親友が異世界に行ってきた話
親友が異世界に行ってきたらしい。
「本当なんだ」
「…そうか」
「信じるのか?」
信じる訳がないだろう!なんて言えなかった。ただ、こいつの変わりようを見て真剣にならざるおえなかった。
教室に入る前からバカでかい笑い声が響き、入ればアホ面で「おい、拓也も見ろよ!これ…めちゃくちゃエロくね?」なんて水着姿の女性を見せてくれば「朝から元気なもんだ」と払い除けたのが一昨日の記憶だ。
だが目の前のこいつの様子はどこか変で、何と言うか……大人びていた。いや、様子だけではない。「目指せ!皆勤賞!」なんて謳っていた奴が連絡もなく昨日来なくて、今日来たかと思えば3限のチャイムがなる頃だった。しかも自分の出席番号はおろか、身近の友達の名前すらも忘れていた。
「はあ…………信じれはしない…な」
「……無理に信じてくれとは言わないさ」
妙に気持ち悪い。何でそんなに落ち着いているんだよ。いつものように「なーんてね!冗談に決まってんじゃん!っははは!」なんて言えよ。やつれてんじゃねーよ。
「話だけでも聞いてくれるか?」
「…ああ」
雄介は夕日が差し込み始めた二人だけの教室でぽつり、ぽつりと話し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの世界から帰ってしまっていた。帰りたくなかった。魔物だらけのクソみたいな世界で生を渇望し、ひたすらに運命を恨んでいたが、今はその世界が恋しかった。過ごした時間があまりにも長すぎたんだ。いや、それ以上に…彼女に会ってしまったせいだろう。
「ぁ……や、やめて!来ないで!」
「…っあ、いやそんなつもりは」
出会い方は最悪だった。そりゃそうだろう。俺は路地裏でゴミ箱を漁っては食えそうなもんを探している不審者極まりない奴だった。一文無しだったんだ…とはただの言い訳だな。
「………困ったな」
「…………………っ」
大事なところを隠すだけのボロ布を纏っているだけで、肌の露出が酷かった。昔の俺だったら、「エッロ」とか言っていたかもな。……ん?「一昨日言ってただろ」って?…はは、言っただろ、過ごした時間が長すぎたって。多分向こうには10年はいたぜ?さて…続けようか。
「おい、いたぞ!!大事な商品なんだ!さっさと捕まえろ!」
「…………!」
一瞬でわかったね、いわゆる奴隷って奴だ。日本でぬくぬくと育ってきた俺には無縁な話だと思っていたが、こんな形で会うとは。
「ッ!!着いてこい!」
「…え?ええ!?」
俺は必死に彼女の手を引いていた。見ておける訳ないだろう?女の子があんな豚みたいなデブに好き勝手されてるなんて。
「うらぁ!!」
「うおおぁ?!」
取り巻き共にくっさい生ゴミを投げつけてやった。俺はこの頃には臭いに慣れていたが、アイツらは顔についたベトベトの謎の汁にひるんでいた。
「こっちだ!」
「………ッ、はい!」
もう路地裏には慣れっこだ。アイツらにとっては迷宮でも、俺にとっては庭みたいなもんだ。逃げるなんてざらだった。…万引きして逃げるのが上手くなったってのもあるけどな。
「はあ、はあ、ここまでくれば……大丈夫だろ……」
「はあ、はあ……あなたは……いったい……?」
誰だと聞かれて、ここで異世界の者ですとは言えないだろ。信じる筈もないし。
「………雄介だ」
「ユウスケ…さんですね。…助けて頂いてありがとうございます」
妙に礼儀正しかった。奴隷とは思えないほどにね。そして、その予感は合っていた。
「……あなたの名前は?」
「シナ=べルケットです。以後、お見知り置きを」
「……貴族か何かなのか?」
「よく分かりましたね、私は王族です。正確には『だった』……なのですが」
この後細かく貴族間の情勢やら国の情勢やらを説明してくれたよ。俺の右耳から左耳に流れていったけどな。…「お前らしいな」か。そりゃ、俺は俺だ。まあ、なんだ…結局話はよく分からなかったが、俺はこう言った。
「シナさんはどうしてそんな奴らの為に戦うんだ」
「どうして……それは王族に生まれたものの定めで…」
「それは誰が決めた?あなたの人生はあなたのものだ。確かに、その定めを全うする義務はあったかもしれない。でも、その王族とやらはあなたを捨てたんだ。今は……もう自由だろう?」
「………もう、いいのでしょうか?私、もう、戦わなくて……」
「ああ………十分頑張った」
彼女は固まった。そして泣いた。「どうして私が…私だけが!誰が王族として産んでくれなんて頼んだ!私利私欲で国税を私腹を肥やす奴らに変わって国を良くしようとなんて…………したくなかった!!!」……ってな。俺の前で魂の叫びを叫んだ。
でも、彼女は強かった。
「それでも……国民には非はありません。やはり……私は戦わなくてはなりません」
かっこよかったよ。自己犠牲の体現者だ。もしかしたら俺はこの時から彼女に惹かれていたのかもな。まあ、一般人は愚か、異邦者が王族に恋するなんてなんて能天気な奴だ。
「ですが……そうですね。今まで通り、兄上姉上の陰謀に立ち向かうのは酷ですね……。なので…方向性を変えたいと思います。例えば国ごと変えることはできなくても、国民に直接寄り添うことはできる筈です!」
「いいんじゃないですかね?」
「…………なんで他人事なんですか?」
「…………なんで他人事じゃないんですか?」
「ダメです!あなたには協力してもらいます!命令です!」
「職権もとい王権乱用ぅ……」
なんだかんだ俺はついていくことにした。既に彼女には王権なんてたいそうな権力は無いことは分かっていたがな。これが二人の冒険の始まりだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………」
あまりにも作り込まれた話だった。いや、今更嘘話だなんて思える筈がない。
『キーンコーンカーンコーン』
『校内の施錠に回ります。残っている生徒は早急に帰宅しなさい』
「…っと、一旦話はここまでだ」
「ああ…」
「すまんなここまで聞いてもらって。…お前さえ良ければ最後まで聞いて欲しい。俺の長い長い10年間の……もう戻ることができない異世界の冒険譚をな」
「…聞くさ、最後まで」
そうじゃないとこいつは……やるせない気がした。
そして、雄介の言いたいことは分かった気がする。これは彼女……シナとの別れの物語なのだと。
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