手の内を見せない外交
皇歴三三八年、世界歴二一八三年。
清中王国の大統領である冉明達と、ゼムルヤ・スネガの総統であるゴルジェーエヴィヂ・クトゥーゾフは会談を行っていた。
清中王国の、ゴテゴテと金と赤で飾られた会議場は暖かくゴルジェーエヴィチを迎え入れる。
「お招きいただき、ありがとうございます」
握手を求めたゴルジェーエヴィチに、明達は「いえいえ、こちらこそ」とにこやかに握手へ応えて椅子を勧める。
明達のエルセトゥ語は僅かな西訛りがあり、語尾が上がっている。
「それで、この度は戦争への援助をということでしたが」
「はい、我が国は勝利へ邁進してますが、憎きヴィントラントが戦争へ介入しまして」
如何にも参ったといった様子のゴルジェーエヴィチに、明達は「なるほど」と呟く。
「我が国としてもヴィントラントは目前の魔狼です。我が国、清中王国には“飢えた魔狼は埋めて殺せ”という諺があります。互いに手を取り合い、ヴィントラントを討ち取りましょう」
にこやかな明達の言葉に、ゴルジェーエヴィチは安堵したように唇を綻ばす。
その細面には緊張からの汗が滲んでおり、それをゴルジェーエヴィチは絹のハンカチで拭った。
「ですが、ひとつ条件があります」
「……条件、とは」
明達が言うと、ゴルジェーエヴィチは緊張から喉を鳴らして唾液を飲み下す。そんなゴルジェーエヴィチの様子に、明達は声を上げて笑う。
「そう怯えないでください、まるで私があなたを取って食おうとしている虎のようじゃあないですか」
「そ、そうですよね」
「仲介国として、セレニティを呼びましょう」
明達はそう言うと、秘書へ電話を持ってこさせる。
魔導端末を取り、セレニティの議会へと直通電話を掛ける。
『はい、こちらセレニティ国中央国際議会です』
「清中王国の大統領、冉明達だが、ゼムルヤ・スネガとの同盟の仲介としてセレニティ国を要請したい」
『かしこまりました。最短の日程が、本日午後六時となっております』
慇懃無礼と言った方が良いだろう女性の声にも、明達は何を言うこともなく「よろしく頼みます」とだけ言い、通話を切る。
「クトゥーゾフさん、本日の午後六時にはセレニティが来れるそうですから、それから条件については話しましょう。どうぞこちらへ、我が国の料理を振る舞いましょう」
明達は椅子から立ち上がり、ゴルジェーエヴィチを先導して歩き始める。
エレムシム地域の人間らしく、明達の身長は一七〇センチメートル前半ほどしか無く、ゴルジェーエヴィチに比べると二〇センチメートルは低い。
「冉さん、エレムシムとはどういった意味があるんですか?」
ゴルジェーエヴィチがごく自然に問いかけると、明達は後ろを歩くゴルジェーエヴィチをチラと見てから袖とパンツの裾が美しく広がる清中王国特有のスーツを翻し歩きながら口を開く。
「古代語で日の沈むという意味です。私たちは日が沈む、死を重要視します。それはエレムシム地域の神聖皇国や五星国、呉純も同じです。ですから、日が沈むという意味のエレムシムを我々は名乗ります」
明達が答えると同時に応接間へと到着する。
毛足の長い深い紅色をした絨毯に、絹で作られた白いテーブルクロスには精緻な刺繍が施され、天井からは細かい装飾の輝くシャンデリアが吊るされている。
思わず足を止めてしまったゴルジェーエヴィチを後目にその絨毯の上を、明達は革靴で歩く。
「どうされました。清中王国にはこのような諺があります。“食事は温かくなければ無礼である”。私を無礼者にさせないでください」
「は、はい。もちろん」
テーブルの上には料理が所狭しと並んでいる。
隣国のバラド・ジャミルから輸入しているのだろう、スパイスの香りがゴルジェーエヴィチの鼻を擽る。
エレムシム地域ではよく食べられている米を蒸したものや炒めたものが並び、温かな湯気の立つスープまでもがずらりと置かれている。
料理には魔豚肉と鶏獣肉が主に使われており、それらは艶々としたソースが絡んでいる。黒に近いそのソースはエレムシム地域で使われている魚醤なのだろう。
ゼムルヤ・スネガでは空気が乾燥し夏でも冷えているため、このように皿を並べればすぐに冷めて湯気を立てることも無くなってしまう。
ゼムルヤ・スネガにおいて湯気の立つ食事というだけで高級品であり、贅沢なのだ。
「どうぞ」
ゴルジェーエヴィチの対面へ座った明達が彼へ食事を勧める。それに、ゴルジェーエヴィチは喉を鳴らしてフォークとナイフを手にする。
エレムシムでは箸と呼ばれる二本の棒で食事を挟んで食するという奇妙な風習があることをゴルジェーエヴィチは知っていたが、彼の席には箸が置かれてはいなかった。
ゴルジェーエヴィチが清中王国の食事に舌鼓を打っていると、清中王国議会の職員がやって来る。
「冉大統領、セレニティ国外交官のリビティウム・アド様が到着されました」
「ああ、ここへお連れしてくれ」
明達の言葉に職員は美しい礼と共に「かしこまりました」と告げて応接間から立ち去る。
その間に明達とゴルジェーエヴィチは立ち上がり、職員たちが食事の皿を全て下げる。
代わりに彼らの前には水が注がれた銀のゴブレットが置かれる。
ほんの数分で先程の職員が、七三に撫で付けたオールバックに銀縁の眼鏡を掛け、その奥にはブルーグレーの瞳が輝いている。唇の左下に小さな黒子があり、それが四角四面な彼の面立ちの中可愛らしくも見える。
彼は黒のスーツをピシッと着こなし、ラッフルシャツを着用している。その足元にはタッセルが飾られた革靴が美しく磨かれ、輝いている。
その男性の後ろに青い鱗で全身が覆われ、背中に長大な弓を背負ったリザードマンが立っている。美しいアーモンド型の黒い瞳は長い睫毛で彩られ、その身長は一九〇センチメートルをゆうに超えている。
その体は黒いストライプのスーツで覆われ、首元をポーラー・タイで飾っている。折り目の付いたスラックスに、黒くヒールの高い革靴を履いている。
「お初にお目にかかります。私、セレニティ国中央議会所属の外交官、リビティウム・アドと申します」
リビティウムが名刺を取り出し、ゴルジェーエヴィチと明達へと手渡す。
リザードマンはそのリビティウムの後ろへ影のように付き従い、明達とゴルジェーエヴィチを睥睨している。
「初めまして、前任のアリバイ氏はお辞めに?」
「彼は公使になりましたので、仲介ですとアリバイではなく、参事官の私が受けることとなっています」
慇懃無礼な物言いに、明達は僅かに唇を引き結ぶものの、「分かりました」と告げる。
「アド殿は、ギルドでは無く議会所属なんですね」
「はい、我が国セレニティでは他国との交友については議会が担っています」
ゴルジェーエヴィチの問いに答えたリビティウムに、明達は「そうでしたか」と告げてリビティウムへ椅子を勧める。
それにリビティウムは軽く礼をして椅子へと座る。
そんなリビティウムの前へ、職員が銀のゴブレットを置いて水を注ぐ。その水が注がれたゴブレットに、リビティウムは軽く指輪を触れさせてから一言断り、水を一口呷る。
「それでは、本日の議題の確認をさせて頂きます」
リビティウムが黒の革鞄から契約書用の魔力用紙と魔導インクを取り出す。
「ええ、よろしくお願いします。
我が国清中王国と我が国の親交国であるゼムルヤ・スネガとの間で共戦協定を結ぶこととし、それに伴う条件の設定のために仲介を頼みました」
「かしこまりました」
明達の言葉にリビティウムがペン先を魔導インクへと浸し、魔力用紙へと滑らせていく。
「では、その条件をお聞きします」
「まず第一に、ゼムルヤ・スネガは我が国清中王国から送る魔力生物を貸与という形で利用をすること。その代金は戦争後、一匹につき五〇〇〇〇龍貨で支払うこと。第二に、我が国清中王国から購入する魔導ライフルは一丁につき五〇〇〇〇〇龍貨で購入すること」
明達の言葉に、ゴルジェーエヴィチの表情が徐々に青く染まっていく。
「そして、第三に我が国の兵站はゼムルヤ・スネガが賄うこと」
「かしこまりました。クトゥーゾフさんはこの条件でよろしいですか」
その問いかけに、ゴルジェーエヴィチは震える吐息を漏らす。
「ライフルと魔力生物の貸与、購入については了承します。ですが、兵站を賄うことは……」
「では、兵站については抜きましょう。代わりに、我が国がゼムルヤ・スネガの兵站を賄います。いかがですか?」
「それは、お受けしたいですね」
二国の同意を確認し、リビティウムは魔力用紙へと契約内容を公用語であるエルセトゥ語で記載していく。
長々と書かれた契約書へ、ゴルジェーエヴィチと明達が目を通す。読み終えた契約書をリビティウムが受け取り、まずはペンを明達へと渡しサインを促す。
明達は角張ったエルセトゥ語で自身の名を書き、続いてゴルジェーエヴィチがペンを取り大きく丸い文字でサインをする。
それを確認したリビティウムが「確認しました」と告げると、最後に仲介国であるセレニティの外交官として自分の名をサインする。
「それでは、これで私の仕事は終わりましたので、失礼させて頂きます」
複製した契約書をそれぞれゴルジェーエヴィチと明達へ渡したリビティウムは革鞄へと契約書の原本を片付け立ち上がる。
「アド殿、どうでしょう。我が国の料理をご馳走様したいのですが」
「ああ、先程頂きましたが、清中王国の料理はどれも美味しかったですよ」
ゴルジェーエヴィチと明達の言葉に、リビティウムは眼鏡を軽く上げてからその薄い唇を開く。
「いえ、結構です。時間外業務はしない主義ですので」
そう告げたリビティウムは四五度の礼をするとリザードマンを連れてひとつの跡も残さず部屋から去って行った。
リビティウムは職員へも軽く頭を下げるとヒールの音も高く歩いていく。
僅かな時間の後、転送装置が動く温い音が明達の耳へと届く。
「それでは、クトゥーゾフさん。改めて共戦協定を結んだ国同士仲良くやりましょう」
「ええ、勿論です。よろしくお願いします、冉さん」
ゴルジェーエヴィチと明達は改めて握手をし、互いの関係を確認し合う。
「それでは、また」
ゴルジェーエヴィチの言葉に明達は「転送装置までお送りしましょう」と微笑み、ゴルジェーエヴィチの隣を歩く。
清中王国の転送装置は赤と青と金で飾られており、精緻な模様が画家によって描かれている。
その中へ体を入れたゴルジェーエヴィチが改めて礼をして、姿が掻き消える。
明達はそれを見送り、背中で手を組んで歩き出した。




