49.新たな地位(四)
ステラとレオナルドが店を出て再び並んで歩き出すと、レオナルドが「少しお腹が空かない?」と声をかけてきた。
夕食にはまだ早い時刻だったが、通りに並んだ屋台の中から、甘い香りを漂わせる菓子の屋台を見つけると、レオナルドが迷わず足を止める。
「待っていて」
そう言ってレオナルドが屋台へ向かう間、ステラはその場に残った。
その時だった。足音もなく近づいてきたフード姿の男――ステラにはすぐにわかった。隠密のリアンだ。今日はちょうど、月に一度の約束の日でもあった。
男はわざとステラにぶつかり、ステラは自然に「すみません」と口にする。その一瞬の隙に、彼女は懐から小さな封筒を差し出し、リアンの手にそっと押し込んだ。気づかれないように細心の注意を払って。
封筒の中には、父宛の手紙だけではなく、リアン自身に宛てた初めての手紙もあった。
――姉と結婚したのはレオナルドではなかったこと。
――あなたの言った通り、姉の死に、皇帝陛下・皇后陛下・アレクシス殿下の三人、もしくはその誰かが関わっている可能性が高いこと。
――皇宮内に秘密が隠されているかもしれないこと。
――今回、男爵位を得たことで皇宮深部に潜入できそうだということ。
細かく綴られた調査経過の末尾には「もう、リアンなら知っていることかもしれないけどね」と軽い冗談も添えられていた。
そして最後に――今後も外から皇宮を探るよう、リアンに本腰を入れて調査してほしいという依頼内容が記されていた。
屋根の上に身を躍らせたリアンは封筒を開き、一読する。すぐさま小さな笛を吹き鳴らすと、影からもう一人のフードの男が現れた。弟子の隠密だ。国王宛の手紙をその弟子に託し、リアンは自ら帝国に残る決意を固める。
ちょうどその時、菓子を手にしたレオナルドが戻ってきた。
「先ほどのフードの男は?」
「……人が多くて、ぶつかったみたいです」
ステラはできるだけ平静を装った。
「そうか」
レオナルドは何事もなかったかのように言ったが、その瞳は細く光っていた。
――見えていたのだ。ステラがその男に何かを渡していた瞬間を。
しかし問い詰めることはせず、菓子を差し出す。
「ほら、食べよう」
二人は並んで甘い菓子を口に運ぶ。ほんのり甘い香りが広がるが、ステラの胸には別の苦みが広がっていた。レオナルドは手を取りながら微笑む。
「この後も、買い物に付き合ってくれ」
その声に従いながら、ステラは複雑な思いを胸に秘めたまま、再び彼に手を引かれて歩き出した。
ステラを連れてレオナルドが入ったのは、女性向けのアクセサリーや小物を扱う店だった。ここもユリウスに頼み、侍女たちから人気の店を聞き出して選んだ場所の一つだ。
ステラは「服は買っていただいたのに、今度は何を?」という視線をレオナルドに向けたが、レオナルドは当然のように店内へ進んでいく。
勧められる宝石の数々にステラは首を横に振った。働く身にアクセサリーは必要ない――ステラの気持ちは変わらなかった。
だがレオナルドは「髪留めならどうだ?」と提案する。いつも同じ古びた髪留めを使っている彼女に、新しいものを贈りたかったのだ。ステラはひとつ手に取ったが、その値札を見てすぐに棚へ戻す。
「高すぎます」
レオナルドはその仕草を見逃さず、「気に入ったのだろう?」と笑みを浮かべると、その髪留めを含めいくつかをまとめて購入した。
「またお給料が入ったらお返しします」
「いや、それは受け取れない。……これでまた、俺とデートする回数が増えるね」
冗談めかした言葉に、ステラは視線を落としながら「ありがとうございます」と答える。
「その後の進捗はどうですか?」
店を出て歩き出すと、ステラはふいに仕事の話を持ち出した。
「デートのときくらい、仕事の話はなしにしよう」
レオナルドは顔をしかめ、拗ねたように答える。
その姿を「かわいい」と思ってしまった自分に気づき、慌てて視線をそらすステラ。――本当の、本物のデートみたいだ。頬が熱くなるのを抑えられなかった。
その後は雰囲気のよいレストランで食事を楽しみ、少し街を歩いてからお開きとなった。
部屋に戻ったステラを待っていたのは、案の定カレンの質問攻めだった。ステラの赤らんだ顔を見て「楽しいデートだったんだね!」と察したカレンは、さらに大騒ぎを始めるのだった。
一方その頃――レオナルドは執務室に戻っていた。そこには、にこやかな笑みを浮かべながらも怒気を隠しきれないユリウスが立っていた。
「デートは楽しかったですか?」
「今日は前から仕事をしないって言ってただろ」
反論するレオナルド。
しばらく小言を浴びせられた後、レオナルドは急に真顔になる。
「それより、調べてほしいことがある」
ユリウスの表情が変わる。
「デート中、ステラ嬢がフードを被った男に何かを渡していた。……あの男との関係を早急に調べろ。アルチュセール王国とつながりがあるかもしれない」
「また仕事を増やすのですね……」
ユリウスは肩を落としつつも頷き、重い足取りで執務室を出て行った。




