46.新たな地位(一)
朝からカレンの協力を得て、ステラは身支度を整えていた。レオナルドから送られてきたドレスは上品な仕立てで、シンプルながらも気品を漂わせる。カレンはひと目見るなり「きれいなドレス!」と羨ましそうに声を弾ませ、ステラの髪を直したり裾を整えたりと落ち着きがなかった。
「礼儀作法は大丈夫?」
カレンが不安げに尋ねる。
「本で読んで覚えたから大丈夫よ」
ステラは一瞬言葉に詰まるが、微笑んで答えた。本当は王女として身につけていたものだが、それを明かすわけにはいかなかった。
着替えを終えて廊下を歩くと、周囲のメイドたちの視線が刺さる。羨望と嫉妬が入り混じった視線に、ステラは少し居心地の悪さを覚える。けれど中には「素敵……」と小さくつぶやく者もおり、わずかに緊張が和らいだ。
謁見の間までのエスコート役はロイクだった。廊下で鉢合わせると、彼は苦笑しながら「迎えに行くつもりだったのに」と言った。ステラは慌てて「申し訳ありません」と頭を下げる。
歩きながら、ロイクが小声でぶつぶつとこぼした。
「……殿下に怒られそうだな」
「え?」
「ステラ嬢のドレス姿を自分が先に見たなんて、確実に怒る」
「そんなことで?」
「そんなことで、です」
ロイクは堅く言い切り、さらに「だから感想は言わない」と言った。内心では「よく似合っている」と思いながらも、殿下の逆鱗を恐れて口をつぐむ。
途中ですれ違った侍女たちは、どこかよそよそしくも礼儀正しくお辞儀をした。謁見がどれほど大きな意味を持つのか、彼女たちも理解しているのだろう。
謁見の間の入り口が見え始めた頃、向こうからレオナルドが歩いてくるのが見えた。いつもよりも格式ばった正装姿に、ステラの胸が高鳴る。
「……よく似合っている」
レオナルドは開口一番、ステラを見つめてそう告げた。ステラは照れ隠しに視線を逸らすが、その仕草を見たロイクは「やはり、この二人の間に何かあったな」と怪しげな目を向ける。
「さて、行こうか」
レオナルドが差し伸べた手に導かれ、ステラは胸を高鳴らせながら謁見の間へと足を踏み入れた。
謁見の間の扉が開かれ、ステラとレオナルドはゆっくりと歩みを進めた。
奥の玉座に座るのは、この国の頂点に立つ皇帝陛下。細長い目にきれいな金髪、口元には薄く笑みを浮かべている。その笑みを見た瞬間、ステラの背筋に冷たいものが走った。見た目の柔らかさに反して、瞳の奥に宿る光は冷ややかで、何を考えているのか掴めない。
(……この人が、皇帝陛下)
ステラは隣を歩くレオナルドと見比べた。似ているのは髪の色だけで、親子の面影はほとんどないように思えた。
二人が玉座の前に進み出て深く礼をすると、陛下は穏やかな声で言った。
「そんなに緊張せずともよい。此度の件、帝国のために尽力してくれたこと、心より感謝する」
形式ばった礼に緊張するステラに比べ、レオナルドは涼しい顔で父に向き合っていた。
「レオナルド、そなたの活躍は父として鼻が高い」
そう言われたが、レオナルドは感情を交えず淡々と答えた。
「陛下、事件はまだ解決しておりません。すでに売られてしまった者たちの救出も、関与した者たちの調査も続いております」
その言葉に陛下の表情がわずかに揺らぎ、咳払いをしてごまかす。二人の間にある大きな壁を、ステラは感じ取った。
陛下は気まずさを払うように話題を変える。
「ステラよ、そなたにも褒美を取らせよう。望むものはあるか?」
ステラはしばし沈黙し、やがて顔を上げた。
「恐れながら……これからもレオナルド殿下の側近としてお仕えし、お力添えをしていきたいと存じます」
謁見の間に一瞬の静寂が落ちたが、陛下はあっさりと頷いた。
「よかろう。望み通りにせよ」
ステラはあまりの早さに目を瞬いた。これほど簡単に許されるとは思っていなかったのだ。だがレオナルドが口を開く。
「陛下、ステラは平民です。私の側近に置くとなれば、周囲からの反発は避けられません」
その言葉に、陛下は再びニヤリと笑みを浮かべた。
「ならば爵位を授ければよい」
その一言で全てが決まった。
「ここに、ステラを男爵とする」
謁見の間に響く宣言に、ステラは息を呑んだ。平民であった自分が、今この場で男爵に。信じられない展開に頭が追いつかず、ただ深く頭を垂れるしかなかった。




