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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第17話

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傭兵の有効投入タイミングについて

 皇歴三三九年、世界歴二一八四年。


 その年、ゼムルヤ・スネガ、清中王国、北ヴィントラント、トットの四国と南ヴィントラント、更にエヴィスィングの三つ巴の戦争が始まることとなった。

 南ヴィントラントとエヴィスィングは同盟を組む隙も無いほどに圧倒され、苦鳴を漏らすことしかできていなかった。


 そこへ、援軍の声を上げたのがセレニティであった。

 セレニティは戦後払いで良いと言い、兵站と傭兵の貸付を行ったのだ。セレニティにとって、傭兵はギルドの重要兵力である。その傭兵の中でも戦闘力は問題無い最低ランクの銅ランク傭兵、強い戦闘力と魔法を持つ銀ランク傭兵が投入される。


 セレニティの傭兵はドッグタグの色でランク分けが成されているため、一目でその傭兵が何ランクであるのかが分かるのだ。


 ヴィントラント国軍の最高権力者であるカイザー・オーバーマイヤーが戦争時の特設本部で銀ランク傭兵に握手を求める。


「初めまして、私はカイザー・オーバーマイヤー。現在この国軍の指揮を任されている大将です。セレニティ国の献身に感謝します」


 低く、静かな声でカイザーが告げる。


「初めまして、私は銀ランクのアルトゥス・プリオリです。この度はヴィントラントの兵站として訪問しました」


「助かります。……国境には、我々が決して攻撃のできない兵士がおり、飛行魔法が使える者と飛行が可能な魔力生物のみが戦力になるしか無かったのです」


 カイザーの言葉に、アルトゥスは「分かりました」と告げてヘルメットを被り、魔導ライフルを肩へ担ぐ。

 その服は迷彩色であり、顔には同様の色を使ったドーランが塗られている。

 カイザーは、“このような傭兵が何をできるのか、国境線の北ヴィントラントの国民たちが一掃されれば、あとは我が国の国軍が圧倒できるだろう”と侮っていた。


「それでは、状況を開始します」


 アルトゥスは、セレニティに妻と二人の子供を置いてきた傭兵だった。

 来月には傭兵を辞め、妻が細々とやってきた個人商店で働こう。そう話していたのだ。

 二人の子供は、男の子と女の子で、男の子は「将来はパパみたいな傭兵になるんだ」と木でできた剣を振るっていた。女の子は「将来はパパみたいな男性と結婚するの」と大人じみたことを言う、そんな幸せな家庭を築いていた。


 妻は眦が下がり気味で友人たちからは「お前の奥さん、可愛らしい顔立ちだよな」と言われるように、あまり特筆して褒められるところの無い顔立ちをしていた。

 短い睫毛、青い瞳、小さな唇に小さな鼻。それでもアルトゥスにとっては聖女のように美しい女性だった。


 だからこそ、アルトゥスがしとどに酔って帰った日、彼の妻は心配して「何かあったの」と問い掛けた。

 その瞬間にアルトゥスはその榛色の目にたっぷりの涙を溜めて、まるで子供のように泣いたのだ。

 妻の体を抱き締めて、おいおいと声を上げて泣いた。ようやく落ち着いたのは、既に日付けが変わる頃だった。


 アルトゥスはソファへ座り、静かに口を開く。


「……ヴィントラント側で、戦争に行くことになった」


 アルトゥスの言葉に、妻は声を失う。自分たちはこれから共に商店で働くのだと、そう思っていたのだ。


「今日、食堂でステーキが出た」


 静かな声の合間に、アルトゥスは何度も鼻をかんだ。もう鼻水では無く脳みそが出てきているのでは無いかというほどであった。


「でも……それだとヴィントラント側だとは限らないんじゃない?」


 妻の問い掛けに、しかしアルトゥスは首を振る。


「セレニティのことだ。その時負けそうになっている国に友軍を送って戦況を並行に保つだろう」


 アルトゥスの言葉に、妻は何度も唇を開き、それでも何も言うことはできずにアルトゥスの筋肉質な固く、分厚い体をひっしと抱き締める。

 妻の暖かで柔らかい体を、アルトゥスは抱き締める。


「もっと、子供たちや君と過ごせば良かった」


 囁くような声に、妻の瞳から涙が溢れる。肺がせり上がり、呼吸が浅くなる。


「どうか」


 涙に濡れた声がアルトゥスの耳を擽る。


「どうか……無事に帰ってきて」


 アルトゥスは言葉にできない苦しさに、その体を抱き締めることしかできなかった。


 翌日、アルトゥスは兵服を着る。迷彩柄の上下に、同色の帽子。重く、大きく膨らんだリュック。肩には魔導ライフルが掛けられており、その首には銀色のドッグタグが光っている。


「パパに、行ってらっしゃいと言って」


 涙を堪えた妻の声が、二人の子供たちへと掛かる。それに、まだ幼い二人の子供たちは明るく笑って父の体を抱き締めて頬へキスをする。


「パパ、行ってらっしゃい!」


「悪者をいっぱいやっつけて来てね!」


 二人の言葉に、アルトゥスは小さく言葉を詰まらせる。


「うん、たくさん、やっつけてくるよ」


 その時だった。妻は涙を堪えきれなくなり、横を向いてボロボロと涙を零す。

 気付かれないよう袖に涙を吸わせて、それでも震える吐息は誤魔化せなかった。

 そんな母親の様子を見て、二人の子供はこれが決してただの出兵ではないことに気が付く。


「パパ、行かないで」


 蚊の鳴くような声が、その小さな玄関の中へ響く。

 名残惜しく、しかしアルトゥスは子供たちの体を離す。その柔らかでまろい頬へとキスをして、妻を抱き締めてその涙に濡れた眦へと口付ける。


「俺は、帰って来れないだろう。どうか一年は喪に服して、……次は傭兵ではない男を選んでくれ」


 静かな声に、妻は何度も首を振る。


「帰りを、待ってる」


 そして、アルトゥスはこの戦場へ来たのだ。



「飛行魔法、用意!」


 アルトゥスの掛け声に、傭兵のうち半数が魔導ライフルと共に飛行魔法を展開する。

 その背中にカルシウムを利用して軽量高組織を生成し、上皮元とした細胞の分化を促進する。更に体内生成魔法を組み込みタンパク質合成を高速化し、羽毛と支持組織を作り上げる。

 魔法変換エネルギーにより、体内燃焼が行われ足裏と羽からエネルギーが噴射されて、飛行部隊が空へ飛び上がる。


 地上では別の銀ランクの兵士が「全体、進め!」と掛け声を上げている。


 飛行魔法を使っている傭兵たちがポケットから簡易エネルギーバーを取り出し口に含む。

 飛行魔法により一気に燃焼されるタンパク質とエネルギーを補うためのものであった。


「砲撃、用意!」


 国境線に配置された、兵服も着ていない、ただの民間人にしか見えない者たちへ、空から魔導ライフルを向ける。

 誰もが、この者たちが兵士でないことなど知っていた。

 誰もが、この者たちが操られているだけだということを知っていた。


「砲撃、始め!」


 しかし、誰もが彼らを殺すしかない現状を知っていた。

 空から、魔導ライフルが構えられ配置された人間たちへと掃射される。

 ただの民間人であった彼らの灰色の脳漿が地面へぶちまけられ、肉片があちこちへと飛び散る。


「嫌な仕事だ」


 静かな声が、どこかから聞こえてきた。全くだと、アルトゥスは心の中で同意する。


 陸上では別の兵士が叫んでいる。


「防殻魔法展開、用意!」


 その言葉に、地上にいる兵士たちが構える。


「防殻魔法展開、始め!」


 地上の兵士たちの体が、まるでアルマジロやダイオウグソクムシのような殻で覆われる。

 ケラチンで作られたその防殻は、砲撃や地雷、爆弾をある程度防ぐ効果があるのだ。

 空撃部隊が一斉掃射し、ほとんど生存者のいない国境へと、地上部隊が近付く。その瞬間だった。


 死体に紛れて崩れ落ちていた女性が、涙に濡れた顔で、腕だけは逃げようと後ろへ引き、脚は無理矢理に兵士の元へと走らされている。


「殺さないで! 死にたくない、殺さないで! 殺さないで!」


 女の甲高い声が、寒く乾いた空気の中に、響く。

 その絶望に歪んだ表情のまま女は兵士の体を抱き締める。

 女の体を押しのけようとした、その時だった。女の胸が膨らみ、体全体が膨張し、死にたくないと泣いていた女の顔面が縦に裂けて兵士を巻き込み爆発する。


 ただの爆弾では無く、可燃性の油が混じっていたのだろう、ケラチンで作られた防殻が溶け、兵士がその熱と痛みに絶叫する。

 消火のため、小型結界を生成し二酸化炭素を生成するも火は中々消し止められない。


 そして、その女性を皮切りに死体の中からまだ生きていた民兵が立ち上がる。

 誰もが、これから起きる絶望に涙を流している。


「に、人間として殺してくれ……」


 怯えきった声に、魔導ライフルを向け撃ち込んだ者も、他の兵士を守るためにライフルを撃った者が民兵に抱き締められ爆発に巻き込まれる。


 仲間の絶叫は、兵士たちの士気を下げる。

 消火魔法は追いつかず、治癒魔法は追い付かない。治癒魔法の最中に喉をやられた兵士が最後の言葉を残すこともできず事切れる。


「防御陣形、構え!」


 兵士の言葉に陣形を変え、防殻魔法をケラチンからカルシウムへと変更する。

 カルシウムで作られる防殻魔法は、戦争中であれば滅多に使われることがない。

 何故ならばエネルギー効率が悪いからだ。すぐにエネルギーが尽きて防殻魔法が切れてしまう。

 それを避けるには使用中にエネルギーバーを食べるしか無い。


 防御をする彼らにとっては、一日が、二日が経っただろうというほどの、長い時間。

 実際には五時間ほどの時間であった。

 ようやく生存していた民間人が消え、生体爆弾が失われる。誰もが安心した。


 地上部隊は、既に五分の一が死亡、もしくは行進不可となっていた。

 彼らの体は、亡骸は持ち帰ることができない。輸送リスクが高いのだ。

 ただ、国家に殉じたという証明として国旗とドッグタグが遺族へ返されるだけなのだ。


「嫌な仕事が、待ってるな」


 静かなアルトゥスの言葉に応える者は誰もいなかった。

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