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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第21話

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前編 フィニス・ネブラの再来

 プルヴィアがその日参加した演習には、プルクラ・サンクトゥスという名の冒険者がいた。


 彼女は美しいストロベリーブロンドの長髪に、身長は一五〇センチメートルほどの小柄な体をしていた。

 演習に出席する日は、魔力生物と選んだ服に身を包み、丁寧にメイクを施して現れる。

 一〇人に聞けば、一〇人が魅力的な女性だと答えるだろう、女性冒険者だった。


 彼女は可愛らしく品があり、学校を首席で卒業し、特定魔力生物管理者資格も当時の最高点で取得し、研修も最短で修了、小論文は一度のみ提出のし直しという、優秀中の優秀な冒険者だったのだ。

 それこそ、フィニス・ネブラの再来だと言われるほどに。


 彼女が参加する演習会場には、通常よりも多くの女性も男性も問わず冒険者が集まり、情報交換の場としても賑わっていた。

 彼女の存在が冒険者の交流の場として一躍かっていたのだ。


 誰かが言った。彼女は伝説に聞く聖女だと。

 ギルドは決して、それを否定せず、誰もが彼女を聖女と崇め始めた。


 そんなプルクラは、その日の演習会場で、怯えるように寒くもないのに身を縮こまらせて座っているプルヴィアに出会う。


「こんにちは」


 まるで鈴を転がすような声で挨拶をされたプルヴィアは思わず怯えるも、緊張に歪んだ笑顔で「こ、こんにちは」と挨拶を返す。


「どうしたの? なんだか、怖がってるみたい」


 プルクラは端っこに座っているプルヴィアの隣へと腰掛け、その絹糸のような白金の髪を真珠貝のような耳へと掛けて問いかける。

 初めて見るほどに美しい女性の姿に、プルヴィアは心臓が破裂するほどに鼓動するのが分かった。

 そして、こんな美しい人ならば、心だって美しいだろう。それなら相談しても良いかもしれないと、そう思ったのだ。


「あの、……あ、悪魔に、名前を知られたら、お、痴になるっていう都市伝説、知ってますか」


 人とそう話すことのないプルヴィアの言葉はまるで破裂音のように響き、プルヴィアは一人羞恥を覚える。

 しかし、プルクラはそれを気にした様子も無く微笑んでいる。


「もちろん! だから私のところではすごく慎重に隠してるんだ」


 大きなアーモンド型のプルクラの目が、まるでプルヴィアを心配するようにきゅっと細められる。


「もしかして……」


「は、はい……はは、馬鹿ですよね、私。グズで、ノロマで、せめて人の役に立つ仕事しようって思っても、こんな……」


 自分を卑下するプルヴィアに、プルクラは「そんな悲しいこと、言わないで」と眉を下げてそう微笑むのだ。

 その笑顔があまりに自然な優しさに満ちていて、プルヴィアは余計に気後れしてしまった。


「あなたは、すごく素敵な人。私なんて、ただ合格したから冒険者になっただけだから、……あなたみたいに、人の役に立ちたいって気持ちで志願するなんて、すごく素敵だよ。……ふふ、そういえば名乗ってなかったね、私はプルクラ・サンクトゥス」


「あ、えへ、はは……えっと、私はプルヴィア・ルブルムです」


「素敵な名前。私たち、どっちもプルから始まる名前なんだ! なんだか縁を感じるね、仲良くしてくれると嬉しいな」


 プルクラの白魚のような指が素敵なものを見つけたようにプルヴィアの手を握り締める。プルヴィアの、ケアも何もせずささくれ立ってカサついた、爪の短い指とプルクラの指は全く違う。

 プルクラの指先は絵画の中から抜け出したように整っていて、プルヴィアは思わず見惚れてしまった。まるで、誰かが“人間の理想”をそのまま形にしたような指だった。


「よろしく、お願いします……」


 照れたように笑うプルヴィアに、プルクラはうつくしく微笑みかける。


「それで、悪魔にフルネームを知られてしまったんだよね?」


 プルクラが内緒話をするように囁くと、プルヴィアもその声に倣い小さな声で「はい」と呟いた。

 囁くことに慣れていないプルヴィアの声は、囁きというには大きく、まるで喉が掠れているようだった。


「あのね、フルネームを知られてしまったら、その名前を浄化することで悪魔の手中から抜け出せる、って噂。知ってる?」


 とろとろに煮詰めた糖蜜のような甘い声でプルクラが囁く。

 プルヴィアの脳の真ん中に直接注がれているようにすら感じられるその声に、「し、知らないです」と返すだけで精一杯だった。


「私ね、ツテがあるから、プルヴィアちゃんの名前を、浄化ができる人に伝えて、お名前の浄化、できるよ」


 誰かに優しくされたのが、いつ以来か思い出せないほどで、プルヴィアは思わず大粒の涙を溢していた。


「そんなに泣かないで、プルヴィアちゃん」


 プルクラは自分の服が濡れることすら厭わずに、自分より一回りは大きいプルヴィアの体を抱き締める。


「ねえ、あなたの名前を、教えてもいい?」


 甘い声にプルヴィアは「はい……」と嗚咽混じりに吐き出す。


「あなたは、素敵な名前だよね、プルヴィア・ルブルム……どういう意味なの?」


「古い言葉で、あ、雨って意味……」


 プルヴィアの言葉に、プルクラは彼女の背中を撫でて「やっぱり素敵な名前」と言うのだ。


「きっと、一ヶ月もしたら大丈夫だから。プルヴィアちゃんは素敵な人なんだから、元気にやっていこ? ね」


 ようやく落ち着いたプルヴィアへそう笑いかけたプルクラに、プルヴィアは目を合わせていられず、思わず視線を落とす。

 自分は土や泥に汚れたサンダル。対してプルクラは、リボンで飾られた汚れひとつ無い白いブーツを履いていた。

 どこまでも違う人間なんだと更に陰鬱な気持ちになったプルヴィアに、プルクラは「また演習で会おうね!」と白い指先をひらひらと振りながら、笑顔のまま踵を返して去っていく。


 その背中は、どこか舞台の上の女優のように完璧で、プルヴィアには手が届かないものに思えた。


 その日、屋敷へ帰ったプルヴィアは体が熱っぽい気がした。

 しかし、彼女はそれをただの泣き疲れだろうと思ったのだ。

 久々にあんなに、人前で号泣したのだ。それは疲れもするだろうと、そう思ったのだった。

 プルクラに全てを吐露して落ち着いたのか、プルヴィアは久しぶりに傍付きであるクェルルスを呼ぶ。


「あの、く、クェルルス……さん」


 プルヴィアから呼ばれた名前に、クェルルスは表情を一気に明るくして自分よりふた周りも大きい体を抱き締める。


「もう、プルヴィアさん! 呼ぶのが遅いよぉ!」


 涙混じりのその言葉に、全て出し尽くしたと思っていたはずの涙が再びプルヴィアの目から溢れる。


「ご、ごめん……その、クェルルスさんに、名前を呼ばれたのにびっくりして……」


「そう、だったんだ。ごめんね、プルヴィアさん。ボク、プルヴィアさんのこと、傷つけるつもりじゃなかったんだ」


 その日は二人、執務室で朝になるまで話し、そしてもう一度クェルルスにしっかりと抱き締められた。


「ボクはただ、プルヴィアさんの名前が、すごく素敵だって、そう言いたかっただけなんだ」


 自分はただ、クェルルスのことを誤解していただけなんだとプルヴィアは気が付いて、それから彼女がどうやって自分の名を知ったのかを聞き、自分の愚かさに酷く落ち込んだのだった。


「あ、あのね、クェルルスさん。私、友達ができたんだ」


「本当に? プルヴィアさんに友達ができるなんて、嬉しいな!」


 まるで自分のことのように喜んでくれるクェルルスと再び話せるようになってから一ヶ月後、プルヴィアは自分の体が酷く気怠い日が続いていることに気が付く。

 頭全体がグンと重くなったような頭痛と、痰混じりの咳が続き、布団から起き上がることすらしんどいと思うことが増えたのだ。


「プルヴィアさん、大丈夫?」


 心配を繰り返すクェルルスに、プルヴィアは「大丈夫だよ」と気休めの言葉を掛ける。


「プルヴィアさん、ボク、今日はダンジョン探索代わってもらったから。ずっと一緒にいれるよ」


「ありがとう、クェルルスさん。でもこれ、魔力生物にうつらないかな」


「もう、プルヴィアさんはそんなこと心配せずに寝ててよ! ボクがすっごく美味しいリゾット、作ってあげる!」


 わざとだろう、空元気にも似た様子でそう言うクェルルスにプルヴィアは思わず涙が零れる。

 不意に目に入った自身の腕は、ここ最近の体調のせいか急激に痩せ衰え、以前の皮膚が張り詰めるほどに肉が詰まっていた体とは変わっている。だからこそ魔力生物も心配をしているのだろう。

 プルヴィアはこの理由が分からず、ベッドの上で幾度も咳を繰り返す。


 演習の度にプルクラに相談をするも、彼女は大きなアーモンド型の目に涙をいっぱいに溜めて、あの甘い甘い優しい声で言うのだ。


「プルヴィアちゃん、どうしてそんなことになってるの……他の浄化できる人にお願いしてみるから、絶対頑張ってね」


 初めての友達からの言葉に、プルヴィアは何度も頷き「がんばるよ」と繰り返される咳で掠れた声を重ねる。



 あの演習の日から、四ヶ月と一七日が経過した、冬の始まりの日だった。

 プルヴィアはすっかり痩せて骨と皮だけになった体で明け方、最後に一度ふうと深く息を吐き出し、眠るように息を引き取っていた。

 窪んだ眼窩のせいで、眼球が皮膚に張り出して見えるほどに痩せた体。


 最後には繰り返される咳のせいで血痰が吐き出され、肺癌で過去の冒険者を無くした経験があるコロポックルのセレヌスは随分と荒れ、毎夜プルヴィアの息があるか確認するほどだった。

 肺に病を抱えたのかと魔導動物型アンドロイド:ウサギを伝い医療師を呼ぶも、原因不明として抗炎症剤や咳止めが出される程度だった。

 そして、プルヴィアが亡くなったその日にギルドへと冒険者死亡申請が提出されたのだ。


 初特定魔力生物であったクェルルスは「プルヴィアさんから離れたくない」と叫び、プルヴィアのすっかり細くなってしまった体へとしがみつき泣き喚いた。

 そのため、クェルルスはプルヴィアと共に埋葬されることが決められていた。

 そして、そのクェルルスから調査を依頼されたのが、ハイエルフのミコだった。


「ねえ、捜査官のハイエルフさん」


 プルヴィアのクェルルスに呼ばれ、ミコは「なんだい」と静かに返す。


「ボクの主のプルヴィアさんはね、全然優秀じゃなかったんだ。……冒険者に就任して半年以上経っても、使役できる魔力生物の数は七人しかいなくて、誰かが少しでも怪我をしたら泣きながら飛び出してくるような、そんな冒険者さんだったんだ」


 静かな、静かな、心の奥の何かを飲み込めずに吐き出そうとしているような、そんなクェルルスの言葉がミコへと届く。


「プルヴィアさんね、演習会場で友達ができたって言ってたんだ。その後から、体調がおかしくなっていった。もしかしたらその人が何かを知ってるかもしれない、……ねえ、ハイエルフさん。ボクのプルヴィアさんを殺した犯人を、捕まえて」


「とは言ってもなぁ、演習会場で友達ができたって、冒険者が何万人いるのか、君、知らないわけじゃないだろう」


「プルヴィアさんと同じ、プルが最初に付く名前だって言ってたんだ。女の子で、すごく可愛い、自分とは正反対だって。ねえ、ハイエルフさん、お願い……ボクはもう何もあげられないけど、ボクの全部をあげるから……」


 クェルルスからの、身を切るような言葉に、ミコは後頭部をガシガシと掻いてから「分かった」と答えた。


「俺に任せて、お前はプルヴィアと一緒に眠ってやれ」


 ミコの言葉に、クェルルスは安心したように笑い、棺の中に横たわるプルヴィアの、棺の蓋へと目を閉じて寄り添うように眠る。

 すっかり土気色になってしまったプルヴィアの胸元へとクェルルスが使っていた小刀がそっと差し込まれた。

 それから、ミコは立ち上がる。


「約束しちまったからには働くか」

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