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続・サッポロ物語〈1〉

弓美「怖い子。ほんとにやってしまうなんて」

  女子高生のなぎさ、無邪気に微笑む。

なぎさ「だって、人生は一生に一度。好きになった人が女性だからって、あきらめること、出来る? そんなの出来ないわ」

  なぎさ、弓美を見上げる。

なぎさ「これで先生は私のもの」

  なぎさ、弓美に抱きつく。

なぎさ「先生のために頑張ったんだよ。ご褒美頂戴」

弓美「しょうがない子」

  なぎさ、目をつぶる。

  弓美、なぎさにキスをしようと顔を近づけキスをしようとするところで舞台の聡明が段々暗くなっていった。

真っ暗な舞台。

暫くすると舞台が照らされ、演劇の出演者が並んで客席に向かってお辞儀をした。

観覧していたお客さんから拍手が鳴る。航太も後ろめの真ん中の席で見ていた。

手を振る出演者の真ん中に弓美を演じていた牧本カヨがいた。

舞台はまた暗くなった。

そして、暫くすると劇場内に照明がつき「本日はご観覧、ありがとうございました」というアナウンスが流れた。

航太は受付フロアーでカヨが来るのを待っていた。壁には今回の演劇ポスター「万華鏡 ~小野寺家の恋愛模様~」のポスターが貼ってある。

すると受付フロアーに出演者、関係者が出てきた。

女子高生のなぎさを演じていた高永愛と弓美を演じていたカヨの周りに人だかりが出来た。航太はカヨに挨拶しようと思ったがカヨは女性客に囲まれていたので挨拶するのを辞めて帰ろうとした。すると背後から「航太」と呼ぶカヨの声が聞こえた。航太は振り返ってカヨを見た。カヨを取り巻いていた女性客も航太を見た。

「カヨさん、来たよ」

「ありがと」カヨは手を挙げた。

「また、ドドドで」航太は手を上げて答えた。


航太は自転車に乗り、アパートに帰る道すがらカヨのことを思った。

舞台で堂々と演じるカヨの姿に圧倒されると同時に自分の知らないカヨの一面を見て衝撃を受けた。

〈あれが本当のカヨさんの姿なんだ。なんか凄いなぁ〉


カヨの舞台も千秋楽を終え、翌日の夜からカヨは「ドドド」の夜の部のバイトに来た。

「丈さんも航太君も見に来てくれてありがと」

「カヨさん凄かったよ。演劇見るの初めてだったし、あんな迫力があるとは思わなかった。やっぱ映像でドラマ見るのと生で見るのとでは違うね」

「そうお。面白かった?」

「面白かった。両親の不倫を辞めさせようとする娘が実はレズビアンだったなんて以外で面白かった」

「そう」

「あれ、本当にキスしたの?」

「さぁ、どうだろ。ご想像に任せるわ」

「でも、カヨさんって人気あるんだね」

「少しね」

「ここに来る女性客にはカヨちゃんファンもいるからな」

「そうなんですか?」

「さて、しっかり働いて稼がなくちゃ」

「芝居で稼いだでしょ」

「そんな演劇なんてお金にならないの。逆にマイナスぐらいよ。トントンでいけば御の字」

「そうなんですか?」

「そんなもんよ。好きでやってるようなものだから。演劇でくれる人なんてほんの一握りよ。みんなバイトしながらやってるのよ」

「航太、世の中っていうのは厳しいんだよ。お前が考えてるほど甘くない」

「そうなんだ……」

「そうだね。航太君はこの夏、彼女作ってエッチするのが目的だもんね」

「いや、それは」

「あれから牧場娘とはうまくいってるのか?」

「たまに連絡とってるぐらいかな」

「じゃぁ、エッチはお預けか?」

「いや、あの人とはそんなんじゃないんです」

「好きなんだろ」

航太は答えられなかった。好きだけど高嶺の花に感じていた。

航太はバイトを終えて、丈一とカヨと一緒に賄いを食べて家路についた。


アパートに着いたとき、部屋の明かりが見えた。

「あれ、つけっぱなしでいったのか?」

航太は部屋のドアを開けた。すると玄関に小さい靴が置いてあった。

「はぁ?」

航太は恐る恐る部屋のドアを開けて覗いた。

ベッドの腰かけ壁に寄りかかってスマホを弄っているコスプレ姿の少女がいる。

「あんた誰⁉」

少女は航太を見て、イヤホンをとった。

「航太さん」

「え、あ、はい」

「ごめんなさい。勝手に上がっちゃって」

「いや、勝手に上がってってどうやって?」

「コレ」少女はポケットから合鍵を見せた。

「合鍵?」

「お姉ちゃんから借りてきた」

「お姉ちゃん?」

「先月、ここに来たでしょ。私、里咲姉の妹の彩夢です」

「妹さん?」

「妹といっても航太さんのいっこ下よ。高三だから。この鍵、お姉ちゃんから」

「……」

「返した方がいい。それとも姉に渡す」彩夢は鍵を振り子のように振りながら言った。

航太は里咲から合鍵を返してもらってないことを知っていたがあえて里咲には言わなかった。また来て欲しいという思いがあったからだ。

「いいよ。里咲さんに渡して」

彩夢がニヤニヤしながら「あっそう」と意味深に言った。

「鍵を返しに来たの?」

「違うわ。札幌に遊びに行くと言ったら里咲姉が鍵くれたの。タダで泊まれるって」

「タダで泊まれるって、俺、男だよ」

「知ってるよ。お姉ちゃんのことが好きな人だって」

航太は何も言えなかった。

「それに仔馬のような人って聞いてたから。もし変なことしてきたら成敗するわ」彩夢はコスプレのアイテムの剣で航太を切った。

「何⁉ 彩夢ちゃんってコスプレイヤーなの」

「そう。コスプレ姿で馬に乗ると、ほんと勇者になった気分になる」彩夢は笑った。

〈なんか分けわかんねぇな、この姉妹。それとも俺が普通過ぎるのかな〉

「札幌に遊びにきたのもあるんだけど、実はね、知らせておきたいことがあってここに来たの。聞く?」

「え、何?」

「また、お姉ちゃんとパパがまた喧嘩した」

「喧嘩? じゃぁ、また家出するの」

「しないわ。こないだしたばかりだし。それにいつものことだから」

「何でそんなに喧嘩するの?」

「何でっていうか、お姉ちゃんモテるのよ。特に馬主さんに」

「馬主さん?」

「そう。馬を見に来るんだけど、馬を見に来れば当然、お姉ちゃんにも目が行っちゃうでしょ」

「まぁ」

「馬主さんってみんなお金持ちで、ほとんどが会社の社長さん」

「そうなの?」

「そうよ。一般人なんて普通、馬主になんてなれないわ。よくて一口馬主よ」

「俺、馬のこと全く素人だから」

「じゃぁ、競走馬っていくらで取引されるか知ってる?」

「いくらって、二百万ぐらいとか」

彩夢は笑った。

「そんな安いわけないじゃない。まぁ、うちのような零細牧場でももう少し高い」

「じゃぁ、いくら」

「大きなセールなら一億、二億で取引されるわ」

「一億、二億って家が買える」

「そうよ。そんな一頭一億もする競走馬を何頭も買っちゃうんだから」

航太は言葉が出ない。

「でも、まぁ、ピンキリだけどね。うちは二千万で売れたら最高。家族経営の零細牧場じゃそれがめいっぱい。そこでね、ある馬主さんが馬よりもお姉ちゃんのことが気に入っちゃってね」

「え」

「お姉ちゃん。ナイスバディでしょ? それに美人だし」

「んん、まぁ」航太は言葉に詰まった。

「服部牧場の娘さんは美人でいいスタイルしてるって。馬よりも有名になっちゃったの。まぁ、妹の私がいうのもなんだけど、女優さんには負けるかもしれないけど、それでも馬に乗ってると絵になる。でも、私だってコスプレして馬に乗れば絵になるのよ」彩夢はコスプレの剣を突き上げた。

「でも、それが喧嘩になるの?」

「なるわよ。ある馬主さんがね、北海道に来ては牧場に来てお姉ちゃんにちょっかい出すようになったの」

「……」

「走りそうな競走馬はいますか?とか言って、あくまでも馬を見に来たつもりでやってきてお姉ちゃんばかり見てるの。まぁ、どうせ馬をみても全く分からないだろうけど」

「じゃぁ、忙しいって断ればいいんじゃない」

「そうはいかないわ。馬主さんはお金持ちなのよ。その人だって社長仲間に誘われて馬主になったんだから馬主さんとの人脈は持っておいて損はないの。でもまぁ、あの人はステイタスの一つとして馬主をやってる。うちでは道楽馬主って言ってるわ」彩夢は笑った。

「それで喧嘩になるの」

「なるわ。お姉ちゃんはそれでも構わないっていうんだけど、パパが許さないのよ。うちは競走馬を売ってるんであって娘を売ってるんじゃないって」

「なるほど。そうだね」

「お祖父ちゃんも反対してる。孫娘を質に出してまで牧場を続けようとは思わないって。今どき質だって。おかしいでしょ」彩夢は笑った。

「家族は反対してるんだ」

「お姉ちゃん以外は。みんな馬に愛情とプライドもってやってるから、それが傷つけられるのよね」

「彩夢ちゃんも」

「私は、正直、どっちでもいい。お姉ちゃんがそうしたいのならお姉ちゃんのやりたいようにすればいい」

「里咲さんだけ違うんだ」

「お姉ちゃんは、うちの牧場からGⅠで勝てる馬を作りたいの。それが叶うなら馬主の愛人になろうが構わない。お姉ちゃんの彼氏はマイキングだから」

「里咲さん目当ての馬主さんってどんな人?」

「どんな人って五十過ぎのおじさんよ。勿論、社長さんだけどね」

航太は唖然とした。そんな五十過ぎのおじさんが里咲を相手にしていることに。そして里咲もまた構わないと言ってることに。

「あれ、ショック受けた?」

「そんな男、出禁にしなよ」

「そうはいかないわよ。他の馬主さんの紹介だし、そんなことしたらたちまち人脈が崩れちゃうじゃない」

「人脈? 彩夢ちゃん、人脈に拘るんだね」

「拘るわよ。何事も人脈でしょ。こうして航太さんの部屋にいるのも人脈だし」

「いや、それは勝手に合鍵使って入っただけじゃん」

「兎に角、またそのお姉ちゃん目当ての馬主が来週の月曜日にうちに顔出しに来るの? おそらく、レースを見にきたついでにうちに寄るつもりなのかな。私はそれを言いたかったの」

「それを俺に言ってどうするの?」

「さぁ、それは私が決めることじゃないわ」彩夢は航太を意味深な目で見る。

航太は黙ったままだった。

「私は家出してきたわけじゃないから明日の朝、帰るわ。この合鍵、持って帰っていいのよね」

航太は黙った。

「じゃぁ、お姉ちゃんに渡しておく」彩夢は微笑んだ。

「……でも、俺にどうしろっていうんだ⁉」航太はボソッと呟いた。

彩夢は鍵をしまいながら

「私の一個上でしょ。どっちかっていうとお姉ちゃんより私でしょ」と呟いた。

彩夢は航太の部屋に一晩泊まり航太を別れを告げて帰っていった。


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