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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第12話

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後編 特定魔力生物特別交流会後の喜びについて

 フィニスが後頭部を掻き、リポーターから受け取った二枚の許可証を自分の胸ポケットへと片付ける。それに何かを言おうと口を開いた女性リポーターへ、ミコが自身の腰から剣へ手を掛ける音が僅かに響く。


「中央ギルド庁舎所属捜査官の権限で、ヴィッタテレビのこれ以降の特定魔力生物、特定魔力生物管理者、それに伴い特定魔力生物特別交流会の取材の許可を取り消します」


「そんな!」


「というわけで、お帰りください」


 女性リポーターと男性カメラマンは抵抗をするも、人間よりも強い力を持つミコが彼らを「まあまあ」と宥めながら人混みを掻き分け、転送装置へ向かう。

 歩いている最中にもあちらこちらから好奇の目は注がれる。転送装置へ到着すると、そこには年若い転送員が立っていた。


「これ以降、ヴィッタテレビさんの取材、撮影はお断りしてくれ。完全に出禁だ。彼らはお帰りだそうだから、丁重に扱ってくれ」


 ミコの言葉に、転送員は「かしこまりました」と頷く。リポーターは最後までフィニスのことを口汚く罵っていたが、それもどこ吹く風といった様子で、フィニスは大きな欠伸をする。

 無事にリポーターとカメラマンが転送装置の中から消えると、フィニスが伸びをして歩き始める。

 先ほどまでの刺すような視線や緊張が、屋台から漂うソースの焦げる匂いと共に霧散していく。


「あの!」


 進行方向から聞こえた言葉にフィニスが顔を上げると、そこには先程自身の魔力生物である鬼たちを守ろうとしていた男性冒険者が立っている。


「さっきはありがとうございました!」


 男性冒険者からの感謝に、フィニスはまるでいらないと言うように手をぷらぷらと振る。


「気にしなくていいぜ、ああいうのは俺たち捜査官の仕事だ。何よりあんなことでもないと、主は働かないからな」


 あっけらかんと笑うミコの様子に、男性冒険者は思わず笑みをこぼす。


「俺の魔力生物たちが負けてる姿なんて撮られたくなかったから、助かりました」


「またなんかあったら、次はすぐに捜査官を呼べよ」


 ミコは壁に一定間隔で取り付けられた非常ボタンを指差して言う。それに男性冒険者は「覚えておきます」と告げる。


「あの、何かお礼させてください」


「じゃあ、牛串買ってくれ」


「そんなんでいいんですか……?」


 フィニスの言葉に、男性冒険者は快く頷き牛串の屋台へと向かう。

 時刻は一四時を過ぎた頃だったためか、食事系の屋台に並ぶ人の数は少なかった。

 フィニスの順番になり、彼は「牛串二本と牛タン串三本」と注文する。ミコが思わず、「もう少し遠慮しろ!」と言ってしまうほどであった。

 しかし、男性冒険者はそれに首を振ることで応える。


「助けられたんですから、これくらい安いもんですよ!」


 渡される牛串にかぶりつくフィニスを、ミコと男性冒険者はまるで餌を食べる野良猫でも見ているかのような気分で眺める。


「キミたちは普段、どこを拠点に活動してるんだい」


「すみません、名乗らずに……俺はアルベンシス区のアラウダです。まだまだ駆け出しの冒険者ですよ」


「駆け出しねぇ、それにしてはしっかり育ててるようだが」


 アラウダの魔力生物を見つめながらミコが言う。

 同じ魔力生物ながら捜査官という立場のミコに褒められたからだろう、アラウダの魔力生物たちは満更でもない様子で小さくハイタッチしている。

 アラウダの部隊は、鬼を隊長として精霊、コロポックルといった鍛え上げられた小さな魔力生物も入り、人魚、ハーピーに猫獣人というメンバーであった。


「バランスの取れた良い部隊じゃないか」


「ありがとうございます、俺はまだまだ、みんなに教えてもらうばっかりですよ」


「何より、主の許可無くその力を奮わなかったことが一番褒められるべきことだぜ」


 ミコの言葉に、アラウダは目を瞬かせる。

 アラウダが女性リポーターと言い合いになっていた時、剣の鞘に手をやり柄を掴んでいる者や口を開き人間を破壊する歌を奏でようとしていたもいた。それでも刃を抜かなかったのは素晴らしい忠臣だとミコは褒めたのだ。


「それはもちろん、僕たちは主のための力だからね」


 照れ臭そうに答えたアラウダの鬼に、ミコは彼の肩を抱く。


「それができるっていうのが素晴らしいのさ。キミたちなら政府の仕事を受けても大丈夫だと思うから、もし気になったら中央ギルド庁舎に来てくれ」


 ミコがアラウダを勧誘し、そのまま「じゃあな!」と手を振って最後の牛串を食べ終わったフィニスの元へと戻る。


「褒められちゃったな!」


 背後からそんな声が聞こえてくる。

 実際、政府に所属するには様々な必要条件がある。その中にはどんな惨たらしい事件があったとしても平静でいられることという条件だってある。

 彼らがそれに耐えられるとは思えなかったが、どんな者であっても門扉は開かれているし、数は必要であった。だから勧誘をしたのだ。

 ああいった、規律を保てる魔力生物はそう多くない。冒険者との関係にも関わってくるからだ。



 一七時、演習が終わる時間がやってきた。


「はーい! 止まらず進めよー」


 演習の終わりの合図の鐘が鳴るや否や、人波が転送装置へと押し寄せた。一気に転送装置へと人が雪崩込む。

 それを整列させ一組ずつの単位に分けて少しずつ進ませていくのも見回り任務を依頼された捜査官の仕事だった。


「君、一人か? 冒険者は?」


「おーい! 犬獣人のポットの冒険者はいるか!」


「止まるなよ、ちょっとずつ進めー。止まったら渋滞するから、一ミリメートルでも爪先動かせよ!」


「騒がしいから冒険者コードははっきり言えよ! 違う屋敷に飛ばされても知らねーぞ!」


「おい、財布落とした奴いないか! 財布なんていう大事なもの落としてどうするんだ! 一割貰うぞ!」


 コロシアム内の見回りをしていた捜査官も、出店フロアの見回りをしていた捜査官も、全て一緒くたになって整列業務へと入るのだ。


「デルフィヌスも演習業務だったのか」


「フィニスもか、今日もお疲れ」


 デルフィヌスと呼ばれたのは煤色の髪にブラウンの瞳をした男性捜査官だった。傍らにはぬぼっとした身長の高い濡れ女が立っている。

 デルフィヌスは、似たような名の音を持ち、同じ中央ギルド庁舎所属捜査官ということでフィニスに親近感を抱いていた。


「ゆっくり前に進んで、急いでもいいことないよ!」


 濡れ女のカルカリアスが緩く言い、まるで交通整理をするかのようにぷらぷらと手を動かしている。


「進まないからって転送員を困らせるんじゃない! 君どこの奴だ、名前と冒険者コードを名乗れ!」


「急ぐなよ、お前らの屋敷は逃げないからゆっくり進めよ! ゆっくり進めって、こんなところで将棋倒しになったら医療師が来る前に死ぬぞ! 家族に死因説明できないだろ!」


 約二時間半が経過し、ようやく最後の一人が転送装置へと入ると気を張り、立ちっぱなしだった捜査官たちは各々の方法で体を伸ばしている。


「牛串のカロリーはこれで消費したな、脚が棒みたいだ」


 しゃがみ込んだフィニスの言葉に、ミコが「馬鹿なこと言うんじゃない」とやや疲労を滲ませた声で言う。

 どこかから、「足の裏が焼けた鉄板みたいだ」という声が聞こえてきて、ミコはそれに内心頷いた。


「皆さん、お疲れ様です! 今日もありがとうございました!」


 演習会場で働いている一般スタッフがそう声を上げ、ダンボールを引きずってやってくる。


「捜査官の方々も、転送員の方々も、皆さん一本ずつお持ち帰りください!」


 スタッフが引きずって来たのは、缶のスポーツドリンクが入ったダンボールだったのだ。


「ありがとうございます!」


 捜査官も魔力生物も、感謝を伝えて自然と整列し、一人一本ずつ受け取っていく。

 手にした瞬間、冷気が指先を刺す。開けた途端、甘い香気がふわりと立った。


 ほとんどがその場で開けて飲み始める。ある程度水分補給はしていたとは言え、準備時間を含めてほぼ一〇時間半を立ちっぱなし歩きっぱなしで過ごしていた彼らにとって、スポーツドリンクは渇いた体を潤すオアシスのようなものだった。


「お疲れ様、また明日」


 それぞれが挨拶を交わし、転送装置へと入っていく。

 基本業務が演習会場の見回りである捜査官と、そうでない捜査官がいるのだ。「また明日」で出会う者がいれば、次の見回り業務でしか会えない者もいる。

 デルフィヌスは基本が演習会場の見回り業務であり、フィニスと会うことは珍しかったのだ。


「また飲みに行こうぜ」


 デルフィヌスの言葉に、フィニスは「またな」と答えるに留める。

 転送装置へと入りようやく中央ギルド庁舎へ戻ったフィニスは足を引き摺るように歩きながら、ミコに鍵を渡す。

 フィニスの、肩を落とし、足を引きずる音がやけに大きく響く。


「全く……鍵くらい自分で開けてくれよ」


 文句を言ったミコが、しかし居住区域にある部屋の鍵を開ける。

 フィニスは相当疲れきっていたのかベッドへと倒れ込むとすぐに寝息を立ててしまった。

 ミコは仕方ないなと笑い、ジャケットを脱がしてやってから布団を掛ける。

 遠くから廊下を歩く足音が聞こえてくる。

 スポーツドリンクを飲み干し、仲間たちに別れを告げ、鍵をかけ、映像照射水晶を付ける。


 画面の向こう側では、今日もまた戦争のことが流れている。ヴィントラントの大統領が演説をし、それに群衆が声を上げているシーンで映像が切れる。

 そんなニュースの狭間に、ヴィッタテレビのリポーターとカメラマンが転送装置へ引きずられていく姿が映っているのを見て、ミコは小さく笑った。


 一日の幕は、静かに下りた。

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