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冒険者よりも安上がり  作者: 田中
第1話

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セクション1 納税の義務

 皇歴三二五年。

 セレニティ国の首都ルーメン。そこにあるセレニティ国で最も大きなギルド、ノワギルド。

 そこは冒険者ギルドと商人ギルドが合体した場だった。フィニス・ネブラとミコ・アルカナイズはそこに所属している捜査官だった。

 人間であるフィニスと、ハイエルフであるミコは、ノワギルドに選ばれた相棒だったのだ。


 この国ではギルドに登録した人間がヒトガタを取り、魔力を流すことで最も相性の良い亜人や魔族、エルフといった魔力生物から相棒が選ばれる。選択権を持つのは人間のみで、魔力生物は相性の良い人間が現れるのを待つことしかできないのだ。


 魔力生物──エルフや亜人など、人間とは異なる存在の総称だ。その中で冒険者に契約され、ともに戦う者たちを“バディ”と呼ぶ。


 フィニスは常々、ミコに対して「なんで俺がこんな仕事を……」などと零していた。

 フィニスは元々、セレニティ国でも有数のネブラ公爵家の三男坊であった。上に二人の兄と、下に一人の妹を持つ人物ではあったものの、フィニスだけが妾の子であった。

 家族は皆、父と同じゴールドの髪か、正妻と同じホワイトゴールドの髪をしていた。しかし、フィニスだけは妾である第二夫人の外見をそのまま受け継いだのだった。


 フィニスはまさに白皙の美青年と呼ぶに相応しい姿をしていた。

 白磁のように白い肌は血の気が薄く、体つきは痩せぎすで、全体的に“影”の印象が強い。絹のようにすら見える黒髪は癖のないまっすぐな髪質で、前髪は目にかからない程度に短く整えられている。印象的な射干玉の瞳は深い夜の色で、光を吸うように昏い色をしている。


 細面の顔立ちは鼻筋が通っており、頬には丸さが無い。目尻は少し下がり気味で伏し目がちになることが多く、どこか思索的にすら見える。


 フィニスは常に黒のスーツを着用しており、その姿勢は僅かに猫背であり、その薄い肩をすくめるように歩いている。

 身長は一七〇センチメートル後半ではあるが。実際の体型よりもさらに細く小さく見えるのだった。

 歩き方は静かで軽く、気を抜くと気配が消えてしまう。


 そんなフィニスの隣にはいつもミコというハイエルフがいた。豊かな小麦のような金髪は柔らかい光を帯びており、肩に触れる程度の長さを保っている。後ろ髪は自然に外へ跳ね、前髪は軽く額にかかる程度のものであった。動くたびに、その美しい金色が揺れる。

 彼の顔立ちは中性的で整っており、頬骨や顎のラインはすっきりしている。

 耳は長く、髪の隙間から上品に尖った先端がのぞく。細身ではあるが、戦うための筋肉がしっかりと付いている。

 そんな凸凹コンビのような二人は、ノワギルドでは上位の捜査官だった。


 フィニスの母であるウォルプタースは娼婦ではあったものの、両親共に魔力持ちであり、その血を引き継いだフィニスもまた、強力な魔力を持って生まれてきた。

 正妻の子であり家督を継いだ長男、レグルスはそんなフィニスに家長の座を奪われるのではないかと怯え、フィニスを家から着の身着のまま、僅かな身銭だけを持たせて追い出したのだった。


 そこでフィニスが思いついたのが冒険者になることであった。

 セレニティでの冒険者とは文官であり、魔力生物と契約をして魔物や人間と戦わせる職業のため、魔力持ちには人気の職であった。

 その分狭き門であり、特定魔力生物管理者資格試験に合格し、一年半から三年に及ぶ研修を終わらせ、小論文試験に合格をしてようやくスタート地点に立てるというものだった。


 そのため、フィニスは宿に泊まりながら魔力生物管理者資格試験を受けてノワギルドで冒険者登録をし、相棒を手に入れたところで、冒険者一人につき貸し付けられる屋敷付きアンドロイドから説明をされたのだった。


「冒険者様、税率の説明をさせていただきます。

 ノワギルドでの冒険者様の税率は二〇パーセントです。任務成功時の報酬は、ノワギルドが二〇パーセント、冒険者様が八〇パーセント、その八〇パーセントからギルド所属税が一五パーセント引かれます。

 また、冒険者として屋敷に住むため、家賃として七五〇〇〇イェンが掛かります。また、水代として固定額二二〇〇イェン、熱源使用費として固定費最低二二〇〇イェンが掛かります」


 その瞬間、フィニスは言葉を失い、そして、ゆっくりと口を開いたのだ。


「税金、かかるのか?」


「はい、冒険者様。税金はもちろんかかります。誇りあるセレニティ国の国民として納税の義務がありますので。もちろん、医療師にかかるための国民健康保険へも加入して頂きます」


 ですが、とアンドロイドは慇懃無礼な表情で続ける。


「所得税と消費税、住民税はかかりません。現時点では家賃も掛かっていませんね。家賃は、こちらの屋敷に住み始めると掛かります。また、屋敷には固定資産税が年に一度課せられます。

 また、魔力生物が二人以上に増えましたら、その時点で特定魔力生物使役税五七〇〇イェンが毎月自動的に計上されます」


 アンドロイドから長々とした説明を聞いたフィニスは、その場で崩れ落ちて気を失った。

 次に目が覚めた時、そこはギルドの医務室で、説明をしていたアンドロイドとミコがフィニスを覗き込んでいた。


「冒険者様、大丈夫ですか?」


「俺……」


「ええ、聞こえていますよ」


「俺、……納税、しなくていいと思って……」


「……はい?」


 耳がおかしくなったのかと思ったかのような表情で、アンドロイドが首を傾げる。

 隣で聞いていたミコの金髪が肩を流れ、緑の瞳が理解できないという様子で歪む。


「だから! 納税しなくていいと思ったから、頑張ってなったんだよ! 冒険者に!」


 フィニスの心からの絶叫に、物珍しそうにフィニスを眺めていたミコが大層面白そうに笑った。


「君、そんなつもりでなったのか? この、死ぬかもしれない職に?」


「そうだよ、領地運営してた親父を見てて、ずっと思ってたんだ。俺は納税なんかせずに悠々自適に暮らすんだって! そのためなら軍人に……冒険者にだってなってやるって思ってたんだよ!」


 フィニスの言葉に、アンドロイドが大層言いづらそうに上目遣いでフィニスを見つめる。


「あの、……冒険者様。冒険者は軍人ではありません」


「え?」


「冒険者とは、公務員として国や特定の個人から依頼を受ける方ですから、軍人ではなく公務員です。また、獣人やエルフ、魔族などの魔力生物に人間の生活のことを教える、教師のような役割も致します」


「え、でも……冒険者は国家間の戦争にも携わるって……」


「いえ、公務員です。我々が普段行っているのは、国家間での戦争ではなく、魔物を排除するという任務ですので」


「つまり、税金は」


「はい」


「……必要?」


「ええ。ですが、住民税と所得税、消費税は不要ですので」


 アンドロイドの言葉に、フィニスは目を閉じてゆっくり息を吐き出す。


「冒険者、やーめた!」


 そこからアンドロイドがどうにか宥めすかし、特定魔力生物使役税が自分とミコだけならかからないという法令を出したフィニスが、「じゃあもう一生ミコとだけ生活する!」と喚いて駄々を捏ねた。


 そんな彼に、「無理です!」「俺一人だけなんて無茶だろう!」とアンドロイドとミコから散々告げられ、最終的に行きついたのは、ギルド所属の捜査官となるというものだった。


 そうした紆余曲折を経て、ミコとフィニスの二人は、様々な冒険者やその相棒の悩みや相談、破滅的なパーティの摘発といった、魔力生物だけでは解決できない問題の解決へと乗り出すことになったのだ。


 ミコが過去へと記憶を飛ばしていたところ、カフェスペースを通りかかった小さな影がミコの視界の端を通る。


「ハイエルフのミコ、前回の報告書出てないぞ」


 ギルド所属のアニマリア族である大きな耳に小さな体をしたフェネック獣人のイグニス・ソラリスから掛けられた言葉に、ミコが振り返る。

 ミコは通常のハイエルフとは違い、まるで南国の観光客のような赤とオレンジのアロハシャツを羽織っていた。

 日焼けを知らない白い肌に、その派手な色彩がよく映えている。

 頭には濃色のサングラスがカチューシャのように掛けられており、下は普段通りの白いスラックスにビーチサンダルというふざけた出で立ちだった。


 ギルド内のざわつきや紙の擦れる音、依頼掲示板の前で口論する冒険者たち。

 その中で、ミコの派手なアロハシャツだけが異様に浮いて見える。


 常は白シャツの上から深いワインレッドのストライプのベストを締め、ベルトのような金具が胸から腰を横切っているものを上へ着用し、パンツは落ち着いた白色で、細身だが動きやすい仕立てがされているものを着ているにも関わらず、任務に関わらない時にはふざけたアロハシャツを着ているのだ。


 しかし、そんな服装をしていながらも姿勢は真っ直ぐで、胸を張っている。立ち姿だけで“自信”と“血統”を感じさせるのだ。

 身長は一八〇センチメートル前半で、主であるフィニスより頭ひとつ大きく見える。

 足元に履かれた黒い革靴は、歩くときの音がしないほど軽やかで、存在そのものが自然と目を引く姿をしていた。


「ああ、すまん。まだどう書くか悩んでいるんだ」


「珍しいな。ただ、冒険者が死んだだけなんじゃないのか?」


「ああ、端的に言えばそうなんだが……いや、まあ……そうだな、書いてくるか」


 ミコの歯切れの悪い返答に、イグニスの頭が傾げられる。イグニスの大きな耳がふわふわと揺れ、「よろしく頼む」と告げて、また歩き出す。獣人特有のしっぽが揺れながら視界の端から消えていくのを、ミコはただ見つめていた。

 イグニスは、また別の役人の元へ向かったのだろう。



 フィニスはそのパーティが拠点としていた屋敷へと訪れた時、そのあまりの普通さに眉を寄せたのだった。


 隣に立つミコ・アルカナイズの様子に、フィニスは僅かな嫌悪を表す。初めて相棒として受け取った時には、気が付くことの無かった違和感だった。

 ハイエルフにも関わらず、ごく普通の様子でセレニティ国の公用語であるオプティムス語を操り、人間の生活に理解を示し、鉄を嫌悪することも無く、森で生活するよりも町を愛する。


 本来、エルフやハイエルフというのは人間の生活を嫌い、肉食を嫌い、鉄を嫌い、森を愛するものであるにも関わらず、彼は三〇〇〇年より長く生きていながらその全てを好んでいた。

 永くを生きるハイエルフにも関わらず、人間と同じような時間の流れで生きる、気持ちの悪いハイエルフ。それがミコだった。

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