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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第9話

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前編 前皇歴の被服文化の進化について

 前皇歴一二年、前紀世界歴一九七一年。

 世界情勢は不安定に揺れていた。エヴィスィング国とリャン国の国土を巡って、セレニティとヴィントラント、そしてゼムルヤ・スネガ、清中王国の間では話が纏まらず、戦争が勃発したのだ。

 セレニティとゼムルヤ・スネガ、ヴィントラントと清中王国の二国が互いに手を組み、睨みあっていた。


 セレニティでは、その情勢の中労働者階級が忙しく走り回っていた。軍需工場では毎日山のような量の魔導ライフルが箱一杯に詰められて送り出されていた。

 その労働者たちの袖は機械に巻き込まれ、あちこちにひっかけて引き裂かれ、ズボンの裾は煤に汚れちぎれていた。それを見ていた一人の女性がいた。

 彼女はデザイナーでもなんでもない、ただの平民であったが、労働者のために動きやすい服をと考え始めたのだ。


 何度もデザインを考え、彼女はようやく一着の服を世に出した。


「オーリム、どうか着てみせて」


 彼女、プリムス・ミセリアが息子へ言う。彼が着た服は、生成の生地に袖の引き絞られたシャツに脚の形に沿ってストンと落ちる、裾口が狭いものだった。


「母さん、これすごいよ! 引っかからないし、邪魔にもならない。これならシャツが巻き込まれて怪我をする人も、きっといなくなる」


「良かった。オーリム、どうか今日も怪我をせずに帰ってきて」


 その日からプリムスは日夜を問わず人々のためにその服を縫い始めた。

 三年の月日が経過し、オーリムが着た服を真似して作る者たちも、増えていく。そうするとその服の形の有用性に軍人が気が付いたのだろう、ある日プリムスが一人針仕事をする家へ、一人の使者が現れた。

 三度扉がノックされ、プリムスは服の生地を置いて立ち上がる。


「はい、どなたですか?」


 そこに立っていたのは、濃紺の軍服に金色の勲章を三つも付けた女性であった。


「初めまして、プリムス・ミセリア女史でお間違いありませんか」


 静かな声に、ミセリアは言葉に詰まりながらに頷く。


「は、はい」


「良かった。わたくしはパーニス・パルウァエです。宜しければ、中でお話をしても?」


「も、もちろんです」


 彼ら市井の者にとって、軍人とは神の使者のようなものであった。プリムスが緊張に固まるのも仕方がないことだったのだ。


「最近、労働者階級の方々の間で流行しています服が、ミセリア女史のデザインだと伺ってお邪魔しました。我が軍で、そのデザインを流用したいと思いまして。デザイン画と紙型をお借りしたいのですが、宜しいでしょうか」


 丁寧なパーニスの言葉に、プリムスは小さく頷き、デスクの引き出しに仕舞っていた、一番新しい紙型とデザイン画を取り出す。


「こ、こちらです」


「ありがとうございます、ミセリア女史。これでまた一歩、我々は勝利へと近付くでしょう。我々はあなたの献身を決して忘れません」


 パーニスはそう言い、プリムスへ敬礼を残して立ち去って行く。

 その姿すら、プリムスにとっては神の使者にしか見えなかったのだった。


 パーニスがプリムスの家へ訪れてから一年半後、軍服が完全に一新された。ヒラヒラと飾りの多く、脱ぎ着のしづらかった軍服から脱ぎ着がしやすく体にフィットするものへと変更された軍服に、軍人たちは上も下も無く大喜びであった。

 色味はセレニティ国を象徴する濃紺に、三日月の紋章が象られている。


 それに目を付けたのが、商人連合だった。

 軍人が採用したその服の形は、貴族にも売れると踏んだのだ。より洗練されたデザインにすれば金になると。

 だからこそ、商人──オムニス・レスティンギトゥルは金を積んでカルぺへと足を踏み入れる。セレニティという国の暗部であり、表の人間やギルドは決して触れない、金で全てを引き受ける存在。その中でも最も信頼の置けるカルぺの元へオムニスは歩を進める。


 労働者階級が住む街並みの中、一軒の家がある。こぢんまりとした大きさの家屋。その扉を、決まった回数ノックする。


「誰だ」


「霧の者です」


 オムニスの言葉に、扉がゆっくりと開かれる。片目が瘤で潰れた、小さな体のゴブリンがそこには立っていた。


「商人か」


 ゴブリン──ボッソは体を軽く後ろへと避け、オムニスを迎え入れる。


「商人が、何を望む? 私に仕事を頼めば、安くない金が飛ぶだろう」


「それでも惜しくない富が手に入るからな。最近、労働者階級や軍人に採用されている服の始まりを探ってくれ」


 その言葉に、ボッソの片方だけ残った目がギョロリと動く。尖った鼻が震え、嗄れた声が「ふむ」と漏れる。


「良いだろう。前金で、五〇万イェンを置いていけ」


「達成時に一五〇万イェン払う」


「いいや、前金で五〇万、達成で一〇〇万だ」


 ボッソの言葉にオムニスは眉を顰め、それでも魔導端末を操作する。

 軽い音と共にボッソの口座へと入金されたのを確認し、ボッソは商人の先を歩き扉を開く。


「一週間後に、また来い」


 ボッソがそう零すと、オムニスは「分かった」とだけ返し、扉の外へと出る。

 空は灰色で、僅かに空気が湿っていた。これは雨になるぞと、オムニスは小走りで自身の家へと走り出す。


 カルぺであるボッソは、カリゴと呼ばれる数多の奴隷を実働部隊としてその地下へと抱え込んでいた。

 地下へと階段を一歩一歩進む。


「スキエンティア」


 ボッソの呼ぶ声に、スキエンティアと呼ばれた栗色の髪の少女が立ち上がる。両腕と両足には枷が付けられ、長い前髪でその両目は見えない。

 ボッソは、そんな彼女の前髪を髪留めで留めてやり、美しい金色の瞳を露出させる。


「おいで、任務だ。シャワーを浴びて、服を着替えるんだ」


「はい、お父様」


 ボッソが枷を外し、前を歩く。

 ボッソは、決して奴隷に前を歩かせない。奴隷に背中を見せて前を歩くのだ。まるで、それこそが主人の姿だと言うかのように。


 地下から上がると、窓から光が差し込む。スキエンティアは、小さく息をついた。


「シャワーを浴びてくるんだ」


「はい、お父様」


 スキエンティアは頷き、シャワールームへと足を向けた。

 その間にボッソは違和感の無いよう労働者階級の女性服を用意する。綿でできた生成のシャツに、同じ生地で作られた腰巻のようなスカート。そして革で作られた靴。


 シャワーを浴びて裸身で出てきたスキエンティアへタオルを渡したボッソは、彼女へ櫛を渡す。


「仕事の説明をする。拭きながら聞きなさい」


「はい、お父様」


 ボッソの言葉に反応したスキエンティアが、命じられた通りにタオルで髪を、体を拭っていく。


「今回の仕事は、現在市井で流行している労働者階級の服を最初に作った者を見つけることだ。そのために前時代の労働階級の服を調達した」


「分かりました、お父様」


 その日、スキエンティアは長い栗色の髪を三つ編みにし、飾り気の無い生成の服を着てストリートへと歩みを進めた。

 通りがかった男性へ、スキエンティアが声を掛ける。


「すみません、この辺りで、流行の服を作っている方がいると聞いたんですが、どこにいるか知ってますか」


「ああ、それなら……多分プリムスのとこだな。そこの路地を入ったところに、ミセリア洋装店って真新しい看板が出てるからすぐ分かるさ」


 男性からの言葉に、スキエンティアは「ありがとうございます」と告げて深々とお辞儀をする。


「おう、あの人の作る服は動きやすいからな、嬢ちゃんも買えるといいな」


「はい、楽しみです」


 スキエンティアは男性が路地を曲がるまで見送り、教えられた路地を入る。そこに、雨風に曝された様子も見えない真新しい看板が掛かっているのが見える。


「失礼します」


 声を掛けながら扉を開くと、くすんだ金髪をした、壮齢の女性が椅子に座っていた。彼女はその膝の上で生成の生地を縫い合わせており、その作業の途中に視線を上げる。


「いらっしゃい、労働服が欲しいの?」


 まだ幼い顔立ちをしたスキエンティアに、プリムスは優しく問い掛ける。


「はい、あなたが……初めて労働服を作ったと聞いて」


「ああ、初めてなんて、別に大したことじゃないんだよ。おばさんの考えた服が大衆に受けただけさ」


「それでも、すごいことだと思うから……」


「ありがとう。……あなた、お金は?」


 プリムスの問いに、スキエンティアは首を振る。そんな少女の様子に、プリムスは立ち上がりひと揃いの労働服をスキエンティアへ渡す。

 そこには、最近流行し始めた牛革で作られた靴も添えてある。

 スキエンティアがプリムスを見上げると、彼女は優しく微笑んでいた。


「これはね、私が労働者の怪我を減らすために作った服なんだ。ほんとは、金なんていらないんだよ。あなたも、まだ若いのに大変だね……少しでも、この服で働きやすくなったらいいんだけど」


 プリムスの言葉に、スキエンティアは「ありがとうございます」と囁いて差し出された服を受け取る。

 スキエンティアのその様子に、プリムスは彼女の頭を撫でてやり、そのまま店の外まで見送ってくれた。スキエンティアが何度振り返っても、プリムスは彼女の姿が見えなくなるまで手を振っていた。


 ボッソの元へと戻ったスキエンティアは、彼へ労働服を差し出す。


「見つけたか?」


「はい、お父様。ストリートの路地の先に」


「名前は?」


「プリムス・ミセリア。女性です」


「ご苦労」


 ボッソはスキエンティアをそう労ると、彼女へ三粒の角砂糖を渡す。

 スキエンティアは、一粒の角砂糖を大切そうに口の中へと入れ、ゆっくりと溶かし味わう。


「着替えて、地下へ降りて枷を付けておけよ」


「はい、お父様」


 一週間の後、オムニスが再びボッソの元を訪れる。グレーの帽子を胸へ添えてにこやかな様子を見せるオムニスに、ボッソは常通りの不機嫌そうな表情を隠しもせずデスクへと座る。


「デザイナーの居場所が分かった。アベオストリートの七番通路を入り、右折。突き当たりにあるミセリア洋装店のプリムス・ミセリアという女だ」


「流石だな。残りの一〇〇万イェンを振り込もう。……この後、誤ればまた仕事を依頼しよう」


 オムニスの囁きに、ボッソは鼻を鳴らす。魔導端末を開き、口座に依頼金が入ったのを確認すると出て行けとばかりに手で払う様子を見せる。

 オムニスはそれに眉を寄せるも、カルぺと争って良い事など一つもない。それこそ、一の善より万の難と言うものだ。


 オムニスはボッソの元を去ってからすぐ、アタッシュケースを手にミセリア洋装店へと足を向けた。

 商人連合が吹けば飛ぶような小さな家の中からは、微かな音が聞こえてくる。


 オムニスは慇懃無礼にノックをしてから返事も待たずにドアを開く。

 プリムスは、開かれたドアの先に立つフリルをふんだんに使われた白いシャツに、たっぷりと布の使われた膨らんだ袖、ヒラヒラと風に揺れるパンツの裾から貴族か商人のように見えるその人物を目に入れ、すぐさま警戒をその瞳に映す。


「埃っぽい、まるで倉庫のようだな。ああ、これは失礼。嘘がつけないもので」


 オムニスはハンカチで鼻と口を覆い、目だけを三日月のように細めて見せる。


「私、商人連合のオムニス・レスティンギトゥルと申します」


「……商人連合の方が、こんな小さな店に、なんの用ですか」


 警戒心も顕にプリムスはそう告げる。彼女の手は震え、怯えを隠しきれないでいたが、それでも気丈にオムニスを見返している。

 そんな彼女を他所に、生成の生地が広げられたテーブルの上へ重いアタッシュケースを置き、開く。

 中にはプリムスが一生を掛けても手に入れられないほどの一〇〇〇〇イェン札がぎっしりと詰められている。


「いえね、あなたを商人連合にご招待したいと思いまして。これからは我が商人連合にて、その労働服を貴族用にデザインをして、我々と儲けましょう。そうすればこんな木っ端のような家からすぐにでも出られますよ」


 オムニスの言葉に、プリムスは一度ゆっくりと息を吐き出し、そして目を閉じる。


「有り難い申し出です」


「それでは……」


 そして、プリムスは目を開く。その目にはもう怯えは映っていなかった。

 分かりやすいほどの侮蔑だけがそこにはある。


「ですが、お断りします」


「は?」


「ですから、お断りしますと、申しました。私は、ここで貧しい者たちのために労働服を作り続けます。分かったら出て行ってください」


 毅然とした態度に、震えすら感じさせない声音。彼女はアタッシュケースを閉じてオムニスへと突き返し、そして彼のことなど視界に入っていないかのように再び針仕事を始める。

 オムニスはわなわなと体を、唇を震わせ、そしてプリムスの家の二軒隣までもが崩れるのでは無いかと思うほど力強く扉を閉めて出て行ったのだった。

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