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さいご「日曜日」

「ほら、起きて!」

航太は里咲に起こされた。

「んん」航太は時計を見た。九時。

「もう出かけるよ」

航太は里咲を見た。


航太と里咲は駅から電車に乗った。

航太も里咲も話さなかった。そもそも航太は里咲の元カレの子供に会うということで何を話しかければいいのかわからなかった。

突然、「なんかドキドキする」と里咲が言った。

電車を乗って航太は里咲について行った。

そして到着した場所が札幌競馬場のパドック。

「服部さん。ここって」

「パドックよ。ここが一番まじかに見えるの」

すると里咲はカバンから競馬新聞を出した。

航太は意味が分からず、里咲に尋ねた。

「服部さんの元カレって騎手か何か?」

馬がパドックに入ってきた。

「ほら、あの子」

「え?」

「ゼッケン二番の子」

里咲は興奮気味にゼッケン二番の馬を指さした。

「え、何⁉」

「二歳にしては大きいわ。やっぱ父親譲りね」

「え、どういうこと。服部さんの元カレの子って一体、誰?」

「誰って、あの子よ、あの子」

「え⁉ あの子って、馬?」

「そうよ。さっきから言ってるでしょ」

「いや、言ってないよ」

里咲が航太に競馬新聞を広げて見せた。

「ほら」

航太は里咲に競馬新聞を見せられる。

「ここにマイキングってあるでしょ」

里咲が示したところにマジックブレットと書いてある馬の名前の右上に小さくマイキングと書いてあった。

「あの子はマイキングの初年度産駒なの」

「え?」

「たった七頭しかいない初年度産駒の一頭なんだから」

「服部さんの元カレって、もしかして競走馬?」

「そうよ。でも今は種牡馬になっちゃったけど」

「ええ」航太は肩透かしを食らった。

「マイキングって知らない?」

「知らない」航太はそっけなく首を振った。

「マイキングは破竹の六連勝でうちの牧場で七年ぶりに重賞取った馬よ。そして、スプリンターズステークスを前に屈腱炎になって、結局完治せず引退したの。知らない?」

「知らないっていうか、そもそも競馬自体やらないし興味がないから。日曜日、父親がテレビで競馬中継、見ていたけど、馬が走ってるのをみて、一体何が楽しいのか全く分からないから」

「うわぁ、最低!」

「仕方ないよ。知らないんだから。知らない人からみたら大体そんなもんだって」

「競馬にはね、夢とロマンがあるの。マイキングは私のうちの牧場で生まれて私がつきっきりで育てたの。私の青春そのもの。そのマイキングが新馬戦、三歳一勝クラス、三歳以上二勝クラス、三勝クラス、GⅢ、GⅡと勝ったときはもう最高だったわ。新馬戦を勝っただけでも嬉しいのに」

「……」

「ほんと身体なんて五百四十キロもあって筋骨隆々でスタートすると弾丸のように飛び出してそのまま他馬を圧倒して逃げ切っちゃんだから。勝負根性も抜群で並ばれても抜かせない。ほんとスプリンターズステークスで見たかったわ。それだけが残念だったけど。でも、なんとか種牡馬になったし、競馬にはね、夢がある。ロマンがあるの。マイキングはそれを私に感じさせてくれた。マイキング。私の王様……。あの子もマイキングのようになってほしいわ。そしてマイキングが叶えられなかった夢を叶えて欲しい」

里咲はゼッケン二番の新馬、マジックブレットを見た。

航太は里咲に話しかけた。

「そのマイキングが服部さんの元カレなんだ」

「そうよ。私の王様よ」

「それって北海道あるあるなの?」

「北海道あるある? 何それ」

航太は拍子抜けした。

航太と里咲は二歳新馬戦を見た。マイキングの子、マジックブレットは四着で終わった。

「出遅れたのが痛かったな。でも四着までくれば上等上等。次に期待しましょう」

航太は里咲を見て、どこか安心した。


その頃、味噌ラーメン「ドドド」は大行列で大忙しだった。

「ったく、航太の野郎、こんな時に休みやがって! 免許取れなかったらあいつのせいだからな!」岳が愚痴た。

「航太君は今が大切なのよ」楓が言った。

「あの裏切り者!」


札幌競馬場で航太と里咲は出店で串焼きを買ってベンチに座って食べていた。

「服部さんの家って競走馬、育ててるんだ」

「そうよ。家族経営の零細牧場だけどね」

「家出してきたっていうのは、さっきのレースを見るため」

「それもあるけど、繁殖牝馬を購入するかどうするかでちょっとパパと喧嘩してね」

「そうなんだ。でも、なんか、ホッとしたな。ホッとしすぎて気が抜けて、どっと疲れた」

「なんで?」

「いやぁ、夢とロマンを見せてくれる元カレって一体どんな人かと心底考えたから。野球選手とかサッカー選手とか。それが馬だったから正直、ホッとした」

「何その言い方! 馬だって家族よ! 私にとってはカレよ。私の青春をささげた恋人よ」

「いや、そうかもしれないけど」

「じゃぁ、あなたの家にペットはいないの?」

「いるけど」

「家族同然でしょ」

「まぁ、確かに」

「それと同じよ! いや私にとってはそれ以上なのよ!」

「ごめんなさい。でも、元カレっていうから僕はてっきりあのアパートに住んでいた元カレかと思ってさ」

里咲は笑った。

「ああ、あの部屋の元カレ」

「そう」

「あの部屋の元カレは私がすすきのに遊びに来てナンパしてきた人よ」

「ナンパ⁉」

「そう。でも付き合ってるうちになんか根性なしっていうのがわかって、私の方からふったわ」

「そうなの」

「そうよ。それにもし野球選手やサッカー選手と付き合っていたら、あんなワンルームに住まないでしょ。寮じゃあるまいし」里咲は笑った。

「そうだね。確かに」航太も笑った。

航太と里咲は出店で買った食べものを食べ続けた。

「でも、俺、服部さんの元カレに相当、劣等感を抱いてた」

「どうして」

「俺さ、そんな夢とかロマンとか考えたことなかったし、それに俺が札幌にきたのも不純な目的だったし」

「不純な目的?」

「親から離れて一人暮らししたいという思いもあったけど。こんなこと言わなくてもいいことなのかもしれないけど、白状するとこの夏、彼女を作って、のびのびとエッチしたいと思ってたんだ」

「お、ハッキリ言うのね」里咲は笑った。

「もう隠してもしょうがない。それにもう疲れた。でもほんと、服部さんから夢やロマンを見せてくれる元カレのことを聞いて、ほんと考えたんだ。俺にはそういうの何一つないし、第一考えたこともなかったし。そしたらなんか自分が人間的に軽薄っていうか薄っぺらい人間に思えて。なんかもっと色々、これからの人生のことも考えなくちゃいけないのかなぁと思えて」

「そう思うってことは人間的に成長したってことじゃない? しかもこの短期間で」

「大学生になって、親元離れて浮れていたのかもしれない」航太は深刻な顔をしていた。

「舟山君。まだ大学一年生でしょ。四年間あるんだから、大学生活を満喫しながらゆっくり考えればいいんじゃない。そんな今から深刻にならなくてもいいと思うよ」

「……」航太は里咲を見た。

里咲は立ちあがってクラーク博士の銅像のポーズをとって言った。

「少年よ、大志を抱け」

「……」

「そんな、安直に答えを出すより、ゆっくり自分が熱中できる大志を探せばいいじゃない。ほんと慌てることないよ」

「そうだね」

「ただエッチがしたいから人生を考えるようになった。大きく成長したわね」里咲は微笑んだ。


航太と里咲は札幌競馬場を後にし、駅のホームで電車を待っていた。

「これで服部さんともお別れか」

「泊めてくれてありがと」

「ね、服部さんのこと里咲さんって呼んでいい?」

「いいわよ。じぁゃ、私は」

「航太です」

「航太君って呼ぶわ」

航太は里咲との距離が更に縮まったように気がした。航太は縮まりついでに尋ねた。

「僕のこと、どう思ってます?」

「思うって?」

「いや、同じ部屋に寝泊まりして、その、なんとも思わなかったのかなぁと思って」

「なんとも思わなかった」里咲はそっけなく答えた。

「ほんとに?」

里咲は頷いてから「元カレの部屋だなぁって、思ったぐらいかな」

「それだけ?」

「それだけ」

「盛りのついた男が部屋にいるんだよ。そう見えなかった?」

航太と里咲は見つめ合った。

「見えなかった」

「じゃぁ」

「仔馬に見えた」

「仔馬?」

「航太君は目が仔馬のように純真無垢な瞳をしてる。俗にいう草食系男子っていうの。四歳も年下だし」

「年下でもバリバリに肉食系になりたいんですけど」

「じゃ、私は運よく食べられずに済んだのね」里咲は笑った。

「笑い事じゃないです」

「おねだりしたら、なんとかなってたかもしれないのに」

「ほんと⁉」

里咲は航太の真剣な顔を見て爆笑した。

〈畜生! ますます好きになる〉航太は思った。

駅のホームに電車が入ってきた。

電車に乗った瞬間、「あっ」と声を上げた。

「どうしました?」

「浴室にイヤリング忘れた!」里咲は耳たぶを触りながら言った。

「イヤリング?」

「戻ってイヤリングとってから帰るわ」

「僕の部屋に帰ります」

「イヤリング、取りに行くだけよ。襲われたくないし」

「襲いませんよ」

「保証できる?」

「多分」

「何パーセント」

「二十五パー」

「ひく!」里咲は笑った。

「今度、里咲さんの牧場に遊び行ってもいい」

「ぜひ来てよ。馬にのせてあげるから」


航太と里咲は航太の部屋に入った。

「里咲さんともこれでお別れか」

「免許とったら遊びにおいで」

「じゃぁ、馬車馬のように働いて免許代稼がなくちゃ」

里咲は浴室に入り、浴室の小窓のある縁を置いたはずのイヤリングを探した。

するとチャイムが鳴った。

航太はドアを開けた途端、驚いた。

「母さん!」

チャイムを鳴らしたのは航太の母、志乃だった。

「来ちゃった。ビックリした?」

すると浴室から里咲が出てきた。航太は慌てるもどうしていいかわからずおどおどするだけ。

志乃は里咲を見て表情が一変した。驚いた顔をした。

里咲は志乃を見て航太に聞いた。

「誰?」

「家に帰ってこないって、そういうことだったの」

「いや、これは⁉」

「問答無用! 仕送りするの考えないといけないわね」志乃は怒ってる。

「どうしたの?」里咲が何気なく航太の肩に手をのせた。それが志乃には馴れ馴れしく思え癇に障った。志乃は冷ややかな目で航太を見た。

「ああ」航太は思わず頭を抱えた……。


                  〈終わり〉





この小説をシナリオ化して2025年フジテレビ第37回ヤングシナリオ大賞に応募しました。

第2回から30年以上、応募したけど、ほとんど一次落ちです。

これも久しぶりに応募して一次で落ちました。


自己批評としては、フランク過ぎるし、浅い・・・

もっとも考えさせられるのは嫌だけど・・・


短編シナリオ集にのせているから見てね。

ちなみに「続・サッポロ物語」の冒頭の演劇の部分はシナリオ「万華鏡」のラストの部分です。

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