の動きが分かったのはミコだけだろう。胃の腑がひっくり返るほどの強烈な悪意に、今日だけはフィニスがいなくて良かったと心の底から思うのだった。



 結局、プルクラはカンディドゥス呪殺事件以上の凶悪呪殺犯として秘匿死刑に処されることとなった。

 彼女の魔力生物たちは最後まで彼女の命を嘆願し、せめて屋敷での封印をと願った。

 しかし、それを断ったのはプルクラ自身だったのだ。


「みんな……私は、間違ってしまったけれど……みんなは、たくさんの人のために精一杯、生きてね」


 プルクラの優しい、優しい声に彼女の魔力生物たちは全員が他冒険者への譲渡を希望したと言う。

 その譲渡希望を、ギルド所属捜査官であるミコは拒絶した。あの女の元にいた魔力生物なんて、きっとろくなものじゃないと。


 しかしギルドは、その訴えを静かに棄却したのだった。戦力は正義に勝ると判断されたのだ。

 プルクラの魔力生物は、みな戦闘経験が豊富で高い水準を誇り、その経験も金で買えるようなものでは無かったのだ。

 その戦力を、ギルドも願ったのだろう。


 プルクラの秘匿死刑は、しかし人の口に戸は立てられぬとばかりにその日を迎え、数多の人が処刑場の外へと押しかけることになった。

 彼らの声が、涙が、「行かないで」という声が、声が……、声が、プルクラを一層輝かせ、喜ばせる。


「ねえ、ハイエルフさん。私ね、私が世界で一番、大好きなの」


 甘い甘いその声は、ミコの脳裏に焼き付き、まるで呪いのように、消える気配すらなかった。



────


 ミコは、未だにあのプルクラの甘い甘い声が脳から剥がれなかった。

 この事件を、どう報告書に纏めれば良いかすらも分からず、机に向かっては溜息を吐く。


 ミコは、正義は必ず勝利すると信じられるほど幼くはなく、しかし正義は不要であると斜に構えられるほど純粋でもいられず、悪はどうせ勝てないと言うほど大人でも無かった。

 しかし、プルクラは見事に完全な勝利を迎えたのだ。


 彼女の処刑は彼女の望むままに、魔力生物から人へ、人から人へと伝わり、最後まで彼女へスポットライトを浴びせ続けた。

 彼女の魔力生物たちは泣き、縋り、声を上げ彼女の愛を証明し、現在では他のパーティで彼女の素晴らしさを語っているのだとか。


 プルクラという冒険者は、暴力で人を屈させ、支配することはしない。

 彼女の支配とは、甘すぎるほどの“愛”だった。

 相手が自分を必要とすればするほど、彼女はそれを憐れむ自分のために泣き、その瞬間にもっとも自分が哀れで可愛いのだと信じられるのだ。

 それを受け取った人はみな、彼女を優しいと言う。彼女の全ては“優しさの記憶”として残る。


「ミコ、お前まだ報告書出せてねーの? やめろよなー、俺がイグニスにせっつかれんだから」


 フィニスが扉を開きざまにミコへ文句を言い募る。

 その瞬間、ミコは日常が帰ってきたような気がして肩の力を抜いて笑う。


「フィニス、君はまた出店に行ってきたのかい」


「そうそう、見ろよ、ハニーチュロ。美味そうだろ、やらねー」


「来月の税金の申請は君にさせるからな」


「やめろよ、税金って聞いた瞬間に全身にサブイボ立った。見るか?」


「誰が嬉しくて君の鶏ガラのような体なんて見るんだい」


 フィニスとの軽い言葉の応酬に、ミコはふと、自分の脳にこびり付いていたプルクラの「私は私が一番大好きなの」という、呪いにも似た言葉が解けていることに気が付いた。


 そこで気が付くのだ。空虚な愛という呪いに打ち勝つには、他者との程よい関係と心地好い距離の良い相手がいれば良いのだと。

 それはまさしく、魔力生物と冒険者という関係であり、ミコにとってのフィニスであるのだ。


 それでもミコは思い出すだろう。

 朗らかな春の陽気に、陽炎が踊る夏の最中に、虫の声が響く秋の夜長に、雪を踏む音が鳴る冬の朝に──。

 プルクラの焦げる直前にまで熱された糖蜜のような甘い甘い声を。彼女の言葉を。


──私は、私が世界で一番大好きなの。


──私が必要で、必要で、必要だって言ってくれる人が……いてくれればいてくれるほど、幸せになれるんです。


──私が、世界で一番可哀想で……世界で一番可愛い。


 甘い、甘いその言葉たちを、ミコは決して忘れることはできないだろう。


 どうにか完成させた報告書を、イグニスへ提出した帰り道、政府の地下へと潜り冒険者プルヴィアの墓へと向かう。

 エレベーターを使わず、階段で地下二階へ向かう道中は静かで、ただミコの革靴がリノリウムの床を叩く音だけが反響する。


「よっ、報告が遅れて悪いな。色々、色々ありすぎたんだが、まあ君の大切な冒険者を殺した奴は……死刑に処されたぜ」


 ミコの言葉に、クェルルスの「ありがとう」という声が聞こえた気がして首を振る。


「ありがとうなんて言ってくれるなよ。アイツは……稀代の大悪党だった。悪が勝利するなんて、夢物語の中だけだと思ってたんだがなぁ」


 ミコの言葉に返す者は誰もいない。

 それも当然だ。彼らは燃やされ、遺灰になり、もう誰が誰だかも分からなくなっている。

 それでもミコは、ケジメとして報告をしておきたかったのだ。


「じゃあな、クェルルス。また会おうぜ」

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