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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第1話

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セクション3 納税の義務

 夜にループスを呼び出すと、彼等はまたあの嫌な表情を浮かべて歌を詠む。


「影は灯りを恋い焦がれ 灯りは影を知らぬまま 影よ影よ、灯りのそばで 身を細めては 消えるのを待つばかり」


「刃は手のひら 刃は胸の奥 主の心を斬れぬなら 己を斬ってみせればどうだ」


 魔力生物を統治する身ながら、魔力生物たちの視線が怖いとさえ思ってしまう自分が情けなかった。それに傷付くのも、疲れていた。

 三六五日、二四時間を共にする場所で悪意に晒され続けた私の心はもうすっかり疲れ切ってしまっていた。


「ねえ、ループス。もう、知ってるかもしれないけど、……私はあなたのことが好きだよ」


 ループスは少しだけ迷って、それから狼のような口元を隠す面頬へ手を掛ける。

 ループスは通常よりもずっと獣性が強い獣人である自分を、恥じていたからいまに至るまでその面頬を外すことは無かった。


 だから彼は、それを外すことはせず、屈んで肩に乗せていた友達のリスを床に下ろしてから部屋から出した。リスは声を上げることも無く頷いて部屋の前に後ろ脚を揃えて座っていた。

 ループスは静かに部屋の障子を閉める。この部屋の中、私たちは二人きりだった。


「うん、ありがとう。俺は嬉しいよ」


 静かな声だった。

 最初リスが話すのはループスの腹話術だと思ってたことを思い出して思わず笑ってしまった。

 それにループスは首を傾げるも、私のなんでもないよという言葉に頷いてくれた。

 ループスの、こういうところが私は好きだった。優しくて、穏やかで、私を私として扱ってくれる。

 外見は怖く見えるのに、実際はとても優しい。


「でも、俺はそれを受けることができない。俺はアニマリア族の獣人で、きみは人間だから。それは俺がマーテルのことを嫌いだとか、そういうことじゃない。ただ俺はマーテルとそういった関係になることを望んではいない」


 ループスからの言葉に私はゆっくりと深呼吸をする。満足だった。


「ありがとう、ループス。私のせいでループスも笑いものになっちゃってごめんね」


 そう伝えると、ループスは少しだけ驚いたような顔をして、それから泣きそうに顔を歪める。


「きみは悪くないよ。あれは……とても良くないことだ。確かにきみは……魔力生物の監督不行届きだとは思う。でも、だからと言ってきみが笑われて嘲弄されるのは違う」


 何度も考えながらゆっくりと与えてくれる言葉に、私は心が晴れるような心地になった。


「ありがとう、ループス。これからもよろしくね」


 そう嘘を吐いて、私はループスを部屋から出す。ループスは部屋の前で屈んでリスを肩へ乗せて去っていく。

 私はそれを見届けてから魔導動物型アンドロイドの鳥を呼び出して、ギルドへ書状を送るように伝える。


 私はその足で冒険者用の浴室へと向かった。その浴室には私しか入らないことは分かっていたし、誰も来ないことは理解していたから。

 だから私は、その湯が張った浴槽に服を着たまま入って、ゆっくりと息を吐き出した。


「お母さま、お父さま、最後までお役目を全うできなくてごめんなさい」


 両親へ言葉を落として手に持った、ハーフリンクが使っている短いナイフで自分の首を掻き切る。


「ミニウエレのナイフ、って重いんだね」


 鋭利に切り開かれた私の喉から微かな音が漏れる。

 私の言葉がミニウエレに届いていたら、きっと「だろ? 切れ味も抜群なんだ」と言ってくれていただろう。

 悲しいなと思った。私はきっと、パーティメンバーたちとも仲良くできていたと、そう思っていたのに……。

 温かいお湯に浸かっているはずなのに全身が冷えていく。爪先が、手指の先が、冷たくてもう感覚も無かった。


 来世では幸せになりたいな。

 誰にも笑われず、誰にも嘲られず、ただ笑って過ごせる日々を。


 ただ、そういう日々を過ごしたいだけだった。



────


 俺は、この時代には既にほとんど存在しない、ハイエルフだった。


 ハイエルフの言葉、サクルム語で“輝く”という意味のミコと名を付けられた俺は、ずっと人間が住む街への羨望が止まなかった。

 だからこそ、成人してすぐに街へ出たのだった。

 セレニティ国の首都ルーメン。


 俺は何度も冒険者の元に呼ばれては冒険者が逝去したり、冒険者を辞めたりと、その度にギルドへと帰されてギルドの中を揺蕩っていた。

 そんなある日、俺は現在の相棒となる冒険者の男性に出会ったのだ。

 彼は何よりも税金を憎んでおり、それを支払いたくないからこそ冒険者になったのだと言って憚らない人間だった。


「君は、この世界の歴史に興味無いのかい?」


「無いね。そんなものに興味があるなら、冒険者じゃなくて政治家になってるだろ」


「ははっ、確かにそうだ」


「お前は?」


「ん?」


「お前は、なんで相棒になろうと、人間を守ろうと思ったんだ」


 フィニスの言葉に思考を巡らせる。


「そうだな……多分、俺が消えたくなかったからじゃないか」


「は?」


「俺が俺として生きられるのは、この生き方だと思う。だから、こうして生きているのさ」


 俺の言葉に納得したのかしていないのかは分からないが、フィニスは「ふうん」と一言落として彼の屋敷へと繋がるゲートへと足を踏み入れ……冒険者にも納税の義務があることを知った。

 そこからは早かった。屋敷付きの冒険者では無くギルド所属の役人になることになったのだ。

 フィニスは最大限に値切ったものの、税金は値切れないという言葉に脱力していた。


 フィニスと共に様々な場所を巡った。どのパーティも冒険者を亡くしたり、冒険者によって無為の死を迎えた魔力生物の姿があったりと様々だった。

 その中でもごく最近のパーティでの出来事は、長年冒険者と共に生きてきていた俺ですら、嫌な気持ちになったものだった。

 俺からの報告を聞いたイグニスが眉を顰めるほどに。


 そのパーティは、理想的ともいえる冒険者と魔力生物のもと、五年間穏やかに運営されていた。

 屋敷の庭の草木は綺麗に刈られ、池は美しいものの、冒険者の死によって僅かに澱んでいた。

 その時は庭の澱みは冒険者の死によって生まれたものなのだと信じていた。それが違うと分かったのは、使役魔力生物である悪魔のゼノの話を聞いてからだった。


 このパーティでは日常的に魔力生物たちによる冒険者への精神的暴行が行われていたのだ。

 それは直接的な加害では無く、傍付きを務めていた彼女の、初めての相棒への恋心を揶揄するものや嘲弄する詩を詠み囃し立てるようなもので、俺とフィニスはそれを悪質であると判断した。


 その首謀者である魔力生物の処刑とパーティ自体の解体をゼノへと告げると、彼は一本のナイフと紙で作られたヒトガタを取り出し俺へと差し出す。

 俺の相棒であるフィニスへ直接渡すことは敬意に欠けると思ったのかもしれない。


「このナイフは、ハーフリンクのミニウエレのものです。マーテルさんが亡くなった時、彼のこのナイフが供をしておりました。どうか彼だけは残してくださいませんか」


 ゼノからの言葉に俺は下唇を噛んで困ったという表情をフィニスに向ける。フィニスは露骨に迷惑そうな顔をしたが、それでも無言でナイフを受け取ったのだ。

 そして、そのナイフとヒトガタを俺のベストについたポケットへ突っ込んだのだった。


「俺にその権限は無いからギルドへ戻ってから聞くしかない。その結果によってはお前の望む結果にはならないかもしれない。それでも良いな?」


「はい、よろしくお願いします」


 ゼノは主の言葉に笑みを浮かべ、床へ両手を突いて軽く頭を下げる。

 主が魔導タブレットを開く。


「ギルド所属捜査官コードE五七〇〇ー八七五〇、ギルド所属捜査官名、【フィニス】だ」


『ギルド所属捜査官コードE五七〇〇ー八七五〇、ギルド所属捜査官名【フィニス】。魔力照合完了しました』


「権限を、冒険者コードG〇〇二八ー四四七一、冒険者名【マーテル】からギルド所属捜査官コードE五七〇〇ー八七五〇、役人名【フィニス】に移行」


『魔力認証完了、権限移行完了しました』


 フィニスへ一時的に権限が移った屋敷の中で一つ柏手を打つ。そうすれば目の前にいたゼノも薄く微笑んだ表情のまま薄く溶けていく。

 これで、マーテルの記憶と魔力は彼らの中から消えて、次の冒険者と繋がるまでただ眠ることになるのだ。


 俺はその様子を見てから、部屋を出て彼女を苛め抜いたらしい魔族がいた部屋へと入る。そこには何も残ってはいなかった。

 ただ、彼らがいた痕跡だけが残っている。


「君たちは、冒険者を殺したかったのかい?」


 問いかけてももう応えは返らない。そんなことは知っていた。不意にデスクが目に入りその抽斗を開ける。

 その中に一通の手紙が入っているのを見ると、既に誰もいない部屋の中を見て鼻を鳴らす。


「読むぜ」


 開いた手紙にはただ『マーテル様』と書かれているだけで、それ以外には何も無い。それに息を吐きだす。

 デスクの周りには、書き損じらしい丸められた紙ゴミが散らばっており、冒険者への秘めた心を記したものが散見される。


「君、馬鹿じゃないのか。伝えねば伝わらないだろう」


 きっと彼等は、あの小さな女性に恋という単語では言い表せない想いを抱いていたのだろう。

 まだ二〇代ほどの女性だったという。ハイエルフとして生きてきた俺にとってはまだ赤ん坊のようなものだ。

 魔力生物である彼らにしても、小さくて可愛くて仕方のない子供のようなものだっただろう。

 その小さな子供をかわいがる方法が嘲弄だったとは、あまりにも救われない。


 俺は、そう思うだけだった。

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