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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第11話

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前皇歴の第一次大魔戦争と現代の仕事について

 ミコ・アルカナイズは、南ヴィントラントの森から出てきたハイエルフだった。

 彼は、族長であるアウラ・アマデウスの息子として生まれた。アウラには夫であるカヌス・カンパニュラがいたが、ミコはアウラの異母兄であるボヌス・アマデウスとアウラとの間に生まれた禁忌の子であった。


 純血であるハイエルフは銀の髪に琥珀の瞳をしているが、ミコは禁忌の子であったがために金色の髪に碧の瞳をしていた。

 両親に愛されることもなく、禁忌の子が族長になるかもしれないという怯えからハイエルフたちはミコを排斥しようとしたのだ。


 森や生物と共生し、歌を奏でることが上手いハイエルフが族長に選ばれるのだ。族長には禁忌の血であっても、人間とのハーフである穢れた血であっても選ばれる可能性がある。そのため、ミコは森を追われた。


 血肉を好み、狩猟をし、ドワーフと仲を深めるハイエルフとして異質なミコを、ハイエルフたちは恐れたのだった。


「ミコ」


 彼を呼ぶ声は、ミコが森を出てギルドへ所属した二三〇〇年の間に幾度も変わった。

 しかし、いまの相棒以上に明晰で美しい姿をした者はいなかったと、ミコは思っていた。


「なんだい」


「北ヴィントラントの森にいるエルフがゼムルヤ・スネガの奴隷魔力生物になったらしい」


 フィニスの言葉に、ミコは思考を飛ばす。

 エルフは、ハイエルフと枝分かれした存在であった。他の生物との血が混じったエルフは、魔力と血を極限まで高めたハイエルフと違い、寿命は短く魔力もハイエルフほど高くはない。

 北ヴィントラントの森には、フィニスの親族であるエルフも多くいた。過去、フィニスを可愛がってくれた銀髪の美しいエルフを思い出す。


「そうか、それはエヴィスィング国も苦しくなるだろうな」


「北ヴィントラントの森に、お前の親族がいるって言ってなかったか」


 コーヒーを飲みながら問いかけられたその言葉に、ミコは椅子の背凭れへと体重を掛けて視線を天井へと向ける。


「親族とは言え、血なんて相当薄まってるさ。俺たちハイエルフにとって血族というのは、人間と違ってそう重要なものじゃないからな」


 ミルクだけを加えたカフェ・オ・レをミコは啜る。

 そんな言葉にもフィニスは興味の欠片も見せず「ふうん」と言うだけだった。


「エヴィスィング国は、この間のセレニティがやった魔力持ち女性の一斉徴発で魔力持ちも少ないし、そもそも立地的にも魔力生物が少ないしな」


「この間ってな、あれは二〇〇〇年前のことだろ」


 呆れたようなフィニスの言葉に、ミコは「そうか」と呟く。


「そうか、もうそんなに経つのか」



────


 ──世界歴元年。


 ゼムルヤ・スネガと清中王国が手を組みセレニティとヴィントラントを裏切ったものの、セレニティの親交国である神聖皇国が参戦し、セレニティとヴィントラントが不可侵条約を締結したことによって、清中王国は戦略的撤退。

 ゼムルヤ・スネガだけが実質の敗戦ということで大魔戦争はケリがついた。


 ゼムルヤ・スネガがヴィントラントの北部を返還せず統治しているという想定外はあったものの、それを除けばセレニティとヴィントラントにとって、十分な収穫だったのだ。


 ヴィントラントは魔力生物が多く存在するリャン国を、セレニティは魔力持ちの数がリャン国よりも多いエヴィスィング国を植民地とし、途中から参戦した神聖皇国には、セレニティがヴォーゲン大陸に持っていた植民地のうち、内陸のノナと海に面したゼノを譲渡することで決着がついた。


 その後、セレニティはエヴィスィング国へ魔導船を乗り付けたのだ。未だ、魔法因子がX染色体に存在するなどということが世界中に知られていない時分に、セレニティはエヴィスィング国にいる魔力持ちの女性を根こそぎ徴発したのだ。

 エヴィスィング国の魔力持ちは、左目の下へ小さな黒い星が生まれつき浮かんでいるという。

 エヴィスィング国の人口の半分が女性なら、その中の半分がセレニティへと連れて行かれたのだ。

 無事だったのはメイクで痣を隠せた貴族の女性くらいだったと言う。


 その後、エヴィスィング国から連れてこられた魔力持ちは子を産むための奴隷とされたのだ。

 兵士や傭兵とするための子を産むために使われ続けた女性たちは、短い寿命で死んでいき、生まれた女性の魔力持ちは再び子を産むための奴隷とされた。


 その過去を、セレニティは完全に隠し、国の暗部として完全に消し去ったのだ。


 現在になってもその過去を知っているのは、その頃からギルドで働いていたハイエルフくらいだと言う。



────


 不意にミコは過去へ飛ばしていた意識を取り戻す。時計を見れば、既に九時二五分を指している。


「さて、フィニス。そろそろ仕事だ。行くぜ」


「今日もつまらない仕事か」


「なんだ、面白い仕事がしたいのかい。戦争にでも行くか?」


「とんでもない。つまらない仕事こそ、素晴らしい」


 フィニスはスーツのジャケットを着込むと片手に持っていた新聞紙をテーブルの上へと置く。


「タイムカードを押したらコーヒーを買ってくるからカフェスペースで待っててくれ」


「お前の分は自分で押せよ」


「分かってるさ」


 二人連れ立って三階の窓口前にある魔導端末に魔力を流し出勤時間を入力する。


「行ってくる」


「おー」


 タイムカードを押しただけで疲れきったかのようにテーブルへと懐いたフィニスに苦笑を零し、ミコは階段を降りて向かいにあるカフェで頼み慣れたドリンクとついでにもう一つを頼む。


 カフェから戻って来て、フィニスの前へサンドイッチとコーヒーを置いてからカフェスペースで買ってきたサンドイッチを食べ終えた後、ミコは窓口にヌベスのヴェリタスが座っていることに気が付いた。

 ミコは「よっこらせ」と声を出して立ち上がり、窓口へと向かう。

 ブゥンという低い空調音が聞こえてくる。書類が擦れる紙の音が耳に届く。空調の風に乗って微かに漂う紙とインクの匂いが、朝の庁舎の空気を満たしていた。


「よっ、ヌベスの」


「ああ、ミコか」


 ヴェリタスは確認していた書類をデスクへ置き、対話をする姿勢を見せる。

 ミコはヴェリタスの前へ置かれた椅子へと座る。

 緑色のパイプ椅子は、学校で使われているチープなものよりは多少マシ程度のもので、体重の軽いミコが座るだけでミシッと音がするほどだった。


「以前、キミのとこの主がセクと対談してただろう」


「ああ、SECCのニンブス・ナトゥラリテール殿とした、ニュースヴァイスでの対談だな」


「それだ。それから対談の依頼は来てないのかい」


 ミコの問いに、ヴェリタスはじとっとした目つきでミコを見つめる。

 基本的には四角四面で他者との外交に遠慮も気も使わないヴェリタスは、特にミコに対しては自分を取り繕うこともしなかった。

 ヴェリタスは、その美しい青色の目だけを上げてじとりとミコを見やる。その視線は、冷たい水面のように揺らぎがない。


「何故、ミコに関係あるんだ」


「別に、ただ気になっただけさ。雑談だ」


 ミコの言葉に、ヴェリタスは鼻から息を吐き出し椅子の背もたれへと体を凭れかける。

 ギィと低い音が椅子から鳴った。


「主は、SECCに対して中立だが、最近の動向は目に余ると言っているな」


「ほう……。まあ、最近もこの中央ギルド庁舎に押し入った奴もいたからな」


「ああ、そういうこともあって、主はもうSECCから手を引くと言っていたな」


「なるほどな、情報サンキュ。これはほんのお礼だ」


 中央ギルド庁舎の真ん前にある、表通りのカフェテリア。

 そこで最近販売を開始した期間限定の新作フラペチーノが入った紙袋を、ミコはヴェリタスへと渡す。


「ああ、……賄賂は受け取らないぞ」


「賄賂じゃないさ、これは友としてのプレゼントだからな。溶けるから早めに飲んでくれ」


 ミコはそう言うと立ち上がり、ヴェリタスへと手を振る。

 ミコが向かう先にはカフェスペースとは名ばかりの、テーブルと椅子と自動販売機があるだけの休憩所がある。

 そこにフィニスがいるのだろうと、ヴェリタスはあたりを付けた。


 普段は中央ギルド庁舎の一角で、特定魔力生物専門の窓口に座り続けるヴェリタスにとって、冒険者と肩を並べて何かをする時間は、ほとんど訪れない。

 それだけに、ミコとフィニスのような、任務へと赴く者たちが並んで歩く姿は、遠い憧れにも似た羨望を呼び起こすのだった。

 パーテーションで区切られただけの専門窓口の向こう側へと、ミコは歩いて向かう。


 そんなヴェリタスの心情など知る由もないミコがカフェスペースへと到着すると、フィニスはコーヒーも飲まずサンドイッチを食べることもせず、強化プラスチックで覆われた業務用のテーブルに右頬を付けて完全に寝入っていた。


「フィニス、ほら起きろ!」


 ミコがその肩を揺すって声を掛けるも、フィニスは起きる気配のひとつもない。

 しかし、ミコはフィニスが一瞬寝息を乱したことに気が付いた。


「フィニス、キミ起きてるだろう」


「……寝てる」


「全く……昨日の仕事が忙しかったから起きれないのかい」


 呆れ返ったミコの言葉に、フィニスはテーブルの上へと重ねた自分の腕へ顔を擦り付けて目元に残る涙と目やにを擦り落とす。


「単純に眠いんだよ、俺たちギルド所属捜査官にもケースワーカー付けてくれよ、俺が鬱病になったらどうするんだ」


「そんな反応しにくいことを言わないでくれ。もう少しツッコミやすいことを言ってくれよ」


 フィニスは上半身を起こして大きな欠伸をすると、テーブルの天板へと肘をつき、頬を支える。フィニスの肉が薄い顔は、それで形を変えることも無い。

 その状態でフィニスはミコへと問い掛ける。


「それで、今日の任務はなんだよ」


「今日は簡単だぜ、演習会場の見回りだ」


 特定魔力生物特別交流会、通称演習は冒険者であれば二週間に一度の参加を義務付けられているものだった。

 各冒険者が使役している魔力生物のうち、事前登録された部隊同士が演武のようにコロシアム状の戦闘領域で戦い、武を競う場であった。

 そこでは数多の露店が出店され、魔力生物も、普段外へ出ることの少ない冒険者も交流が可能な場所だった。


「最悪だ……危険手当も付かない、拘束時間は長い」


「だが、屋台には行けるだろ。フィニスの好きな焼き鳥と牛串の屋台も出てるかもしれないぞ」


「あそこは老舗だから出店するだろ。でも、それだけだ。最低でも片手は空けとかないといけないしな」


 そういえば、とフィニスがミコを見る。


「俺のコーヒーは?」


「そこに置いてるだろう、サンドイッチも早く食べてくれ」


 フィニスは文句を言いながらもカップを取り、ズルズルと不味そうにコーヒーを啜っている。


「やっぱ違うな、うまい」


「フィニスはどのコーヒーも不味そうに飲んでるだろ、本当に美味いと思ってるのかい」


 フィニスは満足気にプラスチックコップの中のコーヒーを飲み干し、氷だけが残ったコップをミコの方へと押し出す。


「これを捨てたらそのまま行くぜ」


「最悪だ、嫌だ……」


 ぶつくさと文句を言うフィニスを後目に、ミコは氷が残ったプラスチックコップをゴミ箱へと捨て、フィニスの体を背後から持ち上げて引きずり始める。

 フィニスの体が、ズルズル床を滑る。


「ああ、もう分かった、分かったから離せよ。行くから」


「ああ、転送員だって待ってるからな」


 諦念の入ったフィニスの言葉に、ミコは「それは助かる」と言い、彼の主を離した。

 フィニスは立ち上がり、足を引きずるようにして転送装置へと向かう。


 転送装置の前には、いつも通り濃紺色の制帽に同色の制服を着た転送員が立っている。その胸には中央ギルド庁舎転送員と金糸で刺繍がされている。

 よく顔を見る転送員だった。彼らは公務員として転送装置の前に立っているため、シフト制で回しているらしいことは以前、トロプフェンという名の転送員と話して、ミコは知っていた。


「やあ、今日も頼むぜ、サンダ殿」


「こんにちは、フィニス捜査官様、ミコ捜査官様」


 サンダと言うらしい転送員は帽子のつばに指を添えたまま、背筋を伸ばして、きっちりと四五度のお辞儀をする。それを横目に、ミコとフィニスは改札へ手帳をかざして転送装置の中央へと向かう。


「今日はA〇〇〇〇〇ー〇〇〇三八に頼む」


 ミコの言葉に、サンダはコード対応表を確認する。検索と目視で確認することで人為的なミスや事故をなるべく減らしているのだろう。


「本日は特定魔力生物特別交流会の会場ですね」


 既に中央へ立っている二人に、サンダは微笑んで軽く帽子を持ち上げて挨拶をする。少し枯れた、しかし通る声であった。

 年齢のためか僅かに曲がった背筋を伸ばし、帽子のつばを持ち上げる手は、節くれ立っていた。

 制服の袖は何度も洗濯したのだろう、柔らかく張りがなくなっていた。


「それでは、二名ですね」


 既に老齢の転送員は、昔からの習慣通りに指差しで確認をしながら転送装置へ鍵をかけ、装置を動かすための運転室へと入る。

 転送装置の中央から白い光が発され、ミコとフィニスの目の前からサンダの姿が掻き消える。

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