表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

続・サッポロ物語〈2〉

カヨの演劇の千秋楽が過ぎ、日曜日にカヨは「ドドド」の夜の部のバイトに来た。

カヨは店に入るなり、丈一と航太の顔を見た。

「丈さんに航太君、見に来てくれてありがと」

「おう。面白かったよ」丈一が言った。

「僕も面白かったです」

「ありがと」カヨは微笑みながらエプロンを付けた。

本日も店は繁盛して閉店した。

賄いで航太がカレーを作った。それを丈一、カヨと一緒に食べ始めた。

「カヨさんに聞きたいことがあって」航太が改まってカヨに話しかけた。

「何?」

「カヨさんは女優で大成したいって良く言ってますよね」

「うん」

「なら、もし映画で主演で有名にしてやるから俺と寝ろと言われたら寝ますか?」

カヨは一瞬固まってから爆笑した。丈一も笑った。

「航太、どうした? なんかあったのか?」

「いえ、ちょっと」

「随分、際どいこと聞くのね」

「まずかったですか?」

「まずくはないけど。もし主演にしてくれるのなら寝るかどうか?」

「はい」

「寝る」カヨは即答した。

「え、寝るんですか⁉」航太はカヨの即答に面食らった。

「寝る」

「好きでもない男ですよ」

「寝る」

「どうして?」

「たった一晩で世界が変わるのよ。そんなチャンスある? 生きててそんなチャンス、普通ないわ。航太君、昨日今日で世界は変わらないのよ。それが一変するチャンスを得られるなら私は寝る。他の人に聞けば寝ないというかもしれないけどそれは建前。本音で寝るわ」

「そうなんですか?」

「そうだと思う」

「航太。世の中、自分のすきなことやって生きていける人間なんてほんの一握り。それは夢だけじゃないぞ。会社だってそうだ。俺もドドドをやる前はサラリーマンだったからな。なんとか内定もらって、頑張るぞと思ったらどうも自分が思っていたのと違って、その思いは広がるばかり。結局、自分は会社の一歯車でしかないと思ったから、いつかやりたいと思っていたラーメン屋を今やろうと決断したんだ」

「そうなんですか」

「航太は人間観察するか?」

「人間観察?」

「たとえば、道路で交通整理をしているアルバイトの人とか見たことあるだろ?」

「あります」

「結構、高齢の人が働いているの知ってるか?」

「いえ、それは」

「六十代、七十代ぐらいに見える人がやってるぞ。雨の日だろうが、猛暑だろうが、寒かろうがわずかばかりのお金を手に入れるために働いてるぞ。俺はそれがとても好きでやってるようには見えない。高齢なのに安い時給で働いてる。ほんと社会を支えている人は仕事にやりがいではなく、生きるために我慢して働いている人がいるから社会が回っているんだ」

「そうね。夢だけじゃない。パワハラ、セクハラ、カスハラ、多くのハラスメントが渦巻く社会で人々は我慢して生きている。ほんと好きなこと、会社でやりがいをもって働いている人は少ないと思う」

「だから、俺はそういう労働者を見ると、俺も頑張らないと、と思うんだ」

「ほんと人生って厳しい。私だって女優一本で暮らしていけたらバイトなんかしてないわ。でも、生活できないからこうして働いてる。丈さんには私のわがまま聞いてくれて感謝してる。今の私にとってはここは必要不可欠、感謝している」

「いやいや」丈一は頭を振った。

航太は黙った。

「航太君はまだ大学一年生でしょ。まだ親の庇護を受けているわけでしょ」

「でも、未成年じゃないです」

「未成年でなくとも自立してないでしょ」

航太は黙った。

「航太君はまだ社会の表の綺麗な顔しか見えてないと思う。裏の顔はほんとドロドロだから。ストレスの温床だから。自分の望み通りになんて物事、一切進まないから」

「望みどおりに進まないことは今でも感じてます」

「それ以上よ。もう、ほんと嫌になる」

航太は黙った。

「なんか希望のないこといってゴメンね。でも、なんでそんなこと聞くの?」カヨが話を戻した。

「里咲さんが牧場から勝てる馬を出すためなら馬主さんと関係をもっても構わないって」

「へぇ、航太の好きな牧場娘が」

航太は丈一を見てからカヨを見た。

「しかも、その馬主、五十代過ぎのおじさんみたいだし……」

「まぁ、馬主なんてお金がなくちゃ出来ないからな。それぐらいの年齢にはなるだろうな」

「それで心配してるんだ」

「家族は反対しているみたいなんですけど里咲さんが牧場から強い馬を出すためなら、と」

「援助みたいなものか?」丈一が言った。

「たぶん」

「うわぁ、でも、わからなくもないかなぁ」

「家族は反対してるんですよ」

「牧場から勝てる馬を出すチャンスなんでしょ。その馬主がお金出してくれるんでしょ。なんとなくわかるわ。そこにかけたい気持ち」

「んん。チャンスといえばチャンスか」

「それで自分の願いが叶うのなら、私ならありかな」

「ありなんですか⁉」

「私ならよ。チャンスだからね。案外、彼女と私は似てるかも」

「え⁉」

「そうだなぁ。航太が金持ちになって、牧場娘の望みを叶えられるようになったら辞めさせることが出来るかもしれないな」

「それは無理ですよ……」

航太は落ち込んだ。カヨと丈一は少し言い過ぎたと思った。

「航太君はまだ若いんだし、これからでしょ! そう落ち込むことないよ」

「そうだな、航太はまだ大学生なんだから、そんな馬主のことなんか考えずに自分の進みたい方へ突き進めばいいんだ! そういう生き方が出来るのも今だけかもしれないぞ!」

「そうそう。航太君は大学生なんだからそんな馬主のことなんか考えなくていいと思う。今はストレートに君の想いをぶつければいいと思う。自分であれやこれや考え込む必要なんてない!」

「そうだな。でも、将来のことも考えないといけないぞ。大学四年間なんて遊び惚けてたら圧倒言う間に終わっちまうからな」

「そうね。少しでも自分の思い通りにするためにもどうしたらいいか考えて、力をつけていかないとね」

「そういうこともひっくるめて航太は成長しなくちゃいけない」

航太は神妙な面持ちになる。

「別に慌てることはないのよ。ただ航太君よりも少し長く生きてるだけだけど、人生ってほんと厳しいの」

「そう。人生は厳しい。厳しいからこそ力をつけなくちゃいけない。でもまぁ。何もなかったら俺が雇ってやる。お前にドドド二号店を任せる」

「いいですよ」航太は断った。

「じゃぁ、将来のことも考えて力をつけないとな。牧場娘といかにエッチするかばかり考えないで」

「考えてませんよ」

「ほんとか?」

「ほんとです」

「ほんとにほんとか?」

「ほんとにほんとです」

「彼女が馬主とエッチするのは心配なんだろ?」

「心配っていうか嫌です」

丈一は笑った。

「もしかしたら牧場娘は航太にはまだ早い相手だったのかもしれないな」

「どうしてですか?」

「彼女はお前が思っている以上に大人だよ」

航太は黙った。

「そんなことないよ。これだけ航太君が人生を考えるチャンスを与えてくれたんだからいい出会いだと思う。航太君も馬主のことなんか気にせず若さをぶつけていけばいいのよ。そんな彼女と馬主のこと心配して尻込みするなんてナンセンス! 男じゃないわ!」

「そうだな。カヨちゃんの言う通りかもしれない。今日はいつになく大人の話をしたな」

「それは航太君が大人になり始めてるからじゃない」

「航太が大人の階段を登り始めたからじゃないか」

「そうそう」カヨが笑った。


航太は、ドドドから帰り道、自転車に乗りながら考えた。

〈自分は一体どうすればいい?〉

〈何もすることは出来ないのか?〉

〈明日は月曜日だ。五十過ぎのおじさんが里咲さんを見に来る〉

〈遠くから指をくわえて成り行きを静観することしか出来ないのか?〉

航太は自転車のペダルを漕ぎながら考えていた。

アパートに着いたときには答えが出た。

「結局、堂々巡りだ。行かないで後悔するより、行って後悔しよう。まずは行ってみよう」

航太は服部牧場に行くことを決めた。航太は自転車を駐輪場に止めるとスマホを取り出し丈一にスマホで電話をした。

「なんだ」

「丈さん。俺、明日のバイト、休ませてください」

「お、どうした?」

「明日、朝一で牧場に行ってきます」

「お、牧場娘に会いに行くのか?」

「はい」

スマホから丈一の笑い声が聞こえた。

「だろうな。わかったよ。行ってこい!」

「すみません」

航太はアパートの部屋へ入って行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ