45.事件のその後(二)
ロイクから渡された報告書を、ステラは静かに開いた。指で紙の感触を確かめながら、一枚一枚を目で追っていく。
そこに記されていたのは――すでに推理でたどり着いていた結論。帝国内で誘拐を仕組んでいたのは、あのディートハルト・エッセン伯爵。そしてその背後にいたのは、グランツハイト王国のジークフリート・アーベント侯爵。
「……やはり、そうでしたか」
ステラの呟きに、ロイクが静かにうなずいた。
奴隷市場の存在、闇取引の仕組み、買い手が欲したのは女性や子ども、しかも容姿端麗な者ばかり。報告書に並ぶ文字は、これまで積み重ねてきた推理を確かに裏付けていた。
さらに、王国の協力によってすべての市場は取り押さえられ、アーベント侯爵の身柄も確保されたことが記されている。その処遇は王国に一任され、重い罰が待っているという。そして、王国は奴隷制度廃止へと舵を切る意向を国王自ら示した。
「……ようやく、終わるのですね」
安堵にも似た声をもらしたが、目はまだ報告書を追っていた。
だが最後の頁に視線を落としたとき、ステラの呼吸が止まった。
――闇市場の常連購入者の名簿。
そこには各国の貴族や権力者の名前が並び、そして最後に記されていた。
――アルチュセール王国国王
「……え?」
唇が震え、声にならない音がもれた。アルチュセール王国――ステラの育った国。その王は、彼女の父だ。
(国王……父が、奴隷を……?)
指先から血の気が引き、視界がにじむ。報告書の文字が揺れて見えた。
ロイクはすぐに異変に気づき、身を乗り出した。
「……ステラ嬢、その名前を……」
ステラはかろうじて声を絞り出す。
「……これは、本当なのですか。国王が……」
ロイクは一瞬言葉を探し、それから低く答えた。
「ええ。アルチュセール王国は最近、奴隷を大量に買い込んでいたようです。記録にもはっきりと……」
その説明を最後まで聞く前に、ステラの頬から色が消えた。青ざめ、声を失ったステラを見て、ロイクは眉を寄せる。
(……これは殿下に報告せねば)
ロイクの胸には、殿下の怒りと、ステラが受ける衝撃への心配が同時に渦巻いていた。
ロイクが執務室に入ると、そこにはレオナルドとユリウスがいた。
「殿下、報告を終えて参りました」
恭しく一礼するロイクに、レオナルドは疲れの色を見せながらも「ご苦労様」と声をかけた。
ここしばらく事件の後処理に追われ、ステラと顔を合わせる時間が取れていない。レオナルドはそれをひどく嘆き、「ロイク、ステラ嬢の様子を詳しく報告してくれ」と命じた。
ロイクは内心呆れながらも、日々の様子を簡潔に伝えていく。
そして、最後に少し声を落とした。
「……ただ、一つ気になることがございました」
レオナルドの視線が鋭くなる。
「詳しく話せ」
「報告書の最後のページを読んでいたときです。闇市場での買い手の名簿……アルチュセール王国の名を見た瞬間、ステラ嬢は明らかに動揺していました」
ユリウスが小さく眉をひそめる。ロイクは続けた。
「もっとも、別のことに動揺した可能性もあります。確信はありません」
レオナルドはしばし沈黙したのち、ユリウスに向かって低く命じた。
「アルチュセール王国とステラ嬢の関係を調べろ。何かしらのつながりがあるはずだ」
「承知しました」
ユリウスは即座に答え、鋭い目を光らせた。
レオナルドはその後、ロイクにもう一つの任を告げた。
「三日後、陛下がステラ嬢に会いたいとお望みだ。謁見の場を設ける。……そのときに着る服を届けてやってくれ」
「私が、ですか?」
「今は事件処理で身動きが取れない。頼む」
ロイクは一瞬、殿下なら本来自ら届けるのではと思ったが、今の状況では仕方がないと理解した。少し気の毒にすら思えた。
翌日、ロイクはステラの元を訪れ、丁寧に包まれた服を手渡した。
「殿下からです。二日後に陛下と謁見なさるように。その際は、この服をお召しくださいとのことです」
ステラは驚きに目を見開き、そして服を両手で大切に抱きしめた。
「……ありがたく頂戴いたします」
――ついに、待ちわびていた時が来た。
陛下が自分を望んでいる。それは功績を認められた証。この謁見を通して、皇宮の奥深くへと近づける。姉の真相にも、一歩踏み込めるかもしれない。
胸の奥に小さな炎を宿したステラは、迫る二日後を心待ちにした。




