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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第20話

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傭兵と捜査官の朝の会話について

 戦争中、傭兵が食べられるものは不味い兵糧くらいのものであった。暗い色のテントの中、冷えた干し肉を口に入れる。


「アンタは、どこの出身だ?」


 外へ聞こえないほどに静かな声が隣から聞こえる。その胸に下がっているのは銀ランクを示すドッグタグが下がっている。

 飛行部隊を指揮していた、アルトゥス・プリオリであった。


「自分は、エヴィスィングのモーント州出身です」


「そうか、どうしてセレニティの傭兵になったんだ?」


 固く冷たい干し肉を食み、北ヴィントラントとゼムルヤ・スネガの国境の気温により冷やされた水を口内に含み、僅かに温めてから飲み下す。

 寒い地域で体を冷やすことは死に直結することもあるにも関わらず、夜中に火を焚くことは許されていない。

 体内燃焼魔法で脂肪や糖質を燃やし体を温めながら夜を過ごす。

 その脂肪を蓄えるために、麦を果糖で固めた煎餅状のものをこまめに食することが必須であった。


 鼻から吐き出された息が白く染まり、睫毛からは吐き出された呼気により氷柱が下がっている。


「自分は、エヴィスィング国からの移民だと、母に聞きました。その母も、親からエヴィスィング国の移民だと聞かされたらしいです」


「そうか、それで、傭兵に?」


「はい。自分たちのような移民を受け入れてくれたセレニティのために、何かできることがあるかと考えたら、これくらいかなって思って」


 寒いテントの中、互いに身を寄せて体内燃焼魔法を使うも、彼らの体は寒さに凍える。

 どうにか燃焼魔法を切らさないようにするため、煎餅を齧る。少しずつ食べなければ、すぐに無くなってしまう。

 しかし、少しずつ食べれば魔法に体を食い尽くされる。三〇分に一本をゆっくりと食べるのが丁度良い分量ではあったが、その分量では体を温めるには足りず、その熱量を補うために干し肉を口にする。


「昔……」


 静かな声が、エヴィスィング国からの移民であるウォールトン・カヴァン・キーツから発される。


「昔、魔法ってなんでもできると思ってたんです」


「ああ」


「夢物語みたいに、四次元ポケットみたいな魔法があって、その中になんでもいれられて、体ひとつで空を飛んだり、結界魔法はケイ素からできるようなものじゃなかったり……」


「はは、全然違うな」


「そうですね」


 アルトゥスとウォールトンが小さく笑いながら囁くように話す。

 狭く暗いテントの中には飛行部隊が詰め込まれている。彼らは疲れきった表情で、眠ったり干し肉を噛んだりしている。

 眠った傭兵は三〇分ごとに起こされ、栄養補給をさせられている。


「この戦場が、落ち着いたら……ドッグタグを持って帰ってやらないといけませんね」


「持って帰れるかは限らないがな、俺たちが持って帰られるほうかもしれない」


 静かに笑っていた中、ウォールトンの脳裏に今日の地上戦が浮かぶ。

 魔導刻印を刻まれた民兵たちが、爆弾にされた酷い光景。


「あの、アルトゥス隊長。どうして人間が爆弾になったんですか」


「ああ」


 アルトゥスが水をひと口含んでから再び口を開く。


「まず、魔導刻印に人間の脂肪のトリグリセロール骨格を硝化反応魔法でニトログリセリンへと変換する魔法を刻む。その魔法と併用して、血中内の赤血球のヘム鉄に酸化還元魔法でエネルギー放出を行い、強制的に電子放出を起こす魔法を刻むんだ」


「なるほど……その魔導刻印に人体操作魔法を組み合わせてるんですね」


「ああ、どれも禁忌魔法だが、ゼムルヤ・スネガは魔法倫理観が低い国だからな」


 アルトゥスが水を口に含むと、その後だけは吐息の白が消える。


「……この戦争、いつまで続くんでしょうね」


「さあな、国が飽きるまでだろう」


 テントの向こうに、日が差し始めていた。


「やっと朝だな」


「はい、無事に夜を過ごせました」



────


 セレニティ国、首都ルーメン。


「おい、起きろフィニス!」


 ミコの声が狭い1DKの部屋の中に響く。貧乏性のために冷え込むまでエアコンをつけないフィニスの部屋は随分と狭く、彼は毛布にくるまっていた。

 その繭のような毛布をミコが引き剥がし、ベッドサイドに熱い珈琲を置く。


「早く起きろよ、仕事だぞ。タイムカードを押さないと給料が減るからな」


 ミコの言葉にフィニスは嫌々ながらに体を起こし、熱く苦い珈琲を啜る。

 その体には綿が入った半纏がまとわりついている。


「最悪だ、今日も朝が来た」


「寝たら朝が来る、当然のことだろう」


 フィニスは起き上がり柔らかなスリッパを履くと、欠伸を漏らしながら着替え始める。


「フィニス、俺は今日君と別行動だ、きちんと起きて仕事に行ってくれよ」


「おー……」


 未だに眠そうに欠伸を繰り返しながら後頭部を掻くフィニスに、ミコは心配そうな表情を浮かべるも、急いでベストを着て革靴を履く。


「ミコ、俺の今日の仕事なに?」


「嘘だろう、君。昨日寝る前にも言ったじゃないか」


 素っ頓狂な声を上げたミコに、フィニスは歯を磨きながら「聞いてねーよ」と告げる。


「全く、君はそんなことで仕事できるのか? 君の今日の仕事は安全が確立されている屋敷に三組の役人と共に入って書類仕事をするだけさ、簡単だろう?」


「最悪だ……書類仕事嫌いなんだよな」


「馬鹿なことを言うんじゃない。君の好きな仕事なんて無いだろう」


「俺は先に行くから、遅れるんじゃないぞ!」


 ミコは足取りも軽やかに部屋を出て鍵を閉める。それに嫌そうな顔をしたフィニスは顔を拭い、流しへマグカップを置いて部屋を出る。

 そして、カフェスペースの自動販売機で相変わらず泥水のような珈琲を買い、ズズ、と音を立てて飲む。


「今日も嫌な一日だ」


 呟いても、いつも通り「君にいい一日なんて無いだろう」と言葉を返してくれるミコは、今日はいないのだ。

 それにフィニスはつまらなさそうな表情を浮かべて後頭部を掻く。生きることすらつまらないと言いたげな表情を浮かべるのにも関わらず、それでもフィニスは優秀にすぎたために捜査官を辞めることすらできないでいた。



────


 ギルド所属捜査官であるフィニス・ネブラを主として持つハイエルフのミコ・アルカナイズは、まっさらな報告書を目の前にどうするかなぁと頭を掻く。

 捜査官ソキウスの魔力生物である、アニマリア族のフェネック獣人、イグニスからは既に「ミコくん、報告書が出ていないぞ」と幾度目かになる督促が届いてはいた。

 しかし、それでもミコは報告書にペンを走らせることができないでいた。


 まさか、ただの都市伝説程度の物語が、あんなにも恐ろしい事件へ繋がるとは、ギルド所属の職員の誰もが思わなかったのだ。


 この世には不可思議な話がある。それは都市伝説と呼ばれ、口伝で、掲示板で、文字で、時にはどこかの落書きで人々に広がっていく。

 強国セレニティに住む大抵の人間はそういったものを信用しない。眉唾物だと分かっているし、そうして口々に語って遊ぶものだと理解しているからだ。

 しかし、中にはそれを真実だと誤認して恐れてしまう者がいるのだ。


 そして、そういった都市伝説を真実として理解してしまった一人の人間が、冒険者の中にもいたのだ。

 その女性冒険者の名は、プルヴィア・ルブルム。栗毛の髪をただダラダラと意図も無く長く伸ばしており、ソバカスが散った顔立ちはごく平凡な、すれ違ったらすぐに顔を忘れてしまう程度の、凡庸な人間だった。


 学校の成績は真ん中から数えた方が早いほどで、運動はできず、どうにかこうにか繰り上がりで特定魔力生物管理者資格を取得した、所謂落ちこぼれだった。

 通常一年半で終わる研修を三度繰り返し、三年半でどうにか修了した彼女は初魔力生物を貰い、その相棒と共に小論文へと移行するも赤ばかりが成績に増えていく。

 そんな女性だった。


 そんな落ちこぼれの女性でも小論文を終わらせて一人前の冒険者となったのだ。彼女の初魔力生物である悪魔のクェルルスはプルヴィアに優しく、どれだけ落ちこぼれな彼女を見ても優しく背中を押してくれるのだった。


 人間生活〇年目のクェルルスに支えられながらも、どうにかこうにか五回目の提出で小論文も合格が貰え、無事に屋敷付きとなった時には彼女は喜びに打ちひしがれていたと言う。


 魔導動物型アンドロイド:ウサギに制度の説明を受けながら、増やせる魔力生物の数を確認しつつ、必死にパーティを運営していたプルヴィアは、冒険者になってからわずか二ヶ月の頃、クェルルスからこう言われる。


──ねえ、プルヴィアさんのフルネームって、プルヴィア・ルブルムって、いうの?


 その言葉に冒険者は顔面蒼白になった。

 当時は、悪魔に本名を握られれば“おこ”になる──そう信じられていたからだ。とは言え、それはただの都市伝説であり、信じている人間もほとんどが冗談半分であったのだ。

 そういった話を真に信じていたプルヴィアは既に痴ではあったものの、その都市伝説で語られる“痴”とは、魂を掴まれた状態で自我を飲み込まれ、抗えぬまま従ってしまう、神隠しが行われる、生気を全て吸い取られ死んでしまう、そのようなものがまことしやかに囁かれていたのだ。


 何より、前皇歴一二二〇年に起きたと言われているカンディドゥス呪殺事件が妙な形で広がった結果、彼女はサキュバスやインキュバスに名を知られたせいで呪殺されたのだ……などといった都市伝説が蔓延してしまったのだ。

 一度、人の口に乗った言葉は、もう誰にも止められない。

 それがどんなに馬鹿げた話でも、どこかで真実に変わってしまうのだ。


 そういったことからプルヴィアはひどく魔力生物を恐れるようになってしまったのだ。

 クェルルスは、ただプルヴィアが書いた小論文の名前欄に、彼女が記載する名をクェルルスの見る場所に置いていたという行為を行ってしまっていた為に、名を知ってしまっただけだったのだ。


 彼女は決して、それを使って脅そうなんてことも思ってはいなかった。クェルルスはただただ、プルヴィアに言いたかったのだ。


──プルヴィア・ルブルムって名前、すごく素敵だね。私たちの言葉で赤い雨って意味なんだ。プルヴィアさんに、似合ってるな。


 そう、言いたかっただけだった。

 しかしプルヴィアは、極度に魔力生物との関わりを避けるようになっていった。

 魔導動物型アンドロイドとすら、まともに目を合わせることができなかった。


 それが、間違いの始まりだった。



 プルヴィアはある日、特定魔力生物特別交流会、通称演習会場へと赴く。

 演習は、必ず月に四回は出席するようにと固く言いつけられているものだった。

 それは、狭い空間に閉じ込められたことで精神を病む冒険者がいたり、魔力生物を恐ろしい存在だと誤認する者が現れたりと、様々な不具合が報告されたことによる制度だった。


 四〇〇〇年前にはそういった話が多く起きていたのだと言う。そういった流れから、制度は徐々に整えられていったのだ。少なくとも、四〇〇〇年前よりはずっと整えられているとギルドも、冒険者たちも信じていたのだ。

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