50.新たな地位(五)
ステラにとってメイドとして働く最後の日がやって来た。
皇宮内ではすでに噂が広まっていた――平民出身のメイドが皇帝陛下から男爵位を授かり、皇太子の側近となることが決まった、と。
その話は宮中の者たちの間では大きな驚きを持って受け止められていたが、皇宮の外に伝わったのは「とあるメイドが功績を認められて爵位を得た」という程度の話だった。
ここ数日、ステラに話しかけるメイドは増えたものの、爵位を得たという事実が壁となり、皆どこか一歩引いた態度を見せる。それがステラには少し寂しかった。けれどカレンだけは以前と変わらずに接してくれる。
「今日でメイドとしてのお仕事は最後だね」
いつもと同じように声をかけてくれるカレンに、ステラは自然と微笑んだ。――ここで初めてできた友達、いつも味方でいてくれた存在。感謝の気持ちが胸に満ちる。
「お疲れさまでした」
「これからも頑張ってください」
洗濯係として最後の仕事を終えたとき、周囲のメイドたちから声をかけられた。避けられていたわけではなく、突然の身分の変化に戸惑っていただけなのだとわかり、少し肩の力が抜けた。
最後にメイド長グレタのもとへ赴き、今までお世話になったお礼を伝える。
「これからも皇太子殿下のために励みなさい」
グレタは厳しい表情のままくれたのはこの言葉だけだった。それが彼女なりの激励だとすぐにわかり、ステラは深々と頭を下げた。
戻ってからそのことをカレンに話すと、「メイド長らしいね」と二人で笑い合った。
夜。ベッドに入っても話は尽きなかった。
「これからも休みの日は一緒に遊ぼうね」
カレンがそう言ってくれる。ステラは「もちろん」と答えた。
この皇宮に来て初めてできた友達――本当は自分のこと、語らなければならない真実がたくさんある。でも今はまだ言えない。もしすべてを知ったとき、カレンは変わらず友達でいてくれるのだろうか。そんな不安を抱きながらも、目が合ったカレンを見て、ずっとこのまま一緒にいられそうな気がした。
深夜になっても、二人の小さな会話は途切れることなく続いていった。
朝早く、ステラはカレンと最後の準備を終えた。「お別れの挨拶」と言っても、涙の場面にはならない。
「また会いたいときに会えるもんね」と、カレンはいつもと変わらぬ笑顔で手を振った。ステラも「またね」と答える。別れではなく、新しい始まりの一歩。
部屋を出ると、廊下にはロイクが待っていた。
「また殿下の命令ですか?」
問いかけるステラに、ロイクは「お察しの通りです」と苦笑で返す。皇太子の隣室――人目に触れることのないその部屋へ向かう足取りは、どこか誇らしく、そして少し重かった。
扉を開ければ、レオナルドが「お帰り」と迎えてくれる。
「今日からよろしくお願いします」
深く頭を下げた瞬間、ようやく「男爵」としての生活が始まったのだと胸に実感が宿る。
その日の仕事始め。執務室にはレオナルド、ユリウス、クラウス、マティアスが揃っていた。
「これからよろしく」と寡黙なクラウスが口にした言葉は、彼なりの歓迎の印。
マティアスも「お一人で側近の座を射止めるなんて、さすがですね」と笑みを見せる。
レオナルドは「これでユリウスの養子にする計画が…」と残念がり、ユリウスは「まだ続いていたんですか」とため息をついた。
張り詰めた空気の中にも、どこか温かい笑いが流れた。
こうして、平民から男爵となり、皇太子の側近となったステラ。
まだ誰も知らない――彼女の真の目的も、この先に待つ試練も。
けれど、この始まりがやがて大きな波となって帝国を揺るがすことになるのだった。




